超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession   作:シモツキ

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第四話 力になりたい

 日々、ビッキィちゃんは成長していく。知識や技術、能力だけじゃなくて、見た目も変わっていく。背が伸びて、体重も増えていく。これは、自分自身は勿論周辺も変化に乏しい人だったり、既に外見的成長が終わり、緩やかな老化に移り変わる大人だったりが大半な私にとっては、結構新鮮なもので…暫く前に撮った写真より明らかに背が伸びていたり、これまで着ていた服がキツくなっていたりするビッキィちゃんを見て、びっくりする事もままあった。…ダジャレじゃないよ?ママがびっくりする事がままある、とかそういうの狙った訳じゃないからね…?……ごほん。

 まだまだ子供とはいえ、少しずつ幼さが薄れていくビッキィちゃんを見るのは、嬉しいような寂しいような、上手く言葉に出来ない気持ち。でも健康に、毎日意欲的に生活している…それは間違いなく、嬉しいと言える。

 

「ただいま、ママ」

「あ、お帰りビッキィちゃん。今日はクラブ活動だったんだっけ?」

「そうだよ。今日もオセロは連勝!」

「おー、流石だね。…因みに他のは?」

「…さーて、宿題宿題……」

(あんまり戦歴は良くなかったかぁ……)

 

 白々しく誤魔化すビッキィちゃんを見て、私は何となく察した。今ビッキィちゃんは学校のクラブ活動(部活というより、授業の一環)の内、ボードゲームクラブに所属している。…ビッキィちゃんは別に頭が悪かったり固かったりする訳じゃないから、オセロ以外も練習すればそれなりの強さになると思うんだけど……これはあれかな。ほんとは他のゲームも悪い戦歴じゃないのに、オセロが断トツで得意な分、相対的に他のゲームの結果が良くないように思えてるとかかな…。

 そして最近気になるのは、今のビッキィちゃんはロムちゃんラムちゃんと同じ位の背格好だけど、二人より…昔の二人より、結構言葉がしっかりしているような気がする。もしかするとロムちゃんラムちゃんは、女神の性質上イメージが先行して、内面が外見以上に幼いものとなってしまっていた…のかもしれない。…突然何の話してるの、って感じだね、うん。

 

「…………」

「…………」

 

 十中八九誤魔化しだったとはいえ、今日もちゃんとビッキィちゃんは宿題をこなす。私がデスクワークをするのと同じ部屋で、ビッキィちゃんも机に向かう。もう入学から何年も経っているのに、きちんと毎日、決めた時間にやるのは立派で…だけど勿論、それにだって変化はある。

 今のビッキィちゃんは、宿題を黙々とやる。当然難しい問題に対しては首を捻ったり、小声で「うーん…」って唸ってたりはするけど、前よりは静かに、落ち着いた状態でやるようになった。

 

(反応豊かなビッキィちゃんを見ながらの仕事も良かったけど…こうしてお互い集中してる、って感じも悪くないよね。ビッキィちゃんの明るさは、今も全然変わらないし)

 

 成長は、上位互換になる事じゃない。成長して良くなったり、出来る事が増えたりすれば、逆にしなくなる事も出てくる訳で…親の欲する、親にとって都合良い変化だけを求めるというのは、完全なる親のエゴ。間違った事をしようとしたら、それを止めるのも親の役目だけど…そうでないのなら、どんな変化も肯定的に受け止める母親でありたいと、私は思う。

 

「…しました。めでたしめでたし」

「うん、今日もつっかえる事なく話せたね。感情も込められてたし良い本読み……」

「──から始まる、新たな戦いと感動のストーリー。濃密なシナリオとごーか声優陣で贈る、あなたがまだ見た事のない冒険」

「何故かいきなりソシャゲのCMっぽくなった!?え、まだ続きあったの!?ストーリーとかシナリオとかは分かるけど、豪華声優陣って何!?ビッキィちゃん以外にも誰か読むの!?…あ、学校!?本読みやってる学校の皆!?」

「…ママも、突っ込みに対してはびっくりする位感情込めてるよね」

「いやボケかい!分かってたけど!絶対そんな文章も続きもないだろうなと思ってたけど!お、親をからかうんじゃありません!」

 

 宿題の最後、本読みを終えたところで謎のボケをかましてきたビッキィちゃんに、思わず私は全力突っ込み。…駄目だ、いけない…絶対ビッキィちゃん、私の交友関係に悪い影響を受けている…多少ふざける程度なら良いけど、日々がっつりボケる子にはならないようにしないと……。

 

「あははっ、ごめんなさーい。…ママ、今日もちょっと出かけてきていい?」

「全くもう…いいけど、どこ行くの?友達の所?」

「ううん。えっと…運動、かな…?」

「そっか…いつも言ってるけど、遅くなってから帰るんじゃなくて、遅くならないように時間を意識しなきゃ駄目だからね?後、おやつは食べてく?」

「食べてく!」

 

 勿論!…とばかりに頷いたビッキィちゃんに苦笑いしつつ、いつもの場所にあるよと返す私。本読みカードに私からのサインを貰ったビッキィちゃんは、広げていた筆記用具をぱぱっと片付け、執務室を後にする。

 そのスピーディーな動きは、素早く出掛けて少しでも運動をしたいって事なのか、それとも早くおやつを食べたいだけか。何れにせよ、宿題中に見せた落ち着きなんて微塵もなくなったビッキィちゃんの様子に、また私は苦笑いし……でも、思う。

 

(運動って、何の事だろう……)

 

 運動する為に、外に行く。これは一見普通の事だけど…教会の敷地内には、運動出来そうなスペースだったら十分にある。なのにわざわざ外に行く、っていうのはよく分からない。…まぁ、バッティングセンターに行くとか、相手がいないと出来ない運動…要はスポーツをしに行くって事なら、合点がいくけど…。

 

「…ま、その内話してくれるよね」

 

 気にはなったけど、私はあまり重く考えず、その内はっきりするだろうと考えて済ました。大きくなってきてもまだ子供なビッキィちゃんは、嬉しい事や驚いた事があればよく私に教えてくれるし、母娘間の仲はかなり良好だって自負もしている。だからこそ、この時の私は…この件を、正直軽めに捉えていた。

 

 

 

 

 それから数日経った日の事。その日もビッキィちゃんは宿題後、出掛けていった。活発なのは喜ばしいけど、じっとしていられない子に成長しつつあるなら困る。

 

「…なんて、ね。普通に何もない時は落ち着いてるし、その心配はないと思うな」

 

…今、私は誰に説明をしたのだろうか。少なくとも、目に見える範囲には誰もいない。まぁでも、こういうのはもう今更だからいっか…。

 

「…あれ、でも…ビッキィちゃん、ちょっと遅い…?」

 

 夕飯の支度をしながら、時計を見て私は気付く。別に門限は決めてないけど、ビッキィちゃんはいつも心配になるような時間まで出掛けてたりする事はないし、その辺りはしっかりしてると思う。

 だからこそ、気になる。まだ「帰りにちょっと寄り道しちゃって…」レベルの遅さだから、心配とまではいかないけど、やっぱり普段より遅いとなれば気にはなって……

 

「た、ただいま」

「あ……お帰り。…今日も、運動してきたの?」

「そ、そう。運動してたら…夢中になっちゃって……」

 

 そんな風に考えていたところで、ビッキィちゃんが帰ってきた。心配とまではいかない…なんて思ってたけど、声が聞こえた瞬間には、ほっとした。

 でも…何か、今のビッキィちゃんはおかしい。おかしいというか…ちょっと、ぎこちない。考えながら喋っている、感情や出来事をそのまま口にしているんじゃなくて、言葉を作って返答している…そんな感じがビッキィちゃんにはあり、リビングから廊下に戻ろうとしたところで、私は気付く。

 

「あれ、ビッキィちゃん…ほっぺた、怪我してない?」

「……!そ、そんな事…ナイヨ-」

(わー、嘘下手ぁ……)

 

 ギギギギ…と音がなってそうな程ぎこちなく、ゆっくりと顔を逸らすビッキィちゃん。どこぞの海賊王を目指す船長並みの下手さに私は「えぇぇ……?」…となってしまい…だけど、流石に見逃しはしない。

 料理は一旦中止し、ビッキィの下へ駆け寄る。そして改めて頬を見れば…やっぱりそこには擦り傷、それもそこそこ大きい傷が出来ていた。

 

「…ビッキィちゃん。この傷、どうしたの?」

「…こ、転んで…そう、転んでその時ぶつけちゃっただけだから!全然痛くないし、だいじょーぶだから…!」

 

 声のトーンを落とし、ビッキィちゃんを真正面から見つめて訊く。対してビッキィちゃんは、大丈夫だと返すけど…分かる。これは、嘘だって。

 確かに、この擦り傷自体はそこまで痛くないのかもしれない。だけど、ビッキィちゃんの語った事は多分真実じゃない。

 

「本当に、そう?嘘じゃないって、お母さんに胸を張って言える?」

「…それ、は……」

 

 ビッキィちゃんは口籠る。今の問いに対し、こういう反応を見せた時点で何かあったのはほぼ確実。そして、ビッキィちゃんを…顔だけじゃなく、全体をじっと見る事で、更に気付いた。薄っすらとだけど、服が内側から赤くなっている場所が幾つかあると。その理由なんて、一つしかないと。

 

「…手当てしてあげるから、傷…見せて」

「い、いい。ほんとにわたしは、だいじょーぶだから…」

「大丈夫じゃないよ。それでも大丈夫って言うなら、ちゃんと見せて。見て、確かに大丈夫そうなら、お母さんこれ以上は言わないから」

「あ、ま、待って…!ほんとに、ほんとに痛くなんか……」

 

 多分、ビッキィちゃんの方から見せてくれる事はない。そう思った私は、片手でビッキィちゃんの肩を掴み、もう一方の手で長手袋を片方下ろす。その瞬間、ビッキィちゃんは慌て出して……私は、目にした。薄っすら赤くなっていた部位…そこにあった、切り傷を。

 

(……っ…まさか、誰かに襲われて…いや、これは……)

 

 頭に浮かぶ、嫌な想像。もし誰かがビッキィちゃんを襲ったんだとしたら、心が苦しくなる。ビッキィちゃんが襲われた事も、襲った人がいる事も、それはきっと私の国民だって事も。けど、襲われた理由を考える前に、気付く。ビッキィちゃんの腕に出来た切り傷は、刃物で出来るような傷じゃないと。それよりも鈍く、厚みのあるもの…爪や牙によって出来る類いの傷跡であると。

 

「……ビッキィちゃん」

「…………」

「もしかして…モンスターと、戦いに行ったの?」

 

 俯くビッキィちゃんに、私は訊く。襲われた、とは思わなかった。もし生活圏にモンスターが侵入したなら、私にその情報が届く筈だし、ビッキィちゃんが隠そうとする理由もない。

 にも関わらず、隠そうとしたって事は…理由はどうあれ、ビッキィちゃんが勝手に生活圏外へ行ったんだと思う。

 

「モンスターは危ないって事は、ビッキィちゃんも知ってるよね?…何か、理由があったの?生活圏外に行かないといけない、何かがあったの?」

 

 見つめたまま、言葉を続ける。戦いに行ったの?…と言ったけど、よく考えたら必ずしもそうだとは限らない。何かを取りに行ったとか、誰かを探す為とか、他にも可能性はあると思う。

 だからまずは、何故なのかちゃんと訊きたかった。じゃなきゃ…私からも、ちゃんと言葉をかけられないから。

 

「……ケガ、痛くない。だから、心配…しないで」

「そうはいかないよ。多分まだ、他の場所も怪我してるだろうし…ビッキィちゃんこういう怪我をしてるのにまぁいっかなんて、お母さんは思えない」

「……っ…」

「…ね、ビッキィちゃん。話して、くれないかな。どうして、こうなっちゃったのかを」

 

 話したくない理由がある事は、分かった。だけどやっぱり、訊かない訳にはいかない。訊かなきゃ、どうにも出来ないから。同じようにどころか、もっと酷い怪我をまたするかもしれないから。

 だから止めずに、見つめ続けた。ビッキィちゃんも、黙り続けているのは辛いみたいで…少しの間の沈黙を経て、ビッキィちゃんは言う。

 

「…ママは、女神だから……」

「…お母さんが、女神だから…?」

「ママ、国を守ってる。国のリーダー…?…の仕事もだけど、悪いモンスターを倒して、皆がおそわれないようにもしてる…」

「う、うん…それが女神の務めだからね。…でも、それとビッキィちゃんとに、どう関係が……?」

「……お手伝い、したかった…わたしが強くなって、モンスターをいっぱい倒せるようになったら…ママ、喜んでくれるって…思ったから…」

 

 私の為の行動、私を手伝う為の行為…ビッキィちゃんは、そう語った。答えてくれた。

 嬉しかった。ビッキィちゃんが私の手助けをしてくれようとするなんて、それも自主的にだなんて、嬉しいに決まってる。だけど、当のビッキィちゃんの表情は暗くて……その理由は、分かる。多分ビッキィちゃんはどんどん強くなって、成果を上げて、私に喜んでほしかったんだろうけど…そう上手くはいかなかったから。勝敗はどうであれ、怪我して、逆に私に心配をかけてしまったから。それなら落ち込むのも、隠そうとするのも無理はない。

 

(そっか、ビッキィちゃん…)

 

 何故、の部分はよく分かった。そしてその気持ちは嬉しいけど、私は親として、女神として手放しに喜べる訳じゃないのも事実。だから私は、ビッキィちゃんの頭を軽く撫で……この時は純粋に、私なりに言葉を選んだつもりで、言った。言ってしまった…。

 

「ありがとね、ビッキィちゃん。でも、それは気持ちだけで十分だよ。ビッキィちゃんは、そこまでしなくても大丈夫だから」

「……っ…な、なんで…?だって、そうすればママは……」

「危険、でしょ?お母さん、危なくてもやりたかったらやろう、とは教えてないでしょ?危ない事はやっちゃ駄目、そういう事はしないようにって、教えたよね?」

 

 もしかしたらビッキィちゃんは、TVか何かで私がモンスターを倒すシーンを見たのかもしれない。そういう撮影をする事もあるし、そうだとしたらモンスターがあんまり強くないように見えたとしても無理はない。

 だけどTVであれば、ちゃんと危険性も伝えてる筈だし、私自身、ビッキィちゃんによく言い聞かせている。モンスターの危険性も、生活圏外に出るのがどれだけ危ないのかって事も。ちゃんと覚悟を決めて、能力や技術も磨いた上ならともかく、そうでもないのに倒しにいくなんて無謀も良いところだし…何より私は、ビッキィちゃんにそういう事を望んでる訳じゃない。そんな形で、役に立ってほしいなんて微塵も思ってない。

 だから私は、そんな事しなくても大丈夫だって伝えた。その上で、しっかり「危険でしょ?」と続けた。過剰でも何でもなく、命に関わる事なんだから、なぁなぁになんて出来ない…そう思ったから。でも……

 

「…やだ……」

「え?」

「…わたし、出来るもん…ちゃんと、倒せるもん…!」

「……っ…ビッキィちゃん…!?」

 

 ぽつり、と呟くように漏れた「やだ」という言葉。驚いて私が訊き返せば、ビッキィちゃんは語気を強め…私に、言い返す。私に対して、反抗してくる。

 

「倒せる!倒せたもん!」

「そ…そうだとしても、だよ。ビッキィちゃん、怪我しちゃったでしょ?他にも怪我してるでしょ?…ボロボロでも、勝てれば良いって事じゃないの。負けてたかも…もっと酷い怪我をしてたかもしれないんだよ?ビッキィちゃんだって、それは分か……」

「勝ったもん!倒せたもんッ!」

「ビッキィちゃん…!?」

 

 論理的じゃない、感情的な反論。そんな態度を見せるビッキィちゃんに内心動揺しつつも、私はビッキィちゃんを諭そうとし…だけど、ビッキィちゃんは聞いてくれない。むしろ私の言葉で余計怒ったように、勝って倒せたんだという事を私に言い放ち…そのまま部屋を出て行ってしまう。

 

「び、ビッキィちゃん手当て!取り敢えず手当てをさせて……」

「いらないッ!」

 

 慌てて追いかけた私ながら、追い付く前にビッキィちゃんは自分の部屋へ。呼び掛けても返ってくるのは突っ撥ねるような言葉だけで、私を入れてくれる気配も、扉を開く気配もない。

 

(ビッキィちゃん…どうして、そんな……)

 

 扉の前で、途方にくれる。私だって、喧嘩の一つや二つはした事あるし、何なら譲らない思いの為に命懸けで戦った事もあるから、思いが伝わらなかったり、激しい感情を向けられる事自体には慣れてるけど…今の私には、ビッキィちゃんがこんなにも怒っている理由が分からない。私の言葉がビッキィちゃんを怒らせちゃったんだろうけど、思い当たる節はない。……なら、まさか…反抗期?

 

「い、いやいや…まだ反抗期には早い…の、かな…?」

 

 何となくのイメージとして、反抗期は○○位の年頃から…と思ってる私だけど、人なんだから、個人差はあって当然だし、そもそもイメージはイメージであって、ちゃんと調べた情報じゃない。だから反抗期なのかもしれないし、だとしたら反抗期だと捉えて、それを踏まえてどう接するかを考える方が良いと思う。…本当に、反抗期だっていうのなら。

 

「…………」

 

 否定はし切れない。本当に、反抗期なのかもしれない。…だけど、そうじゃない可能性だってある。私の言い方次第で、こうはならなかった可能性もまだ残ってる。

 なのに、私は反抗期だと断定するの?そう決め付けて、反抗期だから…って考えるの?…それは、不誠実だ。親としても、ビッキィちゃんという個人に対する女神の接し方としても、自分や状況をちゃんと顧みず、相手に責任を押し付けるなんて…それを私は、正しいとは思わない。

 なら、どうする?どうしたら、誠実と言える?…そんなの、きちんと顧みて、何が理由なのか、ちゃんと考える事だ。

 

(一つ一つ、思い出すんだ。私が指導や教育をしたのは、ビッキィちゃんが初めてじゃない。これまでの経験や、気を付けてきた事も照らし合わせて、本当の理由を探さなきゃ)

 

 ビッキィちゃんの部屋とは逆側の壁へ背を預け、一言一言私は思い返す。思い出して、考えて、探る。何を思ってビッキィちゃんがこういう事をしたのか、ビッキィちゃんが目指していたもの、求めていたものは何か、私の言葉はビッキィちゃんからすれば、どんな風に聞こえたのか。色んな事を考えて、ビッキィちゃんの気持ちを想像して、私だったらって思って……

 

「……あぁ…」

 

──私は、気付く。合っているかどうかは分からないけど…もし私の思った通りなら、確かにビッキィちゃんは傷付くよね、と。怒る気持ちも生まれるよね、と。

 危ない事をビッキィちゃんがした。それは事実だし、それそのものは肯定しちゃいけない。けど…その上で、私は思った。…私も、謝らなくちゃ、って。

 

「…ねぇ、ビッキィちゃん」

 

 扉をノックし、呼び掛ける。反応はなくて、ビッキィちゃんが聞いてくれているかどうかは分からない。でも、私は聞いてくれていると信じて、言葉を続ける。

 

「ビッキィちゃんが、同じ位の普通の子より強いのは私、知ってるよ。それに、ビッキィちゃんが自分も…って思う気持ちも分かる。だって、ビッキィちゃんとそこまで変わらないように見えるロムちゃんとラムちゃんは、女神として立派に戦ってるもんね。その二人とも、よく遊ぶもんね」

 

 技能はまだ未熟だろうけど、ビッキィちゃんの身体能力が高いのは事実。それは昔から分かっていた事で…恐らく、それがビッキィちゃんの力。外見として変わってるのは両腕だけだけど、身体能力の高さは全身に言える事であり…ビッキィちゃんが倒れていた所に一緒にあった、メモリの様な物を使って戦えるのがビッキィちゃん。

 そして、女神の皆はビッキィちゃんを可愛がってくれるし、特にロムちゃんとラムちゃんは自分達より小さい子という事で、本当によく遊んでくれている。そのロムちゃんとラムちゃんに背丈が近付いてきて、『遊んでもらう』から『一緒に遊ぶ』に変わりつつある今、自分も同じように…って思うのは無理もないって、私は思う。身近な存在に感じられるからこそ、自分は女神じゃないから…って思考になり辛いんだと思う。

 だからそれは否定しない。そう思うのは理解出来るし…だけど、肯定するって事でもない。

 

「でもね、やっぱり私は、ビッキィちゃんがそうする事をいいよとは言えない。言いたくない。…ビッキィちゃんが大怪我したり、痛い思いをするのは嫌だから。ビッキィちゃんには、毎日元気でいてほしいから。ビッキィちゃんが、何かしなきゃって思わなくても…私はこれまで、ビッキィちゃんに沢山のものを貰ってきたから」

 

 女神として、親として、これは言わなきゃいけない。伝えなきゃいけない。優しくする事と、甘くする事は違うから。私は、ビッキィちゃんが大切だから。

 

「……だけど…そうじゃ、ないんだよね。そういう事じゃ…ビッキィちゃんが怒ってるのは、嫌だって思ったのは、単に私が危ない、って言ったからだけじゃないんだよね?」

 

 だけど。私は私の思いを伝えた上で、自分の言った事が間違いではないと思ってる上で、だけどと言う。

 ここまでは、実際の話。実際と、私の気持ちの話。でも大切なのはそれだけじゃない。私の気持ちとビッキィちゃんの気持ち、両方が大切で…ここからが、本当に伝えたい事。

 

「…ビッキィちゃん、ごめんね。私、一番大切な事を忘れてた。ビッキィちゃんは、頑張ってたのに…きっと一生懸命だったのに…それを、何にも考えてあげてなかった」

 

 一拍置いて、私は謝る。扉越しに謝り…さっきの私が失念していた事、思ってあげられなかった事を、ちゃんと伝える。

 そうだ。理由はどうあれ、ビッキィは一生懸命な筈だったんだ。私を手伝いたいって、力になりたいって、私を思って行動したんだ。だったら行動や結果はどうあれ、それは感謝しなきゃいけないのに…心からのありがとうを返さなきゃなのに、私はそうしなかった。ありがとうとは言ったけど、すぐに「それは不要だ」って話にしてしまった。……そんなの、まだ成長途中なビッキィちゃんが傷付くに決まってる。自分の思いを否定されたと思ったんだとしたら…それは間違いなく、私のせいだ。

 

「自分が頑張れば、ちょっとでも倒せれば、お母さんに楽をさせてあげられるって、そう思ったんだよね。ビッキィちゃんは、お母さんの為に頑張ってくれてたのに…なのに、お母さんはビッキィちゃんの思いを否定しちゃって…ごめんね、ごめんねビッキィちゃん…」

 

 あぁ、不甲斐ない。人が何かをする時はいつも、そこに動機が…そうしたいって思う感情があるのに、女神は思いによって形作られる存在なのに、こんな当たり前の事を私は失念してしまっていた。

 自責する。反省する。何より、ビッキィちゃんに謝る。心を込めて、精一杯に。

 

「……ママ…」

 

 数十秒か、それとも数分か。私が謝罪の言葉を重ねてからは、沈黙の時間が続いて…その末に、部屋の扉が開く。ゆっくりと開いて…ビッキィちゃんが、出てきてくれる。

 

「…わたしも、辛かった…悲しかった…ママはいつも、わたしにやさしくて、わたしのどんな話もちゃんと聞いてくれて、わたしが何かするとほめてくれたから…ママはいつも、わたしの味方だって思ってたから…ママが急に、わたしの事好きじゃなくなっちゃったのかもって思って……」

「そんな事ない…そんな事ないよ、ビッキィちゃん…。お母さんは、ビッキィちゃんのお母さんになった時からずっと、ビッキィちゃんの事が大好きだから…!」

 

 語りながら、悲痛な顔になる…口にする事で、より辛く感じているようなビッキィちゃんを、抱き締める。怪我が痛まないように、優しく…だけどしっかりと。

 改めて、痛感する。どう思ってるかだけじゃなく、どう伝わるかも大事だって。どんなに相手を思っていても、それが伝わらなきゃ…ちゃんと伝えられるようにしなきゃ、すれ違いが起きるんだって。

 

「わたしも…わたしも、ごめんなさい…ママに心配、かけちゃって…ママにちゃんと、話さないで……」

「ううん、いいのビッキィちゃん…これから気を付けてくれれば、ちゃんと言ってくれれば、お母さんはそれでいいの…」

 

 きゅっ、と背中に感じる小さな力。抱き締め返してくる、ビッキィちゃんの温かな両手。怪我をしたとしても、こうしてビッキィちゃんがいる。元気でいてくれる。…それだけで、十分嬉しかった。心から、良かったって安心出来る。

 

「…ね、ビッキィちゃん。お手当て、させてくれる?」

「…うん」

 

 こくん、と頷いたビッキィちゃんの頭を軽く撫でて、私は離れる。ビッキィちゃんをベットに座らせ、私は救急箱を取ってきて、ビッキィちゃんの手当てを行う。幸い重傷はなかったから、手持ちの物だけで対応出来たけど……やっぱりこれに関しては、「軽傷だったからヨシ!」…とはならない。しちゃいけない。

 

「…ビッキィちゃんも、分かってはいるよね?戦うっていうのが、すっごく危険だって事は」

「…ママはもう、わたしにこういう事…してほしくない…?」

「うー、ん…戦わずに済むなら、それに越した事はないけど…してほしくない、っていうのとは少し違うかな」

 

 手当てしながら、ビッキィちゃんと言葉を交わす。少し違う、と言われたビッキィちゃんは、怪訝そうな表情を浮かべて…少し肩を竦めてから、私は言葉を続ける。

 

「お母さんはね、危ない事はしてほしくないけど、戦うのが駄目とは言わないよ。遊びで危ない事をするのは良くないけど…理由があって、思いがあって戦うなら、それは危ないの一言で片付けて良いものじゃないから。…その一言で片付けたように思わせちゃったんだから、私もまだまだだけど、ね」

「…え、えっと……」

「…こほん。とにかく私は、ビッキィちゃんに真剣な思いがあるなら、私はもう駄目だとは言わないよ。だけど、このまま続けていいよとも言わない。…戦うなら、強くなくちゃ…周りが大丈夫だよね、って思えるようにならないといけないって、私は思うから」

 

 私は知っている。相手の思いを否定してでも、相手を守る、傷付かないようにする…それはただのエゴであると。たとえ守る為だとしても、思いを踏み躙るのは、絶対に間違っていると。だから、他の親子や家庭がどうかは分からないけど…私はビッキィちゃんに、相応の思いがあるなら、二度とやるな、とは言わない。

 でも同時に、戦うっていうのは、自分を大事に思ってくれる人に、心配をかける事だっていうのも知っている。心配をかけたくないなら、戦わないか、きっと大丈夫だって思ってもらえるようになるしかない。そして、大丈夫だと思われる為に必要なのは…一つ。

 

「…まだ、やりたい?またお母さんは心配するかもしれないけど…それでもビッキィちゃんは、ビッキィちゃんの思う形で、お母さんを手伝いたい?」

「…わたし、お母さんが喜ばないなら…悲しくなるなら、もうやらない…だけど……ちょっとでも、ちょっぴりでも、お母さんのお手伝いが出来るなら…お母さんが喜んでくれるなら…がんばり、たい…!」

「…なら、お母さんが見てあげる。ビッキィちゃんが強くなれるように…これなら安心だなって思えるように、お母さんが指導してあげる。…ビッキィちゃんが、本気ならね」

 

 その言葉と共に、ビッキィちゃんを見つめる。真面目に、真剣に、ビッキィちゃんへ問う。その気持ちは本物か、本気なのか、しっかりと。

 少しだけ、緊張した表情を浮かべるビッキィちゃん。きっとビッキィちゃんに、私の真剣さが伝わったんだと思う。そしてビッキィちゃんは、私を見つめ返して、深呼吸を一つして……言った。

 

「ママ、わたしがんばりたい。だから…よろしく、お願いしますっ!」

「…分かった。でも、本当に本気にならなきゃ駄目だよ?それが、戦いってものだから」

 

 ぺこん、と頭を下げたビッキィちゃんの肩を、軽く叩く。口角を緩めて…だけど言葉は真剣なまま、ちゃんと伝える。

 ビッキィちゃんには、しっかり伝わっていると思う。だって、ビッキィちゃんは素直で…相手の話を、思いを、ちゃんと聞ける子だから。

 

「これでよし、っと。ビッキィちゃん、締め過ぎて痛かったり、まだお手当て出来てない所があったりはしない?」

「えっと…大丈夫!これでもう痛くない……事はないや、えへへ…」

「あはは、だよね。怪我は治り切るまで気を付けなきゃ駄目だよ?治りかけと治ったの間には、大きな差が……」

 

 後頭部を掻きながら、えへへと照れ隠しのように笑うビッキィちゃん。それに私も肩を竦めつつ、一応ビッキィちゃんへ注意を…と言っていた最中、不意に聞こえてきたのは「くぅぅ…」という音。おや?…と思って私が話すのを止めると、さっきまで照れ隠ししていたビッキィちゃんの顔が真っ赤になって……あぁ、そういう事ね。

 

「ビッキィちゃん、動き回った後ならお腹だって空くよね」

「う、うん…」

「ふふっ、じゃあ待ってて。すぐにご飯出来……あ」

 

 すぐに出来るから、そう言いかけたところで私は気付く。まだ料理は、後少しって言える段階じゃなかったと。完全に、それを忘れてしまっていた…と。…あちゃー……。

 

「…えーっと…ビッキィちゃん…すぐは出来ないけど、なるべく早く作るから、我慢しててくれる…?」

「ふぇ…?…あ……」

 

 頬を掻きながら私が言えば、ビッキィちゃんはきょとんとし…それからその理由が分かったようで、今度はビッキィちゃんが苦笑い。つられて私も苦笑い。こういう妙な一体感は嫌いじゃないけど…そんな事より、さっさと作らないとだね…。

 

(…よし。煮たり焼いたりは自分の努力じゃどうにもならないけど、そういうところ以外の部分で出来る限り早く……)

「…ママ。あのね、今日ご飯が遅くなっちゃうのは、わたしも悪いと思うの。だから…お手伝い、してもいい…?」

「ビッキィちゃん…ふふっ、勿論。だったらビッキィちゃんに、ばっちり手伝ってもらおうかな」

 

 心の中で気合いを入れようとしていた私への、ビッキィちゃんからの申し出。一瞬「ビッキィちゃんは怪我してるんだから…」と思った私だけど、怪我は生活に支障が出る程のものじゃないし、折角手伝いたいって気持ちになってくれているんだから、その気持ちを尊重してこそ親ってもの。

…うん、そう。そうなんだ。詰まる所、ビッキィちゃんの行いは『お手伝い』っていう些細で、ありふれた気持ちからきているもの。ただ、私もビッキィちゃんも特殊だったから、普通にはない選択肢があったというだけで…元々の思いは、親子として何気ないものだったんだっていうのは、忘れちゃいけない事だと思う。

 

「ママ、ママ、そろそろ良さそう!良いのかな?」

「んー、と…うん、そうだね。なら、私がお皿によそうから、ビッキィちゃんは……はい、これを持って行ってくれる?」

「はーい。ビッキィ、いきまーす!」

「うん、そんなカタパルトから発進するみたいな言い方はしなくていいけど…いやほんと全力疾走とかしないでね!?スープだからね!?」

「……?分かってるよ…?」

「そ、そっか…はは、そりゃそうだよね…」

 

 何かつい突っ込んでしまった私だけど、ビッキィちゃんは普通に歩いて水餃子スープを食卓へ運ぶ。…これ、ビッキィちゃんからしたら私がいきなり訳分からない事を言った形になるよね…ちょっと恥ずい…。

 

「くんくん…うぅ、良い匂いだからもっとお腹空いてきちゃった……」

「(っと、そうだったそうだった)ふふっ、ビッキィちゃんが手伝ってくれたおかけで、いつもより早く進んだよ。ありがとね、ビッキィちゃん」

「んへへぇ…」

 

 ご飯やお茶等も運び、夕飯の準備が完了したところで、お腹が空き過ぎて元気がなさそうなビッキィちゃんの頭を撫でる。嬉しそうな顔をしたビッキィちゃんと向かい合わせて食卓に座って、手を合わせて、私達は食事の挨拶。それが済むと、待ってましたとばかりにビッキィちゃんは食べ始め、美味しいと表情を綻ばせ…その笑顔に、私も笑う。

 

「…こういう形でも、良いんだからね?」

「ほぇ?」

「お手伝い、だよ。ビッキィちゃんがやる気なのは分かったから、これからちゃんと指導してあげるけど…お手伝いは、何をやるかじゃなくてやりたいっていう気持ちが大切なんだから」

「むー…ママ、やっぱり反対なの…?」

「ごめんごめん、そういう事じゃないって。…でも、今の言葉は覚えておいてね?」

 

 サラダを食べようとしていた手を止め、じとーっとした目で私を見てくるビッキィちゃん。そういう事じゃないよという声音で肩を竦めつつ、後半は少し真面目な顔で言えば、ビッキィちゃんもジト目を止めて、分かったよと一つ頷く。

 

(…でも、そっか…ビッキィちゃんは、ここまで大きくなったんだね……)

 

 お茶を一口飲んで、それから私は思いを馳せる。出会ったばかりの頃は知らない事も沢山だった、小さな女の子だったけど、今は見た目相応の知識や思考を持ち合わせてるし、身体だって大きくなった。ただ言われたら手伝う、じゃなくて、目の前の事を手伝うでもなくて、自分で考えて、どうすれば私の助けになるか思考して、それを行動に移せるようにまで成長した。勿論この件は、手放しに褒められる事じゃないけど、それだけ成長したのは事実。

 そしてきっと、まだまだビッキィちゃんは成長する。身体も、心も、大人に近付いていく。勿論、すぐにじゃないけど…少しずつ、一歩ずつ、小さな変化を積み重ねて。

 

「…ビッキィちゃんは、どんな大人になるんだろうね」

「……?」

「ふふふっ、何でもないよ。…あ、お代わり欲しい?」

「欲しい!」

 

 ふと呟いた私は、ビッキィちゃんの不思議そうな表情に微笑みを返し、お代わりが欲しいか訊く。元気良く答えるビッキィちゃんに「でも、まだまだ今は子供だね」と思いながら、お代わりをよそう為にまた台所へ。

 子供がどんな風に成長し、どんな大人になるかなんて分からない。何気ない出来事が夢の切っ掛けになる事や、大きな挫折をどこかで味わう事だってあるかもしれない。たとえ親だって、それを完全に定める事は出来ないし…しちゃいけない。いけないけど…良くも悪くも強い影響力を持ち、応援する事も、邪魔する事も出来るのがきっと親。

 だからこそ、私は見ていたい。進むビッキィちゃんの手助けをしながらも、見守りたい。私の思ったようには成長しない…でもだからこそ楽しみで、期待が持てるビッキィちゃんに対して、私はそんな風に思っていて……だから、忘れていた。そっちの方向は色々探ってみても進展がない事で、あまり考えないようになっていた。元々ビッキィちゃんは、自分の意図じゃない形でこの次元に来たのであり──これからもずっとここに、信次元に居る保証なんて、何もないんだっていう事を。




今回のパロディ解説

・どこぞの海賊王を目指す船長
ONE PIECEの主人公、モンキー・D・ルフィの事。過去編におけるシーンの様に、ビッキィは物凄く分かり易い顔をしていた…のかもしれません。

・軽傷だったからヨシ!
現場猫(電話猫)のフレーズの一つのパロディ。軽傷だったからヨシ、とした場合、「何を見てヨシって言ったんですか?」…辺りの返しをされそうですね。

・「〜〜ビッキィ、いきまーす!」
ガンダムシリーズ(宇宙世紀)の主人公の一人、アムロ・レイの代名詞的台詞の一つのパロディ。でも作中では一度しか言ってない…というのを前にも書いた気がします。
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