超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
当たり前だけど、協会の敷地は広い。建物自体もかなりの規模だし、建物があった上でまだ土地には結構な余裕がある。正面、側面、その三点はどれもガーデニングをしたり、モニュメントを設置したりしても、全然狭くならない位の広さがあり…その上で、裏庭もある。裏庭なだけあり、個人対個人のスポーツなら余裕で出来る、それと同時に更に別の事も出来る、って位には開けていて……そこで今、行われているのは組手。
「ふっ、はっ、やぁああぁぁっ!」
「そう、そうだよ!攻める時は勢い良く!考えなしの攻撃は危険だけど、反撃を気にして躊躇っていたら、それこそ反撃の余裕を与える事になるからね!」
素早く繰り出される打撃を往なし、躱し、防ぎながら、指南を飛ばす。全て対応する私に対し、組手の相手…ビッキィちゃんは「うん!」とだけ答えて、攻撃を続ける。
「良いね、さっきより隙が無くなってる!迷いなく行動する事が、付け入る隙を減らす手段の一つだよ!」
「攻撃は最大の防御、だね…!」
「そうそう、でも覚えておいて。それも間違いじゃないけど…時に防御も、最大の攻撃になったりするんだよ?」
褒めて伸ばす、指示や指導は具体的にするのが私のスタンス。他の指導方法も色々実践した訳じゃない(知識として得てはいる)けど、少なくともこのスタンスが私には一番合ってると思うし、良い指導方法だと自負している。
そして、そのスタンスの下私が更に教えれば、ビッキィちゃんは怪訝な顔に。まあ確かに、一方的に仕掛け続ければ反撃は飛んでこない…って考えられる、攻撃は最大の防御と違って、防御が攻撃になるっていうのはイメージがし辛いと思う。だから私は、短いステップと受け流し…正面から完全に受け止めるのではなく、上手く勢いを逸らす対処を主体にビッキィちゃんの攻撃を受け続けて、攻撃させ続けて……暫くしたところで、言う。
「…どう?ビッキィちゃん、まだ余裕ある?」
「はぁ…はぁ…そっか、防御は最大の攻撃、って…こういう事、なんだ……」
「うん、そういう事。場合や力量差にもよるけど、基本的に攻撃より防御の方が消耗は少ないものだから、上手くやれば相手を疲れさせる事が出来る。つまり、相手の『体力』にダメージを与えられる、って事だね」
息が上がったビッキィちゃんは、こういう事かと一つ首肯。私もそうだよと返して、口頭で改めてしっかりと伝える。
「防御…でも、防御も色々あるよね?とにかく諸に受けなければいいの?」
「まあ、そうだよね。うーんと…例えば、相手が体当たりをしてきたとするよ?で、その時正面から受け止めたら、衝撃もあるし止めるのに少なからず体力を消耗するよね?でも避けた場合、それもギリギリまで引き付けて回避したなら、一歩移動する分の体力消費だけで凌ぎ切れる。この場合は防御より回避の方がいいし、逆に相手が手数で攻めてきたなら、全部回避するより、防御したり上手く逸らしたりした方が、最終的な消耗は少なくなる。その上でもっと言うなら、防御より逸らす方が衝撃を少なく出来るし、相手の体勢を崩し易いけど、確実性においては防御の方が長けてて……って感じに長々と言ったけど、要は『臨機応変に』だね。ゲームだって、相手との相性とか技の性質を考えなきゃ、適正レベルになってても長々勝てないでしょ?」
「あー…初めての連戦ボスになるノワールさんとか?」
「いや、あの時のノワールはシンプルに強いっていうか、レベリングを意識してないとぶつかる序盤の壁…って、その発言はややこしくなるから……」
ぴっ、と右手の人差し指を立てての、ビッキィちゃんへの解説。結局さっき言った「場合や力量差にもよる」に帰結してる気がするけど…色々例を挙げた方が、話としては分かり易かった筈。結果的にビッキィちゃんの謎のメタ発言を誘発させてしまったけど…多分、伝わってる……よね…?
「…ママって、ほんとに色々考えて戦ってるんだね。何も考えなくてもモンスターをどんどん倒せちゃいそうな位、パワーもスピードも凄いのに」
「普通のモンスターなら確かにそうだけど、女神と同じ位…ううん、場合によってはそれ以上に強い存在ってのもこれまで見てきたし、戦ってきたからね。それに女神は皆を守るものだから、今ある強さに満足する…じゃ駄目なんだよ」
「そっか…じゃあわたしも頑張らないと。そんなママから直々に教わってるのに、強くないんじゃ恥ずかしいからね」
さっきまでは肩で息をし、楽な姿勢を取っていたビッキィちゃんだけど、ここで表情を引き締め構え直す。今の発言は自分を追い詰める、強迫観念的なものじゃなく、もっとポジティブな感情から来てるって伝わってきたから、私も軽く構えて組手を再開。今度は私が仕掛けていき、ビッキィちゃんには防御を、攻防の判断を動きの中で学ばせていく。
(成長してる…本当に伸びてきてるよ、ビッキィちゃん)
ビッキィちゃんに戦いの指導をするようになってから、年単位の時が過ぎた。もうビッキィちゃんはネプギアとどっちが大きいかな?…ってなる位大きくなって、変わらずの明るい性格ではあるけど、日々の言動にもかなりの落ち着きが見られるようになった。戦闘技能に関しても、積み重ねの成果がしっかりと現れていて…今はもう、普通のモンスターなら難なく倒せる域に到達している。元々の身体能力の高さもあるから、比較的強いモンスターや、複数体のモンスターが相手でも、油断やミスをしなければ勝てるだろうし…きっと、まだ伸びる。それなりに強くなったからって満足せず、今も私から知識や技術を吸収しようとし続けているんだから、もっと強くなれる。
「……!てぇいッ!」
「そう、そういう事だよビッキィちゃん!逸らすなら相手の力を見切って、最低限の力で逸らす。これが一番効果的で、次の行動にも繋がるんだからね」
「はふぅ…よし…っ!」
上手くいった、と言うようにビッキィちゃんはガッツポーズ。それに私は微笑んで、今日はここまでにしようかと言う。
「ビッキィちゃん、お疲れ様。今日は卵サンドとバナナジュースを作ったけど、どうする?先にシャワー浴びてくる?」
「…それって、手作り?」
「勿論。あ、足りなかったらバナナジュース用に買ったヨーグルトがあるから、それも食べて良いよ」
「ママ…ママは女神で忙しいんだから、トレーニング後の軽食位は買ったもので良いのに……まさか、うちって実は財政難だったりするの…?」
外から中に戻りつつ私が話すと、ビッキィちゃんは何とも言えない感じの表情に。それからちょっと、経済面を心配するような事を言い出して…い、いやいやいや……。
「ざ、財政難じゃないから心配して。というか、国の長が食費の節約を強いられるような状況なら、もう国の未来は真っ暗だから…こほん。お母さんが毎回作ってるのは、お母さんがそうしたいからだよ。スイーツ作りがお母さんの趣味なのは知ってるよね?」
「それは知ってるけど…でも卵サンドも普段のご飯も別にスイーツじゃないし…」
「まあ、それはそうだけどね。だけどちゃんと休みも取ってるし、本当に心配しないで。…あ、それとも…もしかしてビッキィちゃん、お店で売ってる食事の方が好きだったり…?」
「え?あ…ち、違うよママ!ママのご飯はいつも美味しいから!そこに不満はないから、ママこそ心配しないでっ!」
「ふふっ、それなら良かった。にしても、ビッキィちゃんも気が遣えるようになったんだねぇ…うんうん、偉いよビッキィちゃん」
「き、気位前から遣えるって……」
もー、と肩を落とすビッキィちゃんに、私はくすくすと笑いを漏らす。勿論今のは冗談だけど…こういう冗談を気軽に言えるようになったのは、何だか嬉しい。本当にちょっとした事だけど…これもやっぱり、成長の成果の一つだって思うから。
「…んっ、美味し。ちょっと塩味がある分、甘いバナナジュースと良く合うかも」
「でしょ?でもその上で、栄養だって考えてるんだよ?まだまだビッキィちゃんは伸び盛りだしね」
「ママ…ふふっ。このままいくと、ママより背が高くなるかもね」
「それならそれで嬉しいよ。……後、私の本来の姿は女神の方だし…そっちの方が背だって高いし…」
「…ママ……」
そうか、そんな事もあるよね…と考えながら話していると、いつの間にかビッキィちゃんは半眼に。…しまった、未来のビッキィちゃんの姿を想像しながらだったから、自分でも何言ったかよく分からない…。
とまぁ、こんな感じで今日も一日を過ごしていく。戦闘訓練を除けばご飯を食べて、ゲームをしたりテレビを見たり、その内ちょっとソファでうつらうつらしたりと、ビッキィちゃんは誰が見ても普通な休日を送っていて…昔ビッキィちゃんが望んだ、言ってくれた、普通の日々が今はある。いや…何年も前からあげられていると、私は自負している。
なら、今のビッキィちゃんの望みは何だろう。私の手伝いを抜きにした、ビッキィちゃんの望みや目標…それを果たせる、叶えられる道を進めていればいいなと、私は思う。そして、大きくなったって言ってもまだビッキィちゃんは子供。何があっても、私の娘。だったら必要とされた時、いつでも力を貸せるように…私だって、これからも頑張らないとね。
*
神生オデッセフィア建国に際して、移住者を確保する為に行った色々な支援の一つである、教会での保育事業。幼児期から女神と触れ合える、接する事が出来る事を売りにしたこの事業は、今も続けていて……かなり前から、これをビッキィちゃんは手伝ってくれていた。
「皆、おいで〜。今日はねぇ、昨日のアリスの続きだよ〜!」
「わぁ、つづき〜!」
「おねーちゃ、よんでっ、よんでっ!」
「あぃす、こんどはどーなうの…?」
絵本片手に呼び掛けるビッキィちゃんと、目を輝かせて集まる子供達。ビッキィちゃんが読み始めれば、子供達は真剣に、或いは楽しそうに絵本の読み聞かせを聞いていて…もっと小さい子達の面倒を見ながら、私はその様子に小さく微笑む。
前からビッキィちゃんは、ここを手伝ってくれていた。ただ、前は面倒を見るというより、お姉さんとして皆と遊んであげるって感じで…今みたいに、しっかりとお世話出来るようになってきたのはここ最近。とはいえ何年もここに顔を出しているおかげで、小さな子と接する事は自然に出来ていて、安心してお世話を任せる事が出来る。…勿論、保育全般を、って事ではないけどね。
(…仕事も、成長の形の一つだよね)
女神である事、女神の務めを果たす事が生まれた意味である私や皆と違って、人間のビッキィちゃんは、自分で仕事を選ぶ事が出来る。この経験を活かして保育や教育の道を進んでも良いと思うし、自分が興味のある業界だって良いし、ギルドのクエストを…っていうのも選択肢の一つ。教会で働きたいって思うなら、縁故採用も出来る…けど、その場合でも働くのに相応しい能力や気持ちは備えてもらわないとだね、流石に。
…とまぁこんな感じに、仕事の事も気になる。まだ早いかもしれなけど、気になるものは気になるんだからしょうがない。でもあんまり露骨に訊くと、将来へのプレッシャーになっちゃうかもしれないから、自然な流れで訊けるように……
「おねーちゃ、おねーちゃ。おねーちゃって、めぁみさまーのこども、なの?」
「へ?…あー…うん。女神様は、わたしのママ、だよ」
「おー。でも、おねーちゃとめぁみさまー、あんまぃにてない、ね」
「……!」
何気ない、きっといつ起こっても不思議じゃないような、ありふれた会話。でもその中で聞こえたある言葉に、思わず私は反応してしまった。
それは、当たり前の事。家族ではあっても、実の親子ではないんだから、似てなくて当然の事。でも、当然だからと簡単に流せるかどうかは別で…心配になった。そう言われたビッキィちゃんが、傷付いてしまわないかって。ショックを受けたんじゃないか、って。
振り向いた私が見やる、ビッキィちゃんの顔。不安な思いで私は見て…だけど私が見た時、ビッキィちゃんは落ち着いた顔をしていた。
「……そうだね。でもわたしは、ママの事好きだよ。君も、そうでしょ?」
「ぅん!おかーさ、だいすきっ!」
「わたしもっ、わたしもママとパパすき〜!」
さらり、と自然に話を逸らすビッキィちゃん。皆は問いにきゃっきゃと答えていて、結果何事もなく…少なくともぱっと見では問題なく、そのやり取りは終了する。
そうして時間は過ぎ、親が迎えに来た事で子供達は帰っていく。それを他の職員さん達と一緒に見送って…最後の一人が帰ったところで、ビッキィちゃんは吐息を漏らした。
「ふぅ…慣れてきても、皆が帰るとぐっと疲れがやってくるなぁ…」
「緊張が解けるから、だろうね。今日もお疲れ様」
今日もと言ったって、私もビッキィちゃんも一日中携わっている訳じゃない。私は女神だし、ビッキィちゃんも学生なんだから…というのはさておき、頑張ってくれたのは事実なんだから、私は労い笑みを浮かべる。
…あの後も、ビッキィちゃんに特に変化はなかった。いつものように子供達を見てあげて、今も普通に見送っていて…私の杞憂だったんじゃないか、そんな風に思えてくる。
(…大丈夫なら、良いんだけど……)
安易に大丈夫だと考えるのは良くないけど、ビッキィちゃんだってもう小さな子じゃない。心配し過ぎるのも違うし、一番はビッキィちゃんをちゃんと見て、接して、杞憂じゃなかったのなら寄り添ってあげる事だけど…心の問題だもん、楽に出来る事じゃないよね。
「ビッキィちゃん、ちょっと……」
「あ、ママ。わたし、先に戻っていい?戻るっていうか、夕飯の前にぱっと買い物に行っておきたいんだけど…」
「え?あ、うん」
偶々か、それとも意図的か。私の問いを遮るようにビッキィちゃんは言い、私が首肯をすると、すぐにビッキィちゃんは教会の方へと走っていく。そして私は、それを見送る。
意図的だったら勿論だけど、仮に偶然でも、こんなタイミングで遮られてしまったのなら、縁起が悪い気がする。それに、毎日一緒に過ごしてるんだし…と、私は今日の内に訊く、という選択肢を一旦引っ込める。そして代わりに考えるのは、だったらいつ訊くべきか、そもそも何もない内に訊くべきなのか…という事。
「…う、うーむ……」
腕を組み、悩む。多分これに正解はない、というか訊いてみなきゃ、或いは何かが起こらない限り選択が正しかったかどうかは分からないし…仮に訊くとしても、訊き方によって変わる部分はあると思う。
難しい。心の問題だから当たり前だけど、これは特に難しい。だって…過去に纏わる、事だから。私自身、過去に纏わる事で物凄く辛い思いをした事があるし…私は女神で、ビッキィちゃんは人。そこの違いがあるから、きっと同じようには語れない。それに……
(…それに……?)
ふと止まる思考。今、私は何を気にしていたのだろうか。考えてみるけど分からない。無意識的に何かを思ってたって事なんだろうけど……駄目だ、なんか段々思考が行き詰まってきてる気がする…。
「うぅん、どうしたものかな…」
今すぐ訊くのは違う気がするし、行動するにしても後日…って事で、一旦この思考は終わりにしたっていい…んだけど、それも出来ない位になってしまったのが今の私。だけどほんとにどうしたら良いものか。どこまでいっても義理の母である私が、実の親に纏わる話なんて……
「……あ」
と、そこまで考えたところで、やっと気付いた。気付いたというか、思い付いた。──だったら私も、実の親に話してみれば良いじゃん、って。
*
「……って、事なんだけど…どうしたらいいと思う?」
翌日。私はビッキィちゃんがいない時間を見計らい、リビングで相談を持ちかけた。…他でもない、私の親に。
「…ぅ……」
「……?」
「も、もうそんなに大きくなったんです、ね…少し前までは、こんなに小さかったのに…。…嬉しい、です…健やかに成長、してて…凄く凄く、嬉しいです……っ!」
「あ、あはは…私もそう思うよ、オリゼ……」
声を詰まらせたかと思えば、感激で胸を一杯にしていた様子の私の親……オリゼ。オリゼは私を産んだ…のではなく生んだ、もっと言えば創り出した存在だから、世間一般で言う『親』とは少し違うけど…私はオリゼをもう一人の自分であると同時に、親であるとも思っている。私自身がそう思い、感じているんだから、それで良い。……ところでオリゼ、小さかったを指で表現してるけど…そんなに小さかったら小人とか妖精とかになっちゃうよ…百歩譲ってそこはスルーするにしても、私がビッキィちゃんと出会った時点で、親指と人差し指の間で表現出来る大きさより遥かに大きかったから…。
「い、イリゼ。でも、いつ何があるか、分かりませんっ。ビッキィさんの事は、親としてだけじゃなく、女神としても、ちゃんと見てあげて…ぁ、も、勿論他の子や、大人の人も…です、よ?女神は皆の、全ての人の……」
「わっ、ストップストップ。落ち着いてオリゼ。皆を守る、助けるって事は、常日頃から心にあるし…皆私にとっては、大切な人達だから」
エンジンがかかってしまったオリゼを落ち着かせつつ、でもしっかりと言葉には頷く。するとオリゼも感情先行の思考になっていた気付いたようで、「あぅ、すみません…」と言って落ち着いてくれる。
(…女神として、か……)
相変わらずだなぁと苦笑しながらも、私は考える。私は親である以前に女神だし、女神としてもビッキィちゃんを守り導くつもりでいる。そして…女神として考えられば、私の中にある迷いに答えも出せている。…けど……
「……ねぇ、オリゼ…女神である事を抜きに、親として考えたら…その時は、何が一番ビッキィちゃんの為に…ビッキィちゃんを悲しませない形に繋がるかな…?」
先程口にした問いを噛み砕いて、もっと具体的な形にしてオリゼに話す。答えとは言わずとも、意見だけでも…とオリゼに求める。これは、オリゼにしか訊けない事。オリゼだからこそ訊ける事。だって私はオリゼが生んでくれた存在であり、私の親は、オリゼなんだから。
「お、親として、ですか…うー、ん…うぅ、ん……」
腕を組んで、オリゼは考え始める。見るからにしっかりと、一生懸命に考えてくれる。私からの相談へ、真剣に答えようとしてくれるのは嬉しくて、急かさないようにと私もゆったりとした姿勢で待つ。
やっぱりオリゼにとっても難しい話みたいで、傾く頭。うーんと唸って、頭を傾けて、更に唸って、傾けて、またまた唸って傾けて……
「わわ……っ!?」
「えぇっ!?ちょっ、オリゼ大丈夫!?」
……まさかのオリゼ、頭どころか身体も傾けてしまい、そのまま椅子から落ちかけていた。何とか持ち直したものの…ある意味予想もしない展開だった。…はは…オリゼ……。
「あぅぅ…ご、ごめんなさいぃ……」
「い、いや謝る事じゃないしいいけど…気を付けてね、オリゼ……」
しゅーんとするオリゼを軽く宥める私。何ともオリゼらしいうっかりだけど…これで転んで怪我でもしたら笑えないから、気を付けてほしいところ。
「…す、凄く…難しいです。イリゼの、言っている事は……」
「そ、っか…そうだよね…。親っていうものに明確な正解なんてないだろうし、そもそもオリゼと私…というか私達じゃ、普通の親子とは全然違うし……」
「あ…え、えと…そうじゃ、ないん…です」
「え?」
「そうじゃ、なくて…め、女神である事を抜きに、っていうのが…全然、考えられ…なくて……」
ふるふる、と横に振られるオリゼの首。訳が分からず私が訊き返すと、オリゼは更に答えてくれて……そこで、気付く。
女神は多かれ少なかれ「人の理想の体現」であらんとする。言い換えるなら、『女神』であろうとする。中でも、オリゼは飛び抜けてその意識が強くて…だからオリゼに、「女神である事を抜きに」なんて問い掛け方自体が、良くなかったんだ、って。
「そっか、そうだよね…ごめんオリゼ、今のは私の訊き方が良くなかったよ。私が言いたいのは、女神じゃない自分を想像して…って事じゃなくて、親という立場から何かを言ったりしてあげたりする場合、どんな事が良いかなっていう……」
「あ…わ、分かって、ます」
「え…そ、そうなの?じゃあ、難しいって言うのは…?」
「その…女神である事を抜きに、考えるっていうのが…そ、そういう事をする理由が、分からなくて……」
そういう事じゃない、と説明する私だけど、どうも勘違いしていたのは私の方。分からないのは質問の内容ではなく、質問の意味だとオリゼは言う。
「…ぁ…で、でもそれなら、考えられない、じゃなくて…さ、最初から、分からない…って言うべき、でした…よね…すみま、せん…すみませんイリゼ…ふぇ……」
「あ、だ、大丈夫!大丈夫だから、ね?」
何でそんな事を…と思うのも束の間、オリゼが泣きそうになってしまった事で私は慌てて慰める。尚且つ持ち歩いている飴を取り出し、オリゼにあげる事で心を落ち着かせる。そうしてオリゼが泣いてしまうのを回避したところで、改めて回り出す私の思考。
(でも、何が分からないんだろう…オリゼは別に、思考力まで幼い訳じゃない筈なのに……)
女神としての考え方と、親としての考え方は違う。その違う思考の内、後者で考えるなら?と言っているだけで…やっぱり、難しい事だとは思えない。
「あ、あの…女神として、考えちゃ…駄目、なんですか…?私もイリゼも女神、で…人の幸せを願い、作り、守るのが女神なんですから…女神である事を抜きに、考える方が変だって…私は、思い…ます…」
「えっと…うん、それはそうだし、私もそう思うよ?ただ、なんて言うのかな…立場は勿論だけど、女神として抱く思いと抱かれる思い、親として抱く思いと抱かれる思い、それってそれぞれ違ってて、今必要なのはきっと後者で……」
間違ってはいないけど、そうじゃない。オリゼは理解出来なくて困ってるみたいだけど、私も私でどう伝えるべきか困ってて、自分の中で改めて噛み砕きながら説明を続ける。
ただでも、こうなるとオリゼに相談したのは良くなかったのかもしれない。勿論オリゼが頼りにならないって訳じゃないけど、むしろ物凄く頼りにしてるけど、女神にも人にも得手不得手がある訳で、この手の話に関してはオリゼより他の誰かに相談した方が……
「だけど、イリゼは…イリゼは、女神…です、よね…?親でも、何でも…どんな立場になっても、女神である事は変わらない…です、よね…?女神なのが、イリゼで…皆も、そう思ってるんじゃ…ないん、ですか…?」
「あ……」
──そう、思っていた私の思考に広がる波紋。オリゼからの問い掛けが、私の思考へ波紋を呼び…気付く。あぁ、そうだ、そうじゃないか…って。
私は女神であり、それが変わる事はない。皆だって…ビッキィちゃんだって私を女神として見ているだろうし、私自身親である事だけを意識してこれまでビッキィちゃんと接してきたなんて事はない。なのに、今だけは…この件だけは、女神である事を抜きに考えるの?……それは違う。私は親である以前に女神であり…女神である事と親である事、この二つはどっちが上という事もなく、どっちも等しく私なんだから。
「…い、イリゼ…?」
「そう、だよ…そうだよね…。…うん、ありがとうオリゼ!やっと私、分かったよ!自分がどうしたらいいか…ううん、どうしたいかを!」
「ふぇっ!?あ、え、えと…えへへ……」
ばっと椅子から立ち上がり、オリゼの手を握って感謝を伝える私。いきなりお礼を言われる形となったオリゼは当然戸惑い…結果、取り敢えず照れる事を選んでいた。
「よし。そうと決まれば早速…って言いたいけどまだビッキィちゃんは帰ってきてないし、ちょっと考えを纏めておこうかな…」
やっと答えを出せた事で気分が高揚したせいか、頭の中で考えればいいのにわざわざ私は独り言を話す。…まぁ、それはともかくとして…私の中で、答えは出た。だから後は…ビッキィちゃんと、話すのみ。
*
数十分後、ビッキィちゃんは帰ってきた。だけど今は、ご飯前の微妙な時間。準備をしながら話す事も出来なくはないけど、落ち着いて、面と向かって話したい。だから夕食を先にして…一服したところで、ビッキィちゃんを呼んだ。
「ママ、どうかしたの?」
「うん、どうかしたの。…うん?」
「え、ええっと…どうかしてるぜ、とか言えばいいのかな…?」
「…ごめん…今のは普通に言葉選びを間違えただけだから気にしないで……」
身構えさせてしまわないよう、自然な返答になるよう気を付けていた私だけど…変に意識した結果、むしろ不自然な返答になってしまった。…ど、どうかしたのって…すぐに自分で気付いたけど、これはおかし過ぎるって…。
…と、いきなり変な感じになってしまったけど、気を取り直して私はココアを淹れたコップをビッキィちゃんの前へ。
「こ、こほん。…ビッキィちゃん。ビッキィちゃんとママが出会ってから、もう随分と経つよね」
「へ?…まあ、そうだね。わたしがママと出会った時は、まだずっと小さかったし…」
仕切り直すように咳払いをし、私は切り出す。と言っても単刀直入にではなく…ゆっくりと、少しずつ順序立てていくように。
困惑しつつも、ビッキィちゃんは答えてくれる。私の言った「出会った時」を、思い出すように。
「凄く今更だけど…こうして暮らしてきて、どう?教会に住むようになって…お母さんの娘になって、良かった?」
「…それは……ほんとに今更だね。良かったか、って言われたら…そんなの、良かったに決まってるじゃん。わたしがこうして普通に…いや教会での生活が普通かどうかは分からないけど…とにかく普通の人として暮らせてるのも、学校に行けたり友達が出来たりしたのも、色んな楽しい事とか、嬉しい事があるのも……全部、ママがママになってくれたからだもん」
「ビッキィちゃん……」
既に察し始めているのか、数秒黙ったビッキィちゃん。それからビッキィちゃんが口にしたのは、捻くれなんて微塵もない幸せの実感と、私へ対する感謝の言葉で…思わず、これだけで満足してしまいそうになった。早くも私は胸が一杯になっていた。
けど、これで満足しちゃいけない。まだこれは本題じゃない、前置きの話なんだから。
「…ありがとね、ビッキィちゃん。ビッキィちゃんにそう思ってもらえて、そう思える日々を送らせてあげる事が出来て、お母さんは凄く嬉しいよ。嬉しいし、誇りに思う」
「わたしこそ、ありがとう。…でも…ママがしたいのは、そういう話じゃないんでしょ?」
本題に入ってくれていい。言葉の裏にそんな雰囲気を籠らせて、ビッキィちゃんは私に問い掛ける。それはその通りだから、分かっているような気がしたから、私は誤魔化す事なく…頷く。
「…ビッキィちゃん。お母さんね、凄く迷ったの。ビッキィちゃんも段々しっかりしてきて、頼もしくもなってきたけど…やっぱりまだ、子供だから。国の長、女神って言っても…親としては、まだまだお母さんも未熟だから。不安な事も、分からない事も多くて、だからどうするか迷って……だけど、決めたよ。ちゃんと話そうって、訊こうって」
「…うん」
私は具体的な内容を言っていない。何の話か言わないままに話していて…なのにビッキィちゃんは、静かに聞いてくれている。
教育の賜物か、それともビッキィちゃんの性格故か。…なんていうのは、別にどっちでも良い。ビッキィちゃんが心優しい事には、変わりないんだから。
「…訊いてもいいかな?ビッキィちゃん」
「…うん。いいよ、ママ」
何を、と訊かないのが、もう分かっている証拠。それを確かめた上で、私はビッキィちゃんを見つめ…言う。
「ビッキィちゃんは…自分の本当の親を、どう思ってる?…会って、みたい?」
ここまで話したのならもう、回りくどい言い方は必要ない。核心の話を、ずっと私が思っていた事を、ビッキィちゃんへと問い掛け訊く。
その問いを受けたビッキィちゃんは、暫く何も言わなかった。じっくりと、浮かんだ言葉を心の中で反芻しているように、黙ったままの時間が続いて……
「…会って、みたいよ。今どこで、何をしてるのか…会いたいし、知りたい」
頷いた。沈黙の末に、肯定の言葉と共に。会いたいと、知りたいと、そう言った。
それは、当たり前の感情。余程仲が険悪だったりでもしない限り、何年も会っていない…それも小さい頃に、望まぬ形で別れてしまった両親の事が、気にならない筈がない。
「…ごめんね、ビッキィちゃん。もしかしたら、期待させちゃったかもしれないけど、会ってみたい?っていうのは……」
「訊いただけで、会える用意をした訳じゃない…でしょ?それ位分かってるよ」
「そっか…」
察しが良いのか、それとも娘だから分かるって事なのか、とにかくぬか喜びさせる事がなくて少しだけ安堵。ほっとして…だけど同時に、思う。やっぱりビッキィちゃんは、両親へ対しての思いがあるんだ、って。だとしたらきっと、保育の手伝いの時に言われた言葉は、ビッキィちゃんの中で残っていたんだろう、って。重荷か、棘か、それとも単純な興味か…どんな形であれ、心の中に残っていたのは間違いない。
なのに、その上で、ビッキィちゃんはそれを表に出さなかった。…ほんと、大きくなったねビッキィちゃん。
「…保育の手伝いは、嫌だったりしない?しない、っていうか…本当は嫌だった、とかあるなら言ってくれていいんだよ?」
「ううん、それは全然ないから大丈夫。っていうか、小さい子を見てあげるのは楽しいし…ママの力になれるのも、嬉しいから」
「それなら良かった。ビッキィちゃん、皆にも人気だもんね(ビッキィちゃん…ほんとに、ほんとに良い子なんだから…っ!)」
いつもの調子で言葉を返した私だけど、内心ではまた感動していて…ビッキィちゃんがまだ小さい頃なら、撫でて抱き締めてたんじゃないかと思う。
(……だけど…だけどもう、私が守ってあげなきゃいけない、小さなビッキィちゃんじゃない)
今日私は、親の事を…実の親についてを訊いた。でも、その事関係なしに、いつかはビッキィちゃんも大人になる。守られる側から守る側に、自分から何かをしていく存在になる。そしてビッキィちゃんが自分の道を選ぶ時が来たら、或いはもう選んでいるのなら…私は応援してあげたい。血の繋がった親ではなくても、日々を共に過ごしてきた親として、そうしたい。
「…ママ。わたしもママに…話したい、事があるの」
会話が途切れた数秒後。今度はビッキィちゃんが、私へ対して切り出してくる。神妙な顔で、真剣な顔で。
「…うん、聞くよ。聞かせて、ビッキィちゃん」
話したい事があるというなら、それが真剣な話なら、私に聞く以外の選択肢はない。娘でなくても聞くし、ビッキィちゃんであれば尚更聞く。私だって今、私の話をビッキィちゃんに聞いてもらったんだから。
「…わたしもね、色々考えていたの。前から偶に、自分の両親の事は考えたりしたけど、これまでは何となく考える位で…だけど、わたしとママが似てないって言われてからは、はっきりと思うようになったの。ママはママだけど…わたしの実の親は、ママじゃないんだ、って」
「……っ…」
分かっていた。当たり前の事だし、理解していた。…だけど、ビッキィちゃん自身の口から、自分の実の親は私じゃないと言われた瞬間、胸が苦しくなった。理解していても、ビッキィちゃん自身から言われるのは、辛かった。
でも私は、ぐっと堪える。辛いのは、悲しいのは、私だけじゃないから。ビッキィちゃんも同じように思っているのであれば…母である私が先に、心を乱したりする訳にはいかない。
「これまでちゃんと考えてこなかったのは、考えたって分からない…っていうのもあるけど…今が、ここでの生活が、満たされてたからだって思うの。さっきも、言った通りに」
ビッキィちゃんは、自分の言葉を変に飾ったりしない。それはつまり、いつも自分の心を、その心のままに話してくれるって事で…私が頷くと、ビッキィちゃんは語りを続ける。
「…正直、言うとね。わたし、早く大人になって、一人で生活出来るようにならないと…って思ってた事もあるの。ママは忙しいし、やっぱりわたしは普通の子じゃないから、ずっとわたしがいたら、迷惑になっちゃうかも…そんな風に、考えて」
「…そんな事ないよ、ビッキィちゃん。確かにビッキィちゃんを…子供を育てるっていうのは、楽な事じゃない。でも私はそれを、ビッキィちゃんを育てる事を、一度たりとも嫌だと思った事なんてないんだから」
「ありがとね、ママ。でも、今は思ってないから大丈夫。そういう事を思ったり、何か手伝わなきゃって躍起になったりした事もあったけど…今は、全然そんな事思わない。…それ位、わたしにとってここは…ママと生活するのは、心地良い事だから」
勿論、手伝いたいって気持ちは今もあるけどね。そう付け加えて、ビッキィちゃんは軽く肩を竦めた。
本当に今日は、ビッキィちゃんが色んな嬉しい事を言ってくれる。心から幸せな気持ちになる。…だけど、だからこそ…何となく、感じる。この話の先を。こうして感謝を伝えてくれるビッキィちゃんが、本当に伝えたい…結論を。
「でも、わたしは考えた。あの時言われて、それから沢山考えて、振り返って、思い返した。ママの事も、一緒に住む皆の事も、教会の事も、学校の事も、友達の事も…わたしが、信次元に来る前の事も」
「…それは、ビッキィちゃんの中で、思うものが…はっきりさせたい事が、あったからたよね?…答えは、出たの?」
「うん、出たよ。ちゃんと、答えが」
真剣なままの眼差しが、私を見る。最後まで聞いてほしい、最後まで伝えたい…そんな思いの籠った瞳が私を見つめる。
ビッキィちゃんの答えが、私にとって嬉しいものかどうかは分からない。もしかしたら、悲しいものかもしれない。でも、どんな答えだとしても、それがビッキィちゃんが考え抜いて出したもので、間違ったものでないのなら……受け入れたい。母親として、ビッキィちゃんをここまで育ててきた家族として。
「ママ。わたしは信次元に来られて、ママに出会えて、本当に良かったって思ってる。だから……」
もう何も言わず、何も問わず、ただビッキィちゃんの選択を…答えを待つ私。ビッキィちゃんも躊躇う事なく、言い淀む事もなく、既に心は決まっているのだと…これが自分の道なのだと示すように、言った。
「──わたしは、行くよ。わたしが逃げてきた…わたしが本来いた次元に。わたしを生んだ、ママとパパを探す為に」
今回のパロディ解説
・「〜〜初めての連戦ボスになるノワール〜〜」「〜〜レベリングを意識〜〜序盤の壁〜〜」
原作シリーズの一つ、超次次元ゲイムネプテューヌ Re;Birth1の展開の一つのパロディ。OA序盤のノワール戦に当たる場面ですね、印象深いです。
・(〜〜もう、私が守って〜〜ビッキィじゃない)
マクロスfrontierに登場するキャラの一人、オズマ・リーの(ノベライズ版における)台詞の一つのパロディ。…別にイリゼ、この後意識を失ったりしませんよ?