超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
ただ、リクエストを貰ったからと言って、その通りに出来るとは限りません。また、現段階では長編ではなく、ORの第零話の様な、単なるIF展開の一つとして書くつもりです。そしていつ書くかもまだ未定なので、そこはご理解の程宜しくお願いします。
「よいしょ、っと」
外に出る仕事から戻ってきて、執務室の椅子に座る。その時自然と、「よいしょ」って言葉が出てきたけど…なんだか若くないみたいだから、出来るだけ避けたいもの。…まぁ、女神に若いも何もって話だけど。
「さて…これはどうしたものかな。早めに進めたいところだけど、最後まで順調に進むかは分からないし…」
各種行事の計画表を画面上で見つつ、ふむ…と私は考える。具体的な計画を立てるのは、基本的に女神の仕事じゃない…というか、女神が何でもかんでもやるんじゃ教会という組織の意味がない訳だけども、だからって口出ししない、しちゃいけないって事でもない。女神であろうと人であろうと関係なく、良い考え、良い計画が出てくればそれで良いんだから。
という訳で、考える事数分。思考を続けていた私は、ふと思う。
(そういえば…来るとしたら、そろそろかなぁ……)
頭に浮かんだのは、監査の事。それも普通の監査じゃない、特務監査の事。
監査というのは、何もないところでやったって仕方がない。何かを作る、進めるではなく、それを調べる、精査するって行為なんだから、監査は初期の段階で来るものじゃない……という思考の裏をかいて、案外早く来るかもしれない。少なくとも私なら、そういう事も考える。
まあでも、実際どうなるのかは謎。だってもう、私は特務監査官じゃないんだから。神生オデッセフィアの守護女神となるに当たって、予め特務監査官の務めからは辞任していて…当然今は、別の人が…別の人達が務めている。
「…よし。じゃあ、次は……」
逸れ始めていた思考を終わりにし、意識を目の前の仕事に戻した私。その後は暫く仕事に集中し、凡そ一時間弱が経過した、その時だった。
丁度私の呟きを遮るような、ノックの音。座ったまま私が声を返せば、執務室の扉は外から開かれ……
「よーし全員そこを動くな!これより強制捜査に入る!」
「入るー」
「…入るー……」
「…なーんて、な。いきなりだが、来たぜいりっち…って二人共テンション低っ!て、テンション上げたの俺だけかよ!?」
何とも賑やかな三人組が、執務室へと登場した。…まあ、賑やかって言っても、実際にテンションが高かったのは一人だけだけど…ね。
「うぅ…一人だけテンション高く入ってくるとか、普通に赤っ恥じゃねぇか……」
「いや…すまん。いざ入ってみたら、『あれ?これちょっと恥ずくね…?』と気付いたもんで…」
「そもそもオレは乗り気じゃなかったんだ。自分からやり出した事なんだから、こっちに責任を求めないでほしいね」
三人組の登場から数十秒後。一人だけハイテンションという、居た堪れない状況になってしまった来客の一人…うずめは恨めしそうな表情を浮かべ、それに対して残りの二人…くろめとウィード君がそれぞれ違う反応を返していた。
「というかそもそも、仕事の場に、俺達も俺達で仕事として来てるのに、変なテンションで入るってどうなんだ…?」
「うっ……」
「うぐっ……」
「まあ、やる前に言えって話でもあるが…って、なんでイリゼまでうずめと似たような顔を……?」
大変ご尤もな、ウィード君の発言。でも、それを聞いた私はうずめとほぼ同時に精神的なダメージを受け、ウィード君は私の反応に当然怪訝な表情を見せる。…うん、まぁ…私も色々あったんだよ、色々……。
「こ、こほん。まあとにかく、いらっしゃい三人共。…で、用事は何かな?単に遊びに来たってだけなら、お茶とお茶菓子を用意するけど……」
「いいや、今は遠慮しておくよ。…君の、察した通りの事だからね」
咳払いをして気を取り直した私は、一拍置いて三人に訊く。薄々理解しつつも、敢えて分かっていないように訊き…それに答えたのはくろめ。軽く肩を竦めて、雰囲気は柔らかいまま…瞳にだけは、ほんの少しだけ真面目さを浮かべる。
そう。私は特務監査官を辞任した。そしてその後任という形になったのが…この三人。
(…私も適任だったかは分からないけど…なんていうか、凡そ監査をしてる感のない三人だよね……)
本来監査というのは、雰囲気がピリッとするもの。何か隠し事があるなら勿論、ない場合でも痛くない腹を探られる事になるんだから。でも今、そういう感じは一切なく…友達だから、というのを差し引いても正直緩い。
じゃあ、なんでそんなうずめ達が私の後任になったか。最大の理由は、うずめとくろめが女神であるから。特務監査官はその性質上、各国女神と渡り合える…力としても精神的にも軽く女神へ道を譲ってしまうような人材ではいけないから、同じ女神である事は有効に働く。特にくろめは守護女神としての経験もあるから、監査官としては絶好の要因。でもくろめ一人を特務監査官という立場にするのは懸念の残る判断だから、同じく女神であり、くろめの抑止力となる…更に違う視点からの監査にも繋がるうずめと、いがみ合う事も多い二人の間に割って立てる…いざとなれば二人を纏めて制止出来る(多分)ウィード君、という感じに決まっていき、この三人が特務監査官になるに至った。
…それを踏まえて考えると、うずめやウィード君はともかく、くろめは私を…監査対象を身構えさせないよう、敢えて緩い雰囲気にしているのかもしれない。そういう事は、得意にしている筈だから。
「よし、いりっち。もう分かってるようだから説明はすっ飛ばして…色々、調べさせてもらうぜ?」
「前任者だから分かっているとは思うけど、下手な真似はしない事だ。建国したばかりの神生オデッセフィアに、余計な疑惑は持たれたくないだろう?」
「建国したばかりでなくても、余計な疑惑は持たれたくないけどね。…さあ、どうぞ」
普段通りの明るい顔をしつつも真面目に言ううずめと、曖昧な表情を浮かべて私への忠告を口にするくろめ。双子とはまた違う意味でそっくりな二人の、まるで違う雰囲気での発言に私は頷き…そこから監査が始まった。
流れについては、当然理解している。まずは執務室の調査で、私は執務机からソファへと移動。
「流石イリゼ、書類も小物も整理整頓されてるんだな…」
「結局はその方が楽だからね。余計な場所取らないし、探すのも楽だし」
「確かになぁ…。俺はぶっちゃけ二人の手伝いしか出来ないんだが、書類に関してはほんと…っと、これは……?」
「あー…それは……お菓子、だね…」
ほんと雑、と言おうとしたのだろうか。それはどちらかなのか、それともうずめくろめ両方なのか。そんな事を思っていた私だけど、ウィード君の手は言葉と共に止まっていて…何だろうと思って覗いたら、ウィード君が見ていたのはとある引き出し…飴や一口サイズのチョコが入っている引き出しだった。
そこだけ全然仕事机感のない内容に、ウィード君も、同じく覗きに来たうずめとくろめも目をぱちくり。別にこれは悪くない事なんだけど、やっぱりまじまじとお菓子ラインナップを見られるのは少し恥ずかしい訳で…私は思わず苦笑いをしてしまっていた。
「ふふ、中々愛らしいじゃないか、いりっち」
「う…べ、別に全部自分で食べる用とかって訳じゃないからね…?そこからライヌちゃんやるーちゃんにあげる事だってあるし…」
「へぇ…って、ん?これはもう終わってる書類で…これも全日程が終了した後の書類…捨てる紙を一旦ここに纏めてたのか?」
「え?いや、それは……」
「どう見ても、まだファイリングされてないだけの、資料として残している書類だろう。場所や他の整理整頓具合からして、少し考えれば分かる筈の事だというのに…」
「はぁ?なんでまだいりっちが何も言ってないのに、そうだって決め付けてるんだよ。百歩譲ってそうだったとしても、聞く前から決め付けるなんていりっちに悪いと思わねぇのか?」
お菓子の存在により、少し柔らかくなった空気感…と思ったのも束の間、うずめの発言を切っ掛けに、雰囲気が一変。さっき私の考えた、ピリッとした雰囲気に…でも、監査自体とは関係のない形で変わってしまう。
「ちょっ…ふ、二人共……」
「いいや、思わないね。普通の良識ある女神なら、捨てる物をこんな形で置いておいたりはしない。特別な意図もなく、当たり前のようにする事へ、決め付けるも何もないだろうさ」
「普通?【オレ】にとっての普通は、ずっと昔の話だろ?時代によって女神に求められるものは変わるってのに、それも考えず普通を語るなんざ、勝手が過ぎるってもんだろうが」
これは不味い、と仲裁に入ろうとした私だけど、声は届かず雰囲気は加速。どっちもまだ理性的で…けど逆に言えば、理性的に煽っている。感情的な怒りをぶつけるのではなく、相手の落ち度を突く形で仕掛けている訳だから…普通に喧嘩するよりもタチが悪い。と、いうか…監査中だよね…?監査中に同僚(どころか同一人物)で煽り合いって…何をしてるの二人共……。
「あちゃー…案の定これか……」
「…二人って、仕事中もこんな感じなの…?」
「普段はまぁ、そんなに悪くないんだよ。どっちも『うずめ』なだけあって、責任感は強いしな。だから、何もなきゃこういう事は起きないんだが……」
「何か切っ掛けがあるとこうなるんだね…。…仕方ない、ここは私が前任者として……」
「…いや、ここは俺に任せてくれ。こっちの問題だし…俺までこんなポジションを与えられたのは、こういう時の為だしな。…あ、そうだ。因みにくろめの見立ては合ってるのか?」
「え?あ、うん。くろめの言う通りではあるけど…」
小競り合いのように二人が煽り合う中、ウィード君と言葉を交わす。その後、私は状況としても友達としてもこれは見過ごせないと思い、改めて止めに入ろうとし…そこでウィード君が、一足先に二人の間へ。
「うずめ、くろめ、今は監査中だろ?だから一旦落ち着いてくれ」
「ウィード…けどな、俺は……」
「確認したけど、書類はくろめの言う通りだったらしい。言い方は俺もどうかと思ったが…実際そうだったって事は、認めるべきだと俺は思う」
「ふっ…助かったよウィード。おかげでオレが証明する手間が……」
「くろめもちょっと冷静になれって。ちょっと勘違いしただけなのをいつまでも言うのは、格好良い事じゃねぇよ」
「…………」
「…………」
「…ま、こんな感じに偉そうな事言ったって、当の監査は二人の手伝いをする事しか出来ないんだけど、さ」
まずうずめを、次にくろめを止めるウィード君。頭ごなしに否定するのではなく、あくまで自分はそう思う…というスタンスで言ったから、二人共反論する事はなく…でもまだ少し不満顔。
そこでウィード君が見せたのは、自嘲気味な苦笑い。務めを理由に止めたって、その監査に関しては手伝いレベルの事しか出来ないんだと頬を掻き…するとそこで、二人の雰囲気が変わる。
「…そんな事、ないさ。確かにウィードには、女神の視点や直感はないんだろうけど…だからこそ、オレや【俺】が持たない考え方があるかもしれない…そうだろ?」
「…【オレ】の後追いみたいな言い方になるのは少し癪だが…【オレ】の言う通りだ、ウィード。これまでと同じように、ウィードが支えてくれる…それって結構、心強いんだぜ?」
「二人共…ははっ、ありがとな。気落ちしてた訳じゃないが…二人から元気、受け取ったよ」
じっと見返したくろめはそんな事ないと言い、表情を緩めたうずめはウィード君の存在を心強いと言う。二人の言葉にウィード君が笑えば、二人は照れ臭そうに、それぞれ別方向へ視線を逸らし…その時二人の顔に、不満げな様子はもう何もなかった。
こうなる事まで見越して、ウィード君は動いたのか。…多分だけど、そうじゃない。私の知る限り、ウィード君はそんな強かな性格じゃないし…そうじゃないからこそ、言える。ウィード君はただ止めたくて、ただ自分の思いを包み隠さず話しただけだって。
「えっと…私も紛らわしい置き方しててごめんね。その書類のファイリングに関しては……」
「あ…っと、あぁ。今はまだ触らないでくれ。…内輪揉めを晒しといて何言ってんだって話だが…まだ、監査中だからな」
表情を引き締め直したうずめの言葉に頷き、私は監査が終わるのを待つ。見られて困るものなんてないけど、やっぱり探られるというのは心地が良いものじゃなくて…皆も私が監査している時、こういう心境だったんだな…と、少し緊張感に欠けるけども私はそんな事を考えていた。
そうして執務室の監査が終わると、次は別室。私も案内の為…そして私の指示で職員に隠蔽行為をさせない為に、三人の監査に同行する。
「ふむ…新国家だし、予想はしていたけど…やっぱり資料にしろ物にしろ、とにかく少ないね。まあ、初の監査と思えば、むしろ好都合か…」
「俺にはこれでも十分多く見えるけどな……」
教会内を回り、三人が監査を続ける中で、くろめがぽつりと発した言葉。それを聞いたウィード君は辟易とした顔で部屋内を見回し、隣のうずめは「だよなぁ…」と言うように肩を竦めた。
…やっぱり、くろめは視点や認識が違う。同じ女神、同じ『うずめ』でも、女神としての記憶…経験の有無が生む差は大きいんだと、二人の差を見て私は実感。
「…………」
記憶。過去。自分が積み上げてきた、自分を証明するもの。…色々な経験をしてきた今の私はまだしも、目覚め、初めての旅をしていた頃の私にとっては、本当に求め、焦がれ…けれど存在しなかったもの。
その意味において、私とうずめは近いと思う。女神である事、記憶喪失で記憶を求めていた事もそうだし…同じではないけど、私は複製体である事も、うずめとは近しさを感じる。
──でも、この表現は間違ってないにしても、やや語弊があるかもしれない。だって……
「いりっち、この部屋の…っていうか、教会の図面ってあるか?」
「図面?データで良いならすぐ用意出来るよ」
思考の海から私を呼んだのは、うずめの声。我に返った私は答え、仕事用の端末で教会の図面を表示する。
元々、本気で考えていた訳じゃない。今の思考は、ふと思い付いて、そのままぼんやり考えていただけのもの。だから呼ばれた瞬間、今の思考は霧散し……そのまま私が、監査の間にこの思考を再開する事はなかった。
*
監査の間、当然特務監査官はその国に留まる事になる。即ちそれは、うずめ達が神生オデッセフィアに滞在するって事で……私は誘った。特務監査官ではなく友達として、三人に教会で泊まっていくように。
「ふへぇ…やっぱ何度入っても、広い風呂は良いもんだよなぁ…」
気の抜けた、ほっこりとした独り言を漏らすうずめ。はっきりと聞こえたその声に、うんうんと無言で頷く私。今、時間は夜で……場所は、言うまでもないよね。
「えぇえぇ、お風呂って本当に素敵なものだと思うわ。人類史における、世紀の発明の一つだってわたしは思うもの」
「お、おぅ…真面目な顔でそうも言われると、某浴場専門の設計技師感があるな…。…けど、知らなかったぜ。せいっちが風呂好きだったなんてよ」
「だって、お風呂といえば心が緩く、しかも開放的になる場所なのよ?ただ浸かっているだけでも、その人の心地良いって感情が湧き出るんだから…わたしにとってお風呂は、観光地やアミューズメント施設に匹敵すると言っても過言じゃないわっ!」
((あー…そういう……))
湯船から出した拳を握り力説するセイツに、私達は苦笑い。まあ、言ってる事は分からないでもないし、私もお風呂は好きなんだけど…ほんと、セイツはセイツだなぁ…。
「…まあ、セイツさんの言いようも、強ち間違いではないのでしょう。現に、温泉街というものもありますし、一口にお風呂と言っても種類は多様ですし( ̄▽ ̄)」
「いや、せいっちが言ってる事とイストワールが言ってる事は、方向性が違うような…というか、今更だがせいっちってスイッチみたいだな…」
湯船に浮かべた風呂桶の中で脚を伸ばし、のんびりとした様子でイストワールさんが言えば、それは違うような…とうずめが頬を掻く。ただでも、これは会議じゃなくてただの雑談だから、認識が正しいかどうかは然程重要でもなくて……そこでふと、私は気付いた。賑やかな空気の中、くろめだけは静かで、少し私達から距離を取っている事に。
「…くろめ?どうかしたの?」
「…別に、どうもしていないさ。ただ……」
「ただ?」
声を掛けてみたけど、くろめは素っ気ない態度。でも理由は何かあったようで、何か言おうとし…たんだけど、止めてしまった。言いたくないのか、それとも上手く言葉に出来ないのか…とにかくくろめが黙った数秒後、私達のやり取りが聞こえていたのか、おもむろにセイツがこちらへ振り向く。
「…もしかして、わたしを避けてる?」
「え、くろめそうだったの?」
意外な言葉に私が目を瞬かせれば、くろめは私達から目を逸らす。その反応は、程度はどうあれ肯定しているも同然であり…セイツはやっぱりね、と言うように苦笑をしつう後頭部を掻いた。そうしてセイツが浮かべる表情は…苦笑いから、真剣なものへと変わる。
「……そうね。包み隠さず言うとすれば、わたしは貴女を快く思ってない部分もあるわ。理由はどうあれ、真意はなんであれ…貴女は、あの出来損ないと結託していたんだから」
「…だろうね。いりっち達が寛容過ぎるだけで、それが普通の反応だよ」
「あら、それはわたしが他の女神より寛容さに欠けるって事かしら?」
「あ、や、そういう事じゃ……」
老若男女皆が好きだと公言するセイツが、唯一徹底的に嫌う存在である…いや、もう女神ではない今となっては嫌う存在『だった』と言うべきかもしれない、キセイジョウ・レイ。そのレイと仲間だった、大きいネプテューヌと違って共に人への害となる事を行ってきたくろめの事を、セイツが快く思ってなかったとしても、それは無理のない事。加えてセイツはくろめに対してもうずめに対しても、私達より知り合うのが遅かった…その分言葉を交わす機会も少なかった訳だから、私やネプテューヌ達と同じように思えないのも至極当然だって思う。というか私達だって多分、少しずつくろめへの思いは違うんだから。
そしてそれは分かっていたと言うように、くろめは自嘲気味に笑う。どこか偏屈さも感じさせる、歪んだ笑い方で…だけどセイツが問い詰めるように言葉を返すと、自嘲気味の笑みは瓦解。途端に慌てた様子となり……次の瞬間、セイツがくろめに抱き着いた。
「なーんて、ね。ふふふっ、くろめの後ろ向きな感情も魅力的だけど、やっぱり慌ててたり照れてたりする時の感情の方が可愛いわ♪」
「んな…っ!?い、いきなりくっ付くな…!抱き締めようとするなぁぁ……っ!」
「んふぅ…ねぇくろめ。わたしは貴女に対して、快く思ってない部分もある。けど、それはそれとして、貴女の心の輝きは、他の人の心と同じように大好きなのよ?…特に、あの日ウィード君と交わしていた心なんて、今でもはっきり思い出せる程素敵だったわ…!いやもう、素敵なんて言葉じゃとても言い表し切れない位の、宝物庫の扉を開いた瞬間みたいな輝きと煌めきが……」
「うわぁぁっ!?い、いりっち!せいっちは君の姉だろう!?傍観してないで、早く引き取ってくれぇぇぇぇッ!」
「あー…はは、うん…うちの姉がごめんね……」
さっきまでの顔付きはどこへやら。緩くも興奮混じりな表情でセイツはくろめを抱き締め、テンパったくろめは赤面と共に目を白黒させてセイツの事を引き剥がそうともがく。けどその間にも、セイツは浮かれた様子で語り続け…最終的にくろめは、幾つもの次元に災厄を起こした元凶だった女神とはとても思えない、その頃の風格なんて微塵もない状態になっていた。…マジェコンヌさんとの差が凄いね…。
「…せいっちって、基本真面目で良いやつなんだけどなぁ……」
「そういえば、うずめさんは暫く神次元でセイツさんやプルルートさん、ピーシェさんと過ごしていたのでしたね(´・∀・`)」
「向こうの暮らしも中々楽しかったぜ。…けどやっぱ、信次元が一番しっくりくるんだよな。覚えてなくたって、身体が覚えてる訳でもなくたって……『天王星うずめ』として、感じるものがきっとあるんだろうな」
「…はっ!今度はうずめから、普段は見せてくれない感情を感じるわ…!」
「げっ…い、いりっちちゃんと捕まえててくれよ…?いりっちの事、信じてるぞ…?」
ゆっくりと握った右手の拳を見ながらうずめが呟けば、私がくろめから引き剥がした(くろめは現在浴槽の端っこで警戒中)セイツがまたもやテンション急上昇。…うん、これはちゃんと捕まえておかないとね。信じてる、なんて言われちゃったら応えない訳にはいかないし。
と、いう訳で私がセイツの両肩をがっしりと掴んでいると、イストワールさんは苦笑いを浮かべ、うずめもそれに肩を竦める。さっきうずめは信次元がしっくりくると言っていたけど、顔を見合わせる二人の姿も、どこか長い付き合いのような雰囲気があって……
「…昔のオレは、こうだったのかな……」
懐かしむような、惜しむような…そんな声が、くろめから聞こえた。さっきまでは精神的なダメージを受けつつもセイツを警戒していたくろめが、そんな呟きを漏らし…遠くを見るような瞳を浮かべる。
「…くろめさん……」
それに反応したのはイストワールさん。見つめるイストワールさんの表情に写っているのは、複雑そうな感情の色。
さっき私は、イストワールさんとうずめを長き付き合いのようなと評したけど、実際二人は…守護女神であった『うずめ』とイストワールさんとは、今のネプテューヌとイストワールさんの様な感覚だったらしい。つまり、今のくろめの発言はその言葉通り、過去の自分を客観的に見ているようなもので……後悔があるのなら、それはその人にとっては辛く映るものだと思う。
そして、イストワールさんも複雑な表情を浮かべているのは…イストワールさんが、くろめの…天王星うずめという女神の事を忘れていたから。厳密に言えばうずめに関する情報が検索出来ず、出来ないという事すら気付かない状態になっていたからであり……イストワールさんにとって『思い出せない』という事は、ある種のアイデンティティクライシス。忘れていたという、くろめへ対する純粋な申し訳なさもそこに加わったのであれば、悲しさと不甲斐なさ…その両方があるに違いない。
(しかも、その忘れていた理由、原因も、くろめの妄想能力絡みらしいんだから、くろめの方は複雑なんてレベルじゃないよね…)
私も何か声をかけてあげたいけど、なんて言ってあげれば良いのか分からない。こういう時、ネプテューヌだったら思いのままに、感じたままに何か言ってあげるんだろうけども、それはネプテューヌだからこそ出来るもの。変な事を言ってしまった場合、下手すると逆に二人へ気を遣わせてしまう事もある訳だから、考えなしに言うなんて出来なくて……
「うぅ…もうちょっとくろめがちゃんとしてれば、こんな事にはならなかったんだよね…でもくろめの事だから、きっとしっかりしてても早かれ遅かれ同じような結果に……」
「うん?…あー、【オレ】、落ち着け〜。ネガティヴスイッチ入ってんぞー…」
……そうこうしている内に、くろめはぶつぶつとネガティヴ発言をするようになってしまった。そしてそれを見て、うずめは「またかぁ…」という表情に変わる。
思考が負のスパイラルに陥ってしまう状態。うずめの妄想状態の様に、くろめは時々その状態になってしまう。どうも前向きなうずめとは逆に、後ろ向きの思考になり易いのがくろめらしくて…ネガティヴな妄想が実現化される、って事は基本ないから危険はないものの、放っておく事もまた出来ない。
「どうすっかなぁ…こういう時はウィードに任せるのが一番なんだが、ここに呼んでくる訳にもいかねぇし……せいっちにまた抱き着いてもらうか…?」
「わたしをショック療法のアイテムにするのは止めて頂戴……あ、でも今のくろめも魅力的ではあるわよ?勿論この状態を肯定するつもりはないけど、落ち込んだ感情も明るい感情とは違う魅力があるっていうか、励ましたい気持ちにもなるっていうか……」
「ちょっ、セイツ戻ってきてー…。くろめだけじゃなくて、セイツまで応答なしなったら手に負えないから……」
こっちまで一人でぶつぶつ言いだしてしまったセイツの肩をゆさゆさと揺りつつ、私は考える。軽度なネガティヴ思考なら声をかけ、我に返らせるだけで何とかなるけど、そうじゃない場合はそもそも声が届かない事が多いから……ちょっとアレな方法だけど、セイツにまたスキンシップを取ってもらうのは、実は結構有効だったりすると思う。
でも我に返ったとしても、ネガティヴ思考が止まるかどうかは別の話。つまり結局はセイツに頼む以外の方法も必要な訳で…そんな風に私が考えている中、ざばり、という音と共に、うずめが湯船の中から立ち上がった。
『…うずめ?』
「身内…ってか、自分自身の問題だからな。ウィードを頼れねぇ以上…俺がなんとかしてみせるさ」
その言葉と共に、うずめは端にいるくろめの方へ。そしてくろめの前で身を屈めると…おもむろにチョップ。
「ていっ」
「どうせくろめは…痛っ!?」
「なーにオレなんかどうせ…的な事言ってんだ、自分の立場を考えて変になるモンスターかっての。てか、そんなに強く叩いてないんだから痛い筈ないだろうが」
「…叩いといてなんだその態度は…酷いなんてものじゃないぞ……」
「それで言うなら、のんびりした風呂の時間を微妙な空気にした【オレ】はどうなんだよ。誰かに何か言われたならまだしも、自分から勝手に落ち込んでってどうすんだよ」
ジト目で見上げるくろめに対し、うずめは両手の拳を腰に当てて、問い詰めるように言葉を返す。するとくろめは黙り込んだまま目を逸らして…うずめははぁ、と溜め息を漏らす。
でもそれは、失望の類いの溜め息じゃない。どちらかというと、呆れ混じりの溜め息で…そこからうずめは言葉を続ける。
「ったく…なんでこの場でそういうマイナス思考になるんだよ、【オレ】は。ここはむしろ、また話せるようになったんだ…って、プラスに考えるべき場面だろ?」
「プラスに…?」
「だってそうだろ。【オレ】にとってイストワールは、ずっと前に仲が良かった相手なんだ。その相手と再会出来て、前みたいにまた仲良く出来る…これのどこに落ち込む要素があるのか、俺にはさっぱり分からねぇよ」
マイナスではなくプラス。過去を見て、そこから後悔を抱くのではなく、喜びを感じる。自分だったらそうするのだと、うずめはくろめに言った。間違っていると否定するんじゃなくて、こうした方がずっと良いと伝えるように、くろめへ語った。
今をプラスに捉えるかマイナスに捉えるか…言ってしまえばそれは、人それぞれ。でも他の誰かがくろめに言うのと、同一人物であるうずめが言うのとじゃ、きっと意味が違っていて……次にくろめが浮かべたのは、皮肉めいた笑み。
「その相手と言ったって、今のイストワールと、オレが守護女神だった頃のイストワールは、完全に同じって訳じゃないんだけど、な」
「うっ…そ、そういう細かいところを突いてくるんじゃねぇよ…!」
「ふっ…そんなんだから、大雑把な性格をしてるって思われるのさ」
「あぁ!?誰がそんな事思ってるって!?ありもしない事を、適当に言ってるんじゃねぇだろうな?」
「少なくともオレはそう思ってる」
「いや、だったらそれはお前の個人的な意見じゃねぇか!」
怒りを露わにうずめが言い返す一方で、くろめはクールに…捻くれ具合満載の言葉でうずめをいなす。煽り合っていた昼間とは違い、今はくろめが完全に優位で…どう見ても明るい表情ではないものの、さっきまで鬱屈とした雰囲気はもうない。
「…えぇ、と…くろめさん、少しは元気になりました…?( ̄O ̄;)」
「あぁ…情けないところを見せたね、イストワール。…全く、【俺】に気を遣われるようじゃ、いよいよオレにも焼きが回ったものだよ」
「よーし【オレ】、それは俺に喧嘩売ってるんだな?いいぜ、買ってやるよその喧嘩…!」
「ど、どーどー落ち着いてうずめ。お風呂で喧嘩とか、絶対足滑らせるか足を取られるかで転ぶからここは控えて、ね…?」
「いやイリゼ、止め方がそれってどうなのよ……」
さっきはセイツを捕まえておいて、今度はうずめを宥めてと、私も私でまあまあ落ち着けないお風呂の時間。ただそれでも、暗かったり気不味かったりする雰囲気よりは良い。何だかんだ言ったって、賑やかなのは楽しいから。
「全く…同じ俺とは思えない位、ほんと性格悪いよな……」
「はは…でも、少し安心したよ。ウィード君抜きでも、二人の仲がそこまで険悪じゃなくて」
「…険悪じゃないように見えるか?」
「少なくとも、話すのが嫌だとは思ってないでしょ?」
「……まぁ、さっきも言ったが同じ自分だからな。上手く言えねぇ部分も多いけど、やっぱ放っておけねぇんだよ」
「…そっか」
私を跳ね除けてまで喧嘩しようとは思ってなかったようで、口を尖らせつつもうずめは怒りを納めてくれる。そんなうずめに私が安心したと言えば、うずめは色々な感情の混ざったような…それこそ、誰でもない自分を見つめているような顔を浮かべて、ちゃぽんと湯船に座り直した。
「あ、けどムカつく部分は普通に多いな。多いってか…あいつもほんとに俺なのか?違う道を歩んだ並行世界の俺とか、実はもっと離れた存在なんじゃねーかな…」
「そ、それはないと思うけど…(これは…じ、自己嫌悪の一種なのかな…何せ同じうずめだし……)」
「…ね、イリゼ、うずめ」
何だかほっとした…のも束の間、今度はうずめの方がぶつぶつとくろめへの文句やら変な疑念(?)やらを小声で言い出してしまい、それに私は苦笑い。でもそこでうずめ共々セイツに呼び掛けられて、何だろうと思いながらセイツが視線で示す方向を見れば……そこではイストワールさんとくろめが、ゆっくりと話をしていた。
特段盛り上がっている訳ではない、内容も雑談ではなく仕事絡みの、一見するとそこまで楽しそうにも思えない会話。でも、イストワールさんもくろめも、浮かべる表情は決して悪くなくて……やっぱり、しっくりくるなと思っていた。うずめがイストワールさんと話していた時とは、少し違う雰囲気だけど…違っても尚同じだなと、私は感じた。
(…オリゼとイストワールさんも、そうなのかな……)
ふと私が思い出すのは、二人の関係。ブランの見立て通り、私が共に過ごしたオリゼは別次元の存在ではなく、今ここにいる私を生み出してくれたもう一人の私ならば、オリゼとイストワールさんは互いに面識があるという事になる。でも今のイストワールさんは、オリゼを知ってはいても、覚えていない。記録にはあっても、記憶にはない。
何故ならそれが、イストワールさんだから。詳しくは私も最近知った事だけど、イストワールさんは変化する時代に対応する為、また代々仕える女神からの影響を受ける事で、現代に至るまで数度のアップデートをしているらしい。そしてそれは、記録者としての能力や記録した情報を保持しつつも生まれ変わるようなもので、さっきくろめが言っていたのもそういう事。つまりイストワールさんにとってオリゼは、創り出してくれた親であると同時に、一番初めの自分が仕えていた女神でもある訳で…それはどんな感情なのか、訊かない限りは想像するしかない。訊いたとしても、理解出来るか分からない。
だけど…多分、悪い事じゃないと思う。それは、今も、オリゼの時も、イストワールさんの表情を見ればよく分かる。それ位は訊かなくたって理解出来る。…何せ私は、イストワールさんの妹だから。
「…あ、そうだ。うずめ、くろめ。もし良かったら、今日は皆で一緒に寝ない?折角だもの、寝る前にも色々と話しましょ?勿論イリゼとイストワールも、ね」
「い、一緒にか…?…せいっちとってのは少し不安が残るが…イリゼと一緒に寝るってなると久し振りにだもんな。構わないぜ」
「…まあ、オレも構わないよ。せいっちと隣接する場所で寝るのは御免だけどね」
「二人共酷くない!?い、言っておくけどわたし、抱き着き魔とかじゃないからね!?」
((さっき抱き着いておいてそれを言うかぁ……))
セイツがショックを受ける一方、私は…というか、多分全員が呆れ混じりの感想を抱く。まあ、それはそれとして、セイツの提案は私やイストワールさんも賛成し…今日の夜は、皆で一緒に寝る事となった。
特務監査官と監査対象が仲良く寝るっていうのは、どうなんだろう…って気持ちもある。でも、仕事は仕事、友情は友情。感情ってのは簡単に割り切れないものだけど…だからって頑なになり過ぎる必要もないと思う。だって私達女神は…心の尊さを、よーく知っているんだから、ね。
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「……なーんか、ずっと向こうは賑やかだなぁ…良いなぁ…。…あ、いや別に、邪な感情はないぞ!?今のは単に、賑やかで良いなぁってだけの事だぞ!?……って、一人で何言ってるんだろうな、俺…」
今回のパロディ解説
・某浴場専門の設計技師
テルマエ・ロマエの主人公、ルシウス・モデストゥスの事。セイツはタリの時代と現代の二つを知っているので、ある意味似て…るとまでは言えませんでした、はい…。
・「〜〜自分の立場〜〜モンスター〜〜」
MOTHER2に登場するモンスターの一体、オレナンカドーセの事。くろめの一人称は「オレ」ですしね。作中の状態的には、クロメナンカドーセ、ですが。