超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession 作:シモツキ
自分の元居た次元を、自分の生みの親を探しに行く。ビッキィちゃんがそう決めてから、月日が過ぎた。これまでと同じように…けれど確かな、はっきりとした目的を持った、ビッキィちゃんとの毎日が。
ビッキィちゃんは、多くの事を学んだ。学業も、次元に関する知識も、戦闘技能も、意欲的に、積極的に習得していった。…まぁ、全部を完璧に、って訳ではないけど…それでも目的意識が、果たしたい望みが、強い原動力になっていた事は間違いない。
力強く進んでいくビッキィちゃんの姿は、嬉しく、誇らしく…でも、寂しくもあった。前にも似たように感じた事はあったけど、その時とは違う。あの時は単に、変わっていく事への喜びと悲しさを感じていただけだけど、今は逞しくなっていくビッキィちゃんの成長が、今ここにある…私にとっては完全に日常となった日々が終わる、そのカウントダウンのようで。
「…ママ、どう?」
緊張と不安、その両方が籠った面持ち。それを浮かべているのはビッキィちゃんであり、向けられているのは私。そして私は、小さく一つ頷いて…言う。
「うん、美味しい。具はもう少し薄く切った方が火の通りが良くなるし、ちょっと鍋を掻き回し過ぎではあったけど…一人でこれだけ出来るなら、十分だよ」
ただ褒める、肯定するという訳じゃなく、きっちり改善点は示した上での、ビッキィにに見せる笑顔。するとビッキィちゃんの表情もぱぁっと明るくなり…その上で、次はもっと良くすると意気込む。それを見て、これはまだまだ上達するな、と私も感じる。
今私は、ビッキィちゃんの作ったスープを食していた。これも別次元へ向かう日に向けての勉強の一つであり…私の経験上、簡単な料理だけでも作れるのと作れないのとじゃ全然違う。料理が出来るなら、食材さえあれば食料を用意出来るという事だし、食事は心の安らぎにもなるものだから。
「ママ、次はもう少し難しい料理でもいいよ?」
「ふふ、向上心があって宜しい。…けど、目的を見失わないようにね?豪勢な料理が作れるなら良いけど、そういう環境が得られるとは限らないんだから」
やる気はあるに越した事はないけど、念の為私は目的を、何の為の料理なのかを改めて言っておく。
ここでいう簡単っていうのは、器具や設備が揃わない場合でも作れる…というのも含めての事。前提は環境が整っている事ではなく、整った環境があるか分からない事だっていうのは、忘れちゃいけない。
「さてと、じゃあ次は外だね。どうする?少し休憩する?」
「ううん、大丈夫!」
二人で食器を洗ったところで、私は休憩するかと訊く。するとビッキィちゃんはファイティングポーズを取り、しゅっしゅと軽く拳を突き出し元気アピール。ビッキィちゃんらしい、快活な姿に私は微笑み、ならばと二人で教会の庭へ。
「ほっ、ふっ、ふッ…でやぁあぁッ!」
「お、っと…!」
踏み込み繰り出される、鋭い殴打。素手の長所の一つである、回転率の高さを活かした連続攻撃をビッキィちゃんは私に放ち、私はそれを下がりつつも逸らす形で、受け流す事で防いでいく。
押し込むような殴打の末、ビッキィちゃんは飛び上がって回し蹴り。私は蹴りを交差させた腕で受け、その衝撃を利用して後ろに大きく跳び…着地したビッキィちゃんもまた、地を蹴り追撃をかける。そうして再度の接近と同時に振り出される腕は…異形のそれ。
「良い連撃だね、ビッキィちゃん。なら、ここからは…私も反撃していくよ!」
「うん…ッ!」
真剣白刃取りの様に両手でビッキィちゃんの腕を掴み、投げ出すように左へ逸らす。ビッキィちゃんが振り向いたところで、私は反撃する事を伝え…た瞬間、またビッキィちゃんは飛び掛かってきた。
それで良い。闇雲な攻撃はカウンターに繋げられてしまうものだけど、息吐く間を、余裕を与えない連続攻撃というなら別。今のビッキィちゃんは、間違いなく後者であり…私ではなく並みのモンスターなら、今に至るまでに一発は攻撃が入っている。
「もう抵抗も、その腕への不安もないんだね…!」
「ないよ、だってこの腕が、わたしの腕だから。わたしの一部だから…!」
殴打、掌底、肘打ち、裏拳。ビッキィちゃんの対応力を鍛える為に、とにかく私は多彩な打撃で攻め立てる。合間合間で蹴りも織り交ぜ、ビッキィちゃんに防御を強いる。
ビッキィちゃんは、無理に反撃しようとはしない。しっかり見て、しっかり防御して、私の隙を伺っている。そして私が手刀で横薙ぎをかけた瞬間、ビッキィちゃんは後ろへひっくり返るような動きで手刀を避け、しっかりと両手を地面に付ける事により一回転し、回り終えたところで「どうだ!」とばかりににっと笑う。そこからほんの一瞬、私もビッキィちゃんも動きを止め…先に動いた私が跳び膝蹴り。するとビッキィちゃんは、さっきのお返しをするように私の膝蹴りを両手で左右から掴んで受け止め、そのまま地面に叩き付けようとしていた。でもその直前、私が掴まれたのとは逆の脚を振り出した事で、ビッキィちゃんは両手を離し、少し惜しそうな顔をしながらも回避の為後退。とはいえ私は両脚を振った状態で、着地後即動ける訳じゃなく、それを目敏く看破したビッキィちゃんはすぐにまた仕掛けてくる。
地面を押し出すように蹴って、横に跳ぶ。回避行動と共に一度私は距離を取り、今度はビッキィちゃんからの動きを待つ。
「そこだっ!…と、見せかけて……ッ!」
「フェイント…?…中々良い狙いだ、ね…ッ!」
突進からビッキィちゃんが見せてきたのは、姿勢を下げての足払いの挙動。脚を狙われるなら、と私は跳んで、避ける流れからそのまま反撃…に移ろうとした瞬間、跳ね上がるようなアッパーカットが下から迫る。
違和感のない、上手いフェイント。しかも姿勢を下げていた事により、ただのアッパーカットより勢いがある。フェイントをフェイントで終わらせるのではなく、一つ一つの行動を独立させてしまうのではなく、繋がっている一つの流れとする事は、戦闘において凄く有用となる動きであり…ここまでの事が出来るようになったのかと、私は誇らしさを禁じ得なかった。
(本当に…大きくなったね、ビッキィちゃん…!)
迫り来るアッパーカットに対し、私は元々放とうとしていた打撃を合わせる。ビッキィちゃんの強靭な拳と、私の外見は普通の…でも人間の姿とはいえ、多少なりとも女神の力が乗った拳がぶつかり合い、私達は視線を交わす。
激突の瞬間は互角。けど地面を踏み締めているビッキィちゃんの方が力は持続し、私は押し返される。無理に反撃をせず私が下がれば、さっきと同じようにまたビッキィちゃんは懐へ飛び込んできて……ここで少しだけ、私は本気を出す。突き出された右ストレートを見切り、紙一重で躱し…そこから手首と襟元を掴んで、身体を捻って背負い投げ。ビッキィちゃんは私のカウンターに目を見開き、そのまま投げられ…だけど私が途中で手を離した事で、再び両手を地面に付けて、今度はハンドスプリングをするような動きで叩き付けられるのを回避した。
着地の瞬間軽くよろけながらも、すぐ構え直すビッキィちゃん。私はその構えに崩れた部分がない事を確認し…ふっと笑う。
「…大きくなったし、強くなった。これだけ戦えるなら…もう、何も心配する事はないね」
「ママ……」
力を抜き、立ち姿でここまでにしようかと伝えると、ビッキィは私を見つめた後、同じように力を抜く。…と、いうより…緊張の糸が切れたように、ビッキィの身体から力が抜けた。
「ふー…つっかれたぁ……」
「ビッキィちゃん、最初から最後まで果敢に攻め続けてたもんね。どう戦うかは相手によって考えるべきだけど、どんな相手でも及び腰にならず、強い気持ちを持って臨むのは大切な事だよ」
「でも、無理に相手に合わせる位なら、自分の得意を全力でぶつけた方が良い、だよね?」
「そういう事。要は自分の土俵で戦うって事だね」
出る前に用意しておいた飲み物を渡せば、ビッキィちゃんはぐっと飲む。流石に一気飲みはしないけど、そこそこの量をぐぐっと流し込んで…それからビッキィちゃんは私を見る。
「…ママは、まだまだ余裕そうだね」
「まぁ、ね。あ、でも私を比較対象にしちゃいけないよ?自分で言うのもアレだけど、女神は基準としては不適切過ぎるし」
「あ、うん。…でも、女神じゃなくたって、わたしより強い人とか存在は、沢山いるよね…」
その言葉と共に、ビッキィちゃんは思うところがあるような表情を浮かべる。ビッキィちゃんは強くなる為に訓練をしていて、指導者となった私が女神である以上は、そういう思考をするのも無理はない事で…だから私は、ビッキィちゃんの頭に手を置く。触れて、ゆっくりと撫でる。
「ビッキィちゃんには、頑張れる心も、もっと強くなろうって気持ちもしっかりあるでしょ?目先の何かじゃなくて、もっと先を、本当に叶えたい事を見て進む事が出来るでしょ?だったら、大丈夫だよ。まだまだビッキィちゃんは強くなれる、立派になれるって、ママは信じてるから」
そう。才能や知識、経験も大事だけど、同じように気持ちだって大事。それがなければどこかで止まってしまうだろうし…その心を持ち続けられれば、ゆっくりでも、迷ったとしても、成長が止まる事はない。信次元の女神として、それははっきりと言う事が出来る。
「…だよね。ママ、わたしはもっと強くなるよ。心配の必要がないだけじゃなくて、頼りになるって思われる位に」
「そう思ってくれるだけでも頼もしいよ。…頑張れ、ビッキィちゃん」
「うんっ!…あ、後必殺技とか欲しいな…ママの言う、絶対の自信を持てる切り札ってだけじゃなくて、シンプルに格好良い必殺技が……」
「それは、まぁ…出来ると良いね……」
私からのエールに大きく頷き、ビッキィちゃんは笑う。浮かんだ笑顔に曇りはなく…でもその後手を戻したビッキィちゃんは、顎に指を当てて、何やら思案していた。…まぁ、分からない事はないけどね…女神としては戦いの中にも華麗さ、綺麗さを意識したいものだし、格好良く技を決める事が出来れば、やっぱりその時は気分が良いし。
「こほん。じゃ、訓練もここまでにしようか。改善点は…んー、中に戻りながら話せば良いかな。もう一つ一つ、しっかり話さなきゃいけない程粗がある訳じゃないからね」
訓練を始めたばかりの頃は、当然知識も考え方もまだ整っていなかった訳だから、じっくり説明したり、実演してみせた事も多かった。けど今は、ある程度の事なら歩きながらの説明でも理解し改善に繋げられる。そういうレベルまで、ビッキィちゃんは至っている。
(…立派になったね。もうビッキィちゃんは、立派な大人だよ)
今日気付いた事を話し、それを受けての質問に答え、終わったところでビッキィちゃんは廊下を進みつつも思考に入る。改善点を踏まえたイメージをしているのか、自分で更なる改善点を探しているのか、それとも本格的に必殺技を考えているのか…とにかくビッキィちゃんの思案顔は大人びている。
勿論、まだビッキィちゃんは少女と表現するべき見た目だし、精神面だってそう。だから私が大人だと感じたのは、出会ったばかりの…まだ幼かった頃のビッキィちゃんや、色んな事に触れ、少しずつ学んでいた頃のビッキィちゃんと比較しての事。そしてビッキィちゃんが、自らの道を定め、そこに向けて歩んでいるからこその事。大人も子供もない女神が語るのも変な話だけど…今のビッキィちゃんは、私から見て確かに大人だと、そう思ってる。立派になったと、そう感じている。
自分の育ててきた子が、私を母と慕ってくれる子が、立派な大人になったと感じられる日がくるなんて、私は幸せものだ。母冥利に尽きるというものだ。…だから、だからこそ…もっと私は見ていたい。出来る事なら、これからももっと……
「……っ…」
「……あれ?ママ?どうかしたの?」
「…ううん、何でもないよ」
はっとして、足を止める。不思議そうな顔をしたビッキィちゃんに何でもないよと返して、私は浮かんでいた思考を振り払う。
駄目だ。ビッキィちゃんは、自分の意思で、自分のルーツについて知ろうとしている。その為に、日々頑張っている。なのに私が、母である自分が引き止めるなんて、あっちゃいけない。ビッキィちゃんはきっと私を信じてくれているのに、私が私の都合で引き止めようとするなんてのは…私自身が、許せない。
それに…私はビッキィちゃんを、歩もうとしている道を、応援したい心もある。この気持ちもまた、嘘偽りのない本心であり……私は心を引き締め直す。これからも、ビッキィちゃんを応援出来るように。最後まで、ビッキィちゃんの背中を押せるお母さんで在れるように。
*
更に、時が経つ。ビッキィちゃんの気持ちは固く、けれども焦る事はせず、着実に準備を重ねていった。心は固く決まっているからこそ、焦りはしなかったんだと思う。
どれだけ準備が進もうと、ビッキィちゃんが変わる事はない。成長はしても、ビッキィちゃんはビッキィちゃんのままで、共に過ごす日々もこれまで通りで…だけど、終わりは確かに存在する。ビッキィちゃんが、元いた次元へと旅立つ……その日が遂に、訪れる。
「ビッキィちゃん、貴女がしようとしている事は、きっと凄く難しいわ。でも、不安に思ったりしなくても大丈夫。だってビッキィちゃんには、強い思いがあるんだもの。強い、強い…奏でるような心の輝きが!」
「無理や危険な事はしないで下さいね?勿論、止むを得ない瞬間はあるかもしれませんが…自分を大切にする事が、ビッキィさんの目的を、果たしたい事を果たす事に繋がる筈です(´・∀・`)」
神生オデッセフィア教会の…うちの正面玄関で、私達は向き合う。ここにいるのは、これから旅立つビッキィちゃんと、それを見送る私達。
両手を肩において、力強く…若干(?)テンションの上がった様子でセイツは語り、イストワールさんも穏やかな表情と声音で言葉を送る。それに対し、ビッキィちゃんはイストワールさんの言葉にはしっかりと頷いていた一方、セイツの語りには苦笑いをしていて…やはりというべきか、そんな反応に対してもセイツは、「これよこれ、普段明るいけど実はちょっと落ち着きもある今のビッキィちゃんの、この何とも言えない時の感情も素敵…!でも、これも見納めなのね……!」…とかなんとか言っていて、そりゃ苦笑いされるよね…という話。
「はは…大丈夫だよ、イストワールお姉さん。ママからも、無理しちゃいけないってちゃーんと教わってるから。セイツお姉さんも、ありがとね。実はちょっと、緊張してたんだけど…セイツお姉さんの言葉を聞いたら、何だか緊張が解れちゃった」
「あ、そ、そう?…わたしとしては、どちらかというと勇気付けるつもりだったんだけど……」
「であれば、気持ちを舞い上がらせながら言うべきではないでしょう…(ーー;)」
「う…でも、どんな形であれビッキィちゃんの力になれたのなら良かったわ」
苦笑の後に、ビッキィちゃんは言葉を返す。思っていたのとは違う反応にセイツは戸惑い、半眼のイストワールさんに突っ込まれ…でもその後、セイツは柔らかな表情を浮かべた。旅立つ者を祝福する女神として…そして、多くの時間を、数え切れない程の経験を共にしてきた家族としての、愛情と優しさの詰まった笑みを。
そんなセイツの気持ちが伝わったようで、ビッキィちゃんはまた頷く。二人を順番に見て、頑張るからねと意思の籠った声で言った。
セイツとイストワールさんも、ビッキィちゃんを私の娘として、家族として接し、大切にしてくれた。そのおかげで、ビッキィちゃんは二人の事も慕い、私だけじゃなく、私の家族は皆、ビッキィちゃんとも家族になれた。家族皆で、沢山の思い出が作れて……だから今、こうしている。二人はビッキィちゃんを見送りたいって、ビッキィちゃんもその気持ちに応えたいって、きっとそう思ったんだ。
(…それに、二人だけじゃない)
飾らないやり取りを交わす三人を見つめていた私は、小さく振り返る。
ここにいるのは、何も私達だけじゃない。ビッキィちゃんが関わってきたのも、私達だけなんかじゃない。教会にはビッキィちゃんの成長を見てきた職員や、ビッキィちゃんと何度も話した事がある職員だって沢山いて、そういう人達もビッキィちゃんを見送りに来てくれた。そんな皆にとっても、ビッキィちゃんはただの「教会に住んでる子」なんかじゃない。そしてここには、ビッキィちゃんの進まんとしている道への感動と、ビッキィちゃんが旅立つ事への悲しさから、さっきからずっと目に涙を溜めているもう一人の……
「うぅ、ぐすっ…び、ビッキィさん…絶対絶対…ご両親、を…見つけて、下さい…ね…!な、何かあったら…呼んで、下さいね…!そうしたら、私…いつでも、どこでも…駆け付けます、から…っ!」
「あ、う、うん…大丈夫、大丈夫だから顔拭いて…?周りの職員さん、皆物凄く心配そうにしてるからね…?」
……もう一人の私は、オリゼは、それはもう号泣していた。しょっちゅう泣くオリゼだけど、今日は特別泣いていた。周りの職員に心配をかけてると言われた途端、それはいけないと目元を袖で拭い、泣くのを我慢していたけど……目はまだうるうるとしまくりだった。…きもちはわかるし、ビッキィちゃんの事をここまで思ってもらえてるなら、私としても嬉しい限りではあるんだけどね…。
「シャットとリンカも来てくれてありがと。二人が来てくれてわたし、凄く嬉しいよ」
と、私が視線をオリゼに向けている間に、ビッキィちゃんはそのオリゼから、シャットちゃんとリンカちゃん…二人の親友とのやり取りに移る。
「ビッキィ、本当に行っちゃうの…?」
「ビッキィさん、すぐには戻ってこないんだよね…?」
「…うん」
先程までの、私の二人の姉達とは違う、しんみりした声音。私から二人の顔は見えないけど、その表情は想像出来る。それに、声音へ籠った感情も、凄く凄く理解出来る。
友達が旅に出る。普通に考えたってそんなの寂しいものだし、私達と違ってシャットちゃんやリンカちゃんにとって、別次元というのは全く想像も付かない、未知の領域そのものな筈。そこへ友達が行ってしまうなんて、寂しいだけじゃなく不安だったり心配だったりもきっとあるし、ビッキィちゃんも二人に対して声を詰まらせる。数秒間の沈黙が訪れ…その沈黙を破ったのは、二人の方。
「…けど、ビッキィさんが決めた事、だもんね」
「うん。今日の為に、ビッキィは毎日頑張ってたんだもんね」
「二人共…あ、あのね。わたし二人が友達になってくれて……」
「待った!ここからは、しんみりした感じはなしにしよ?」
「わたしもそれに賛成!…って言っても、先にしんみりしちゃったのはわたし達の方だけどね〜」
友達を悲しませてしまっている。その事への負い目があるのか、ビッキィは二人へ声をかけようとし…でもそれを、シャットちゃんが止める。リンカちゃんも、発言に頷く。
その言葉は、ビッキィちゃんへの気遣いか、それとも笑って見送りたいという、友達の思いか。私には分からない事だけど、ビッキィちゃん達には…友達同士には伝わるものがあるのかもしれない。そしてビッキィちゃんが見つめる中、二人は息を吸い……言った。
「ビッキィ、ボク応援してるからねっ!ビッキィの、トップオセラーへの道を!」
「わたしも期待してるよー。ビッキィちゃんならきっと、全次元オセロ大会も制覇出来る、って!」
「シャット、リンカ……って、違うよ!?え、いや…えぇっ!?もしかして二人、わたしがオセロを極める旅的なのに出ると思ってたの!?だとしたら大間違いもいいところだよ!?後、全次元オセロ大会って何!?トップオセラーはもっと何!?」
ぐっ、とサムズアップしてみせる二人。心を打たれたような表情を浮かべ…たのも束の間、唖然とした顔で突っ込むビッキィちゃん。…二人は言った。物凄く、物凄ーく頓珍漢て、予想の斜め上にも程がある事を。
「全次元オセロ大会の覇者として、ベストオブオセラーになって帰ってきたら、盛大に祝ってあげるからね!」
「また聞いた事のない言葉が出てきた…!?い、いやあのね二人共、わたしはオセロ絡みで旅に出るんじゃなくて……」
「けど、時々連絡してくれると嬉しいな〜。あ、それかわたしの方から、ちょこちょこ電話したりとかしてもいいかな?」
「オセロ絡みを解決しないまま進めようとしないで!?というか、別次元だよ…?一応、準備とか設備を整えれば出来るって話だけど、そんな気軽には……」
「あ、お土産お願いねー」
「近くに寄る事があったら、帰ってくるんだよー?」
「だーかーらぁぁぁぁ!ふ、二人共ふざけてるね!?分かってて言ってるよねぇ!?」
繰り広げられるのは、何だか普段の女神同士や、私が友達同士とするようなやり取り。初めは本当に勘違いしてるのかと思ったけど…どうやらふざけているだけらしく、それをビッキィちゃんに指摘されると、笑いながらも二人は冗談を重ねるのを止める。
「もー…なんでこんな時にまでふざけるかなぁ…」
「言ったでしょ?しんみりした感じはなしだって」
「え…まさか、最初のしんみりしてたのも演技だったとかじゃないよね…?」
「流石にそれはないよ〜。…寂しいのは、ほんとだもん…」
軽い調子でシャットちゃんは返したけど、その次のリンカちゃんは、いつもののんびりした声で返した後…雰囲気が、変わる。寂しいのは本当だって、思いを漏らす。
「…ボクも…正直、実感がないよ…別次元なんてのも、ビッキィがそこから来たっていうのも、そこに旅立つっていうのも、全部…全然……」
「…ごめん…二人はわたしが学校に行き始めてからすぐ友達になってくれたし、わたしの秘密を知っても友達のままでいてくれたし、二人のおかげで毎日凄く楽しかった。…なのに、二人にちゃんとお返しもしないまま旅に出る事は、本当に悪いと思って……」
「そ…そんな事ないよ、ビッキィ!」
「うん、ない…ないよ、ビッキィさん…!」
きっとこれまでは、飲み込み切れていない思いを押し殺していたんだ。リンカちゃん、それにシャットちゃんの言葉で私はそう感じる。今生の別れじゃないとはいえ、仲の良かった子と、これまで会うのが当たり前だった友達と離れ離れになるのは、しかもその先が自分達には何も分からない場所ともなれば……本当は二人共、泣きたい位辛く、悲しかったのかもしれない。
そんな二人に向けて、ビッキィちゃんが伝えるのは謝罪。恐らくはさっき伝えようとした、感謝の思いがあるからこその謝罪の言葉で…でもそれを、二人は否定する。聞いた途端に二人共首を横に振って、それは違うとビッキィちゃんに返す。
「お返ししてないなんて事ないよ、ビッキィさん。だって、わたし達も楽しかったもん…!ビッキィさんとお喋りしたり、遊んだり、一緒にお出掛けしたりするのが…!」
「そうだよビッキィ!お返しって、それじゃあまるでボク達が気を遣って友達になったみたいじゃん!そんな事ない、ないからなっ!」
「……っ…リンカ…シャット…嬉しい……二人はわたしの、本当に本当に大切な友達だから、そう言ってくれるのが…そう思ってくれるのが、凄く嬉しい…っ!」
心のままに、思いのままに、三人は言葉を紡ぐ。他意、打算、気遣い…そういう理由なんて一切ない、真っ直ぐで純粋な「友達だから」という思いだけで、嘘偽りのない友情で三人は繋がっているのだと、見ている私にもはっきりと伝わってきた。
…でも、二人は言わない。行かないでとは、一言も言わず……二人は袖で顔を拭う。
「…ビッキィ…ボク達、友達だよ…!ビッキィがどんなに遠くに行っても、友達だ…っ!」
「応援してるからね…!ビッキィさんならきっと大丈夫だって、信じてるから…!」
「ありがとう…ありがとう、二人共…っ!お土産、持って帰るから…!凄い話も、面白い話も、帰ったら沢山話すから…!絶対帰ってくるから、待っててね…!」
友達として送り出す二人の言葉と、友達として再会の時を約束するビッキィちゃんの言葉。ビッキィちゃんの目には涙が浮かんでいて…でも、泣く事はなかった。耐えていた。…きっと、二人に不安を抱かせない為に。送り出してくれる二人へ、安心してもらう為に。
「……生まれた場所が違ったって、普通じゃない何かがあったって、人は人。友情を育む事も、違う誰かと思いを交わす事も出来る…そうよね、イリゼ」
「うん。これは私達が、女神や家族が与えたものじゃない。ビッキィちゃん自身が、掴んだものだよ」
微笑むセイツの、優しい声。感情を感じて心踊るいつものそれではない、人の歩みを、生み出したものを見守り喜ぶ、女神の笑み。
私も頷き、共に見守る。自分の手で、自分の思いで繋がりを生み、それを深める事の出来るビッキィちゃんなら、きっと向かう先でも大丈夫だと思いながら。
(そう。もうビッキィちゃんに、心配はいらない。勿論まだ、成長途中だけど…それは誰もが同じ事。人の成長に完成なし…ビッキィちゃんは不完全なんかじゃなくて、完成した人なんかいなくて…誰もが進化し続けるんだから)
少し大袈裟かもしれないけど、私はそう思っている。不完全でも未完成でもない、常に進み続けるのが人なんだと。そしてそれを感じさせてくれる、ビッキィちゃんが私は誇らしかった。欠かせない存在となった二人にも、私は感謝しかなかった。
そして、三人のやり取りは終わる。友達と、お互い伝えたい事を伝えられたビッキィちゃんが次に見るのは……私。
「…ママ」
「うん。お母さんからも、少しいいかな?」
呼ばれた私は、一つ頷いて問い掛ける。嫌だ、って言われるとは思わないけど…というか嫌だって言われたら膝から崩れ落ちるかもしれないけど……ビッキィちゃんはそんな事を言わず、勿論、と返してくれた。自分も話したいからと、そう言ってくれた。
「なら……」
「あ…でも、歩きながらでもいい…かな?…その…最後に教会の中を…わたしの家を、見て回りたくて……」
「そっか。それでも大丈夫だよ」
家という、どこよりも馴染み深い場所を見て回りたい。プラネタワーから神生オデッセフィアの教会に移り住む形になった私には、ビッキィちゃんの気持ちが分かったし、だから快諾と共に私とビッキィちゃんは教会の奥へ。その際、皆は気を遣ってくれたのか、イストワールさん達は勿論、シャットちゃんやリンカちゃんも「行ってらっしゃい」という雰囲気で私達を見送ってくれる。
「ビッキィちゃんにとって、ここは自分の家なんだね」
「え、それはそうだよ。…普通に考えたら、そうなるんじゃないの…?」
「まあ、それはそうなんだけどね。けど私が言いたいのはそういう事じゃなくて……まぁ、いっか」
他人の家に住まわせてもらっている、ではなく自分の家だと思っている。それもまた、私にとっては感慨深いものだったんだけど…別に伝える程の事でもないよね、と私は胸の内へ納める事に。
その代わりに、私はさっきしようとした話を切り出す。…と、いっても厳かにとかじゃなくて、もっと軽く、いつもの調子で。
「ビッキィちゃんは、ここまで本当によく頑張ってきたね。両親を探しに行く、って決めてからは本当にそうだけど…それより前も、ビッキィちゃんは色んな事を頑張ってきた。学んで、経験して、積み重ねてきた。お母さんはそれを、ちゃんと知ってるよ」
「それは、ママや皆のおかげだよ。ママが頑張れるように色んな事をしてくれたし、皆も支えてくれた。わたし一人だったらきっと…ううん、絶対こんなには頑張れなかったから」
「かもしれないね。でも、そうしたいって、支えてあげたいって思わせたのは、他でもないビッキィちゃん自身だよ。そして…それもビッキィちゃんの力の一つだって、お母さんは思ってる」
いつも一生懸命で、真っ直ぐなビッキィちゃんだから支えたい…そう思った人が多いのは間違いないだろうし、私もビッキィちゃんの意思を、強い思いを感じられていなかったのなら、怪我の一件の時訓練を付けるではなく、止めさせる選択肢を取っていたかもしれない。だからこれは、本人に自覚はなくても、ビッキィちゃんの力。そんな風にやり取りをしながら、私達は教会内を回る。時々「ここではこんな事があった」なんて風に話しながら、ビッキィちゃんとの日々を思い出す。
「色んな事が、あったよね」
「うん。色んな事があったよ」
真剣に絵本を読んでいたのは、もう遥か昔の事。勿論何十年、何百年も前の事ではないけど、実際の年月以上の時が経ったと思ってしまう位、ビッキィちゃんとの日々は濃密で、充実していた。大変な事、難しい事も多かったけど、それ以上に楽しく、嬉しかった。
リビング、大浴場、裏手側の出入り口に、庭。軽く国の中枢としての境界区画を回った後は、ゆっくりと居住区画の教会を回り……最後に行き着いたのは、ビッキィちゃんの部屋。
「やっぱり、ここが一番思い入れある?」
「そう、だね。だってここは…ここで、わたしはママと出会ったから」
「…そっか、そうだもんね」
言われて確かにそうだと気付く。私がビッキィちゃんと出会った…というか見つけたのは森の中だけど、ビッキィちゃんが私と出会ったのはここ。初めて話したのも、初めて私の作ったご飯を食べたのも、心を開いてくれたのも、この部屋。ここじゃなきゃいけなかった訳じゃないけど…だからこそ、ただの部屋であるここは、積み重ねで特別な場所になったんだ。
「…………」
「…………」
二人で並んで、部屋の中をゆっくりと見回す。もう荷物を纏めた後のビッキィちゃんの部屋は、小綺麗な状態になっていて…でも、家具やカーテン、クッションなんかはそのままにしてある。空き部屋の状態には戻してないし…戻す気もない。
「…ありがとね、ママ」
「うん?」
「わたしを見つけてくれて、わたしを助けてくれて、ここに居ていいって言ってくれて…ありがとね」
どれ程か分からない沈黙の末、ビッキィちゃんはありがとうと言う。そんなの、お礼を言う事じゃない…一度はそう返そうとした私だけど、その言葉は飲み込む。代わりに私も、感謝を伝える。
「お母さんこそ、ありがとね。元気に成長してくれて。一杯笑顔を見せてくれて。私に今まで知らなかった事を…想像すらもしてなかった経験を、沢山させてくれて」
「…ママは、わたしと出会えて良かった?」
「勿論。ビッキィちゃんと出会えて、家族になれて…私は凄く、幸せだよ」
自分と出会えて良かったか。それがどんな思いからくる問いなのかを、私は想像する事しか出来ない。でもどんな意図だろうと、私が返す答えは一つ。良かったと、幸せだったという答え以外、ある筈がない。
答えを受け取ったビッキィちゃんは、小さく笑った。わたしも出会えて良かったと、そう返す言葉と共に。でも、それから笑顔は少し不安そうなものになり…また私に、訊く。
「…ママ…わたしはほんとに、行ってもいいのかな…。ママはそんな事気にしなくていい、って言うと思うけど…それでもわたしは、まだママに恩返し出来てない。親孝行もしてないのに、ずっとずっと遠い場所に行くなんて…そんなの、良いのかな…?」
「…ビッキィちゃん。お母さんはね、ビッキィちゃんのお母さんになって…義理でも母親になって、分かった事があるの。何だと思う?」
ビッキィちゃんが口にしたのは、自分の選んだ道への不安。その道を進む事ではなく、このまま信次元で、これまで通りに生きる事を選ばなくて良かったのだろうかという、実は結構責任感というか、律儀なビッキィちゃんらしい不安の感情。
もしここで、残るよう言ったらどうなるか。…多分そう言えば、ビッキィちゃんはそうする。そうするし、それはそれで不安な気持ちが消えると思う。私だって…これからもビッキィちゃんと居られるなら、嬉しい。でも……違う。今はもう、引き止めたいなんて思ってない。ちゃんと、ビッキィちゃんを送り出してあげたい。だから私はビッキィちゃんの両肩に手を置いて、微笑んで…言う。
「お母さんっていうのはね、親っていうのはね…子供が自分の力で、自分の望んだ道を、胸を張って生きていけるなら、何があったって幸せなんだよ。親孝行って事なら…今、これからビッキィちゃんがしようとしてる事が、お母さんにとっては何よりの親孝行なの。だから……行ってらっしゃい、ビッキィちゃん。行って…本当のお母さんとお父さんを、見つけておいで」
親として、子供の後押しをしたいという気持ちはある。女神として、人の決意、決心の味方でありたいという思いもある。けど、私が口にしたのはそのどちらでもない。後押しとか、味方とか、そういう大層な事じゃなく…私の気持ちを、私が知った『お母さん』の思いを、ただただビッキィちゃんへと伝えた。これもビッキィちゃんに、ビッキィちゃんとの日々に教えてもらった事であり、だから伝える事が出来た。
続けた言葉は、行ってらっしゃい。なんだか色々と話してしまったけど、それが悪いとは思わないけど、これさえ伝えられれば…気持ちを込めたこの言葉さえあれば、良かったのかもしれない。穏やかに、前向きに、この気持ちを送れる。この言葉と共に送り出せる。それだけで、全て示せるような気もするから。
あぁ、そうだ。どこまで行ったって、私は義理の親。ならばビッキィちゃんの幸せの為に、未来の為に…本当の親を、見つけてほしい。実の両親を見つけて、絆を結び直して…もっともっと、幸せになってほしい。
「ママ……」
笑った私の前で、ビッキィちゃんの顔は感情が込み上げてきたように変わっていく。でも完全に変わる前に、くるりとビッキィちゃんは私に背を向け、後ろで手を組む。
照れ隠しかな?それとも泣き顔は見せたくないって事なのかな。背を向けたビッキィちゃんに対して、私はそんな事を思っていて……そんな私へ向けて、聞こえてくるビッキィちゃんの声。
「…わたし、良かった。ここに、信次元に来られて良かった。最初はただ逃げてきただけで、逃げられるならどこでも良かったけど、来たのが信次元で本当に良かった。わたしの事を大切にしてくれる家族がいて、わたしを受け入れてくれる友達がいて、他にも優しい人が沢山いる、楽しい事も凄い事も一杯ある、信次元が好き」
「…ありがとう、ビッキィちゃん。私達を…信次元を、好きになってくれて。そう言ってもらえて、私も嬉しいよ」
「だから…ここが、わたしの故郷だよ。皆がわたしを、信次元の一員にしてくれたから、ここがわたしのいる場所だよ。絶対絶対、帰ってくるよ。それに、それに……」
こっちまで思いが込み上げてくる、ビッキィちゃんの言葉。語られる思い。そこまで思ってもらえていたのか、そこまでの思いを抱ける私達で在れたのか。そう思うと、やっぱり私はビッキィちゃんの事を笑顔で送り出せそうで……
「ママは、ママだよ…!わたしを産んでくれたお母さんじゃないけど、実の親子じゃないけど……ママだって、わたしの本当のママだよ…っ!大切な、大切な…大好きな、ママだからっ!」
「……──っ!…ビッキィ、ちゃん…。……うん、そう…だね…そうだよ、お母さんだってそうだよ…お母さんだって…ビッキィちゃんを、大好きだよ…!ビッキィちゃんは、かけがえのない…私の、娘だよ…っ!」
振り向くビッキィちゃん。涙と共に紡がれる、私への…母への愛。それは、溢れ出したような思いで……無理だった。さっきまでは笑顔で送り出そうと、最後まで頼れるお母さんでいようと思ったけど…そんな事を言われたら、耐えられる筈がない。
私は飛び込んでくるビッキィちゃんを受け止め、抱き締める。それは私もだと、ビッキィちゃんが私を母として思ってくれるのと同じように、私もビッキィちゃんを娘として心から思っているんだと、滲む涙を一切気にせず本心で返す。
もしかしたら…いや、もしかしなくても、私は思っていた。血に勝る縁はないと、それ程までに実の繋がりは大切だと。その思いは、間違ってるなんて思わない。思わないけど…勝る事はなくとも、だからって劣る訳じゃない。時間が、愛が紡ぐ縁もまた尊いのだと、同じ位の絆が生み出せるんだと…今なら、言える。ビッキィちゃんとの間には、確かにそれだけの絆がある。
「ママ、帰ってきたらまた沢山教えてね…?沢山の事を、一緒にしようね?約束、だからね?」
「約束するよ、ビッキィちゃん。でも、帰ってくる時は言うんだよ?その時は、ちゃんと…ご飯を用意して、待ってるから」
抱き着いたままのビッキィちゃんの頭を撫でて、もう一度微笑む。それが、いつになるかは分からない。その時ビッキィちゃんが、どれだけ変わっているかも分かりはしない。だけど、どれ程の時間が経とうと、どれだけ変わっていようと…私は変わらない。ご飯と共にビッキィちゃんを迎えて、旅の話を沢山聞いて、また一緒に色んな事をするだけ。だって…それが、親子だから。ビッキィちゃんは私の娘で…私は、お母さんだから。
*
ビッキィちゃんとの最後の時間を過ごし、私達は皆の下に戻ってきた。もうこれで、本当に最後。これから私達は見送り…ビッキィちゃんは、旅立つ。
「イリゼ、何の話をしてきたの?」
「ふふっ、色々だよ」
「親として子に、生き抜けって言ってきた?」
「そ、それは言ってないかな…言っても良かったとは思うけど……」
別次元への扉をイストワールさんが開く中、シャットちゃんリンカちゃんが改めてビッキィちゃんと言葉を交わす中、側に来たセイツと私は話す。
因みにセイツ…というか、セイツ含め何人か、自分が同行しようか、と言ってくれた人はいた。勿論その方が安全だし、私も安心出来るけど…他ならぬビッキィちゃん自身が、大丈夫だと言った。そして私達は、その意思を尊重する事を選んだ。ビッキィちゃんが決めた、ビッキィちゃんの旅だからっていうのもあるし…ちゃんとビッキィちゃんは、戦える力をもう持っているから。
(…これが、見送る側の気持ちなんだよね)
懸念事項が何もない訳じゃない。何かあるかも、という漠然とした懸念の他にも、そもそもの切っ掛けとなった、ビッキィちゃんが逃げ出してきた相手の存在もある。結局それについては分からず終いだったし、そちらからのアクションもなかったから、追跡出来ずに諦めた可能性も高いけど…確証は、ない。
これまで私は見送られる事の方が多かったけど、見送る経験もある。例えばそれは、犯罪組織を討とうとするネプテューヌ達を見送った時で、あの時も似たような思いになったけど…今は、違う。今は十全の力があり、今や国の長でもある。今なら、何かあっても助けられる。それもまた、ビッキィちゃんの一人旅を見送れる理由の一つ。…まあ、そんな事にはならないのが一番だけど、ね。
「…準備が、出来ました(´-ω-`)」
「…うん。じゃあ…行くね」
「は、はい…っ!だ、大丈夫ですよ、ビッキィさん…!こ、今度は…うぅ…今度は泣かずに、見送ります…っ!」
開いた次元の扉と、目を見開く友達の間で、ビッキィちゃんは頷く。シャットちゃんとリンカちゃん、二人ともう一度再会を約束して、二人が離れ…ビッキィちゃんは、私達を見回す。
「…すぅ、はぁ……皆、これまで本当に、本当にありがとう!わたし、頑張ってくるから!頑張って、叶えたい事を全部叶えて…それから、胸を張って帰ってくるから!だから……行ってきます!」
最後までビッキィちゃんらしい、別れの…ううん、戻る事を約束した上での、出発の挨拶。それに対して私達は、揃って行ってらっしゃいと返し、笑顔を送り…ビッキィちゃんもまた笑顔で、次元の扉へと踏み込んだ。しっかりとした足取りで、自らの定めた道を歩み出し……ビッキィちゃんは、消える。
「…行ってらっしゃい、ビッキィちゃん」
次元の扉も消え、静かになった教会の前で、私はもう一度だけ、送り出す為の言葉を呟く。
これで、私と…私達とビッキィちゃんとの日々は一度終わる。進む道は、一度別れる。だけどこれは、最後じゃない。一度離れる事となっても、それが決めた道だとしても…いつかまた、必ず重なる。共に歩む日が、また訪れる。そう、私は信じている。
だから…それまで心の中に、留めておこう。その日の為に、温めておこう。そして…その日が訪れた時、私は言うんだ。──お帰りなさい、って。
*
「…………っていう感じの仮想シミュレーションがされたらしいよ」
「え……嘘ぉ!?え、え…はぁああああッ!?いや、これ…架空の話ぃ!?」
ある日の神生オデッセフィア教会。私にとっての家でもあるそこで、ある次元からの客人を…友達を迎えた私は、その子に関係するとある話を、仮想世界形成装置が紡いだ物語を彼女に…ビッキィに伝えた。
「う、うん。…え、あの…最初に言ったよね?そういう装置があって、それのテストの中で凄く意外なシミュレーション結果が出たんだけどって……」
「聞いてませんよ!?初耳ですよ!?少なくとも第一話の冒頭で意味深長な語りがあった位で、仮想世界形成装置による物語だなんてどこにも書いてませんよねぇ!?」
「わー、凄いメタ発言……」
物凄い前のめりで言うビッキィに若干気圧されながら、私は苦笑。
そう。今ここにいるビッキィと、仮想空間の中のビッキィは違う。嘗て私が多くの人と出会ったり再会したりしたあの次元で出来た友達の一人、それかここにいるビッキィであり……だからこそ、このシミュレーション結果には疑問が残る。
「けど、ほんと何なんだろう…十分データが蓄積出来れば、シミュレーション内で架空の人物を作る事も出来るらしいし、ビッキィって名前も私の記憶…私から得たデータが活用されたんだとは思うんだけど、だったらなんで本物のビッキィじゃなく、色々違うビッキィが形成されたんだろう…。ビッキィに関するデータが少なくて、違う要素で補った結果とかって事なのかな……」
「それはわたしに訊かれても分かりませんって…。……あ、でも一個だけ思い当たる節なら…」
「え、何々?」
「お母さん」
「それなの!?」
そうだった、私やたらとお母さんネタ(?)で弄られてたんだった!…と変なショックを受ける中、ビッキィはにやにやとした顔でこっちを見てくる。…くっ…表情からして、ふざけてるねビッキィ…!けど、割とほんとにその要素を装置が拾って反映させた可能性もあるからタチが悪い…!
「…まぁ、それはともかく…ほんとびっくりですよ。そういう事が出来る機械も、その中でそんなシミュレーションがされてた事も…」
「私だって驚きだよ…仮想空間とはいえ、友達が娘になってるって……」
「はは…でも結局のところ、全部仮想の…架空の話なんですよね……」
そう言って、ビッキィは少し遠い目をする。そして…その理由が、私は分かる。シミュレーションのログは事細かに分かる訳じゃないけど、基本設定で分かるのはざっくりとした事だけだけど……それでも、所詮作り物の物語、だなんて言えない程に、感じるものがあったから。
「…そうじゃないかもしれないよ?」
「え?でも、あくまで仮想世界形成装置の……」
「うん、今語ったのは、その装置のシミュレーション結果の一つだよ。…けど、次元は無数にある。可能性は、きっと無限に存在する。だったら、どこかには本当にこんな感じの日々が存在してるかもしれない…限りなくゼロに近くても、絶対ゼロではないって、私は思うな」
だからこそ、私は言う。もしかしたら…その可能性は、きっと存在していると。確証なんてなくても、それを言い出したらキリがなくても…あり得ないと断言される事だけは、絶対ないって。それを聞いたビッキィは、目を瞬かせ…それから小さく肩を竦めて、そうかもしれませんねと言った。ちょっぴりだけど、笑った。
そうして語り合えた私は、ちらりと視線を窓に、そこから見える空へと向ける。いつものように、綺麗な空。いつもそこにある、青い空。そして……シミュレーションの中の私やビッキィも…ううん、ビッキィちゃんも、どこかに存在するかもしれない私やビッキィちゃんも、同じようにこんな空を見上げた事があるかもしれない。見えるのは、そこにあるのは、そんな風に思わせてくれる空だった。
今回のパロディ解説
・(〜〜人の成長に完成なし〜〜)
イナズマイレブンシリーズに登場するフレーズの一つのパロディ。究極奥義絡みのフレーズですね。…と、書かないと伝わらないかも、と思うパロになってしまいました…。
・「親として子に、生き抜け〜〜」
クレヨンしんちゃんシリーズの登場キャラの一人、野原ひろしの名台詞の一つのパロディ。名台詞は色んなキャラにありますが、これは本当に名台詞…というか名言ですね。
ここまでコラボを読んで下さり、ありがとうございました。これまでよりやや短く、更にコラボ開始の時点で書いた通り、かなり特殊なコラボとなりましたが、書いている身としては、これまでと同じように楽しく、同じように熱を込められるコラボになったと思います。そしてそのコラボを、読んでいる皆さんも楽しんで下さったのなら、幸いです。
いつもの通り、このあとがきを近い内に活動報告に載せますので、そちらも良ければお読み下さい。次話は本編に戻りますので、そちらもお楽しみに。
では皆さん、それにノイズシーザーさん、本当にありがとうございました!この特殊なコラボが生まれたのは、他でもないノイズさんの思いあっての事です!やはりコラボは良いものですね!