超次元ゲイムネプテューヌ Origins Succession   作:シモツキ

87 / 94
第十八話 終わりなき終わり、定めの咎

 人は時に、過去を背負い、過去に背中を押されて進む。過去が未来への道標になる事もあれば、引き摺り下ろされ足が止まってしまう事もある。…当たり前の事だろう。人生とは一続きのものであり、今も、未来も、過去無くして存在する事など出来ないのだから。

 そしてそれは、女神も同じ事。過去は力にも、枷にも、勇気にも…十字架にも、なり得る。過去を排する事は出来ない、自分から切り離す事も出来ない。故に、どんな過去があろうとも、それが自分の過去である以上、道は二つしかない。

 歩みを止めて蹲るか、それでも歩み続けるか。この二つ以外の、道はない。たとえ、過去を変えられたとしても、世界の過去が変わったとしても……自分の過去は、変わる事などないのだから。

 

 

 

 

 天界。信次元に存在する、もう一つの空間。通常の手段で下界…人が住み、人の世が広がる空間と行き来する事は出来ない、特殊な領域。

 オレはそこに、訪れていた。ある言葉をオレへと投げ掛けた、イストワールと共に。

 

(まだ、開けるものなんだな…)

 

 先を行くイストワールの後に続きながら、オレは自分の掌を見つめる。

 通常の手段では行き来出来ない天界へと向かう手段は、偶発的なものも含めれば恐らく複数ある。その内一つが、女神の手による扉の形成で、今回もその方法で天界へと訪れた。オレが形成を行った。

 開く経験は、もう何度もしている。その感覚も、覚えていた。だが扉の形成は、元々女神の力によって行うもの。逆に言えば、形成出来たという事は、オレにまだ女神の力があるという事でもある。…いや、女神の力というより、女神としての力、か。

 

「くろめさん。くろめさんが天界に来るのは、久し振りですか?(・ω・`)」

「…あぁ、そうだね」

 

 少しだけ速度を落とし、オレの正面から、オレの斜め前…ほんの少しだけ先行する位置まで下がったイストワールの問いに、オレは答える。オレが皆に受け入れてもらってからは、そもそも天界に行く機会も、行こうと思うような事もなかったし、敵対している時は、天界を何かに使えるかもしれないとは思ったけど…結論から言えば、特に使う機会はなかった。

 何せ、天界には何もない。浮島と、そこに生える草木と、浮島同士を繋ぐ虹の橋位しかない天界じゃ、止むを得ず姿を眩ませる位にしか活用出来ない。それ程までに、天界は何もない場所で…だからオレは、分からない。ここに誘われた理由が。オレの中では繋がらない。天界と…執務室で、イストワールがオレに言った事とが。

 

「…イストワール。そろそろ、話してくれないかな」

「辿り着けば、分かりますよ。それに言葉での説明では、荒唐無稽に聞こえてしまうでしょうから( ̄^ ̄)」

 

 イストワールは言った。もし三人に…仲間でありライバルであり、友でもあった彼女達と会えるなら、どうしたいか…と。そんな事を言った上で、天界というそうそう訪れる理由が生まれない場所に誘われたんだから、この二つに深い関わりがある事は間違いない…が、そこから先は想像も付かない。

 荒唐無稽というからには、相当な事だとは思う。ならまさか、実は三人共まだいて、今は天界で隠居中…とかだろうか。……いや、流石にそれはない。妥当なところで言えば、碑文を残している…といった辺りだが、そういう事であれば、イストワールははぐらかしたりしない筈。

 

「…………」

 

 考える。考えると共に、思い出す。何かヒントになる言動はなかったか、と。どういう事の場合、イストワールはこういう言い方をするだろうかと。考えて、考えて……思い出した。思い至ってしまった。あの日の事、オレが封印された日の事を。

 似ている。あの時も二人きりで、オレはイストワールに誘い出されて、理由をはぐらかされて…そして、オレの日々は一度終わった。確かに似ている、似てはいる。

 

(……っ…!…違う…似てなんて、いるものか…!)

 

 だが、思い至った次の瞬間にはもう、オレの心は自己嫌悪で一杯になっていた。

 似てなんか、いない。嘗てのあの行為が、一体どれだけの思いで行われたのかを、オレはついさっき知ったばかりじゃないか。安易に似ているだなんて言えるようなものじゃなかった事を、オレは痛感した筈じゃないか。…なのに、ほんの一瞬でも、ほんの僅かでも、イストワールを疑おうとした…あの日と同じ事が起きるのかと思った自分が、いっそ憎い程に嫌になった…。

 

「…一つ、確認しても良いですか?」

「確認…?」

「知るというのは、基本的に不可逆の事です。それがどういう事か、分かっていますか?」

 

 足が、重くなる。結局オレはそうなのか、こうして疑い否定の目を向けるのが、自分の本質だとでもいうのか。…そう思う中、再びイストワールがオレに問い掛けてくる。その問いに対し、オレは鬱屈した思いを抱えながらも小さく頷く。

 理解は、している。人も女神も、日常的など忘れから記憶喪失まで、望まぬ形で何かを忘れる事はあっても、能動的に記憶を消す事は出来ない。…知ってしまえば、それはもう取り消せない。

 もしかすると、ここまではぐらかしてきたのも、それが理由かもしれない。そしてこれが、目の当たりにする前の…知る事になる前の、最後の確認という事なのだろう。

 

「…そう訊くという事は、ここから先で待っているのは、ただ喜べるような何かではないんだね」

「…えぇ。くろめさんが、どう感じるかは分かりませんが…手放しで喜べる結果にだけは、ならないと思います」

 

 一度進む事を止め、こちらを振り向いていたイストワールは、真剣そのものの顔で首肯。その声には、ここで引き返しても構わない…そう言うような響きもあって……

 

「…だとしても、オレは知りたい。オレは会いたい。…会って、伝えたい事があるんだ」

「……分かりました」

 

 だからこそ、オレは自分の意思は変わっていないのだと返した。…今更、尻込みはしない。ここまでオレを気遣ってくれたイストワールの思いを無下にしない為にも…オレは、引き返したりはしない。

 そうしてまた、オレはイストワールに先導されて暫く歩く。景色の変化が乏しい分、実感は薄いが…もうかなりの距離、歩いた筈。そして、相当な距離を歩いた末…オレは、感じ始める。違和感を。本能的な、危機感を。

 

「…イストワール」

「はい。ここから先は、気を強く持って下さい」

 

 どうやらそれはイストワールも感じているらしく、表情がこれまでよりも険しい。一体何故、こうも危機感を抱くのか。これも、関係している事なのか。

 分からない事、気になる事は沢山ある。だがもう訊きはしない。ここまで来たのなら、全て自分の目で確かめる。…真剣なイストワールの姿で心を持ち直したオレは、そんな覚悟…というには烏滸がましい、ただのちっぽけな…それでも確かな決心を胸に、進み続ける。

 次第に強くなる違和感。漠然としていた危機感は、纏わり付くような、取り憑くような感覚へと変わる。オレは知らない、分からない。だがオレの根底が、本質的な部分が、理解し危機を叫んでいる。そして……

 

「…ここです、くろめさん」

「な──ッ!?」

 

 歩き続け、進み続けた天界の先。そこにあったのは、大小様々な、ある種幻想的ですらある…樹氷が如き、結晶体の森だった。

 

「…どうして、こんな…こんな場所が、天界に……」

「…触らないようにして下さい、くろめさん。もう、感じていると思いますが…あれ等は、ただの結晶ではありません」

 

 あまりに予想外な光景を前に、軽く放心状態となってしまう。洞窟でも何でもない場所に、森を思わせる程の結晶があるなんて、不可解にも程がある。

 そんなオレへ向けてイストワールが発する忠告。触るなという忠告と、そこに続く言葉…そこまで聞いて、更にいよいよ本格的な危機を…段々と力が抜けていくような感覚を抱き始めた事で、漸くオレは理解する。…その結晶が、一体何なのかという事を。

 

「……アンチ、シェア…クリスタル…」

 

──アンチシェアクリスタル。内包されたシェアの性質を問わず、触れた者や形成された領域内のシェアエナジーを吸い上げていく、女神にとっての…いや、シェアを力にする存在にとっての天敵とでもいうべき存在。たった一つでも、掌に収まる程度の物でも、使い方次第で女神を封殺し、ただ消滅を待つだけにもし得る物質が、ここには森を思わせる程にあった。

 ぞっとする。天界という場所だからいいものの、もしこれが下界にあったとしたら、女神は今よりずっと統治も、次元の守護も難しくなる。そもそも、アンチシェアクリスタルがこんなにも沢山あると思うだけで、背筋が寒くなる。

 

「……っ、そうだ…問題は、そこだ…。…イストワール、何故アンチシェアクリスタルが、ここに…こんなにも沢山、存在しているんだ…?まさか、アンチシェアクリスタルはここで…天界で精製されるって事なのか…?」

「当たらずとも遠からず…と言ったところですね。…もし、どんな真実であろうと受け止める覚悟があるのなら…もう少し、近付いてみて下さい」

 

 今一度、念を押してくるイストワール。今以上の衝撃や戦慄があるのだと、暗に伝えるようなその発言に、オレは一抹の不安を抱く…が、覚悟ならある。オレは、知りたい。それにまだ、ここに来た本来の目的だって、果たせてはいないのだから。

 言われた通りに、オレは近付く。ゆっくりと、慎重に、樹の様になったアンチシェアクリスタルの一つへ近付き……目にする。クリスタルの中、そこに見えた人影を。

 

「…人…じゃ、ない…。これは、まさか……」

 

 その存在が一体なんなのか気付いた事で、血の気が引く。思わずオレは後退り…聞こえてきたのは、神妙な声。

 

「…女神は、人に望まれる事で生まれ、思い願われる限り、衰える事はありません。無論、長い歴史の中では、戦いの中で命を落としてしまう女神もいましたが……多くの方は、最後までその役目を、理想の体現をし続け、そして次代に引き継ぐに至りました」

「…イストワール…?急に、何の話を……」

「…ですが、次代にその役目を引き継ごうとも、女神が女神でなくなる事は…シェアエナジーによって存在している事は変わりません。ならば、役目を終え、過去の存在となり、信仰の対象でなくなった女神は…一体、どうなると思いますか?」

 

 振り返れば、語るイストワールが浮かべているのは感情の読めない…いや、感情の消え去ったような表情。その表情のままに、イストワールは言葉を続ける。

 

「信仰されなくなるという事は、単にシェアエナジーを得られなくなるというだけの話ではありません。理想の体現者である女神にとって、信仰というのはその存在を、心身を形作るもの。故に…完全に過去の存在となった女神は、衰弱していきます。精神が希薄となり、ただそこに『在る』だけの存在に近付いていきます。そして…その果てに女神は、何かの力に誘われるかのように、天界へと訪れるのです。天界に…この場所に」

「…じゃあ、やっぱり…ここに、いるのは……」

「……人々の理想を実現し、シェアエナジーを力の…存在の源とする女神は、根源的にシェアエナジーを欲するのかもしれませんね。だからこそ、どんなに望もうと、欲しようと、シェアエナジーが得られる事はなく、枯渇が続いた女神は、その渇望が体外へと及び──そうして女神の身体より生まれる、ただシェアエナジーを吸収する為だけの結晶が、アンチシェアクリスタルと呼ばれるようになりました」

 

……言葉が、出なかった。封じられるように…或いは眠るように、結晶内に存在している人影が、人ではなく女神だという事は薄々感じていたが…それが最後まで役目を全うした女神の末路だと、その果てにアンチシェアクリスタルを生み出してしまう程、満たされる事のない渇望を抱く事になるなど…想像もしなかった。想像、したくもなかった。

 無数に存在する、アンチシェアクリスタルの樹。これが全て、国を守り、導いてきた女神だというのなら……

 

「…あんまり、じゃないか…こんな、こんな終わり方が…ここでただ、同じ女神を苦しめるだけの物質を生み出しながら、朽ちていくのを待つのが女神の行き着く先だなんて……」

「…朽ちる訳では、ありませんよ。もしも、再び望まれる事があれば、その時女神は目覚めます。ここにいる方々は、生き絶えたのではなく…眠り続けている、だけなのです」

 

 そうは言いながらも、イストワールの顔は暗かった。仕方ないと言うような口調だが…声音からは、微塵も納得なんて感じられなかった。

 

「…どうにも、ならないのか…?」

「それが、女神というものですから。回避するとすれば、次代に引き継ぐ事なく在り続けるか、破壊者となり、悪意のシェアを糧とするか、以上にしろ以下にしろ、従来の女神を逸脱した存在になるか…何れにしろ、女神がそれ等を自ら望む事はないでしょう。少なくとも…わたしが見てきた、誇り高く、人々にもその役目にも誠実な歴代の女神の皆さんは、たとえ全てを知ったとしても、その道を選ぶ事はなかった…わたしは、そう思います」

 

 仕方のない事かもしれない。信仰を力とし、思われる限り限界などないと言えば聞こえはいいが、裏を返せば女神は力の源を…いいや、存在の維持すらも外部に依存しているという事。生まれた時点で、望まれた時点で、ある種決まっている定め。…そして、イストワールの言う通り…そんな末路があると知ったとしても、回避する方法があると分かっても、殆どの女神はそれを望まないだろう。どうしようもない程に道を踏み外したオレでも、それは分かる。ねぷっち達も、ぎあっち達も、皆……

 

「……ぁ…」

 

──そうして、オレは気付く。初めにイストワールが言った事と、今ここで見たもの、知った事…それ等が繋がり、理解する。

 

(そう、そうだ…なら、きっと…皆だって……ッ!)

「あ、く、くろめさん…!?」

 

 オレは、駆け出す。どこへ、なんて決まっていない。どこにあるか…どこにいるかなんて、知る筈がない。だから、駆け巡る。外部からでも感じていたアンチシェアクリスタルの力は、森の中へ入る事で更に強くなるが…そんな事は、どうでもいい。

 

「はっ…はっ…ぁぐ……ッ!」

 

 普段のようには力の入らない身体。そのせいか足がもつれ、頭から倒れ込む。何とか両手を突いたものの、その両手が痛む。…だが、知った事か。気にするものか。見つけられるのなら…もう一度、皆と会えるのなら……腕の一本や二本、失ったとしても構わない。

 立ち並ぶ無数のアンチシェアクリスタルと、その内で眠る嘗ての守護者。眠り続けている、なんて言ってはいたが、きっと女神の墓場も同然なこの場所で、オレは走り、探し続け……

 

「…あぁ…あぁぁ……!」

 

 何かを感じ、振り向いた先。…そこで、オレは再会する。オレがずっと会いたかった、伝えたい事のあった──オレと同じ時代を護っていた、三人の女神に。

 

「……やっぱり、そうか…()()()()()()()()()()……」

 

 人違いじゃない。見間違う筈もない。確かにそこで、三人は…三人もまた、眠っていた。静かに、穏やかに。

 オレは、三人の名前を呼ぶ。長い事呼んでいなかった、仲間の…友達の名前を。言わなかった、言えなかった言葉を口にし…けれど、反応はない。

 

「…君達は、女神の務めを最後まで果たしたんだね…。やるじゃ、ないか…あぁ、立派だ…立派だよ……」

 

 ここにいるという事は、最後まで女神の役目を果たし、人々に思われ、次代の女神に国を託したという事に他ならない。オレなんかと違って、立派に…最後まで誠実な女神でいたんだ。…なのに…なのに……っ!

 

「…酷いじゃ、ないか…ただ眠る事すら、出来ないっていうのか…。…いいじゃ、ないか…安らかに眠る位…許されたって、いいじゃないか…ッ!」

 

 アンチシェアクリスタルを、叩く。こんな事をしても意味がない事は、余計に力が吸われるだけな事は分かってる。それでもオレは、湧き上がる憤りを、無念の気持ちを抑えられなかった。

 でも…違う。本当に伝えたいのは、それじゃない。伝えなきゃいけないのは、女神の末路への憤りなんかじゃない。

 そしてその気持ちは、溢れ出す。決壊したダムの様に、零れ落ちる涙と共に。

 

「…こんな、形で…こんな形でなんて、会いたくなかった…!オレには伝えたい事があった、俺には謝らなきゃいけない事があった、俺は…うずめは、また皆に会いたかった…!でも、こんな…こんなのって、ないよ…ッ!だって皆は、皆は……っ!」

 

 うずめは知っている。皆がどれだけ優しくて、どれだけ国民思いで、どれだけ良い女神だったのかを。三人は手強いライバルで、尊敬出来る仲間で、心から信じられる友達だった。だからこそうずめは皆との日々が好きだったし、皆の事も守りたかったし……そんな皆の思いを聞かず、踏み躙る寸前だった自分自身が、どうしようもなく嫌で許せなかった。本当に、本当に…三人はうずめが誇れる、信仰する皆が誇る、立派な女神だった。

 なのに、そんな皆が今…ううん。きっと次の時代に、未来を託した時からずっと、皆は()()()事が出来ないでいる。まるで封じられているような姿にまでなって、それでも女神の性質で終われずにいる。そして、うずめと違って…皆には、紡げた未来もない。うずめはこんなにも間違い続けたのに、皆はきっと最後まで皆らしく…女神らしく在った筈なのに、皆の行き着いた先がこんな場所だなんて……

 

 

 

 

 

 

「……もう、いつまでメソメソしてるんですか。うずめらしくもない」

「え……?」

 

──その時だった。その瞬間、だった。ふわり、と撫でられるような…包み込まれるような感覚と共に、声が聞こえたのは。

 けど、それはあり得ない声。あり得る筈のない声。今も眠る、眠り続けている…ブラックハート、ぬればの声。

 

「そうそう、泣いてたって良い事ないわよ?嬉し涙ならともかく、それ以外だと盛り下がるしねー」

「でも、こんな姿を見るのは初めてかも?そういう意味じゃ、中々レアだったり?」

 

 それだけじゃない。ぬればの声に続く形で、もう二人の声も…グリーンハートとホワイトハート、ときわとうのはなの声も俺には届く。

 気付けばそこは、うずめがいるのは、アンチシェアクリスタルの結晶の森じゃなかった。上手くは言えない、ただ懐かしさと暖かさを感じる場所で……顔を上げた先に、三人が、いた。

 

「…ぁ、え…?…どう、して……?」

「どうしてって…久し振りに会ったのに、その反応は冷たくない?」

「あらら?もしかして、あーし等はお呼びじゃなかったかしら?」

「ぁ、違っ、そういう事じゃ……!」

「お二人共、わざと言ってますね…?全く、うずめさんもうずめさんですが、お二人もお二人です」

 

 信じられない、理解の及ばない光景に、殆ど声が出なくなる。そんなうずめを…オレを前に、うのはなはちょっと不満そうな、ときわはわざとらしい表情を浮かべる。いきなりの反応に、オレはしどろもどろとなり、そこでぬればが嘆息しながら窘める。

 真面目なぬればに、軽い調子のときわに、無邪気な雰囲気を纏ううのはな。それ等は全て、オレの知る三人の姿で…間違いない。オレが間違える、筈がない。今、ここには…確かに三人が、いる。

…いや、違う。それだけじゃない。ふと、オレは気付く。オレの姿も、今は昔の…『うずめ』としての姿に戻っている事に。

 

「…待て、待ってくれ…これは一体、どういう……」

「どう?どうって言われたら…ま、見た通りっしょ。あーいや、感じた通りの方が良かったり?」

「いや、それをオレに訊かれても……」

 

 何故か訊き返してくるときわの言葉に、オレは困惑。…けど…あぁ、そうかもしれない。目の前にある事、感じているもの…それがきっと、真実なんだ。

 

「…皆…会いたかった…ずっと、会いたかった……!」

「おわっ、うずめまた…もー、ぬれば。もう一回うずめを叱ってやってよ〜」

「わ、私は別に叱った訳では…」

「あははっ、ぬればはあれが素だものねぇ。…で、どうするのうずめ」

「…どうする、って……?」

「話したい事、あるんでしょ?……え、あるんだよね…?」

 

 うのはなに問われる。ぬればとときわも、じっとオレを見ている。オレの話を…思いを、聞いてくれようとしている。

 

「…ああ。オレは、知らなかった。分かっていなかった。オレの思いは、やろうとしている事は……全部、オレの身勝手なんだって。どんなに相手の事を思っていても、どれだけ平和を望んでいも、ただ一方的に、自分の思い通りにしようとするのは…それが正しい事なんだって押し付けるのは…友達なんかじゃ、ないんだって。…それを、教えられたよ。優秀な後輩達に……今のオレよりずっと真っ直ぐで、きっと道を踏み外したりもしない、もう一人の《俺》に」

 

 待ってくれる三人に頷き、オレはあの頃言えなかった…気付きもしていなかった事を、三人に話す。

 最後に、最後の最後でオレを止めてくれたのは、オレを思い続けてくれたウィードだ。けど、ウィードだけじゃない。《俺》が、二人のねぷっち達が、女神や多くの人達が、間違い続けていたオレに『違う』という事を示し、止めようとしてくれたからこそ、もうどうしようもないと、止まらないし止まる事は許されないと思っていたオレは、止まる事が出来た。…オレは、教えられたんだ。友達ってのは、相手を思うっていうのは…心を通い合わせなくちゃ、そう出来るように頑張らなきゃ、駄目なんだって。

 

「だから…だから、さ……──ごめん、皆…皆に、あんな事をさせて…皆の思いを、踏み躙って……」

 

 これまで何度も、何度も謝ってきた。心の中でも、言葉でも、オレは自分の過ちを、皆からの思いを裏切り続けていた事を。けど心のどこかで、オレはそれを自己満足だと思っていて……でも、今は違う。今はやっと言えたんだ、伝えられたんだ。大切な友達の三人に…ごめん、って。

 許されたい訳じゃない。他でもない今のオレ自身が、オレを許せないんだから、許しも赦しも望みはしない。それでもオレが謝るのは…今度こそ、ちゃんと向き合いたいから。結局これも自己満足だとしても、オレはもう皆に、友達に背を向ける事はしたくなくて……

 

「あー…堅い!堅いってーの!仕事中でもないってのに、なんでそんな堅い話をするのようずめは!」

「んな……っ!?」

 

……なんか、怒られた。オレは真剣に、ずっと抱え続けてた思いを…皆が聞いてくれるみたいだったから、気持ちを全部吐露しようと思っていたのに、堅いって一蹴された。

 

「うんうん、聞くつもりだったけど、流石に堅過ぎ。これもう、軽くキャラ崩壊レベルだよ?」

「きゃ、キャラ崩壊…?」

「ですね。私が言える事ではないと思いますが…正直、堅過ぎて唖然としてます」

「そ、そんな…酷い……」

「だって、ねぇ?っていうか、ぬればってお堅い自覚あったんだ…」

 

 遠慮なく心に刺さるような事を、次々と三人は言ってくる。しかも速攻で話はぬればに堅い自覚があったんだ、というオレとの関係性ゼロの内容に変わってしまう。

 

…………。

 

「…どうせオレなんて、その程度の存在さ…どうせくろめなんて、盛り上がらないから程々にして流される位の女神だもん…女神崩れだもん……」

「同じ堅いでも、ぬればはそれが『っぽい』んだから印象は全然違う……って落ち込んでる!?え、うっそぉ!?」

「お、怒るどころかいじけている…?どこぞの変身の精霊みたいな状態に、あの天王星うずめが…?」

「感情の起伏が激しいのは前からだけど…こ、こんなに低空飛行、っていうか地面にめり込んでるみたいな事あったっけ…?」

「絶対なかったし…。えー、と…そ、そうよ返答!うずめ、謝るだけ謝っておいて、あーし等には何も言わせない気?」

「……っ…」

 

 そんなところは気にしなくても良いのに、気落ちした途端に話がこっちへ戻ってくる。それはそれで不服だし、オレは抗議を…と思った瞬間にときわから発された、真面目な表情を浮かべての言葉。その言葉に、オレの中の消沈した気持ちは吹き飛び…代わりに流れ込むのは、緊張。

 

「い、いや…オレは、別に…返答をしてほしくて言った訳じゃ……」

「なら、ボク達の返答は聞かないでおく?」

「う……そ、それは…聞く…」

 

 つい怖気付いて、否定するような事を言ってしまうオレ。けど、聞きたくない訳じゃない。聞くのは怖いけど…聞かずに済ませたら、絶対オレは後悔する。

 皆は、オレの事を怒っていたのだろうか。それとも、身勝手なオレに呆れていたのだろうか。…分からない、だから知りたい。

 

(…じゃなきゃ、オレはまた一方的に、自分の思いを押し付けるだけだ)

 

 小さく深呼吸し、気持ちを整える。三人を見つめる。すると三人は、何を思ったのか軽く肩を竦めて、顔を見合い…それからときわが、一歩前に。オレの、前に。

 

「…ま、言わせない気?って言っておいてあれだけど、そんな大仰な返答なんてないわよ?てか、畏まった返しなんてしたら、あーしこそ堅いってなっちゃうし」

「…うん」

「うっ…だからそんな、真剣な顔で見ないでっての…。…えー、じゃあ、こほん。あーしからの返答だけど……」

 

 少し恥ずかしそうに後頭部を掻いてから、ときわはオレを見つめ返す。

 数秒の沈黙と、その中で高まる緊張感。どんな答えでも受け止めるんだという決心と、それがあっても拭い切れない、答えに対する恐ろしさでない交ぜになる心の中。けどきっと、それがどんな答えだったとしても、あの日…封印されたあの日から止まってしまっていた色んなものの内一つが、前に進めるような気がして……

 

「うずめ。うずめがした事…じゃないわね、しようとした事は、今も昔も…何があっても、あーしが許容したり、ましてや肯定したりする事はないわ。けど…うずめがあーし等を思ってくれてた事は、ちゃんと伝わってたわよ」

「……──っっ!」

 

 真面目な、女神の顔になったときわは、一拍置いたところでふっと笑って……言った。思いは、伝わっていたって。

 オレは、覚悟していた。何を言われても、どう思われていても仕方ないと。それだけの理由があるんだからと。なのにときわは、柔らかな表情でオレに笑ってくれて……泣きそうになった。それだけでも、オレはまた泣いてしまいそうになって…なのにそこで、ときわは言う。じゃ、次は二人の番ね、と。

 

「はいはーい。…うずめってさ、いっつも皆の事を思ってるっていうか、国民の為だけじゃなくて、ボク達の為にもいつも一生懸命になってくれてたでしょ?…ボク達は全部、知ってるもん」

「正直、女神としては色々と言いたい事があります。ですが…うずめの思い、気持ちまでは否定しませんよ。私達は、同じ女神であると同時に…友達でも、あるんですからね」

 

 入れ替わる形で前に出たうのはなとぬればも、言ってくれる。こんなオレに向けて、オレの事を知っているんだから、って。友達なんだから、って。

…救われた、ような気がした。許されなくて良いと、それを望む権利はないと、そう思っていたのに…それでも、救われたような、そんな気がした。…嬉し、かった。

 

「…っ、ぅ…皆…うずめ、うずめ……っ!」

「あぁもう、だからどうしちゃったのさうずめ。うずめってば、いつの間にそんな涙脆くなっちゃったの?」

「や、これは涙脆いとはまた違うっていうか…まぁうん、よしよーし」

「ぅ…な、撫でるなぁ……!」

「あ、照れてますね。この反応は新鮮でちょっと悪くないかもしれません」

「ボクもどうかーん!うずめは格好良いもの好きだけど、実は普通に可愛いもんね〜」

「ちょっ、だ、だから…や、止めろっての…!」

 

 こんなにも自分を思ってくれる友達がいたんだという嬉しさと、そんな三人に嘗てのオレは一方的な思いを押し付けてしまっていたんだという罪悪感、その両方が心の中で駆け巡る。けれど段々と嬉しさ、感謝の思いが上回り、またオレは泣いてしまう。しかも今度はときわに、続いてぬればとうのはなにも撫でられてしまい、さっきまでオレの心を包んでいた喜びの思いは、速攻で羞恥心へと塗り替えられてしまった。

 

「…あ、そうだ。うずめってば、ウィードとの関係はどうなの?いい加減もう進展してるっしょ?」

「なぁ…ッ!?い、いきなり何を…!」

「ほんといきなりですね……で、どうなんです?」

「この反応、さては進展してないなー?…あ、いや、むしろ逆で、がっつり進展してるからこその反応だったり…?」

「ひ、人のプライベートを話の種感覚で詮索するなっての!ほんっと皆は、相変わらずだなぁおい…!」

 

 突然ぶっ込まれたウィードとの関係の話で、更にオレは赤面。こういう時、元からギャルっぽい性格をしてるときわや、ちょっと子供っぽいうのはなはまだしも、基本堅気なぬればもここぞとばかりに便乗してきた訳で…そんな事をされたオレは、とても堪ったものじゃない。辱めを受けたからか、それとも昔馴染みの…本当に、昔のままの三人が今ここにいてくれるからか、思わずオレも《俺》の様な、あの頃の自分の様な声を上げ……それからふと、怒っている筈だというのに、頬が緩んでいる事に気付いた。

 怒りが限界を超えて笑えてきたとかじゃない。当然、変な趣味がある訳でもない。なら何故、今頬が緩んだのか。…そんな事は、分かってる。自然に、理解出来る。

 

(…そっか、そうだ…オレがいたのは…『俺』の周りにあったのは、こんなにも明るくて…優しい世界、だったんだな…)

 

 オレは、思い出す。あの頃の日々を、時に大変で、時に苦労して…それでも楽しく、幸せだった『天王星うずめ』の日常を。そんな当たり前の、当たり前の日々を。

 だから、守りたかったんだ。大事で、大切で、皆も、皆との日々も、全部大好きだったから…だからそんな日々を、全部を、傷付かないようにしたかったんだ。その為なら、何だって…どんなに苦しい事でも、してやろうって思ったんだ。間違い続けたオレだけど…これだけは、この思いだけは、間違ってなんかいなかったって…そう、思いたい。

…だけど、きっと…オレが、オレ一人で抱え込んで、全部をオレだけで…なんて、考える必要はなかったんだ。だって、こんなにも…三人は、オレと共にあの時代を守ってきた三人の守護女神は、強い心と優しさを持っていたんだから。……本当に…オレが知るのは、気付くのは、思い出すのは…後になってから、だな…。

 

「……って、うん…?…皆は、どうしてウィードもこの時代にいる事を知っているんだ…?それに、そもそも…どうして、オレまで……」

 

 まあ、でも、今はそこまで難しく考える必要もないだろう。今ここには皆がいて、昔の様に話せていて…それが凄く、凄く幸せなんだから。…そう、思ったオレだったけど…違和感が、思考の奥で頭をもたげる。幸せだ、本当に今は幸せだ。けど…これは本当に、全てが真実なのか…と。

 皆の事、オレの事…おかしな事は、沢山ある。これが奇跡だというなら、理屈抜きの事だというなら、それでもいい。だって皆にまた会えて、謝れたんだから。でも、そうでないのだとしたら、今ここに在る全ての事柄は……

 

「……うずめ。うずめはもう、大丈夫みたいだね」

「え……?…うのはな…?」

 

 そう、オレが思っている中、不意にうのはなが発した、静かな…どこか安堵の籠った声。唐突過ぎる言葉と声音に、怪訝さを覚えたオレはうのはなを見やり…気付く。それまで確かにここにいた、うのはなの姿が…ゆっくりと、消え始めている事に。

…いいや、違う。うのはなだけじゃない。ぬればも、ときわも…三人共、その身体が薄れ始めている。

 

「心配して損…とは思いませんが、少し拍子抜けでしたね。…いえ、うずめの事を思えば、当然かもしれませんが」

「あーしは最初から大丈夫だと思ってたわよ?なんたって、うずめなんだから」

「な…何を、言っているんだ…?なんで、急にそんな…それじゃあ、まるで……」

 

 小さく笑い合う三人の様子に、不安が、恐れが湧き上がる。そんな声で、そんな事を言われたら…否が応でも、思ってしまう。分かってしまう。この時間が、取り戻せたと思った幸せが…続きはしないという事を。

 

「…いやだ…嫌だ、そんなの嫌だ…!なんで、どうして…っ!だって、今…確かに皆は、ここに……っ!」

「うずめ。貴女も、分かっているでしょう?…私達はもう、過去の女神なんです」

「……っ!でも、ならっ、どうして…ッ!」

「…それも、分かってるっしょ?」

 

 ぬればの言葉が、突き刺さる。ときわの言葉で、理解してしまう。直接見た訳じゃない、想像でしかない…けどきっと、今三人が浮かべている表情は、日記の中のイストワールと同じものであるんだと。後悔と、無念と、諦めない気持ち……オレが負わせてしまった、悲しみに彩られた表情だと。

 あぁ、そうだ、そうに決まってる。これだけ優しい三人が、こんなにもオレを思ってくれた皆が、そう簡単に割り切れるものか。割り切る事を、良しとするものか。ずっと、ずっと…オレを心配し、何とかしようと思っていたに決まってるじゃないか。

 でも、三人がそんな表情を浮かべていたのは僅かな間だけ。すぐにまた、穏やかな雰囲気でオレへと微笑む。もう大丈夫なんだもんね、そう言うように。

 

「ほんとは、あーし等で何とかしたかったんだけど…ま、うずめもあーし等も、まだまだだったって事かしらねぇ」

「そういう事ですね。うずめも、私達も、まだまだ未熟で、力不足だった。それは、認める他ありません」

「でも今は、こうしてうずめがまた笑顔になれたんだから…うずめらしい、真っ直ぐな女神に戻れたんだから、終わり良ければ全て良しだよ、うん!」

「…良く、ない…良い訳あるか、あるもんか…!だって、それじゃあ…皆は無念なままだったって事じゃないか…!忘れてたとしても、そうじゃなかったとしても…無念なままで、終わったって事じゃないか…!そんなの良くない、オレの為に…オレなんかの為に、皆が……!」

「それは違いますよ、うずめ」

「うん、大間違いだよ、うずめ」

「オレなんかじゃない。うずめは、あーし等の仲間で…かけがえのない、友達なんだから」

「……っっ!」

 

 全部、オレが悪かった。全部全部、オレのせいだった。なのに皆は、オレを責める事なく、自分にも責任のある事だと受け止めて、今のオレに対して安心している。そんなのは、あんまりだ。あまりにも、皆が報われなさ過ぎる。こんなオレの為に、そこまでの事を……そう思うオレに、三人は違うと言う。友達なんだからと、言ってくれる。

 

「嫌だ、嫌なんだ…ッ!やっとまた、会えたのに…謝れて、また皆と一緒に進めると思ったのに……っ!…そう、だ…だったら、オレの力で……」

 

 認めたくない。受け入れたくない。折角、オレをまだ友達だと言ってくれる皆と、一緒に居られると思ったのに。

 そんなオレの頭に浮かぶ、一つの道。オレの能力なら、妄想能力なら、それを覆せるんじゃないかと。今のオレなら、あの頃より更に深く自分の力を知り、前にも進めた今のオレだったら、きっと……そう、思った。思ったけど…最後までは、言えなかった。──それじゃあ、同じだから。三人はもう、過去の女神としての今を受け止めていて、終わった事を受け入れているのに、オレが、オレだけの思いで覆そうとするなんて…そんなのは、裏切り以外の何物でもない。三人や、イストワールだけじゃない…ウィードや、ねぷっち達や、《俺》に対してすらも裏切る、最低の行為だ。…そんな事、出来るものか。オレは暗黒星くろめ、恐らく天王星うずめの最後の妄想から生まれた、間違えて間違えて間違え続けた…それでも女神である事は変わらなかった、今ここにいる一人の女神なんだ。

 

 

 

 

──でも、けど、やっぱり…そんな道を、選ぶ事は出来なくても……

 

「…辛い、よ…辛いよぉ、皆ぁ……っ!」

「…ごめんなさい、うずめ。でも…これで、良いんです。こうでなきゃ、駄目なんです」

「もしずっと一緒に居られたら、きっと楽しいと思うけど…うずめもボク達も、それじゃいけないって…そう思うと、思うから」

「離れていても、心は繋がってる。思い出は消えない…なんて、あーしらしくない言葉だけど…実際そうっしょ?うずめ」

 

 心が潰れ、崩れ落ちそうになる。涙が、嗚咽が止まらない。そんなオレに掛けられる言葉は優しく、でも寂しそうでもあって…本当に、本当にオレは思われてるんだと、友達だと思ってもらえてるんだと、感じさせられる。

 気付けばもう、三人は朧げになってしまう程に、遠くに行ってしまったと思う程に、その存在が薄れていた。そして……。

 

「……もう一度、うずめに会えて良かった。私達に会いにきてくれて…私達の事を思っていてくれて、ありがとうございました、うずめ」

「あーし等は、いつだってうずめの事を思ってるんだからね。だから…前に進みなさい、オレンジハート。それが今の、うずめの道っしょ?」

「いつだって、いつまでだって、ボク達は友達だよ。うずめはうずめの道を、きっと今は見つけられた、自分が誇れる道を進んで…笑顔で、いてね」

「ぁ……待って、待ってくれ…っ!うずめは、まだっ、皆に……っ!」

 

 笑顔で、満足そうな声で、最後の言葉を口にする三人。オレの前から消えていく、ぬれば、ときわ、うのはな。オレは皆に手を伸ばし……けれどこの手が、皆に触れる事はなかった。オレの手は、空を切り…その時にはもう、三人は消え去っていた。そこにあるのは……元の、自らが生み出したアンチシェアクリスタルの中で眠り続ける、過去の女神となった三人の姿だけだった。

 

「……ありがとうって、言えてないのに…まだ何も、返せてなんか…いないのに…」

 

 力が抜け、膝から崩れ落ちる。これが周囲にある、アンチシェアクリスタルのせいなのか、心の中に渦巻く失意のせいかも分からない。

 嗚呼、それに…これまでオレが話していた、再会出来たと思っていた三人も、今は何だったのか分からない。三人の思いがここに留まっていたのか、オレの為に残していてくれたのか、それとも…全部、オレの見た幻だったのか。…もし、幻なんだったとしたら…オレだけが見ていた、幻覚だったのなら……

 

「くろめさん!や、やっと見つけました…!もう…いきなり走り出さないで下さい…っ!」

 

 心に風穴が空いたかのような感覚の中、聞こえたイストワールの声。顔を上げれば、慌てた様子の、心配した様子のイストワールがこちらに飛んできて……そんなイストワールに、オレは漏らす。

 

「…イスト、ワール…うずめ、うずめ…後悔しても、後悔しても…し足りないよぉ……!」

 

 こんな事を、イストワールに言っても仕方ない。言ったって、イストワールを困らせるだけだという事は分かっている。…それでも、オレは…心が押し潰されそうなオレは、それ以外の言葉が出なかった。

 

 

 

 

 気付けば、夜になっていた。いつの間にか、オレはプラネタワーに…自分が使っている部屋に戻っていた。

 電気も付いていない、暗い部屋。ここにいるのは、オレ一人。

 

(…なんで、オレがいるんだ…皆、過去の存在になって…終わる事も出来ない結末を迎えてるのに…どうして、こんなオレだけが……)

 

 何度も、幾度も、絶望の様な黒い気持ちだけが巡る。本来なら、オレの様などうしようもない女神こそが、あの場にいるべきなのに…三人や歴代の女神の様な、自らの役目を全うした女神があんな結末を迎えているのに、オレがどんな形であれ、今の時代にも存続しているなんて……そんなの、間違っている。許されていい、筈がない。

 

「……あぁ、そうだ…許されちゃ、いけないんだ…」

 

 そこまで考えて、気付いた。当たり前の事に、当然の事に。そうだ、間違っているのはオレなんだ。オレが今もいる事自体…あっちゃいけない、事なんだ。

 視界の端に映ったのは、ペン立てとそこにある文具。丁度良いところに、丁度良い物があった。だからオレは、そこから鋏を手に取って、刃を自分の首に向けて……

 

「──それで何する気だよ、くろめ」

 

 ウィードに、止められる。いつの間にか、オレの部屋にいたウィードに。開けられた扉、そこから差し込む光の中にいるウィードに。

 

「…全部、全部間違ってるんだ…オレが、間違ってたんだ……」

「…そうだな。そんな事ない、とは言えねぇよ」

「だから、間違いは正さなきゃいけない…皆はもういないのに、オレだけがいるだなんて、そんな事はあっちゃ……」

「ふざけるなよ、くろめ。それは、俺が許さない。俺も、誰も許さない。…それだけの事をしたんだろうが、くろめは」

「……っ…」

 

 肩を掴まれ、身体全体で振り向かされ…突き付けられる。ウィードから、現実を。俺が背負わなきゃいけない、降ろしちゃいけない…オレの、罪を。

 許されない。それは、オレが存在している事じゃない。それも間違いなく、許されない事だけど…それ以上に、オレは『終わる』事も、それを『償い』にする事も…許されない。…分かってる、そんな事は…ずっとずっと、分かってる。

 

「…けど、だけど…だったら、どうしたら良いんだよウィード…っ!これもオレへの罰だって、抱えなきゃいけない事だっていうなら、抱えるよ…!それだけの事を、してきたんだから…!けど、うずめが抱えたって、どんなに罰されたって、皆は……っ!」

「だからだよ、くろめ。くろめが何を抱えたって…くろめが自分自身を終わらせたって、何も変わらない。何も戻らない。だから、前に進むしかないんだ。でなきゃ…何も、残らないじゃないか」

 

 あぁ…その、通りだ。ウィードの言う通りだ。ここでオレが、オレ自身を終わらせたところで、それは自己満足にしかならない。オレの思う間違いが正されたところで、何にもなりはしない。

 分かってる、分かってる、分かってる分かってる分かってる。全部全部、分かってる。だけど、だけどオレは…うずめは……っ!

 

「…けど、ぶっちゃけそんなのは建前だ。こんな立派で、大層な事、俺の一番の意見であるもんか。…なぁ、くろめ。俺はくろめに、何があったかは知らねぇよ。イストワールさんと天界に行ってきた、って事しか聞いてねぇよ。けど…何があろうと、許容出来る訳あるかよ!大切な相手が、やっと再会出来て、やっとまた一緒に居られるようになったくろめが、いなくなりそうだってなったら…止めない訳がないだろうがッ!」

「──ぁ…」

 

……その時、オレは叩き付けられる。真正面から、真っ向から、ぶつけられる。ウィードの気持ちを、ウィードの想いを。

 想いをぶつけられて、やっと気付く。ウィードも、同じ気持ちなんだと。オレが三人に対して抱いた喜びと、だからこそ失いたくないんだって感情と同じものを、ウィードも持っていて……オレがしようとしていた事は、その気持ちすら裏切るような事だったって。

 裏切れない。裏切りたくない。これはあまりにも我が儘で、それこそオレが受けていい幸せなんかじゃないとも思うけど……だとしてもオレは、ウィードと居たい。もう、絶対に…失いたくない。

 

「…っ、ぅ…!ウィード…うぃーどぉ……っ!」

「…大丈夫だよ、くろめ。俺が、何度だって止めてやる。辛い気持ちは、幾らでも受け止めてやる。俺は、昔も、今も、これからの未来も…ずっとずっと、くろめの味方なんだからな」

 

 潰れ切った心で耐える事なんて出来ず、オレはウィードに泣き付く。情けなく、ただただ思いを零す。そんなオレを、ウィードは抱き締めてくれた。受け止めて、くれた。

 オレが失ったものは、あまりにも大きく…取り返しが付かない。イストワールに、ぬればに、ときわ、うのはなに…皆に抱かせた悲しみは、計り知れない。多くの、沢山の人に、迷惑もかけた。だけど、だからこそ…オレもまた、終われないんだ。許されないまま、罪を背負ったまま、進み続けなきゃいけないんだ。それがどんなに辛く、苦しくとも……それが、オレの道なのだから。




今回のパロディ解説

・どこぞの変身の精霊
デート・ア・ライブに登場するヒロインの一人、七罪の事。ラスボスでなくなったくろめはネガティヴキャラ…オリゼと組ませたら、弱メンタルコンビになりますね。

・そんな当たり前の、当たり前の日々を
マクロスfrontierのノベライズ版における、四巻の地の文の一部のパロディ。ここの部分、というか直前のくろめの心の声自体、四巻のあるシーンを意識しています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。