良くも悪くも。
引かれた線は消え、また二人は歩み寄る。
そんな狭間のお話を。
あれだけ暑かった夏が、終わろうとしている。人生で一番熱くなった、長い夏が。
吹く風は秋の色になり、雲の形も変わりつつある。
そして私と大喜くんの関係も、少しだけ変化し始めた。
ほんのわずか、でも確実に。
時間は戻らない、進むだけ。その先に何があるのか、まだ見えないまま。
私たちは、近づきすぎるべきではない。そう感じたのは、夏休みの少し前だった。
夏風邪と心の不調が重なって倒れた大喜くんを看病した、あの翌日。猪股家のバーベキューに混ぜて貰っていた私は、特に何の気なしに大喜くんのお父さんと話して、思い知らされたのだ。
この人たちは、掛け値なしの好い人なのだと。
赤の他人である私を気遣い、幸福であってほしいとさえ願ってくれる。私を大切にしてくれる、素晴らしい家族だ。
この素晴らしい人々に、迷惑をかけてはならない。万が一にも、傷つける事があってはならない。そう思うからこそ、私は線を引いたのだ。
これが最善の手だと思っていた。
蝶野さんと大喜くんが仲良くなっていくのを近くで見ながら、それが正しい判断だったんだと自分に言い聞かせていた。
――そうやって自分を騙し続けなければ、私は破裂してしまうから。
そんな歪なままで、上手く行く筈はなかったんだ。
だから肝心なところでミスをした、最後の最後でブザービーターを決め損ねて惜敗を喫させて。そしてその後、追い討ちをかけるように蝶野さんの本心を知ってしまった。告白して良かったというその言葉は、余りにも重すぎる。
全てに絶望してようやく私は、過ちに気付いた。あまりにも遅すぎたけれど。
私はなにもかも背負えるほど強くない、なのに強がってばかりいた。そして気がつけば、誰も入れない高い壁の中でもがく事しか出来なくなっていたんだ。
空を恨み叫んでも、その声は何処にも届かない。誰にも助けてもらえない、ただ潰れていくだけ。
期待は重圧に置き換わり、骨を軋ませ肉を抉っていく。血を流しながら、私は崩れていくばかり。
限界は疾うの昔に越えていて、それでも必死で自分を取り繕う事しか出来ない愚かな私。
それを救ってくれたのは、やっぱり大喜くんだった。体育館で背中を押してくれた、あのときと同じように。
私が勝手に作った壁を乗り越え、手を差し伸べて。
ワガママな私を、許してくれた。
あの日海辺で二人、寄り添って。ただ一緒に過ごしただけで、心が軽くなっていくのがはっきりと分かる。
誕生日を祝って貰い、同じ部屋で一夜を過ごしたあのとき。涙を堪えながら、私は知ったのだ。
私は、頼っても良いんだ。歳も立場も、関係ない。辛いときは、助けを求めて良いんだ。
大喜くんは、私を助けてくれる。だから私も、大喜くんの助けになりたい。
不粋な線も余計な壁も、もういらない。私たちは、近付いても良いんだから。
蝶野さんを悲しませるかもしれない。
猪股家の人々に迷惑をかけるかもしれない。
例えそうなっても、私は私だから。ずっと私で居続けたい。大喜くんと共にありたい。
その思いが、私を立ち上がらせてくれる。
――この気持ちに、名前はあるのだろうか。まあ、それはまた今度考えよう。
名残を惜しむ間もなく、バタバタとしている間に夏休みの残りはどんどん減っていって。
一度拗れた距離感をなんとか元に戻そうと四苦八苦しているうちに、八月三十一日がもう終わろうとしている。
明日からまた、学校が始まるんだな。
これから始まる新しい季節に、一体何が待っているのだろう。きっと一筋縄ではいかない、厄介で面倒な事が起こるんだろうな。毎度のことながら、大概私の人生もハードモードだ。
どうであれ、逃げるのも負けるのも嫌いだから。面白くなってきたじゃない、と笑って切り抜けてやろう。
多分どうにかなるし、ダメなら大喜くんと一緒にどうにかしよう。
私たちは、大丈夫。私たちだから。
さあ、吹き荒れろ。アオい暴風。