時間も何もかも越えて。
心に降る星のように。
必ず想いは、そこにある。
満天の星空の下で、二人。潮風に吹かれながら、二人寄り添って。
潮騒を聞きながら俺たちは、海を見つめている。
千夏先輩と過ごす二度目の夏は、もう終わろうとしていた。
言いたいことはたくさんある、言わなければならないことはもっとある。
それでも何も言わないまま、俺たちはただこうしている。
何も言わなくて、どこも触れなくて。それでも、幸せだと思いながら。
思った通りの結果では無かったかもしれない。それでも、悲壮感は無かった。
俺は一応ミサンガの約束を果たせたものの、インターハイでは遊佐くんに負けてしまった。去年の針生先輩のように。とは言え悔いが残るような無様な試合はしなかったし、来年の再戦も誓いあった。次が最後、お互い学校の名前を背負う三年生として決着を付けようと。ライバル、というのはこういう事なんだな。
そして千夏先輩は最後の夏、インターハイ準決勝進出を遂げた。全国を征する事は出来なかったけど、やっぱり悔いは無かったようだ。みんなの前で少しだけ泣いて、そして晴れやかに笑って見せたから。弱音も愚痴も隠さない、心を閉ざさず周囲に向き合う千夏先輩は、負けて尚輝いていた。きっとこれが、本当の千夏先輩なんだろう。傷付いてそれでも無理して完璧で居続けようと被り続けた仮面は、もう必要無くなったんだ。
大きなイベントを終えた俺たちに待っていたのは、何年もご無沙汰だった「普通の夏休み」。さすがに遠くへ出掛けるほどの時間はないし、そんな気力も出てこないけど。中学以降の夏休みは、大会に出ようが出まいが練習練習だったけど、とりあえずインターハイで一定の成果を残したんだから、残った夏休みは遊び呆けていても許される。とは言え来年を考えたら俺は練習するべきだし、先輩は進路を考えるべきなんだけどさ。
でも、良いじゃないか。せっかくなんだから。どうやら先輩もそう思ってくれてたようで、こんなことを言ってきた。
「ね、大喜くん。去年みたいなこと、しようよ」
保冷剤を山ほど入れたケーキの箱を片手に、あの日のように列車に揺られ。俺たちは一年ぶりに、海へと向かった。
一年前の今日、八月二十六日。先輩に「何処かへ行きたい」と言われ、なんとなく選んだ場所が、あの海水浴場だったんだ。海辺で遊んで、誕生日を祝ってケーキを食べて。そして――。
俺たちは結果的に、一夜を共にした。勿論、何もおかしな事は無かったけれど。
「今年は天気、崩れなさそうだね」
「ぇあ、……みたいです、ね」
窓の外に広がる、雲一つ無い晴天を見ながら先輩が呟く。
去年は急な豪雨で土砂崩れが起きて、不可抗力で一泊することになった。でも今日は、そうじゃない。
あの民宿に予約を入れて、偶然でもアクシデントでもなく自分達の意思で一泊する。「みんなと」泊まり掛けで遊びに行く、と母さんには嘘を吐いたけど。……これも去年と同じ、か。
俺たちの関係は、少しだけ一年前と変わったかもしれない。でも距離感は変わること無く、相変わらず先輩後輩。或いは同居人のままだ。
だからそう、これは
それに付き合うのも、後輩としての役目だからな。
部屋に荷物をおいて、まずはケーキを食べて。それから俺たちは去年のようにボードゲームに熱中し、少しだけ仮眠を取ったりしたり、そんな事をしながら呑気に過ごした。
そして夜も更けた頃、浴衣姿の先輩はふらりと外へ歩き始める。何も言われなかったけど、なんとなくそんな気がしていた俺も後に続く。
星明かりの下、黙って海岸に出る俺たち。夏の終わりに吹く夜風は肌に少し冷たいけれど、先輩と一緒にいるだけで耐えられる。俺は千夏先輩が、好きだから。
「一年、だね。あれから、さ」
ポツリと口にした言葉は、俺に向けたのかそれとも自分へか。
一年。言葉にすれば短いし、人生のなかではそれこそ短い期間だ。でもこの一年は、色んな事が起こりすぎた。きっとこんなにも熱い一年間は、二度と無いだろう。
そして、俺たちがこうして出掛けるのは、きっとこれが最後なんだ。これから先輩は自分の進路で忙しくなる、多分先輩自身が一番よく分かっている。その先にあるのは、別れだけ。
それはもう、どうしようもないんだ。
俺たちはまだまだ、無力な子供だから。
どれくらい、そうしていただろうか。
ここで何かうまいこと言えないくらいにバカだから、俺はダメなんだろうな。
そう思いながらも、沈黙は続く。
それからややあって、再び先輩が口を開く。
「大喜くん、――ありがとう」
その瞳は僅かに涙が浮かび、それでも表情は笑顔で。爽やかに、千夏先輩はそう言ってくれた。
どういう意味かは、俺には分からない。でも、それでも。
千夏先輩にそう言って貰えて、良かった。心から、そう思える。
だからそう、俺からも。
「千夏先輩、ありがとうございます」
俺と出会ってくれて、ありがとう。俺と一緒にいてくれて、ありがとう。
こうして過ごしたすべての時間が、幸福で満ちているから。
その思いを込めて、先輩を抱き締めた。
そして先輩も俺を抱き返して。
星々が輝く下で俺たちは。
初めての、キスを交わしあった。
これから俺たちがどうなるのか、それは分からない。気持ちも何もかも、変わっていくものだから。
でも、許されるならば。これからもずっと、二人でいたい。
来年も再来年も、ずっと。
俺はそうするための言葉を持っている。きっと千夏先輩も、同じ言葉を胸に秘めているだろう。
たった一言、言ってしまえば済む。
だけど――。
「また来ましょう、先輩」
「そうだね。また、……ね」
二人とも、それを口にはしない。
もし言ってしまえば、この心地良い時間は終わってしまうから。
だから今は、ただ手を繋いで。
急ぐ必要なんか無い、結論は既に出ているんだから。
いずれ来る、その時に。
二人で言い合おう。胸を張って、お互いをしっかりと見据えて。
――好きです、と。