ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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19話 嵐の前触れ

 月曜日の放課後、私は1人カラオケの一室にいた。須藤君の命運を分ける裁判、それを翌日に控えた私がカラオケなんていう高校生御用達の遊び場にいるのだから、明日の裁判は余裕! Dクラスなんざ軽く叩き潰してやるぜ! そんな雰囲気がCクラスには漂っていたと思うかもしれない。

 

「ま、そんなことは全然なかったケド」

 

 Bクラスの一之瀬さんも学校の掲示板(ネットと階段の踊り場のところの両方)を使った情報収集を行っていたようだけれど、まぁ、裁判で多少有力な証言となることがあっても、大勢には影響しないだろうものばかりだ。PPまで使って協力してくれたのに対しては冷たい意見のようだけれど、結末が変わらなければ意味がない。何も対策できないままのCクラスは相当焦っているのが現状、まぁ9割ぐらい私のせいなんだけど。

 せっかく佐倉さんが自分が目撃者と明かしてくれたが、そのことはクラスには話していない。これは犯行現場を押さえた写真の入ったメモリーカードを私が壊してしまったことを隠すためじゃなく、佐倉さんにかかる負担をなるべく軽減するためだ。今佐倉さんが目撃者だと話せば、なぜ今まで黙っていたんだという声が必ず出てくる、しかしすべてが終わった後に、例えば「実は佐倉さんが目撃者だというのは知っていたけれど、証拠がなく(実際には私が壊してしまったわけだが)、裁判に出頭させても有力な証言とみなされず、それどころかCクラス内で急場で目撃者に仕立て上げたのだと怪しまれてしまう。だから佐倉さんが目撃者であることは今まで伏せていた」とでも言えば、それなら仕方ないと皆納得するはずだ。ついでに私が佐倉さんの証拠能力を潰してしまったことを隠蔽できる。一石二鳥というヤツだ。

 それがCクラスの表面上の現状だ。『表面上』というのは、すでに私たちCクラスが勝つことが決まっているから。これから重要なのは、この勝利を餌に、どれだけの譲歩をDクラスから引き出せるか、それだけだ。

 

「何か飲むか」

 

 待ち合わせの時間まであと1時間はある。意図しない臨時の収入も入ったため、多少の贅沢くらいなら今の私にもできる。つい最近まではほとんど無一文に近かったからね。金銭的に余裕があるってやっぱり素晴らしい。

 飲み物にジンジャエールを、フードメニューからフライドポテトとチキンナゲット、鳥の軟骨唐揚げ、あとシーザーサラダを注文する。こうして見てみると、フードメニューも結構充実してるな。それに枝豆とかキャベツの塩昆布和えとか、明らかにアルコールと一緒にいただくやつも数種類ある。もしかしなくとも、教師陣がここでお酒を飲みながら大熱唱なんてこともあるのかもしれない。

 実はカラオケには生まれて初めて来た。私の地元は田舎も田舎でそんな施設はなかったし、この学校に来てからはカラオケのお誘いは全て断っている。マスクを外す必要があるというのもあるけれど、そもそも私は歌というものが好きじゃない。一応みんなとの話についていくために、流行りの曲なんかは聴くようにしているけれど、その時間はハッキリ言って苦痛の時間と言ってもいい。

 

「嫌なこと思い出したな」

 

 ただこれから会う人物のことを考えればカラオケ以外に選択肢は存在しなかったのだ。それぞれの部屋にはカメラはついていないがけれど、入り口にはちゃんとついているし、何よりも利用にはプライベートポイントが必要――つまり、誰がいつ利用したかの記録が必ず残る。これは大多数の人間にとっては重要なことだ。

 注文した食事の数々はいつの間にか消え去っていたため、追加で4種類ほど注文し、ドリンクもお代わりする。ストレス発散には暴飲暴食が一番だ。太るし肌も荒れるが、まぁ私はまだピチピチの10代なのですから、なんとかなるでしょう。

 そんな無駄なことに思考を割き、時間を潰す。待ち合わせの時間は午後5時。遅れてくるかと思っていたけれど、むしろ逆、待ち人は集合時間10分前にやってきた。外から扉が開き、浮かれ切った顔を覗かせる。

 

「櫛田ちゃーん、大事な話って……あ?」

 

 石崎大地。桔梗ちゃんに頼んで、呼び出してもらったDクラスの生徒で、今回の暴行事件の関係者だ。桔梗ちゃん『大事な話があるの』という内容のメールを送ってもらって誘い出してもらった。待っているはずの桔梗ちゃんの姿がなく、私が部屋にいることに不機嫌そうに顔を歪める。それにしても、1人で来たか。ちょっと意外だったな。

 

「なんでお前がここにいんだよ」

 

「とりあえず座ったら?」

 

「チッ騙したのかよ。俺は帰るぞ」

 

 閉じたばかりのドアをまた開き、背を向ける。

 

「帰る? それはやめといたほうがいいよ。退学したくないならね」

 

「退学? ハッ、バカなこと言ってんじゃねえよ」

 

 思ってた反応と違ったけど、石倉君は一度ソファに腰を下ろし、そして見下すように私を嗤った。

 

「退学すんのはお前ンところの須藤さ。さんざん痛めつけられたからな。見てみろよ」

 

 ぺちぺちと、顔に張り付けた絆創膏をたたいて怪我のほどをアピールしてくる。初めて会う女子になぜここまで敵愾心を見せるとはね。人に恨まれたり敵意を向けられるのは生まれて初めてのことで新鮮だ。

 

「俺に訴えを取り下げてほしくてこうやって接触してきたんだろうが無駄だったな。俺は訴えを取り下げねえ」

 

 もしかしなくとも、龍園君のほうから、Cクラスが接触してくる可能性について石崎君に伝えていたのかもしれないな。まぁ、それはもはや関係ないことだ。

 

「絶対に?」

 

「当たり前だろ」

 

「ふぅん」

 

 このまま雑談を続けてもらちが明かないし、石崎君もそろそろ帰ってしまうだろう。私を敵視している視線を向けながらも、強く警戒している。時間も怪しいし、さっそく始めることにする。

 

「『なぁ、今回の事件ってマジで須藤のヤツが起こしたのか?』」

 

「気味悪いやつだな、急にどうした?」

 

 怪訝そうな石崎君を無視して続ける。

 

「だから何回もそう言ってんだろ。つか今話すことでもねえだろ。それで次が、龍園さんにも口止めされてるし、詮索すんのはやめといたほうがいいぞマジで、だっけ」

 

「お前……」

 

「『でもさ、案外たいしたことないのかもね、あのマスク女も。』『だな。Dクラスの不良品どもには、もう一回底辺に戻ってもらわねえ』とこんな感じで始まったよね」

 

 ここまで言えば、石崎君も嫌でも理解する。

 

「もうわかった? 昨日、石崎君たちがこの部屋でした今の一連の会話――あれ、全部録音してあるんだよ。意味わかる?」

 

「なんで――。櫛田ちゃんは――」

 

「私レベルになると、クラスメイトの弱みの1つや2つは握れるんだよ。どうせそっちも似たようなもんでしょ」

 

 Cクラスの天使に騙されたことにショックを受けている様子の石崎君。こうやってあくまでも桔梗ちゃん自ら動いて石崎君を騙したのではなく、私の指示、いや脅迫を受けて動いたものだと思い込ませる。そういう約束だし、Dクラス内で桔梗ちゃんの評価が急低下するのは避けたいところ。同じような手段はとれないだろうけれど、他クラスの子とも仲良くできる生徒は貴重だ。

 先の録音ファイルはもちろん、桔梗ちゃんの協力ありきで手に入れたものだ。昨日の日曜日、桔梗ちゃんに石崎君含むDクラス生徒とカラオケに行ってもらって――で、まぁ私がいろいろ手を打った。

 

 そういってテーブルの上に私の端末を放る。画面に表示されているのはとある録音ファイルの再生ボタン。押せば、昨日日曜日、石崎君たちが今回の暴行事件を仕組んで起こしたことを認める旨の会話が流れる。石崎君は、私が無防備に携帯を置くのを見るや否や、手に取り、録音ファイルを削除する。もちろんその行為には何の意味もない。当然ファイル自体はコピーしてクラウド上に保存済みだ。削除できるのは私だけ。

 

「こ、これで――!」

 

「そんなことしても意味ないってわかってるでしょ? 録音ファイルはとっくに別の場所に保管済み。ここから出ていくっていうなら私はこの録音ファイルを提供し、学校中を巻き込んだ陰謀をDクラスが謀ったことを遠慮なく学校に報告する。ただの暴行事件ならともかく、生徒会まで巻き込んだんだ。相当重いペナルティが課されるだろうね。十中八九退学だ」

 

 冷たく言い放ち、携帯を回収してポケットにしまう。

 他の一般生徒が同じことを言っても何の根拠もない憶測になるけれど、私は違う。今のところ唯一の生徒会役員で、私が『退学になる』と言えば『そうなのかもしれない』と判断する。あぁ実はこの程度では退学にはならないのでそんな心配は無用なんだけれど、もちろんそのことを明かすつもりはない。

 冷や汗を浮かべた石崎君に、私は改めて向き直った。

 

「じゃ、話をしようか」

 

「待て、待ってくれ。一本電話を入れされてくれ」

 

「はぁ、まぁいいよ」

 

 どうせ相手は十中八九龍園君だ。電話をかけながら部屋を出ていく石崎君。話をしようか、などと言ったけど、石崎君と話すことは実はもうなくなった。

 もともと石崎君1人だけを呼んだのは、龍園君が彼を手駒としてどれほどコントロールしているのか知りたかったから女子とのお遊び1つとっても管理しているのか、それとも有事の際以外は好きに過ごさせているのか。今回桔梗ちゃんからのお誘いメールに石崎君1人で来たことから、龍園君は後者のスタイルでほぼ確定した。まぁ石崎君が仮にも敵対しているCクラスからのメールを龍園君に報告していない可能性や、龍園君が桔梗ちゃんからのメールに何の意図も感じ取れない愚図という可能性もあるけれど、前者はまぁまずありえない。中間テストの際、誰よりも早く私に見張りをつけた龍園君なら、係争中のCクラスから接触があった場合必ず報告させるようにしているはずだし、後者ならもはや龍園君を敵認定する必要すらなくなる。

 石崎君の電話は5分もすれば終わったようで、すぐに部屋に戻ってきた。顔を真っ青にしながら、龍園君がすぐに来る旨を伝えてくる。たぶんお叱りを受けることも伝えられたんだろうな。

 

「何か歌う?」

 

 敵対しているCクラスのリーダーには脅迫され、龍園君にもおそらくお叱りを受けることが確定し、石崎君は顔を下に向けて項垂れていた。見ていられないので声をかけたが、力なく首を横に振るだけ。私にはそんな石崎君の様子が少し興味深かった。

 退学の危機を私から聞いた時よりも、龍園君に電話した後のほうが、明らかに精神的に悪化している。つまり、退学よりも龍園君からのお叱りのほうが恐怖心が勝っているのだ。龍園君は石崎君含むDクラスを暴力でもって支配している、文字通りの暴君だが、単なる暴力――つまりは付随して発生する痛みだけでそれほどの恐怖心を抱くものなんだろうか。

 突き抜けた暴力――自他ともに顧みないそれの恐ろしさは知っているけれど、あくまでも一不良に過ぎない龍園君にそこまでの力があるんだろうか。

 もともと高かった龍園君への警戒度をさらに引き上げながら、到着を待つこと10分。扉がゆっくりと開き、この場の空気にはあまりに不釣り合いな、賑やかな音楽が外から流れ込んでくる。まず姿を見せたのはDクラスの山田アルベルト君、黒人の大男で、たぶん1年生で断トツで特徴的な生徒なので、顔と名前が一致すれば嫌でも忘れないだろう。扉を開き、中に入った彼はまるで執事のように外の人間を招き入れる。やってきたのは、もちろん龍園君だ。何も言わず、私に視線を向けることもなく、まっすぐに石崎君を見つめる。その内なる感情を表情から読み取ることはできない。

 

「龍園さん……」

 

「そのまま座ってろ」

 

 席でも譲ろうとしたのか知らないけれど、立ち上がろうとした石崎君を龍園君が座らせる。そのまま彼もソファに腰を下ろした。アルベルト君は出入り口を塞ぐように立ったまま。嫌な感じだ。

 

「じゃあ――」

 

 話を進めようとした矢先、龍園君は素早く手を伸ばし、石崎君の頭をつかんだ。そしてテーブルの上に並べてあった空き皿へと何の躊躇もなく思い切り叩きつける。

 

「ガアアアア!?」

 

 痛みに悲鳴を上げる石崎君。テーブルの上のほかの皿やグラスなんかも一瞬浮き上がるほどの威力。当然皿は割れるし、破片も石崎君の顔に突き刺さる。目に刺されば失明の恐れすらある行為だったけど、龍園君はそんなことは気にも留めてないのか、ボロボロになった石崎君の顔を無理矢理上げさせると、そのまま強烈なパンチを顔面にお見舞いする。気を失ってもおかしくない程強いパンチに見えたけど、石崎君はぎりぎりのところで意識を保っている様子。酷い怪我だけど、これどうやって学校に言い訳するんだろ。

 

「石崎、お前の失態に対する罰はこの程度じゃ済まさねえからな」

 

 吐き捨てると、そこで石崎君を開放する。アルベルト君は龍園君を止めようとする素振りすら見せなかった。龍園君がDクラスを支配したその過程。その一部をまざまざと見せつけられたような気がする。

 

「さて――」

 

 ここで龍園君はようやく私を見た。

 

「俺に話があるそうだなマスク女」

 

 要件なんてわかりきっているだろうに、そんな無駄な会話を挟んでくる。先の石崎君への暴行にしても、わざわざ他クラスの私の目の前でやる必要なんてどこにもない。仮に私がこの部屋に隠しカメラなんかを仕掛けていれば、今の過激な暴力行為が明るみになる可能性すらある。龍園君がそのことを考慮していないとは思えない。つまり、私の前で石崎君を躾けたのは目的があったから。自分が女すら本気で殴れるような男だと暗に伝えるため、そしてそれに付随する恐怖心を私に植え付けるため。ぐしゃぐしゃになった石崎君の顔を上げさせているのも、その一環だろう。精神的有利をとるために、小細工は惜しまない性質の人間。

 けれど有利なのは俄然、Dクラスの陰謀の証拠を握っている私のほうだ。仮に龍園君お得意の暴力でもって私を支配しようとしても、監視カメラとカラオケの利用履歴から、私と龍園君たちが同じ部屋にいることは簡単に調べられる。つまり仮に私が暴行されたとして、そのことはすぐに明るみに出る。恐れる必要はどこにもない。

 

「Cクラスへの訴えを取り下げてほしいんだよ」

 

「ま、須藤のバカを無傷で守り通すにはその方法しかないからな。だが――」

 

 龍園君は一度そこで言葉を区切ると、前のめりになって私を見てきた。私に陰謀の証拠を握られた今の龍園君は、首にナイフを突きつけられた状態のようなもの。だけどそれを感じさせるような要素もなく、ただ不敵な笑みだけを顔に浮かべている。

 

「訴えは取り下げさせない。絶対にな」

 

 そう言い放つ。

 

「あの、事態をちゃんと把握してる? 私は龍園君たちが須藤君を罠にかけ、暴力行為を引き出した、その確固たる証拠を持ってるんだよ。石崎君から聞いたでしょ?」

 

 そうでもなければ龍園君はここには来ない。いや私が呼べば多分来るだろうけど、たっぷり遅刻するとかするはず。龍園君がどこにいたのか知らないけれど、寮からこのカラオケまでにはそれなりに距離がある。ゆっくり歩けば10分はかかるのだ。つまりアルベルト君まで伴っていた龍園君はそれなりに急いでここにやってきた。私の証拠が有力であることの証明だ。

 

「このまま訴えを取り下げないなら、私としてもこのことを学校に報告するしかなくなる。確かに陰謀ありきとはいえ、暴力行為に及んだ須藤君には罰が科されるだろうけど、それは予定していたものより軽度になるだろうし、なにより君たちには重いペナルティが科される。得をするのは私たちのほうだ」

 

 石崎君に話したのと同じ内容を龍園君に伝える。けれどそれで龍園君が表情を変えることはなかった。いや、むしろ笑みは深まっていく。

 

「ククッ、退学、退学か。そりゃ確かに恐ろしいなぁ。だが『この程度のこと』で退学なんて罰が下されるのか、俺には疑問なんだがな」

 

「私が生徒会役員なの知らないの?」

 

「確かに大多数のヤツは生徒会のお前から退学の危機を言い渡されたら、その通りだと思い込むだろうな。この学校の戦いもまだ最序盤だが、一般生徒の俺らとお前では、持ってる情報にはそれなりの差があんのも事実だろうさ。だが――」

 

 龍園君は一度そこで言葉を区切った。

 

「あの手この手でこの学校を探ってんのはお前だけじゃねえのさ。『仮に』今回の事件を俺らが計画したものだと学校が判断したとして、科せられる罰はせいぜいクラスポイントの減額ってことはわかってんのさ」

 

 まるでクラスポイントなんて重要じゃないかのように言って見せる龍園君。そして同時に学校側がどのような罰則を与えるかについても知っている。龍園君の言う通り、私が録音ファイルを暴露したとして、誰1人退学になることはない。須藤君と石崎君たちには共に一定期間の休学が命じられ、またDクラスからは50程度のクラスポイントが差し引かれるはず。私としてはこの罰則は十分重いものだと見ているけれど、龍園君はそう思ってはいないのかもしれない。

 私たちCクラスの勝利条件は、須藤君を無傷で守りきること。休学措置が命じられた時点で、須藤君がバスケの大会には出られなくなる可能性が極めて高くなる。それは私個人にとっても、クラスにとってもマイナスだ。龍園君はそのあたりのことをよくわかっている。

 

「はぁー……。思ったようにはいかないもんだね」

 

 ここで粘ってもこっちに得はない。両手を挙げ、この場は素直に降参する。

 

「龍園君の言う通り、こっちが録音ファイルを報告したところで、退学者は出ない」

 

 問題はその情報をどうやって入手したかだけど、その点はまた今度だ。

 

「けれどそうなればCクラスとDクラスの差はさらに広がることになる。それはそっちも望むところじゃないでしょ? もしこの事件を今日中に解決しないなら、明日から私たちとそっちで戦争開始だ」

 

 ただでさえABクラスとCDクラスの差は激しいというのに、下位クラスで足の引っ張り合いが始まってしまう。Aクラスからすれば(特に坂柳さんからすれば)お笑いものになるだろう。

 

「俺はそれでもかまわねえが?」

 

「私は嫌だ。ハッキリ言ってこれ以上あなたたちにダル絡みされるのはゴメンだ。それにこれ以上Dクラスのポイントが下がるようなことがあれば、結果を出せていない龍園君の支配体制も揺らぐことになる。それは得策じゃないでしょ?」

 

 牽制とともに、それなりの被害を受けているという弱みもアピールしておく。龍園君がそれで満足するタイプかと言われれば非常に怪しいけれど、ないよりマシだ。

 

「Cクラスからは証拠となる全録音ファイルの削除、Dクラスからは訴えの取り下げ。これで手を打とう」

 

 契約書としてこの内容をしたためて、これでこの秘密の秘密の会合は終わり。そう思っていた私だったけれど、龍園君は首を縦に振らなかった。

 

「悪いがそりゃ無理な相談だな」

 

「ハァ? 何を言って――」

 

 続きを遮るように、龍園君が強くテーブルを叩く。バンッ! という強い音に私の言葉はかき消された。先ほどまで浮かべていた笑みはすっかり消え去り、怖い顔で私を睨みつける。

 

「さっきからおとなしく聞いてやったが、お前は俺を相手が女なら何もしねえとでも思ってんのか? お前にめんどくせえ武器を渡したのは事実なわけだ。ならいっそ、学校の規則やモラルなんて関係なく、反抗する気力も失せるほど、徹底的にお前をぶち壊してやる選択肢もあるんだぜ」

 

 つまりは龍園君お得意の暴力でもって、私を封じ込めるということ。

 

「何をする気?」

 

「ここでお前が屈服するまで痛めつけて、録音ファイルを消させるように命じる。ついでに今録ってるだろう録音もな」

 

 それぐらいは流石にお見通しか。

 

「選択肢として存在することと、実際に実行可能かどうかは話が違うよ?」

 

 龍園君の言葉がどこまで本気なのかわからなかったけど、私はあえて乗ってみることにした。

 

「アルベルト――」

 

 出入り口を塞ぐアルベルト君に、そう短く命ずる。当の本人は見るからにか弱そうな女子に暴力をふるうのはあまり気が進まないのか、緩慢な動きで私に近づき、丸太と見まがうような太い腕を伸ばしてきた。が、その腕が私に届くことはない。あと数センチ伸ばせば私の首を掴むことができるだろう位置で不自然に止まる。

 

「遠慮することはねえアルベルト。やれ」

 

「No, it doesn't work」

 

 伸ばした腕を引っ込めては伸ばし、引っ込めては伸ばしを繰り返す。間抜けな動作だけど、サングラス越しでも、アルベルト君が本気で困惑している様子なのがわかる。

 

「自慢じゃないけど、私生まれてから人に暴力ってものを振るわれたことがないの」

 

 そう言って龍園に笑いかけた途端に、私の横で甲高い音が鳴る。対面に座る龍園が私に向かってお皿を投げつけたからだ。けどその狙いは大きく外れ、飛び散った破片すら私には当たらない。その結果を見るや否や、龍園君はこちらに身を乗り出して私の胸倉を掴み取ろうとする。もちろん、その手が私に届くことはない。何もせずとも、相手のほうから手を止めてくれる。遠い近いは関係ない。私を傷つけようと思ったら、本当に手が滑っちゃったときとか、偶然による事故以外に不可能なのだ。

 龍園君には理解不能な絵面だったんだろう、不気味なものを見る目で私を見てきた。

 

「お前……何をしやがった? 気色の悪い女だ」

 

「女の子に使う言葉としては0点通り越してマイナスだね。じゃあ話を前に進めよう」

 

 龍園君の疑問は無視し、私はカバンから1枚のプリントを取り出す。今回の暴行事件を終息させる条件が書き連なれた契約書だ。

 私に暴力は通じないことを龍園君が理解した今、ようやく話し合いのスタートラインに立てるようになった。クラスポイントを犠牲にした特攻は龍園君の本意でもないため、この契約書にサインするしかなくなった。

 

「ク、クク」

 

 途中まで不機嫌そうに契約書を読んでいた龍園君だったけれど、急に愉快そうに笑いだす。その理由はただ1つ、いや3つか。

 

「お前正気か?」

 

 そう言って契約書をテーブルの上に滑らせる。書かれた内容は比較的シンプルなものだ。

 Dクラスは須藤君が起こした暴行事件の訴えを取り下げること。Cクラス黒華梨愛はDクラス龍園翔が指定した全録音ファイルを削除すること。そして――。

 

「正気も正気だよ。私たちCクラスと龍園君たちDクラスで同盟を結ぶ。て言っても、ただの不可侵条約みたいなもんだけどね」

 

 

 翌日の朝、かつての中間テスト当日の時のような、重苦しい空気をCクラスは孕んでいた。今回の暴行事件、須藤君の命運を分ける裁判が放課後にある予定だからだ。始業を告げるチャイムが鳴り、それと同時に茶柱先生が入ってくる。いつもと全く同じ光景、けれど、先生が湛える表情はいつもの鉄仮面と少し違った。

 

「朝のHRを始める前に、お前たちに1つ重要な連絡事項がある」

 

「なんすか重要な連絡って!? ただでさえ事件のせいで色々大変なのに!」

 

 いつも通り黙って話を聞けない池君。いつもならそんな態度を注意する茶柱先生だけど、今回は違った。池君とは目も合わせず、話を続ける。

 

「須藤の暴行事件の件だ。先日、Dクラスから訴えを取り下げる旨が伝えられた」

 

 先生の言葉を受け、クラスのみんなが動揺する。そんな中、平田君だけは事態を冷静に咀嚼し、そして結論にたどり着いた。

 

「それはつまり――須藤君が罰則を受けることはなくなった、ということでしょうか」

 

「そう思って構わない。真実がどうであれ、生徒同士で問題が解決したのなら我々学校側が干渉する問題でもないからな」

 

 つまり今回の件は一件落着。須藤君も無事に部活に復帰できるだろう。みんな、なぜDクラスが訴えを取り下げたのか、その点については疑問を持っている。けれど今重要なのは、事態は無事終息したということ。池君や山内君といった須藤君と仲のいい生徒が喜びを分かち合うのを確認し、私は1度教室に出た。先生の話がされてから、ちょこちょこ向けられる視線が気になったからだ。

 

「いったい何をしたの、梨愛ちゃん……」

 

 廊下に出てしばらくすると私の背中から声をかけてきた。今回の件は桔梗ちゃんも1枚嚙んでいるため、Dクラスが訴えを取り下げた裏に私の存在を見るのは至極当然のことだ。

 

「うーん、何をしたのか、か」

 

「私は梨愛ちゃんに頼まれて、日曜日に石崎くんたちをカラオケに誘った」

 

 私が先日電話で桔梗ちゃんに頼んだ内容を、思い返すかのように口にする。

 

「それで、ダメもとで訴えを取り下げられないか聞いてみてくれたんだよね」

 

「うん、でもダメだった。須藤くんにやられたって一点張りで、その話を全然したがらなかったし」

 

 それは私も知っている。

 

「梨愛ちゃんが関係してるんだよね?」

 

「そりゃあまぁ」

 

 特に隠すことでもないので素直に答える。

 

「……私には、須藤くんを守る方法なんて何も思い浮かばなかった――」

 

 普段は明るい桔梗ちゃんだけど、声のトーンを落とし、その表情に若干の陰りを見せる。

 

「梨愛ちゃんは――愛ちゃんはどれだけすごい子なの?」

 

 なんだか自分ではすごく答えにくい質問をされる。普段ならなんだかんだ言ってはぐらかすだろうけれど、桔梗ちゃんには手伝ってもらった恩義もあるし、ある程度種明かしをすることに決めた。

 

「じゃあ、今回私が何をしたのかをできるだけ話すよ。それでいい?」

 

 確認する私に、桔梗ちゃんは妙に重々しく頷いた。




 はい、というわけでまずはですね、何のご報告もなく失踪してしまい申し訳ありませんでした! そして御清覧ありがとうございます。

 とりあえずエタらないことを目標にこの二次創作を書かせていただいたのですが、2章という序盤も序盤で約半年音沙汰なくという状況になってしまいました。お恥ずかしい限りです……。
それとこれからの更新ですが、以前は週一更新と言っておりましたが、諸事情により不定期の更新となります。こればかりはどうしようもありません、どうかご容赦を。

 正直長い間書くことを辞めると熱が冷めるうえにそれ以外のやらなきゃいけないこと、やりたいことばかりが目に付くのも投稿が遅れてしまった理由となります。今になってアニメ2期を見て、また書きたくなったので時間を見つけて続きを書いたという感じです。

 こんな感じで責任感も何もない本二次創作ですが、次の投稿をお待ちしていただければ幸いです。それでは、アデュー!

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