拓馬と戦う前、カムイが見た夢の話。
※pixivに投稿していたのを再投稿してます。
ハチュウ人類と人類の決戦の日が明日に迫る。
カムイは去来する感情を圧伏させ、万全を期すため体力の温存を図り就寝の体勢に入った。
身体を横たえ、人類最期の引導を渡すこととなる手をまじまじと見る。
小さく弾力のある鱗に覆われた手。人類ともハチュウ人類とも違うハンパモノ。
気を抜くと湧きでようとする記憶を拳で握り潰し、そのまま手の甲をまぶたの上に置き、すべての光を拒絶するよう視界を遮り眠りについた。
*
優しい声がした。「カムイちゃん」と呼ぶ声が微睡んでいた意識を引き上げる。
―一体誰だ……親しげに声をかける女性なんて知らない。
違和感はその声が聞こえてからだった。
身体を軽く捻ると足が軽い。まぶたの上に置いていた手も小さく感じる。いや、小さくなっている。
……小さいのは当たり前だ。だって、元々こんな大きさなんだから。まだおれは子供だから、からだは小さいに決まっているんだ。
―頭が重いな。どうしよう、寝ぼけてるのかな。
まぶたを覆う手をゆっくり払うと、おれが寝ていたベッドのそばに、キレイな人間の女性が心配した顔をして座っていた。
毛先が少し波うった茶色の長い髪の毛、しなやかで凛とした眉、小さくてちょこんと乗っかったような形のいい鼻、丸くてキラキラした大きな目。
この人は……おれの姉上、ゴーラ。今は人間に化けてミユキと名乗っているんだった。
「……姉上?」
「あら、起きたのねカムイちゃん。ずっとうなされてたのよ。身体の調子はどう?」
「はい、少し頭が重いですが……からだは大丈夫です」
大丈夫、じゃない。ホントはちょっと痩せ我慢してる。姉上の前だから、大人びたくてカッコつけてしまった。
それにしても頭はぼやけるし、考えがまとまらない。おれのからだがこのままふわっとどこかへ離れていきそうだ。
「良かった!心配したのよ、カムイちゃん全く起きないんだもの」
ぼやぁっとふらつく頭を姉上は「カムイちゃんの髪はヒヨコのようにふわふわね」と、おれのハネとぶくせっ毛を楽しむようにやさしくなでてくれた。結局、甘える形になったのがこそばゆくなって、ほほの鱗が熱くなる。カッコつかないな……。
「ご、ごしんぱいかけました。……あの」
「どうしたの?」
「おれは……いえ、私は眠っている間に何か言っていましたか?うなされて変なこと言っていたらと思うと、その……」
「拓馬くんたちと喧嘩しちゃったのかしら?」
「…!」
最悪だ……。おれはそんなこと言ってたのか。
まだアイツらには直接会って言っちゃいないけど、どうせゲッター側につくのは嫌でも分かる。いや、そもそも人間は……。
途端、頭の重い感覚を忘れるくらいの黒い不快感が胸から噴き出しそうになって、思わず抑えようと拳に力が入る。
とても、くるしい。このちいさなからだではさすがに耐えきれない。不快感に圧し潰され悲鳴を上げそうになるおれの苦痛を察した姉上は、わななくおれの肩を抱き寄せた。
姉上はとっても柔らかかった。いいにおいで、あったかくて、包み込んでくれる。からだにおおっていた不快感が、少しずつ消えていくのがわかった。これは……そうだ。安心したという感覚だ。
「譲れない理由があったんでしょう?ふふ、私もあったわ。それはもう、心が張り裂けて痛くなるほどに」
何処までもやさしく語りかけてくる声は、耳に心地よく、けれども遠い昔を思い出す初老の女性を思わせた。
その声を聞いているだけで、胸に詰まった黒い真綿をからだの奥へと消しさってくれた。もっと姉上の声を聞きたくて軽く脱力した身を委ね、気を晴らそうと言葉を走らせる。
「姉上の譲れない理由って……なんですか?」
「……人類征服の兵器をゴールお父様から賜り、成人の儀として出陣する事を言い渡されました」
理由は言わず、姉上は淡々と語る。今までのあたたかい声音は温度を下げ、その豹変はまるで秘密を暴かれた雪女を思わせた。
「それは名誉な……。でも譲れないって、その時姉上はどうされたんですか?」
おれはどう聞いても『譲れない理由』に繋がる要素を感じられなかった。戦いに勝ち、名誉を得ることこそ、ハチュウ人類にとっての誉れなはず。
姉上は『譲れない理由』を思い出すように、その大きな目をゆっくりと閉じた。
「出陣を、抵抗したわ」
「っ、なぜ!?」
「そうね……人間を愛していたから、滅ぼしたくなかった。それが私の『譲れない理由』よ。私は人類へのスパイとして送られたけど、そこでたくさんの愛をもらって……しあわせだった。あのまま、いつまでも人間のミユキとして生きていたかった」
―そんな!姉上は純潔なハチュウ人類でしょう!?
また不快感がおれを襲う。どことなく近い存在だと思っていた姉上が人類の側に立つなど、おれにはわからなかった。おれよりも純粋な人が道をふみ間違えるなんて、ゆるせなかった。
「じゃあ姉上は……!ハチュウ人類を裏切ったのですか!」
姉上を問い詰めよう立ち上がろうとした瞬間、ぐらりと視界が振れる。
倒れそうになるおれを抱きとめたのは姉上だった。だけど、そこには『ミユキ』だけでなく『ゴーラ』の残像のような影がおれに語りかけてきた。
「私は恐竜人としての運命から逃れられなかった。成人して恐竜人としての姿になれば人間としてのミユキには戻れない。人間でいられないなら、いっそ……ゲッターロボに倒されることを決めました」
「えっ……それは」
おれの言葉を遮るようにまた視界が振れ、『ゴーラ』の残像は『ミユキ』と一つになり、いつの間にか姉上の胸には切り裂かれたような縦長の穴が空いていた。
―なんて、痛そうなんだろう……。
その傷は比喩なのだろうか。いや、どちらもなんだろう。切り裂かれたんだ。心も、身体も。
「両方を裏切るような真似になっても、あのときの私にはそれしかなかった。とても、辛かった。でもこの身を持って両方の家族を愛していると、少しでも伝えることができたのならば……」
「それで…本当によかったのですか…?そんなの姉上が、かわいそう…すぎます……」
拙いとは分かっている。ただ、姉上の運命があまりにも哀れだった。慰めの言葉が見つからず、このからだと同じ幼い同情の言葉しか言えなかった。
「ありがとう。カムイちゃんはとても優しいのね。あなたはね、私のようにならないよう正しく選択をなさい。そして、できるなら、お友達に歩み寄ってまた同じ夢を見てほしいの」
―いやだ、聞きたくない。やめて!
その言葉を拒みたいのに姉上の声はおれを優しく包み込んでくる。そんな姉上の声に負けないよう精一杯の抵抗を言葉にしていった。
「ともだちは……拓馬も獏も人間だから、もうともだちにもどれない。おれは自分の選択は正しいと、思っています。正義だって思ってます。拓馬だって本当は分かってるはずなんだ。人類はゲッターに利用されて悪になると!姉上おれはっ……!ハチュウ人類の運命を……変えなきゃ!ならないんですッ!」
どうしてなんだ、声が上ずってしまう。こみ上げる感情を抑えきれない。姉上、俺はおかしくないでしょう?おれは、俺は、間違っていない!
「いいえ。カムイちゃんにならきっと、運命を超えられます。私はね、私の夢をカムイちゃんに託したいの。人間と恐竜が手を取り合い平和な未来を創る夢を。それにあなたの運命はまだ決まってないのだから。夢で、終わらせないで。ね?」
もうダメだった。誤魔化そうとしても、両目から熱い涙があふれ、ぼろぼろ落ちて、声は出そうとするたび痙攣する。
ああ、俺は決壊したんだ。堰は切り、もう感情の流れを止められない。
「だって…俺は……もうっ…変えられ……ぐっ…うあああっああ…」
俺は泣きじゃくっていた。声にならない嗚咽と流れる涙に逆らえなかった。
―そうか。泣くって、こういうものだったな。
頭に重くのしかかっていた澱みも涙とともに流れていく。何かにしがみついていないと感情の激流に溺れてしまいそうで、姉上の細い腕に縋りついた。
―どうか今だけ、泣いてもいいでしょうか姉上。
「ええ。お泣きなさい、カムイ。今なら誰も見ていないわ。せめて私の腕の中で、その涙を置いてお行き。ここは
姉上の小さな腕がしゃくりあげる俺の背中をゆっくりと擦り、柔らかく抱きしめてくれた。
それは、とても温かい抱擁だった。
あなたの背中は大きいわね。その背中で様々な想いを背負ってきたのね。
さようなら、カムイ。私の大切な『弟』よ。
束の間の安らぎを、あなたに。
*
「……なにか、あたたかい」
カムイは思い出そうとした。背中に残るぬくもり、目尻から伝う涙、その理由は今見た夢のせいだ。
だが所詮は夢、荒唐無稽な情景が千切れ千切れにしか思い出せない。覚めてみれば儚いものだ。
決戦までのリミットを確認するが、ほとんど時間は経っていなかった。
「私はこれからの未来の全生命のために戦わなくては、ならない。迷ってなんかいない。人類はすべて滅亡させ、何千何万何億の時を経た今、恐竜帝国の悲願を成就させる」
カムイは誰かに言いたかった。
この決意を伝えたい。伝えなければきっと、前に進めない。
この纏わり付くぬくもりは、いらない。