セッ○スしないと出られない部屋に男女を閉じ込めるのが性癖の魔族に巻き込まれた話   作:柚香町ヒロミ

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十三組目 〜用心棒と娼婦〜

 

 

 

『わたしのかちー!』

 

『うう……はやいなぁ……』

 

『あたりまえでしょ! わたしがこのむらでいちばんはやいんだから!』

 

『……むう……ぼくのほうがはやくなるよ。ぜったいに』

 

『ふーん? ぜったいねえ……じゃあわたしにかてたら………』

 

 

 

 

 

 「……夢か……」

 

 裸の女が隣で眠る男を起こさぬよう静かに移動し『仕事』で汚れた体を備え付けのシャワーで洗い流す。慣れた手付きで体を手早く綺麗にすると用意しておいた綺羅びやかな衣装を身に纏い客である男を起こし、見送った。

 

 女は娼館の娼婦だった。幼い頃、死んだ父親が残した借金を母親が必死に稼いで返していたがその母も病気で倒れ寝たきりになってしまった。

 

 母の稼ぎがなくなり途方に暮れていたところに追い打ちをかけるように借金取りは無理矢理まだ幼い少女であった女を連れ去ろうとした際、遊びに来ていた幼馴染みが止めようとしてくれたが大人の男と体の弱い少年ではまるで相手にならなかった。

 

 怪我を負い這いつくばる少年に別れの言葉を告げそのまま連れて行かれ売り払われた先は娼館であった。

 

 不幸中の幸いだったのは売られた先の娼館の環境がよかった事だろう。劣悪な場所だったなら使い潰されるくらい抱かれなければならなかっただろうし性病に罹るリスクも高かった。また客も選べないため悪質な行為の果てに体を壊されていたかもしれない。

 

 その点この娼館は高級娼館であり客の質も高いため身の危険があるような行為はほとんどなく悪質な客が現れれば責任者であるオーナーが対処してくれる。稼ぎがよければ美味しい食事も食べられるし着飾る事も出来る。休みだって最低限はある。病気にならないよう徹底的に健康面は管理されていたし娼婦として働くならば最上級といってもいい。娼婦としてするべき事はしなくてはならないためあくまで娼婦としては、だが。

 

 彼女が初めて客を取ったのは16の時だった。最初は苦痛でしかなかったそれも仕事としてこなすようになるまでそう時間は掛からなかった。抱かれれば抱かれるほど金が手に入る。金が入れば早く自分と母親は自由になれる。そう思えば耐えられた。ほんの少し心に痛みは感じたが。

 

「おはよ」

 

「ああ。おはよう。……お疲れ様」

 

 娼婦が『仕事』を終え自室に戻る途中、見知った男の姿が見え挨拶をする。すると男はぶっきらぼうに返事をした。男は半年前からこの娼館に雇われている用心棒であった。

 

「別に。今回は早い人だったからそんなに疲れなかったわ」

 

「……そうか」

 

「……ねえ、アンタ暇? さっきの客じゃ物足りなくって……どう?」

 

 娼婦が誰もいない事を確認してから秘事のように男の耳元で囁く。甘ったるい娼婦の誘惑に用心棒は惑うことなく首を横に振る。

 

「…………仕事だ。失礼する」

 

「あ……………振られちゃった。なによ……一度くらい頷いてくれてもいいじゃない」

 

 スタスタと去ってしまった用心棒に娼婦は愚痴を溢す。こういった艶っぽいやり取りは初めての事ではなかった。

 

(……あの時「逃げよう」って言ってくれたのは何だったのよ)

 

 娼婦は自分の部屋で寝転びながら用心棒が初めてこの娼館に来た日の事を思い出す。

 

「見つけた……!」

 

 半年前。聞き覚えのない声が聞こえ振り返るとそこには懐かしい男がいた。娼婦が娼館に売られる前、暮らしていた村の幼馴染みだ。昔の泣き虫だった小さな男の子であったはずの幼馴染みは娼婦よりもずっと大きくなりすっかり大人の男になっていた。風邪を引きがちでひょろひょろの体も服の上から分かるほど筋肉がついて逞しくなっていた。頼りなさげな、気弱な顔立ちはいくつもの傷と共に険しいものになっている。まるで別人だというのに自分を見つめる優しい瞳は変わらないなと娼婦は滲みそうになる涙を堪える。

 

「逃げよう」

 

 そう言って手を引いてくれた幼馴染みに娼婦は歓喜しながらも決死の思いで振り払った。逃げたところで状況は悪化するだけだと。

 

 娼館には色々と複雑な思いもあるが恩もある。病気で寝たきりの母親が生きていられるのは娼館のオーナーが病院の手配をしてくれているからだ。もし逃げてしまったら母はどうなってしまうのか。そして自分だけではなく幼馴染みまで追われる身となるだろう。逃げるという事はただの現実逃避で悪手でしかない。娼婦が感情的にならないように切々と諭すと幼馴染みはしばらく無言を貫いた後項垂れてすまない、と言って去っていった。

 

 その背中を追いかけて縋り付きたい気持ちを堪え見送ってから一週間後、幼馴染みが娼館の用心棒として雇われたと言ってきた。

 

 その不遜な態度にあの時の切ない気持ちを返しなさいよと娼婦は怒りそうになるのを堪えた。

 

(……いつまで引きずってるんだか)

 

 娼婦にとって幼馴染みであり用心棒である彼は初恋だった。気弱で頼りないが誰よりも優しかった彼のお嫁さんになるのが昔の彼女の夢だった。それも娼婦としての『仕事』を初めて終えた時諦めたが……想いは消えてはくれなかった。

 

(嫌われてはいないでしょうね。わざわざ探してくれたんだし。でもそれは好きな女だからじゃなくて幼馴染みとして助けようとしてくれただけだったのかな)

 

 せめて一度だけでも好きだった相手に抱かれたいと何度か誘ってはみたものの用心棒は一度も頷きはしなかった。その度仕事で抱かれる時のように心が痛んだが誘う事を止められなかった。まるで自分で毒を飲んでいるみたいと娼婦は自嘲した。

 

 

 

 

 

 客に抱かれ、用心棒にちょっかいをかける惰性的な日々を送っていたある日。娼婦が歩いていると用心棒に話しかけられた。自分から話しかけるのがほとんどだったためびっくりすると更に驚くことに部屋に来てくれと言われた。再開してから一度も部屋に招いてくれなかったのにどういう事だろう。そう思いながらも娼婦はいつもより念入りに体の手入れをして用心棒の部屋へと入る。

 

「どうしたの? 急に部屋に来いだなんて。……もしかしてその気になったとか?」

 

「違う。話があって呼んだんだ」

 

「話?」

 

「ああ。実は───。」

 

 用心棒が机の引き出しから丸められた紙を取り出し娼婦に歩み寄った瞬間、部屋が謎の光りに包まれる。

 

 光が消え目を開けるとそこは用心棒の部屋ではなかった。『セッ○スしないと出られない部屋』という文字が掲げられたピンク色の空間に娼婦は「アンタの仕掛け?」と冗談めかして用心棒に訊ねるが用心棒は「いや、知らん」と首を横に振る。

 

「ふーん。変な部屋。……そういえば同僚が言ってたわね。どこぞの酔狂な魔族が男女を攫って部屋に閉じ込めるって。まあいいわ。ヤれば出られるんでしょ? ならシましょ」

 

 同僚が言うには好き合った者同士が選ばれるらしいけど、とほんの少しの期待をしながらも娼婦は慣れたようにベッドに横たわる。しかし用心棒は元々立っていた場所から動こうとはしなかった。

 

「……本気か」

 

「だってこんなのいつもと変わらないし。ここでシてもお金が入らないのが嫌だけどね」

 

「……金か。……その事だが」

 

 湿っぽい雰囲気になりなくない娼婦はわざと露悪的な態度を取る。すると用心棒は手に持ったままの紙をチラリと見た後娼婦の方へと歩きだす。

 

「なに?」

 

「……さっき言いかけていた事があっただろう」

 

「ああ、この部屋に来る前の話? そういえば何?」

 

「借金の事だ」

 

「借金? そこそこ稼いでるけど完全に返済するのは夢のまた夢よ。それが?」

 

「俺が返済した」

 

「は?」

 

「俺が残り全て返済した。これまでお前が返済した分含めて。お前が稼いだ分は返ってくるから好きに使うといい」

 

「ちょっ、ちょっと待ちなさい。そんな稼ぎがどこにあったのよ!? まさか何がヤバい事を……!?」

 

「それはない。金に善悪はないが他人を不幸にして稼いだ金はその後のリスクが高すぎる。自分も、お前も不幸にさせるわけにはいかないからな。お前の居場所を探し、たどり着くまでに護衛の任務を受けたり剣術の大会に出てある程度稼いでいた。お前と暮らしていけるように」

 

「え……」

 

「お前に逃避を断られてからすぐ娼館のオーナーと話をした。まあ最初は相手にされなかったがしつこく交渉したらようやく頷いてくれたんだ。その代わり用意するよう提示された金額が想定以上だったが……ここでの仕事と他所での仕事、それとギリギリ合法の賭け事……罪に問われない範囲のあらゆる手段を尽くしてようやく今日その金額を用意する事が出来た。契約書もここにある」

 

 用心棒が娼婦に持っていた紙を渡す。そこには借金が返済された旨と娼婦が娼館でもう働く必要がない事が記載されていた。オーナーのサインもちゃんとある。娼館のオーナーは金や決まりには煩いがその分約束や契約には真摯な男だ。この紙が本物であり自分は自由の身になったのだと分かるが喜びよりも動揺が勝る。どうして用心棒はここまでしてくれるのかと。

 

「それは……同情?」

 

「いや。愛情だ」

 

「──。」

 

 間髪入れず即答され言葉を失い息を呑む。用心棒の、娼婦を見つめる瞳は熱く濡れていた。

 

「……アンタ私の事好きだったの? 誘っても一度もノッてこなかったじゃない」

 

「戯れの遊びとして抱くのはごめんだ。ずっと恋焦がれた女をいい加減な気持ちで抱きたくはなかった」

 

「……なにそれ。カッコつけちゃって……じゃあアンタがコソコソ稼いでいる間に私が他の男と結ばれてここから出ていったらどうしてたのよ」

 

「……お前が幸せならそれでいい。稼いだ金はその男に渡していただろう。お前を不幸にするような男であれば殺すが」 

 

「っ!?」

 

「……お前が娼館に連れ去られるのを止められなかった不甲斐ない男だが……俺はずっとお前を好いていた」

 

「……アンタも知ってるでしょうけど私、沢山の男に抱かれたのよ」

 

「ああ知っている。でもそれが何だというんだ」

 

「………………綺麗な体じゃないわ。何度も金で体を売ったの。汚れているのよ」

 

「なら確かめてみよう」

 

 震える声で自分を責める娼婦を用心棒は優しくベッドに寝かせ、服に手をかける。

 

「ああ……やはり綺麗だ。どこも汚れてなんかいない」

 

「……っ……ばかね……本当にっ……」

 

 その言葉は泣いても仕方ないからと涙を流す事をやめた娼婦の心を優しく包んだ。子どものように泣きじゃくる娼婦を用心棒は優しく抱きしめる。

 

 長い年月を経てようやく結ばれた男と女は涙を流しながら溺れるように愛を交わし合うのだった。

 

 

 

 

 

「なあ。かけっこしないか」

 

 一休みし部屋から出てすぐに発された言葉は恋人同士の甘いものではなく子供じみた突拍子もないものであった。用心棒の提案に娼婦は困惑する。

 

「へ? どうしたのよ急に。子どもじゃあるまいし……昔ならともかく私が今のアンタに勝てるわけがないでしょ」

 

「だからだ。勝てたらお嫁さんになってくれるんだろ」

 

「……! 覚えてたんだ、そんな昔の言葉」

 

「一度たりとも忘れた事はなかったさ。そのために鍛えたんだ。……お前が連れ去られて探している間もずっと」

 

「……本当に頑固なんだから。私、負けるのは大嫌いなの。だから手は抜かないからね」

 

「ああ。知っているさ。だが今度は俺が勝つ。絶対に」

 

 それから二人は子どもの頃に戻ったように走り出す。その姿は昔のようになんのしがらみもなく幸せに満ちたものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ゛か゛っ゛だ ! ! 」

 

『泣くのはともかく……鼻水汚いです。こちらに垂らさないでくださいね』

 

 例のごとく一部始終観ていた魔族は泣きじゃくっていた。泣きすぎて鼻水まで出てきたのでティッシュで啜っている姿に水晶玉は呆れていた。

 

「ズビッ………ズズッ……………歳を取ると涙腺が脆くなるんですぞ……」

 

『はあ……そういえば貴方様はお幾つなのですか』

 

「長く生きると一年があっという間過ぎてその辺どうでもよくなるというか……大分前から数えてないですからな。正確な歳はちょっと」

 

『なるほど……歳も数えられないくらいお爺さんなのですね。把握しました。そうインプットしておきます』

 

「待って!? まだお爺さんとまではいかないから! 心はピチピチだから! まだまだ若いですぞ!?」

 

 自分の主は爺だという情報を書き込もうとする水晶玉を必死に止める心は若いつもりの魔族なのであった。


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