憧れの警察官になれたのに、転属先はクライムアクションの舞台でした。   作:福利更生

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遅筆な私が諄くない文章を書こうとすると、どうしても文字数が少なくなってしまう今日この頃です。


第6話

 

 魔法、霊感、超能力。その実在が証明されたのも今は昔。

 神秘不可思議が詳らかにされたとて、人が全能を手にした訳では断じてない。

 ただ、閉じきっていた扉の鍵を、少し回した程度なのだ。

 しかし誰もが、その未知の扉の狂熱に逆上せ、気付こうとすらしていなかった。あるいは、目を逸らしていただけかもしれない。

 

 鍵がかかっていることには、相応の理由があることに。

 扉の向こうに、何がいるのかも理解(わか)らずに。

 

 暗闇の淵に手をかけたとて、ケイオスシティはこともなし。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 神の召喚という儀式は、『暴露事件』以前よりも盛んに行われていた超常現象の一つだ。

 日本における神降ろしや、シャーマニズム、雨乞い、低位のものでは狐狗狸(コックリ)さんなど幅広い。

 そして『暴露事件』以後には、危険度の少ない神性降臨の儀式以外は軒並み規制がなされた。

 一部地域での雨乞いなどの生贄を要求されるような儀式は当然として、新たに制定された資格を所持していない者の神降ろしや交霊術も、事故で何が呼び出されるか分かったものではない。

 しかして、この超常成長期の最中、何が一番問題か。

 

 『神』の存在が証明されてしまったことだ。

 

 世界各地で宗教戦争が勃発寸前だった。現在は各国の相互監視で落ち着いているとはいえ『暴露事件』の混乱でいい方向に転がっただけだ。正直なところ、今でも僅かな火花が散れば一気に燃え盛ることだろう。一たびそうなってしまえば、それこそ大洪水で全てをリセットするしか収拾する方法はない。

 

 そんな状況だからこそ、水面下で邪教崇拝が沸き立った。

 『暴露事件』からひと月と経たない内に、観測史上一件目の接触禁忌神性の降臨が確認された。

 

 『それ』は一晩で、五つの国を“ごそっ”と(そら)の彼方へ連れ去って行った。

 

 この事件以降、神性存在の召喚に限っては、どんな超常犯罪よりも厳重に取り締まっている。この街の警察ですら、と言えばどれ程の事態かは分かってくれるだろう。彼らだって、他所の土地の地図が書き換わるならともかく、自分の豚小屋の危機くらいには真剣に働くのである。

 

 

 だから、目の前の『これ』は、俺の落ち度だ。

 

 

「なんだい?そんなに熱い視線を向けてきて。ふむ、これが君たちで言うところの『照れる』というやつかな?」

 

 瞬き一つしない白。白だ。とにかく白い。髪から肌から、一体何が『これ』を造形(デザイン)したのか。それは考えれば考える程に、きっと深淵を覗きこむことになってしまう。常人であれば眩暈がするほど美しい(かんばせ)、耳鳴りがするほど美しい(おと)、吐き気がするほど美しい香り(におい)。ジュニアハイスクールに通っている程度の体格で、起伏もあるとは言えないというのに、咽返る程の色香を漂わせる肉体は、その印象とは真反対の日本の黒いセーラー服に身を包んでいる。その顔には老若男女関係なく、何が何でも『これ』を自分のモノにしたいと感じるような微笑みが、俺にとってはニヤニヤと、嘲るような歪んだ笑みが浮かんでいた。

 総じて、人間以上の存在が、人間という動物を過剰に“盛って”作り上げればこうなるんじゃあないか、そんな女だった。

 

「悪くない。悪くないぞぉ。君に見られているというのは実に悪くない。いつもボクだけが一方的に見つめているというのも、少しツマラナイからね」

「用事がないならさっさと(かえ)れ」

「今その用事の真っ最中さ」

 

 この掃きだめに配属されてしばらく経った頃。下らない街の流儀をゴリ押しすることを決意し、ようやっと豚共の煽て方を覚えたような時分。

 珍しく、というかこの街にきてから初めて警察署員が真面目に動いている現場を目の当りにした俺は、もうすぐそこにまで迫っていた神性存在の召喚を許してしまった。

 言い訳にもならないが、経験的には一般的な日本の私服警官の域を出ていなかった俺は、まだ超常犯罪というものに慣れていなかった。この街での俺の最大のミスだった。

 

 禁忌神性。

 文字通り、禁忌の存在だ。そうとしか言いようがない。

 神の存在が証明されたとはいえ、それが具体的になんであるのか、即ち神という存在そのものの正体は解明されていない。

 ただ、解釈としては多神教のそれだ。理解の及ばぬモノ、人では抗えない力。

 科学全盛期、『暴露事件』直後に人々が最初に観測に成功してしまった、人々に認識されてしまった『それ』は、まさにそんな抗えない何かだった。

 我々が『あれ』らを認識してしまえば、『あれ』らも我々を認識する。召喚の儀式とはそういうもの。

 

 餌を用意し、寄ってこさせる。

 大きすぎる力を、人間の尺度(スケール)に寄ってこさせる。

 

 『あれ』らが認識している最小単位が、俺たちの住む惑星であるならまだ気にかけられている方だ。その程度なら、態々寄ってくるようなヤツも少ない。

 だが、力が強大になる程、存在が巨大になる程に、あるいは銀河が、あるいは宇宙が、あるいは次元が。そんな風に認知の最小単位が膨れ上がっていく。

 人間だって、顕微鏡を覗き込んで、矮小に過ぎるモノ(アメーバ)が手招きしていれば、人にもよるが、気になって研究したがるものだろう。

 そう、(かみ)による。それが数少ない救いではある。だがもし興味を持たれたら?

 

 だからこそ『それ』らは、自らの存在を零落(スケールダウン)させて、この星に降臨する。興味を引かれた何某かに、直接出会いに行くために。

 この女はまさにそれだった。

 

 人類の最大の不幸は、自分たちをアメーバに類するものだと認識するモノが存在すると知ってしまったこと。

 この超常成長期においてすら、曖昧な言葉でしか言い表すことのできない、桁違いな、場違いな、どうにもならない災害のようなもの。

 

 人は彼らを、否、『それ』らを総じて、神と呼称した。

 

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

 

 なんだかわからないが小さいもの(ひと)の視座に立つようになってどれくらいだろうか。

 時間など、ボクにとってはあってないようなものだから、あまり意識ができていない。

 それでは勿体ないと思おうとしてはいるけれど、君の命の時間さえ数えられればそれで良いじゃあないか。

 

 本当に不思議なモノだ。

 よく分からないモノらが声をかけてきたから、暇つぶし(たわむれ)触手(食指)を伸ばしてはみたけれど、まさかこんな小さなモノに“千切られる”とは思っても見なかった。

 だから形を真似してみたけど、これが案外面白い。

 思考、言葉、感覚。初めて得たものだ。矮小だが、新鮮だ。

 

 君のことを考えるのは面白いよ。

 君と話すのは楽しいよ。

 君に触れるのは、何だか、そう、とても『照れくさい』よ。

 

 ただ形を真似ただけの仮初の肉体でも、君たちの力では本来どうにもできない筈なのに。

 どうして君は、“千切って”しまえるのだろうね。

 折角…何だったか、そう、『綺麗』に作っているのに、毎回君は千切ってしまうのだから。

 

 まあいいさ。今回も楽しくお話できたからね。次はもっと、沢山お話したいな。

 ああでも、急がないと。すごく急がないと、君の時間が尽きてしまうね。

 

 じゃあ、また会おうね。




一真くんはSAN値チェックで1しか出さない人です。

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