奏で彩る7=16   作:チクワ

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僕と彼女
さよなら9 絶望の16


 僕は、そこそこに幸せだった。

 都内に家を持つ夫婦の元、兄妹の兄として生まれ、人並みに遊んで友達を作ったり1歳下の妹の世話をしたり。

 ヒーローものも好きだった。

 ウルトマン、と言うヒーローに夢中になるのは、当時の小さな子の当たり前だ。

 

 厚かましい様に聞こえるかも知れないが、小学校入学の時には学力も周りの人間より一回り上だったと自負している。

 小さな子特有の、「結婚する!」と言う約束をした女の子もいたし、()()に生きていれば青春もしていただろう。

 

 ......ただ、そう上手くは行かないのがこの世だ。

 

 

 幼少期の頃に見た最後の記憶は、目の前に迫る巨大な鉄の塊と、突き飛ばされ、唖然とする先程の女の子。

 

 轢き逃げだったらしい。

 僕は意識不明の重症、結果として植物状態と診断された。

 僕の幼少期、小学生としての時代は7歳で終わったのだ。

 

 そうなってから家族が砕け散るまでの時間はそう長く無かったらしい。

 2年経って両親は別居、妹が小学生卒業後に離婚。

 父が妹を引き取り、僕は母方の苗字になった。

 

 そこからまた数年経って。

 

「......お母...さ...ん?......」

 

「......咲? 咲! おかえりなさい...!」

 

 僕は起きた。

 動かない身体と自分とは思えない声に驚愕を覚えながら、唯一動く目を使い状況を確認した。

 

 細い細い指の付けられた手は母親らしき人に握られ

 時計の針は昼の1時を差し

 壁に掛けられたカレンダーは━━

 

 9年の月日が経った事を、無情にも書き記していた。

 

 

 

 起きてから1日が経って。

 細かい検査などが1日をかけて行われ、長年の意識不明状態の中で筋肉が落ちた事以外はほぼ完治している事を主治医から伝えられた。

 

 主治医は母親に連絡して9年の月日を一緒に説明して、受け入れてもらえる様にする、なんて言っていたが。

 

 見上げた先にあった時計は医師が病室を出て、1時間が経った事を示している。

 扉の外は騒がしく、車輪の回る音が聞こえて来る。

 

 もう少し待っていると、重い顔をした医師が扉を開けた。

 その後ろに母親はいない。

 

 重い面持ちのまま、医師が口を開く。

 

 「咲くん、お母様が......」

 

 

 「......亡くなった。」

 

 疑問の声すら、出なかった。

 

 車椅子に乗せられ、逝ってしまった、年老いた母の顔を見る。

 疲れ切った、だけど安らかな顔だった。

 

 病室へ戻り、目の前の壁を見る。

 見続ける。

 それこそ穴が開くほどに。

 

 数時間した後、小太りな男と制服に身を包んだ女が現れた。

 いくらか見た目は変わっているが、父と妹だ。

 ベッドの横に置かれた椅子に2人してドカッと座ると神妙な面持ちで父が口を開く。

 

 「咲、これは手切れ金だ。」

 

 そう言って感覚の薄い腹部に投げられたのは茶封筒。

 チラリ見える中身には、『10』とキジの絵が見える。

 

 「それを手土産にすれば、お前の様な人間でも引くて数多だろう。」

 

 早々に父は立ち上がり、それに連動する様に妹も視線を黒い板に向けたまま立ち上がった。

 

 「つぼみ、何か咲に言うことはあるか?」

 

 「別に、無い。」

 

 「......あの女も可哀想だな、お前が起きる事だけを信じて生きてきた様なものなのに、本人が起きた翌日に死ぬとは。

じゃあな咲、手切れ金は渡したから、二度と私達に寄るな。」

 

 何を言うでもなく、閉じられる扉とその向こうにある背中を見送る。

 

 封筒には目もくれず、固まり切った身体を精一杯伸ばして、少し遠くの棚にある手鏡を取る。

 

 手鏡の向こうにいる自分はとても自分とは思えなくて。

 けれど、鏡の前にいる自分と同じように息を切らしていて。

 

 この時、僕は初めて疎外感を感じた。

 

 最も近くにいた人は碌に話も出来ず世を去り、もう片方はかねだけ残して消えた。

 

 このセカイに、たった1人。

 16歳にして6歳の僕が取り残されたのだ。

 

 

 

 そこから本心の笑顔は消えた。

 やけに親身に事を話す医者に養子縁組先を探してもらいながら、リハビリの日々だった。

 

 担当者からは『泣くほど痛い』と言われていたが、そこまででは無かった。

 まあ、痛いことには痛かったが。

 

 合間合間、何かを勘付いたのであろう医者に笑顔を仕込まれた。

 『作り笑顔でもしておかないと、友達が出来ないよ』

 

 ......余計なお世話だ。

 ただでさえ貴方の話す会話の内容だけでカルチャーショック的衝撃が脳を襲うのだ。

 16歳の会話などわかるはずもない。

 

 ......それに、誰一人昔の友達は見舞いにも来ない。

 その程度の関係なら友人を作る意味などあるのだろうか。

 僕は意味を見出せなくなってしまった。

 

 リハビリをして、笑顔を作って。

 巡ってきた4月。

 

 

 「よお」

 

 数人目かの養子縁組希望者が、目の前にいる。

 短めのソフトモヒカンに、濃いめの顎髭。

 縁なしメガネが切長の目を強調させている。

 

 見ただけで言えば、反社会勢力だ。

 

 袖で軽く両目を擦り、もう一度目の前の人に向き直る。

 

 ここまで5人ほど希望者が来た。

 が、その全てが僕の持つかね目当て。

 担当者が言うには相当の金額入っていたらしい。

 何円かは聞かなかった。

 小太りな男と、黒い板━━ スマートフォン、だったかな。

 それにしか目を向けない女を思い出してしまうから。

 

 沈黙を破り、目の前の男が口を開く。

 

  

 「━━引き取る理由は、労働力が欲しいからだ。」

 

 「......はぁ。」

 

 ため息にも、相槌にもなる言葉が口から落ちる。

 冷静を装っているが、内心驚いていた。

 

 「正直言って、金は欲しい。

が、金だけもらってお前とバイバイじゃ後味が悪い。

 だからお前をウチで働かせて、社会貢献させてやろうって訳だ、どうせ学校に行く気もねえんだろ?」

 

 ━━驚いた。

 ここまで見透かされているとは。

 

 たしかに、僕は学校に行く気がない。

 単純に学力が小学一年生だからだ。

 義務教育を吹き飛ばしてここにいる。

 

 かねが欲しいと直球で言われたのも初めてだ。

 この短時間でわかった気でいるのも失礼かも知れないが、彼は確実に、ウソをつかない人だろう。

 

 なら最後に聞かなければならない事がある。

 

 「では、働いてもらえるおかねはどのぐらいですか?」

 

 自身でもわかるほど拙い文章力と、未だ慣れぬ声を使い男性へ言葉を届ける。

 男性はニヤリと笑って、ズレたメガネを戻した。

 

 「最初の1ヶ月は教習だ、給料は2ヶ月目からこづかい感覚でやるよ。

部屋もあるし朝昼は作ってやる。

風呂と夜飯は外でだが......」

 

 「わかりました、養子縁組を受けます。」

 

 「......そうかい、ありがとよ。」

 

 

 そうして僕は旧姓を捨て、新しい苗字、四宮を手に入れた。

 

 2ヶ月が経ち、僕は義父である四宮 薫の元、東京の喫茶店で働いている。

 

 「行ってきます。」

 

 今日は喫茶店が休みであり、先んじて来た夏の暑さに顔を歪ませながら買い出しへ向かう。

 

 

 でも、僕は知らない。

 

 この日、薄れてしまった心に色をつけてくれる人に、出会う事を。

 

 

 シブヤの公園。

 時刻は昼の1時を、示している。

 

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