ニーゴに入ってから数日が経ち、今日は休みの日。
もう何回目か数えるのをやめるほど、数分おきにスマホを見ている。
何を見ているのかといえば先日公開された、ニーゴの新曲。
そのコメント欄だ。
「......」
まあなんとも、見ていて気分が良い。
僕の歌を褒めてくれる人、東雲さんの絵、朝比奈さんの歌詞...
ニーゴ全体を褒めてくれる人が多い。
心が満たされる様な感覚を感じながら下へ、下へと読み進めて行くと━━
『ニーゴに男声は要らんでしょw』
......今僕の顔はどうなっているのだろう。
多分とんでもない顰めっ面で、擬音で表現するなら
『み゛っ』と言った顔のはずだ。
まあ人と言うのは沢山いる。
その中で僕の声を嫌う、今までのニーゴを好む人も少なからずいるだろう。
だがこの前宵崎さんに聞いたところによれば、アナリティクス? と言うものを見ると男性視聴者が増えているらしい。
元は半数以上が女性のグループ。
少々男性が感情移入しづらいところに僕が入った事で、幾らか間口が広がったと言うわけだ。
僕がニーゴに入る事でプラスになった事が、こうやって手で物を握る様に実感できる。
そんな心を満たす嬉しさと多少の承認欲求に区切りをつけ、僕は洗い物に戻った。
休みだとは言ったが、別に家で寝転びスマホを見ながら時間を貪っているわけじゃ無い。
今、宵崎さんの家で昼ごはんの洗い物を片付けている。
......正直言って、打ち上げ後の今日と休みが被った事は幸いだった。
こう何回も来ていると、大体宵崎さんが大変そうな時というのはわかってくる物で。
今日だって勘を頼りに来てみれば洗われてない洗濯待ちの衣類が大量に。
今は乾燥機にかけて事なきを得ているが、まあ風呂場周辺は足の置き場があるか怪しかった。
そんな日常生活の怪しい家主が、今どこで何をしているかといえば━━
「...すぅ、ん......」
疲れ切って自室のベッドで寝ている。
暗い部屋の中、安らかな顔で寝ているが、こうして部屋で寝かすのにも一悶着あったのは言うまでもない。
いくら疲れているからとはいえ、流石にソファーでは寝ないで欲しい。
疲労も取れないし、お姫様抱っこで運んで行く僕も大変だ。
運ぶのが大変、といっても別に凄く重いからと言うわけじゃ無い。
むしろ体重は熱中症だったあの日から増加している様で、足も腕も健康的な肉付きになってきた。
だがまあ、その、いろいろと。
触ることの許されない場所が多過ぎるのだ。
「...辞めとこう、考えるのは...」
思い出す手に触れた足の手触りを振り切り、顔を洗ってソファーにゆっくりと座る。
やることもない、とナイトコードを開く頃には、頬の熱もすっかり引いていた。
どうせ誰も居ないと思っていた通話ルームには、Amia、の4文字。
不思議に思い、すかさず通話ルームへ入る。
『あれ、nine!』
「こんにちは。
Amiaさん1人なんですか? 他は誰もいませんけど...」
『さっきまでえななんと話してたんだ。
ちょうどいいから話そーよ!』
「ええ、もちろん。」
軽い疲れ目を擦りながら、Amiaさんの願いを了承する。
他愛もない話や最近の流行りなど、1時間近く談笑をした。
......意識を失ったのがいつかまでは、ちょっと覚えていない。
「ん...」
意識の切れた時には感じなかった温もりに気づき、ゆっくりと体を起こす。
しっかりかけられた毛布と枕元に置かれた水。
今までの経験とソファーの上で寝た記憶から、ここまで運んでくれたのは四宮さんである事はすぐにわかった。
水を数口飲んで、扉を開けてリビングへ向かう。
玄関を見ればまだ靴は残っているので、簡単なお礼ぐらいはしておきたい。
よく考えてみれば、四宮さんは無償でここまでやってくれている。
ご飯も材料が無ければ彼が実費で買ってきているし、洗濯も掃除も、文句一つ言わずに。
「...なんで?」
今までそれを当たり前の様に享受していたが、普通に考えておかしい、と言うか何故?
別にわたしに対して、彼がそこまで恩義を感じる様な事はしていない。
それどころか、彼はわたしが倒れているところを助けてくれた側。
恩義を返される側だ。
考えれば考えるほど、疑問が強まる。
「あ。」
わたしの中で渦中の人物である彼が、ソファーに俯いて座っていた。
先程のことを聞こうと近づいてみれば、瞼を閉じて一定の感覚で背中を上下させている。
寝ているのだ。
「......わたしにはソファーで寝るなって、言うのにね。」
いつかのリプレイの様に、頬をつまむ。
...やはり柔らかい。
マシュマロというか、小学生というか。
疲れた心に沁みる、頬が緩みそうな柔らかさ、癒しだ。
一度自室へ戻り、持って来た毛布をかけていると目の端にスマホが写った。
その画面にはナイトコードが開かれており、
『通話中 Amia』と書かれていた。
「......Amia?」
『えっ、K?!
nineは?!』
「寝てるよ。」
『...どこで?』
「わたしの家。」
本当の事を、淡々と画面の向こうにいるAmiaへ伝える。
唸っているAmia、というかスマホを尻目に、体を覆う様に毛布を掛けた。
これで風邪をひく事はないだろう。
『ねぇK?』
もう一度水を飲もうとしてフタを開けようとすると、今度はAmiaから声がかかる。
珍しく真面目な声色であったため、水を飲むより先に話を聞くことにした。
『Kとnineはさ、付き合ってるの?』
......水を飲む。
「...付き合ってないよ。」
付き合う。
色々な意味こそあれ、Amiaが問うたのは『恋人』の付き合う、だろう。
少なくともわたしと四宮さんの仲は愛し合う仲、というわけでは多分絶対必ず無い。
「何でそう思ったの?」
『何でって......
付き合って無い男女は気軽に家に来ないよ!』
雷の様な衝撃が走った。
と、同時に彼の方へ振り返る。
頬を引っ張って伸ばし、情けなくなった顔を見て考えた。
付き合うというのは愛するという事で。
異性の家に気軽に来ると言うのは付き合ってないとそうあり得ない。
......家に来る=愛し合っている?
頭が空回り、頬と胸が熱くなる。
目の前にある何も考えていないような情けない顔に、軽い苛立ちを覚えて力を強めた。
彼はそれでも起きないが、「うぅ...」と声を上げ始めた。
『......ーい、おーいK!?
聞こえてるー?!』
「━っ、うん。」
消え去っていた聴力が戻り、頭が意識をAmiaへ移す。
わたしは一旦考えるのを辞め、Amiaの言葉を素直に聞くことにした。
『...じゃあ、来週の日曜に出かけよう!
僕とKとnineで出かけて、別れ際にKの心に出来た思いが、2人の関係に対する答えになるはず!』
...何か、釈然としない。
なんでわたしが1番疲れているのか。
ベッドで寝て養ったはずの英気は、後ろで寝ている彼のせいで何処かへ消え去っていった。
「...痛い...」
頬を刺す鋭い痛みに貫かれ、僕はゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた。」
腰を抜かしてソファーから落下しそうになる。
幸いにも両手が空いていたため、体を受け止めてことなきを得た。
目の前には宵崎さんの顔。
その両手は僕の頬を摘み離さない。
と言うか痛い。
「痛いです......」
自ら痛いと申告し、その手を離してもらおうとするが、彼女が力を緩める気配は無い。
「そう。
......来週日曜、ハチ公前に来て。
Amiaと3人で遊びに行くから。」
「え。」
こうして僕の知らない内に、この年で初めて、女性とシブヤへ繰り出すこととなった。
果たしてAmiaさんと宵崎さんの間でどんな会話が交わされたのか、僕には知る由もない。
『気持ちに嘘をつかないで、思いを伝えてみて!』
Amiaはそう言ったが、そんな事簡単にできるわけがない。
帰り際の彼を呼び止め、最後に一つ質問をする。
「四宮さん。」
「? はい。」
「あなたはどうして、わたしの所へきてお金ももらえないのに色々してくれるの?」
彼は目を閉じ、少し考えてから作り笑顔を見せてこう言った。
「......なんででしょう?
正直に行ってしまえば、僕にもわかりません。
でもきっと、放っておけなかったんでしょうね?」
ドアが閉じられる音を聞き、少ししてわたしはベッドに倒れ込んだ。
まったくもって、こんな疲れるとは想像もしていなかった。
スマホを操作し、カレンダーの予定に『遊びに行く』と記入する。
...果たして、わたしの気持ちが何なのか。
日曜に思いを馳せて、枕へ頭を落とした。
だけど、一つ疑問がある。
「何で四宮さんの笑顔を、作り笑顔だとわかったんだろう...?」
その疑問は微睡に溶け、夜は全てを飲み込んでいった。