奏で彩る7=16   作:チクワ

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僕にはわからない、2Lのカタチ

 12時ハチ公前。

 僕は踵上げ運動を繰り返し、落ち着かない様子でスマホの時計を見る。

 

 インカメラをロック画面から起動し、自身の格好がおかしく無いか、5回目の確認をする。

 僕はほとんど私服を持っていない。

 数少ない私服も、テレビやネットからの情報で入ってくる『おしゃれ』とは程遠い物だ。

 

 だから苦渋の決断で、おじさんに服を借りたのだが━━

 

 「......これで良いのかな。」

 

 パーカーの上にロングコート、ボトムスには黒のスキニー。

 適当に見繕ったものが故に不安が残る。

 もうマイナスな事を考えるのは辞め、スマホをいじって2人の到着を待つ事にした。

 

 

 5分経った頃。

 ハチ公前にいた人類が一斉にざわめいた。

 何事かと、スマホをしまい渦中の方向へ視線を向ける。

 

 そこにいた人物を見て、僕は目を開き口を半開きにした。

 元より美しい髪や肌を際立たせる服装に身を包み、頬を軽く染めた宵崎さんが歩いていたのだ。

 

 熱い視線を送っていたこちらに気付いたのか、彼女は小走りでこちらに向かってくる。

 僕も石の壁に寄りかかっていた体を起こし、口を閉じて歩き出した。

 

 「ごめんね、待ったかな...?

 瑞希に着せ替え人形にされてて、遅れちゃって...」

 

 「いいえ、全然です。

 ......と言うか━━」

 

 ふと周りを見渡す。

 男衆の嫉妬の目線が突き刺さるが、それを気にせず探してもピンクの髪が見当たらない。

 

 「暁山さんはどこに?」

 

 「あ、それは......」

 

 宵崎さんが何かを言おうとした矢先、僕のスマホが鳴る。

 彼女に一言断ってからスマホを取り出し、ロック画面に表れた通知を確認する。

 

 『ごめん!

 行けなくなっちゃったから、2人で楽しんできて!

 行こうとしてたルートは送っておくから!』

 

 ......6歳の時に見た恋愛ドラマでこんなシーンがあった。

 お節介女同僚が、良かれと思い作戦を張り巡らせたようなこの行為。

 

 やられた、と思いながら宵崎さんの方を振り向けば、先程より頬を濃く染めた美人がこちらを見ている。

 

 「......暁山さん来ないようなので、2人で行きましょうか。」

 

 「...うん。」

 

 僕は彼女の手と自分の手を結び、シブヤの街へ繰り出す。

僕よりも宵崎さんの方が手が温かかったのはここだけの話。

 

 

 

 「まずは...映画館ですね。」

 

 「うん、この映画の音楽が良いって聞いて、サブスクとかでもまだ出てなかったから見たかったんだ。」

 

 そう言って宵崎さんが指差したのは白い背景に、蛍光色が多彩に使われた映画のポスター。

 

 「ああ、『プロメア』は確かに言われてますね。

 今朝のテレビでもやってましたし。」

 

 ぎこちないとも取れる他愛無い会話を続けながら、スタッフにチケットを手渡してスクリーンに入る。

 本編が始まると同時に重厚なサウンドが耳をその世界に持って行き、そこから怒涛の連続でいつのまにか1時間が経っていた。

 

 映画本編も音楽も、僕にとっては新鮮でとても良かった。

 劇中に出てきたロボットも、商品化されていないのが悔やまれる。

 だが何が1番印象に残っているかと言われれば、まあ。

 

 「斬新な音楽で、凄い良かった...

 新曲の参考にできそうなフレーズもあったし、見て良かったな...」

 

 こうして目を輝かせている宵崎さんだろう。

 凝視する僕に気付いたのか、宵崎さんは先程までの興奮をおさめて恥ずかしそうに口を抑えた。

 

 「あ... ご、ごめん。」

 

 「いえ、可愛らしくて良いと思いますよ。」

 

 思った事を口に出すと、にぎにぎと宵崎さんが僕の手を掴む。

 握る分には良いが、力を強めるのはやめてほしい。

 ちょっと、いや結構痛いから。

 

 

 映画館を出て次に寄ったのはクレープ屋。

 互いに小腹が空いていたこともあって、僕はイチゴの、宵崎さんはチョコのクレープを頼んだ。

 

 「...美味しい。」

 

 彼女が美味しそうにクレープを食べる一方、僕は目の前にある生クリームとイチゴの海に物怖じしている。

 ......大っぴらに言えることでは無いが、クレープを食べるのはこれが初めてなのだ。

 初めて食べる物に、一瞬たりとも狼狽えない人などこの世にいるだろうか、いやいない。

 

 覚悟を決め、口を開いて食べようとした、その時。

 

 目の前で子供が転んだ。

 転倒の際に受けた衝撃によりその手からは買ってもらったのであろうクレープが離れ、イチゴが無惨にも地を転がっていた。

 

 子供の顔を見れば、深い悲しみに包まれ今にも泣き出しそうである。

 

 「......宵崎さん、少し離れます。」

 

 「あ、うん。」

 

 一言置いて、僕は転んだ彼の元へ向かう。

 

 「大丈夫?」

 

 彼は強く首を振った。

 それはそうだ、大事そうに持っていたものが地面に奪われて、大丈夫な人などいない。

 とりあえず寝たままの彼を抱き起こし、目線を合わせて話を始める。

 

 「...クレープ、食べたかったね。」

 

 「うん...」

 

 「僕のクレープ、上げるよ。」

 

 彼の顔に差していた影が消え、キラキラと目を輝かせて聞き返してきた。

 

 「ほ、ほんと!?」

 

 「うん、ただし約束ね?

 もう食べ物を持って走らない事。

 できる?」

 

 「できる!」

 

 「じゃあ、はい。」

 

 クレープを手渡すと彼は大きく噛みつき、その味に目を輝かせた。

 頬についたクリームをとってやっていると、彼の来た方向から母親らしき人物が駆け寄って来る。

 

 「大輝!

 すいません、うちの子がご迷惑を...!」

 

 「いいえ、大丈夫ですよ。

 ......大輝くん、約束ね。」

 

 「うん!

 ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 彼とその母親は、雑踏に消えていく。

 大きく手を振る彼に、僕は嘘の笑顔で手を振って答えた。

 

 あの頃の子供は、目に見えるもの全てが大体大事なものなのだ。

 だからこそ、ああやって失えば深い悲しみに包まれるし、手に入れればあそこまで目を輝かせられる。

 ......僕は、あの感情を経験出来ていない。

 あそこまで自身の感情を出しての悲しみや感謝など、できそうにも無い。

 

 「すいません、遅くなりました。」

 

 「...一口、食べて。」

 

 何事もなかった様に彼女の元に戻ると、食べかけのクレープを突き出された。

 その表情は「いや...」とか「いいです」とか言わせない、有無を言わせず食べさせようとする表情である。

 

 「...いただきます。」

 

 控えめに、チョコと生地とクリームが同居しているところを啄む。

 ......美味い!

 

 シンプルにチョコとクリームが美味い。

 生地のモチモチさも良い。

 目を輝かせて味を堪能していると、宵崎さんの手がこちらへ伸び、口角周辺を擦った。

 

 「ふふっ、クリームついてるよ。」

 

 ...初めて、彼女が笑っているのを見たかもしれない。

 その衝撃と可愛さに戸惑いながら、その笑いに釣られる様に、無表情を挟んで僕も笑う。

 

 作り笑いしかできない事を、ここまで悔しく思ったのは初めてだった。

 

 

 

 帰り道。

 彼に送られて、わたしは今、玄関の前にいる。

 

 今日は楽しかった。

 それと同時に、彼の気遣いの細かさに驚いた。

 

 わたしが人混みを嫌う事を知ってか知らずか、意図的に人の多い道は避け。

 何だかんだと今日買ったものは全て、彼の財布からの出費だ。

 「給料の使い所が無いので、ここで使わせてください」と彼は言っていたが、なんだか申し訳なく感じる。

 

 ......それ以上に、心が弾んだ。

 お父さんのお見舞いに行く時に通る、灰色にしか見えない道も彼と通れば美しい色彩の道に。

 熱いだけの、スクランブル交差点の待ち時間も、他愛無い話で盛り上がれる楽しい時は変わる。

 

 心臓の鼓動を強める、この気持ちはなんなのだろう。

 

 「━━それじゃあ、今日は楽しかったです。」

 

 「まっ...待って。」

 

 帰ろうとする彼を、つい呼び止めてしまう。

 

 『気持ちに嘘をつかないで、思いを伝えてみて!』

 

 瑞希からの言葉を胸に抱いて、彼に向けこの感情の答えを出す事にした。

 

 

 「わたしは...... わたしは、四宮さんが好き。

 一緒にいると心が弾んで、今まで灰色にしか見えなかった街も、貴方と一緒なら色鮮やかに見えて...

 だから、わたしと一緒にいてほしい。

 今日みたいに、一緒に歩きたい。」

 

 

 彼は目を見開いて、動揺を隠さない。

 口を抑え、少しして口を開いた。

 

 「......僕には、付き合うとか分かりません。

 でも、今日は楽しくて、宵崎さんにも変な感情を抱いた。

 ...けれど、僕にはそれが友情(ライク)なのか(ラブ)なのか分からない。」

 

 彼の顔がだんだん下へ、伏せられていく。

 

 「それが分からないのに宵崎さんの思いを受け取ってしまったら、ダメ、なんです。

 自分を見失って、何者でも無くなって、歪んで消えていってしまう気がして。

 ......ごめん、なさい。」

 

 所々しどろもどろになりながら、彼の思いをわたしは聞いた。

 それ以降の事はあまり覚えていない。

 ナイトコードに出たのか、ご飯は食べたのか、ちゃんと寝たのか。

 記憶があるのは翌日の朝、椅子に座ってパソコンに向かっている時からだった。

 

 

 

 「それで、ですね。

 ここをこうすると......」

 

 「...おお、こりゃすげえ。

 類、っつったか? ありがとよ、この時計は大事な物なんだ。」

 

 「いえ、礼には及びませんよ、咲くんのおじさん。」

 

 談笑の横を、無言で通り過ぎる。

 

 「おお、おかえ━━

  ...どうした?」

 

 「...何か、あったんでしょうか?」

 

 そのまま二階に上がり、部屋着に着替える。

 うつ伏せにベッドへ倒れ、枕に顔を埋めて、叫んだ。

 多分、人生で初めて。

 

 「......ア゛ァァァ! 

 このバカが!!」

 

 自身の耳すらつんざく様な声。

 苛立ちと悲しみ、情け無さを吐き出した。

 

 あの顔が、瞼の裏に焼き付いて離れない。

 泣くのを堪えて、震えた声で「ごめんね」と言ったあの顔が。

 ああ、あんな顔をさせてしまった自分が気持ち悪い。

 何がLoveもLikeもわからないだ、ふざけているのか。

 

 「わっ、かんないよ! 

 当たり前だろ、僕は生まれてこの方━━」

 

 ラブもライクも、感じた事はない。

 

 ひとしきり叫んで。

 気づけば空は明るくなっていた。

 寝ていたらしい。

 

 ドアの下、隙間から入れられた紙には、『今日は休め』とおじさんの文字で書かれていた。

 服を着替え、鏡の前に立って作り笑いの、作り笑顔の練習をする。

 

 指で無理矢理口角を吊り上げ、その位置で固定して指を離せば━━

 

 「......ああ、だめだ。」

 

 鏡の付いた壁に手をついて寄りかかり、下を向いた。

 愛も知らず、笑顔もできず。

 

 今の僕は、何も出来やしない。

 人の心を傷つけただけの、6歳児じゃないか。

 




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