奏で彩る7=16   作:チクワ

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繁盛12時、走って1時

 

 「ふぁ......」

 

 数回目のあくびを手で押さえて、昼休憩を迎える。

 今日は平日、客も少なくここから閉店まで暇な時間が続くだろうとたかを括り、カウンターのテーブルに寄りかかってコーヒーを啜った。

 

 不味くは無いな、なんて考えながらテレビを見れば、やっているのは帯番組のワイドショー。

 最近ちょいちょいテレビで見る頬骨の出た男性タレントが、バラエティでは見せない顔で真面目に語っている。

 

 『昨今の残業、徹夜しないと仕事が終わらないなんてのは━━』

 

 残業、徹夜。

 なんとも僕に対してタイムリーな話だ。

 

 ここ最近、ボーッとする事が多すぎて閉店から片付けが終わるのがめちゃくちゃ遅い。

 1時間の残業はザラだ。

 それに加えて徹夜。

 ここ最近、と言うか少し前まではナイトコードでの通話もあり、ほぼオールな事が多かった。

 

 テレビの話題に出ている社会人に比べればまだまだぬるいだろうが、『まあどんなに差があろうと残業と徹夜は大変だよね』と言う事だ。

 

 「眠い......」

 

 ここ最近はおじさんが所用でいない事が多い。

 居たら居たで初入店の人があの顔に凄いたじろぐので、売り上げはいない時の方が多いが。

 こうやって僕がいつ寝るかわからない時は、横にいて頭をぶっ叩いて欲しいものだ。

 

 コーヒーを飲み終え、カップを洗おうとカウンター裏に向かおうとした時に、ふと外を見た。

 

 そこには本来居ないはずの、談笑しながら下校する宮益坂と神山の学生達。

 僕の中でバラバラだったピースが嵌まっていく。

 

 『私、この日からテストであまり入れないから。』

 

 朝比奈さんが言ってた事。

 

 『僕もテストだけど、全然大丈夫!』

 

 便乗した暁山さんの発言。

 カレンダーの日にち。

 1時前のこの時間帯。

 

 「......寝てる暇無さそうだ。」

 

 ガラスで出来た扉の前にいる学生を見て、覚悟する様にそう呟いた。

 

 

 「お皿下げますねー。」

 

 「はい! ありがとうございます!」

 

 「コーヒーのおかわりくださーい。」

 

 「はーい。」

 

 満席なんて初めて見た。

 そこそこな重さのカレー皿を流しに置き、コーヒーピッチャーでおかわりのコーヒーを淹れながら周りを見る。

 幸いにも新規注文は無いし、誰かコーヒーをおかわりしようとする人もいない。

 

 安心してピッチャーを置き洗い物を始めると、目の前から美人が話しかけてくる。

 

 「どうやら大忙しだね、咲くん。」

 

 「......本当、寝てる暇もないです。」

 

 類さんだ。

 ここ最近は話す機会がなかった為、なんだか久しぶりに感じる。

 どうやら今回は友人を連れて来ている様で、先程紹介を受けた天馬さん、草薙さん、鳳さんは皆一様にカレーを口に含んでいる。

 

 「みんな本当美味しそうに食べているね。

 寧々もここまで集中して食べるとは思わなかったけれど。」

 

 草薙さんはその言葉に何か反論しようとしているが、口いっぱいのカレーがその言葉を堰き止める。

 それを見てにっこり笑う類さんは洗練された流れる水の様な動きで、天馬さんの皿へ野菜を放り込んでいく。

 

 「類!

 何を当たり前のように俺の皿へ野菜を入れてるんだ?!」

 

 「ほら、ここ最近学校で夏風邪が流行っているだろう?

 我らがスーパースターに風邪をひいてほしく無くて、こうして野菜を食べて免疫を付けてほしくてね。」

 

 「......なら食べるが!」

 

 まあ見事な言いくるめ。

 怪訝な顔で類さんを見ると、口に人差し指を当て『シー』と笑っていた。

 カレーを作った本人としては、野菜まで込みで頼んだ人に食べてもらいたいのだが。

 

 それはそれとして鳳さんは口に頬張りすぎだと思う。

 喉を詰まらせてしまっては大変なので、サービスでリンゴジュースを出すと、すぐさま口の中にあったものを飲み込み、

 

 「店員さん、ありがとー!」

 

 と。

 ...喉を詰まらせるかもしれない、なんてのはいらぬ心配だったらしい。

 そういえば鳳、と言う名前は何処かで聞いた事がある気がする。

 何で聞いたか、どんな事に関する事かと言われれば、わからないと答えるしかないのだが。

 ずっと記憶の端に掠り続けているのだ。

 

 なんだか、忙しい期間が終わるとそれはそれで暇だ。

 こんな時のためにおじさんから習っていた事を実行しようと、ポケットからプラスチック製のメダルを取り出した。

 ちゃんとアルコール消毒はしてある。

 

 メダルを人差し指の第二関節と第三関節に置き、親指の爪で上に弾く。

 おじさんならここでパンと1発拍手をしてからやるが、僕はうるさくなるのでやらない。

 

 顔の前まで落ちて来たメダルを右の平手で弾き、左手で弾き。

 それを何回も繰り返す。

 手頃なところで右手左手どちらかに握り込み、一連の行動としては完成。

 

 端的にいえば、この行動は縦だけじゃない、『3Dお手玉』みたいな物だ。

 

 金属の、100円とかでやった方が迫力が出るしおじさんはよくそっちでやっているが、流石にあれは痛い。

 「漫画に憧れて出来るようになった」と言ってたが、そう考えるとおじさんもなかなか俗なところがある。

 今更気づいた意外性だ。

 

 ため息を一つついて目の前に視線をやると、そこにはキラッキラの目をこちらに向けた鳳さん。

 もう身を乗り出しすぎて、頭の半分がこちらに侵入して来ている。

 

 その目線が両の手に向かっている事に気づき、質問をした。

 

 「......どっちだと思います?」

 

 「右の手ー!」

 

 大変元気な答えを受け取り、右手を開く。

 

 「せいかーい。」

 

 「やったー!」

 

 つい不機嫌な声色で答えてしまったが、見事正解。

 ......正直、悔しい。

 初めて成功した物を初対面の人に一撃でやられたと言うのが、声色を少し不機嫌にさせる要因だった。

 笑顔が出来ればいくらか取り繕えただろうが、今は出来ないのでしょうがない。

 

 特別商品としてイチゴの飴をあげると、嬉しそうに鳳さんは食べ始めた。

 無邪気な人だ。

 宮益坂の人でここまで元気なのを見た事がなかった為、本当新鮮な気持ちである。

 

 「......ハイパー曲芸ピエロ......」

 

 ん?

 

 「司くん、僕の知り合いを脚本に組み込もうとするのはやめないかい?

 せめて了解は取ろう。」

 

 「あ、ああ、すまん......

 ......四宮、エキストラとしてショーに出る気はないか?!」

 

 「えぇ......」

 

 『ハイパー曲芸ピエロ』の意味はよくわからないが、さすが類さんの友達。

 とても賑やかだ。

 

 

 少しして、その賑やかさを壊す女性が現れた。

 

 「こんにちは、藤田くん!」

 

 まあ、いつかやってくるとは思っていたが、1日も待たずにくるとは。

 宮益坂高校の制服に身を包み、金髪ポニーテールを揺らしながらカウンター席に座った。

 

 「......咲くん、彼女は━━」

 

 何かを言おうとした類さんを首を振って止める。

 どうせここで()()()()()()()のだ、彼女の事を聞いて『やべえ』というのは後からでも問題ないだろう。

 

 義務的にプラスチックコップへ水と氷を入れ、彼女の前に置く。

 

 「ありがと!」

 

 そう言うが彼女は水に口をつけない。

 さて、唐突ではあるが、昨日僕が電話で話していた要さんは情報通である。

 敏腕記者の様に至る所から情報を掠め取り、頭の片隅にあるファイルへとじ込んでおく。

 

 そんな彼から彼女の情報を聞いた時、僕は久々に飽きれを感じた。

 

 そして僕の人に対する感情は『好き』、『普通』、『好きではない』の3種。

 普通から好きではないに落ちるのは余程な事がないとあり得ないが、彼女はそのあり得ないをあり得るにしたのだ。

 

 「ねえねえ!

 付き合うって話、考えててくれた!?」

 

 氷河期の様な空気が、店を包む。

 ああ、またこれだ。

 周りに人を置き、衆目の元断れない空気でこちらに『はい』としか言えないようにする、幼稚な作戦。

 本当、幼稚園児の頃から変わっていない。

 

 この作戦には決定的な弱点がある。

 失望という感情を体験させてくれた貴方に、お礼としてその弱点を教えよう。

 

 「......私は昨日言いました、『衆人環視の中で答えたくない』と。

 それでもこうして聞くんですか?」

 

 「ご、こめんね?

 どうしてもすぐ聞きたくて、この後私用事があるし......」

 

 最後の洗い物であるカレー皿を置き、彼女の目を見据える。

 高圧的に聞こえるように声を作って、僕はため息を引き鉄に口を開いた。

 

 「まず、僕は付き合いません。

 人がいっぱいいるからとかじゃなく、どんな状況で貴方に『付き合って』と言われても答えは同じです。」

 

 「なんで?! 

 小さい頃約束したじゃない?!」

 

 ああ、ちょっとやめてほしい。

 いきなりの大声でお客さんが皆驚いてしまった。

 

 「なんで。

 じゃあその疑問に答えましょうか。」

 

 この答えを想像していなかった様で、篠田さんは表情を崩してたじろいだ。

 僕は一杯水を飲み、続ける。

 周りの学生達は、ある人はにやついて、ある人はヤバいヤバいと言ってこちらを見ていた。

 

 「まずその約束から。

 遡る事9年前、幼稚園で約束されましたね。

 状況としては今店内にいるくらいの幼稚園児と、先生が1人。

 で、重要な要因として僕は先生に嫌われ、貴方は好かれていた。」

 

 「まあその先生が怖い人で。

 貴女の約束を断れば十中八九僕は怒られ、貴女は約束してくれたら許すと言ったでしょう。

 だから僕は怒られるのを避け約束を結んだ。

 でもね、そこに愛はないんです。」

 

 「...でも、愛なんて付き合ってからでも育めるじゃない!

 断る理由になってない!」

 

 まあ確かに、愛は付き合ってからでも作れるだろう。

 でも、嘘をつき続ける人とはダメだ。

 

 「......次に、先日貴女がいった、お見舞いに来たがリハビリでいなかった、という件。

 あれ嘘ですね。」

 

 「はぁ!?」

 

 ああ、ついにキレた。

 面倒だ、彼を呼んで終わりにしてしまおう。

 

 「まあこれも9年前、僕が車に轢かれそうになった彼女を庇って重傷を負った時。

 もしもし、要先生?」

 

 『なぁにぃ? 

 カップラーメン冷めちゃうから手短に......

 って、誰この子?』

 

 「例の人、なんだけど......」

 

 正直、主治医がこの反応な時点で答えなのだ。

 だが、彼女は変わらず首を傾げている。

 

 『あーはいはい!

 彼女一回もお見舞いなんて来てないよ。

 それどころか咲くんが入院してた期間、お見舞いに来たのはお母さんだけだったから。』

 

 「......とまあ、主治医がこう言ってるんです。

 嘘つかないでください。」

 

 証拠を突きつける。

 だんだんと周りのざわめきも大きくなり、彼女を追い詰め始めた。

 

 これが、彼女の作戦、その弱点だ。

 オーディエンスは時に自身の味方になるが、時にはこうして敵となる。

 彼女にとってはあり得ない『もしも』だったのかもしれないが、現にこうして彼女は追い詰められているのだ。

 

 怒り肩をプルプルと、自慢のポニーテールを小刻みに揺らし、彼女は俯く。

 次に彼女が顔を上げるとそこには涙。

 

 「どうしてぇ...? 

 どうしてそこまで嫌なの...?

 あの女がいるから...?」

 

 泣いていた。

 そこまでして欲しいというのか。

 そこまでして......

 

 カウンターを出て彼女の前に立つ。

 ならば引導を渡す、今僕が感情を向けるのは1人だけだ。

 そこに君の付け入る隙間は無い。

 

 顔を彼女の耳元まで持っていき、息を顰めて囁いた。

 

 「君がなぜ僕を狙うのか、知ってるよ。

 昔も、今も。

 でもその考えを持つ人に僕はイエスと言えない。

 帰ってくれ。」

 

 「っ!!」

 

 勢いよくドアが開かれ、篠田さんが飛び出していく。

 その後ろ姿を見送ると、店の中に静寂が訪れた。

 このままではまずいと思い、すいませんと一言おいて一旦自室へ戻る。

 

 持って来た物をカウンターへ置き、深く頭を下げた。

 

 「お騒がせしてすいません。

 お詫びにリンゴジュース配るので、宮益坂の人は篠田さんと仲良くしてあげてください。

 神山の人はこれからもカレー食べに来てください、気持ち大目に盛るので。」

 

 持って来たのはおじさんの親戚からもらったリンゴジュース。

 あまりにも数が多く、2人では持て余していたのでちょうど良いタイミングではあった。

 

 客が帰宅し、類さんともう一度向かい合う。

 

 「......君も大変だね。」

 

 「ええ。

 でもこれで篠田さんとのつながりも切れて、神山の人はちょいちょい来てくれる様になるかなって。

 後は彼女の学校生活がどうなるか......」

 

 「そこは彼女がいるから大丈夫じゃないかな?」

 

 「鳳さんがいればまぁ、どうにかなりそうではありますけどね。」

 

 刻々と時間が過ぎていく。

 空になったジュースの箱を潰し、ゴミ置き場へ置いた。

 

 「そう言えば、類さん何を言おうとしてたんですか?」

 

 『咲くん、彼女は━━』

 篠田さんが現れた時、類さんはこう言った。

 あの時は遮ってしまったが、何を言おうとしたのだろうか?

 

 「......そうだね、『彼女は君の叫びの元かい?』って言おうとしたんだ。」

 

 ああ、納得した。

 僕は彼に宵崎さんがどうとは言っていない。

 僕の知っている女性、というヒントだけでは僕の好きな人は彼女だと一瞬思うだろう。

 

 「少なくとも彼女では無いですね。」

 

 「だよねぇ。」

 

 夜の6時。

 戸締りをして、僕は自室へ戻った。

 

 

 眠い目を擦り、久方ぶりにナイトコードへログインする。

 さっきまで30分ほど仮眠を取っていたが、少し遅れて1時20分からの参加だ。

 

 「失礼します。」

 

 身をこわばらせながら、ルームへ入って口を開いた。

 Amia、えななん、雪、そしてK。

 足先指先を震えさせながら、迅速に謝罪を行う。

 

 「......その、しばらく休んでてすいませんでした。

 一応手土産に歌詞を作って来たんですけど...」

 

 『......』

 

 『......』

 

 『...そう、じゃあファイルを送って。』

 

 Amiaさんとえななんさんからは答えが無い。

 多分Kさんから僕の所業が伝えられたのだろう、返す言葉もない。

 雪さんに促されるままファイルを送ろうとした時、ふとある事に気づいた。

 

 Kさんがミュートにしている訳じゃないのに、本当に物音もしないのだ。

 そりゃ僕が来ても何も言わないのはわかる。

 だが、なにか強烈な不安が心を覆った。

 

 『あの女がいるから...?』

 

 ......篠田さんは知らない筈だ、彼女の家を。

 いや待て、僕は叫んだんだ。

 

 『宵崎さん!!』

 

 不安が的中しない事を願いながら、声を震わせて聞く。

 

 「......Kさんは、何してるんですか?」

 

 『Kは人が来たからって席を外してる。』

 

 ...ただの家族であってくれ。

 

 「何かおかしなところは?」

 

 『?

 ......なんか凄いインターホンを連打されてるって...』

 

 まずい。

 彼女の行動力を舐めていた。

 椅子から勢いよく立ち上がって、適当な服に着替えて家を飛び出す。

 

 『な、なに?!

 nine、あんた何してんの?!』

 

 「すいません、一回抜けます!

 ちょっとしたら戻るので!」

 

 えななんさんに答えを返し、走りながら通話を切った。

 ただ迷惑なやつならそれでいい、だが篠田さんがいる場合は話は別だ!

 

 「...扉、開けないでいてくれ!」

 

 無事を祈りながら、全速力で宵崎さんの家へ向かう。

 彼女を助けるなんて思い上がりと、伝えたい心をのせて。

 

 

 

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