25時。
ヘッドホンを付け、ナイトコードへログインする。
結局、作ったメロディーに乗せる詩は完成しなかったため、まふゆに無理を言って作ってもらえるか聞いてみようと思う。
幸いにしてテスト期間、今日のみできそうという事だったので、出てもらえるか聞いたところOKを出してくれた。
別に揚々と『こっちでやっておくよ』と引き受けたわけではないが、迷惑をかけて申し訳なく感じる。
「じゃあ、始めようか。」
やはりと言うわけではないが、メンバー欄にいた筈の5人目は今日もログインの解析がなく、ぽっかりと空いた空欄が心を締め付ける。
......吹っ切らなければ。
前へ進もうとする意思とは反対に未練たらたらな心を押し潰し、目の前にある物へ意識を集中させる。
『━━。 ━━!』
10分くらい経って、雑音がわたしの集中を切った。
ヘッドホンを外してみると、絶え間無くインターホンが鳴らされていることに気づく。
それはリズムを刻んでいるふざけたものではなく、ただ一心不乱にとめどなく流れてくる。
何かを通販で買った訳でも無い、そもそもこんな時間に配達員は来ないが......
『K、どうしたの?』
「......何か、インターホンを連打されてて。
ちょっと見てくるから席を外すね。」
雪からの疑問に答え、一言置いてパソコンの前を離れた。
扉を開けて自室を出て、暗い廊下を歩いて玄関の所に取り付けられたインターホンのモニターを起動すると、そこに映っていたのはレインコートに身を包んだ女の人。
口元はマスクをつけていて見えず、頭髪もレインコートのフードで隠れて見えない。
虚ろな目でインターホンを押し続ける彼女に軽い恐れを抱きながら、マイクをオンにして口を開いた。
「...その、どちら様、ですか?」
「......!」
何者であるのか、一言それを聞くと、彼女はインターホンの連打をやめて一度後ろへ下がった。
行動の意図が分からず首を傾げていると、次の瞬間ドアに何か叩きつけられた轟音が耳をつんざいた。
「きゃっ...」と短く悲鳴を上げ、私は腰を抜かしてしまう。
座り込んだ状態でモニターを見上げれば、彼女は先程までインターホンを鳴らしていた腕でドアを殴りつけていた。
きらりと月明かりが照らした、マスクを取った彼女の顔は喫茶店の前で彼と話していた女の人で。
見えていなかったもう片方の手には、銀の光沢に月を映す鋭利なナイフが握られていた。
「ねぇ〜え〜...
アンタのぉ、せいでぇ、私がァ!
モノ、手に入れられなかったんだけど〜...」
モノ?
モノとはなんだ?
ここ最近は外にも出ていないし、買い物も通販で、それもカップラーメンを置き配で頼んだぐらいだ。
こうやって一言おきに扉を叩かれる様なことなど、してはいない筈だ。
「...し、知らない...」
肺の中に残っていた空気をかき集め、否定の言葉を絞り出した。
すると扉への殴打が止まる。
深呼吸をして立ちあがろうとすると━━
「知らないわけ...無いよねェ!?」
一段と強く、ドアへの一撃が叩きつけられた。
また足の力が抜け、その場にへたり込む。
「藤田咲を見てさ、逃げたよね!?
それでもシラを切るならぁ〜...
ここ開けろよ。
開けろ、開けろ! 開けろって言ってんじゃん!」
壁を背に座り込み、膝に顔を埋めて恐怖に震える。
その場から動くことも出来ず彼女の叫びと拳の音を聞きたくが無いために、耳を塞いだ。
藤田 咲と言う人物も知らな━━ いや、咲と言う名前から、おそらくは四宮さんなのだろう。
たしかに私は、彼と話すことから逃げた、その報いでもあるのだろうか。
誰も助けてはくれない。
自室に戻ることも出来ず、足先の、指先の感覚が無くなっていき、孤独の中震えて何分かが経った。
「いつまで籠ってんのー......って、あ。」
「......篠田、何してんだ。」
現れた別の声に、思わず顔を上げる。
モニターを見れば、彼女の向こうから男性が歩いてくる。
黄色い目を揺らし、滲み出る怒りの声色を押さえ付けて金髪の彼女に問うのは、紛れもなく四宮さんその人だった。
「ドアから離れろ、さもなければ通報するよ。」
彼女━━ 篠田は彼に言われるまま、ドアの前から離れた。
フードを外しマスクをその辺に捨て、わかりやすい作り笑顔で彼と向かい合う。
「......ねえ藤田くん、今からでも間に合うからさ、私のこと好きって言って?」
「無理」
「なんで?!
この扉の向こうにいる女より、私のほうがあなたを幸せにできる!」
何故、と言われても、無理なものは無理だ。
仕事中連絡もなしに現れ身勝手な愛を伝え、あまつさえ僕の大切な人の家で叫んでいる人に、好きとは言えない。
...そもそも、何故彼女はここまでふてぶてしいのか。
そうか、僕は彼女や他人の前で怒ったことがない。
それゆえ、それゆえにここまで『どうせ怒らないだろ』とたかを括られてやられているのか。
ああ、であれば僕は怒ろう。
どうせ彼女以外は誰も見ていないのだ。
「......君の幸せはなんだ。
目を付けた相手から金をむしり取ることか?
相手の家柄を見て、結婚した後の裕福ブランド品生活を妄想する事か?」
「わ、私はそんなことで幸せにはならない!
もっと、好きな人と愛し合って、日中でもイチャイチャして......」
「でもさ、君の友達が言ってたって。
『近々100万ぐらい持った財布が彼氏になるから、いーっぱいモノ買ってもらって捨てちゃおー!』って。
これ君がその友達に言ったことだろう?
小学生の頃は『藤田と言う家柄』を、今は『僕が元父親からもらった100万ぐらい』を。
君が発するものの中に、僕は入っていない。
君が欲しいのは僕の後ろにある何かだ。」
歯軋りを立てて、彼女は下を向いた。
要先生に聞いてわかってはいたが、彼女は昔から変わっていない。
僕に言い寄ってくる時前面に出していた愛は、その実男を利用するだけの欲望。
話は変わるが、僕の旧姓藤田はそこそこいい家系だったらしい。
元父親もその関係でいい職業についているからこそ、縁切りの際に100万ぐらいを放り投げて消えたのだ。
まあ彼女はその家系を何処かから聞きつけ、当時小学生くらいの僕に言い寄り口約束を取り付けた。
お見舞いに来なかったのも、親が離婚し引き取り先が母方になって藤田と言う苗字の力が無くなったからだろう。
プルプルと震えて俯いたままの彼女を、ただ見下ろす。
きっと僕は今、万人に受け入れられる顔をしていない。
口角は上にも下にも動かさず、ただ無言で瞬きもせずに彼女を見る。
ほぼマネキンだ。
だが心の中まで無表情な訳じゃない。
僕は今。
彼女に。
「...だったら、だったら何なのよ!!」
感情がまとまり切る前に、彼女が何かを振り翳した。
ぎらりと光る銀の刃。
小さい包丁、ペティナイフだ。
それをこちらに向けながら、じりじりとこちらへ歩み寄ってくる。
その顔はしてやったりと言った得意げなものであり、何故彼女がレインコートを着ているかの理由も合点がいった。
と同時に、感じたことのない黒の感情が噴き出す。
「ね、ドラマで見たけどこれ痛いのよ?
刺されたらゴロゴロってのたうち回って、息もできなくなっちゃう。
そうはなりたくないでしょ?
だったらここに100万持って来なさいよ!!
どうせあんたが持ってても、使わないんでしょ!?」
一歩進む。
別にそんな包丁に恐怖はない。
彼女は忘れたのだろうか?
「な、なんで怖がらないの?
来ないで...来ないでよ!!」
ついに平常を保てなくなったか、ナイフが僕の胸めがけて迫る。
胸につく直前、掌で遮る。
手の甲手のひら両側から血が滴り落ちて、静寂の夜に水音を響かせた。
「ああ...あ...!」
幸い痛みに慣れているため、目の前の彼女の様に狼狽えることはない。
あの事故の日から、僕は心の傷以外かすり傷だと思ってる。
まあそんな考えだから、宵崎さんにあんな心無いことを言ってしまった訳だが。
力強く握りしめられたナイフから手を引き抜き、血のついていない手で彼女の肩を掴む。
道の方向へ引っ張り、目線を合わせて今生彼女に対する最後の言葉を伝える。
「正直に言って、僕は君をあの時庇ったのを後悔していた。
長い時間眠らざるを得なくなって、全てに置いて行かれた気がした、けど。
結果的に彼女達に出会えたのだから、まあいいかとも思う。
......最後に、僕の願いを聞いて9年前の借りを返してくれ。
もう二度と僕と彼女の前に現れるな、篠田 凛。」
涙を流して、篠田が走り去って行く。
ああさようなら、ヒーローに憧れ正義感に溢れていた昔の僕が助けた、初めて話した他人の女性。
その話しかけてくれた嬉しさも、打算だったと思うと少し悲しくなるが。
まあ宵崎さんがドアを開けなくてよかった、最初の調子のまま篠田と相対していたら、多分無事じゃ済まなかったろう。
出血もそこそこに血塗れの右手を見る。
流石にこのまま帰ってはまずい、血を滴らせて歩く高校生くらいの男性なんて、普通に通報待ったなしだ。
葛藤と覚悟の問題にうんうん唸り、『土産もあるし......』と自身を納得させて僕は恐る恐るピンポンを押した。
なんとも安心する電子音が流れてくる。
安心どころか驚いたのは、押してからノータイムで宵崎さんが出てきた事か。
「......」
ひさびさに、彼女の目に見つめられる。
自身の思いを自覚した後にこうして見つめられると、びっくりするほど顔が熱い。
いや、今回はそんな見とれるために来た訳じゃない。
「えっ...と、その...
まず、篠田がすみませんでした。
彼女は僕の昔の知り合いで......付き合おうって言われて断った事を逆恨みして、何故かこっちに来てしまって...」
「......それは、四宮さんが謝る事じゃない。」
「ああ、いやその...
...すいません。」
ギクシャクした会話が、夜中の玄関で繰り広げられる。
すると何かに気づいた宵崎さんが目を見開き、こちらの右手を指した。
「! それ、大丈夫!?」
貫通した右手を見て、傷を再確認した。
まあ痛いことは痛いが、そこまでのものじゃない。
この前テレビでやってた格闘家の人も、『慣れれば痛くないよ』と言っていた。
9年前の事故でめちゃくちゃ慣れてしまったんだろう。
「あー、擦り傷だから痛くはないです、そこまで。
......でもこのまま帰ったら通報されちゃうんで、使ってないタオルとかありませんか?」
手をひらひらと揺らし、擦り傷だからと嘘をついてそこまでの事ではない事をアピールする。
すると少し間を置いてドアが大きく開かれ、ジャージ姿の宵崎さんにリビングへ招かれる。
「とりあえず中に入って。
タオル、持ってくるから。」
「あぁりがとうござひます。」
うわずった声で返事をして、血が垂れない様にしながらリビングへ上がった。
もう、この光景も懐かしく感じる。
持って来てくれたタオルで手をぐるぐる巻きにして、天を見上げた。
本当なら明日ここに来て、色々と伝える予定だったのだが......
ソファの左に座る、宵崎さんの顔を見る。
あゝ美人。
「......どうしたの?」
再び、視線を合わせる。
ああもう、言ってしまおう。
彼女があの日言ってくれた事への、はぐらかさない僕のちゃんとした答えを。
立ち上がり、僕は意を決して口を開く。
「宵崎さん、僕はあの日......
ライクなのかラブなのか分からないと、自分を見失ってしまうと言って貴女の告白を、断ってしまった。」
「......」
「でもあれから僕は、えも言われぬ喪失感を感じて過ごしていました。
常にぼうっとして、作り笑いも出来なくなって......
ある時、知り合いと話して気づいたんです。
その気持ちこそが
顔が真っ赤なのを感じる。
彼女は先程から俯いているが、もうそれすら気にせず今はただ、自分の言葉を伝える事にした。
「貴女は僕にとっての
だから、今更言うのは烏滸がましいかも知れないけれど。
宵崎さん、僕と付き合ってください。
一緒に、いてください。」
深く深く、頭を下げる。
おそらく僕は振られるだろう。
だけど、それでも良いのだ。
ただの自己満足でも、こうやって思いを伝えられたのだから、それで。
布の擦れる音がして、月明かりが立ち上がった宵崎さんの影を作る。
その影は目の前で止まり、僕の肩を掴んだ。
「......顔を上げて。」
「は、は━━」
「い」を言う前に、腹部から胸部にかけて衝撃が走る。
少しの時間頭上に『?』を浮かべていたが、宵崎さんがその身体を僕に密着させている事に気づいた。
びっくりし過ぎて、手を頭上でわたわたさせることしかできない。
すると、胸元からこもった声が聞こえて来た。
「......大嫌い。」
「へぇあ!?」
......こう目の前にいる人から嫌いと言われると、なかなか心に来る。
辛い。
そんな心を落ち着かせる暇も無く、また声が聞こえた。
「...でも、助けてくれてありがとう。
大好き。」
「......その、告白の答え...」
どっちなのだろう。
嫌いと好きを同時に浴びせられ、僕の心には嵐が吹き荒れている。
急かすわけではないが、口をついて言葉が出た。
彼女は顔を上げ、こちらを見上げる。
その顔は僕と同じように赤く紅が差している。
「これが━━」
二つの影が、重なり合う。
「......これが答えじゃ、ダメかな。」
「これが答えで大丈夫です......
僕も大好きです......」
「ただいま。」
『あっ、K!』
『心配したよもー!』
『大丈夫だった?』
「うん、しのみ...
......咲が、助けてくれた。」
『え、じゃあもしかしてそこに......』
「......います。」
『かなっ...K!
この前セカイで言った事、ちゃんと言った?!』
「言ったよ。」
『待ってえななん。
今Kのnineに対する呼び方が変わってた...
これは、つまり......』
「うん、わたしたち付き合う事になった。」
『『......』』
「えななんさん? Amiaさーん?」
『nine、作ってきた歌詞があるんでしょ。
見せてよ。』
「ああ、はい。
一応Kさんには先に見せて、いくらかブラッシュアップしたのでサンプルみたいに今歌いますね。
......そう言えば、曲名を決めてなかった。」
「nineが決めて良いよ。」
「じゃあ━━」