奏で彩る7=16   作:チクワ

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親友の幻影
打ち上げと説教、x2


 

 「またくるわね、薫くん。」

 

 「おう、また来いよ先生。」

 

 ひさびさに1人でカウンターに立ち、会計を終えて帰って行く常連の老婆、学生時代の恩師を見送る。

 あの人は老いてこそいるが、非常にアグレッシブ。

 この前は有り余る貯金を使い、沖縄へサーフィンしに行ったらしい。

 

 昼前最後の客が帰り、テレビと水の音しか無い店内。

そこに暗い色を添えるように、口から疲労の篭った息が漏れ出た。

 

 店を開いて10年余り、この1週間は経験した事の無いほど客の大群が押し寄せてきた。

 主な客層は近所の高校生。

 ま、売り上げが伸びる事に文句はないが、いかんせん予想だにしていなかった事態。

 いつも通りなら余裕のあった食材は危うく底をつきかけ、今は右手が不自由な咲に買い出しへ向かわせている。

 

 ......一応、今あいつの親は俺だ。

 最初は無愛想の擬人化みたいな男だったのが、女性を助け友達を作り、今では店も安心して任せられる。

 たかが数ヶ月の付き合いではあるが、その様子を見て俺は嬉しかった。

 

 愛すべき()の忘れ形見がいきいきとしてるのは、見ていて口角がつい緩む。

 だからこそ、少し前のあいつの慟哭には心底肝を冷やした。

 

 まあ、どうやらその件は事なきを得たようだが。

 いくらなんでも右手をナイフが貫通したと要さんに聞いた時は、目の前の世界全てがぐらついたが。

 

 そんな事を考えながら冷水で食器と手を流していると、ドアが開かれてピンクの髪が入店してきた。

 見慣れた顔、と言うわけではないが、忘れもしない顔ぶれだ。

 

 「......あれ?

 おじさん、咲くん居ないんですか?」

 

 ピンクの嬢ちゃ......いや男? どっちだかわからん。

 とりあえずピンクの子は軽く店内を見回すと、咲がいない事を恐る恐るこちらへ確認してくる。

 

 見た目で萎縮させてしまってる事にすまねえと思いながら、その質問へ答えた。

 

 「ああ、また居ねえよ。

 ちょっとしたら買い出しから帰ってくっから、席に座ってこれでも飲んで待っててくれ。」

 

 4人を席に誘導し、冷蔵庫から取り出した先生の沖縄お土産、シークワサージュースを手渡した。

 

 「何か食いたいもんあったら言ってくれよ。」

 

 メニューを渡して、ふと4人それぞれの顔を見る。

 

 出会いたての咲より深刻な顔をした紫の嬢ちゃん、隠し事をしてるくさいピンクの子、強いコンプレックスが滲み出ている黒髪の嬢ちゃん。

 そして、どこか寂しそうな顔をしてジュースを飲む、熱中症の白い嬢ちゃん。

 

 ......件の神代類もそうだが、なんであいつはクセの強い人間とばかり交友が広がるのかね。

 

 「━━ねえねえ! 

 ポテトがメニューに増えてるよ!」

 

 「瑞希、ポテト好きすぎ。

 もっと映えるのないの?」

 

 「別に、ポテトでも良いんじゃない。」

 

 「わたしもポテトで良いよ。」

 

 「じゃあ多数決でポテトにけってー!

 おじさん、ポテトお願いします!」

 

 「わたしの意見は?!」

 

 ああ、そこそこ五月蝿え。

 だがいい五月蠅さだ、青春って感じがする。

 

 「おう、味は普通のケチャップと数量限定でレモンケチャップがあるぞ、どっちだ?」

 

 「じゃあレモンケチャップ!」

 

 「あいよ、ちょっと待ってな。」

 

 注文を受けてポテトを揚げる。 

 油から目を離さずに、4人の話に耳を傾けた。

 

 「今回の曲、今までの中でも結構MVとかいい感じじゃない?」

 

 「うんうん、再生数もいい感じに伸びてるし!」

 

 仲の良い4人だ。

 さっさと帰ってこい、咲。

 友達がポテトとお前を待ってるぞ。

 

 「━━そう言えば奏?

 咲と付き合うまでの顛末、教えてよ〜?」

 

 「えっ......

 ......じゃあ、ちょっと長くなるけど。」

 

 おっ?

 今聞き捨てならない単語が聞こえて来た。

 付き合ってる、白い嬢ちゃんと咲が?

 

 「......おっ、やべ...」

 

 あまりの動揺にポテトを油から揚げるタイミングをミスり、少し黒いやつが出来てしまった。

 ......ああ〜、嬢ちゃんと付き合ったからあの作り笑顔が帰ってきたのか。

 納得した。

 

 「最初は暑い、夏の火で━━」

 

 

 

 「━━それで、キスをして付き合い始めた。」

 

 ポテトも揚げ終わり、またもやテレビの音だけが店内を包む。

 

 「......瑞希、ちょっと。」

 

 「絵名の言いたいことはわかるよ、結果はいいけど過程がちょっと......

 咲が帰ってきたら説教かな。」

 

 「......」

 

 男に二言はないと言うが、今だけは二言ありにさせてくれ。

 咲、まだ帰ってくるな。

 

 この状況のままお前が帰ってきたら、覚悟を決めた顔でジュースを飲む3人の横で狼狽えてる白い嬢ちゃんが、さらにわたわたとしちまう。

 

 あと説教もついてくるぞ。

 

 

 「ただいまー。

 ━━あれ、奏さん達もう来てる。」

 

 帰って来てしまった。

 咲は大きなエコバッグをカウンターの上に置き、白い嬢ちゃんに軽く会釈をした。

 嬢ちゃんはまだ狼狽えている。

 

 「久しぶ━━

 え? 何? なんで椅子に座らされるの?」

 

 3人が立ち上がり、咲の両腕を拘束して椅子に座らされる。

 訳も分からないまま座らされた咲を見下げるように、顔に影の差した3人が立ち塞がった。

 

 「さ〜き〜?

 なんで奏を一回振ったの〜?」

 

 ピンクの子が言った一言により咲は何故こうなっているかに気がついたようで、震える目で白い嬢ちゃんへSOSを送る。

 だが嬢ちゃんは申し訳無さそうに、もう止めれないと首を振った。

 

 「ねえ、なんで?」

 

 「アッ...... す、すいませ...」

 

 「謝ってとは言ってないよ?」

 

 ━━この説教で幸運だったのは、ものの数十分で追及が終わったことだろうか。

 それも序盤は苛烈な責めが咲を押し潰そうとしていたが、後半からは黒髪の嬢ちゃんによる愛の宣誓みたいな事の朗読会だったため、『まあまあ』と言った話だ。

 

 解放された咲はテーブル席の白い嬢ちゃんの横へ座り、左手でポテトをつまんでいた。

 

 「あ、ポテト美味しい......」

 

 「咲のおじさんが作るポテトすごい美味しいよね!

 これでファミレスより安いんだからすごーい!」

 

 「ありがとよ。」

 

 自分でも味見はしてみたが、今回のレモンケチャップはかなり美味い。

 持って来てくれた先生に感謝だ。

 

 ふと紫の嬢ちゃんが、その視線を咲の右手にやる。

 まあ気になるのも無理はない。

 包帯でぐるぐる巻きにされ、指が不自由そうに布の中でもがき苦しんでいるのだ。

 

 咲は口の中に入ったポテトを全て飲み込み、その視線と声に答えた。

 

 「咲、それって......」

 

 「ああ、これはまあナイフが貫通したせいで━━

  ア゛っ。」

 

 こちらから白い嬢ちゃんの顔は見えない。

 だが、その身から出るオーラでこれだけはわかる。

 また咲が地雷を踏んだ。

 

 じりじりと壁側に追い詰められ、背中が壁に付く。

 頭の両側、すぐ横に手が置かれ、俗に言う壁ドンの体制に入った。

 コンテンツとしてよく見る壁ドンと違うのは、する側が女性と言うところか。

 

 「咲。」

 

 「なん、なんですか宵崎さん...?」

 

 「擦り傷だからって言ってたよね。

 あの後大丈夫か聞いても、『そこまで大事じゃない』って言ってたよね?」

 

 「い、言いました......」

 

 「本当は?」

 

 「...顔が近━━」

 

 「答えて? 本当は?

 

 大切に思うがゆえの怒りだろうか?

 言葉の圧と深みと重み、その全てが咲をいじめ抜く様子を見ていることしかできない。

 ピンクと黒髪は抱き合って戦慄している。

 仲良しか。

 

 「結局ナイフで刺されて、痛みとしてはそこまでじゃなかったし不安にさせないために、ウソをつきました......」

 

 白い嬢ちゃんははあ、とため息を吐き、打って変わって優しい声色で言葉を投げかける。

 

 「......今後は、嘘をつかないで。」

 

 「はい...」

 

 なんつうか、ここまでただ怒られるだけの咲は初めて見た。

 まるで、というか小学一年生そのものみたいに叱られる咲を思い出し、ふふと笑みが溢れる。

 

 ここまで素を見せる相手がいるのなら、これ以上俺は何も言うまい。

 

 騒がしいメンバーが居なくなった店内、天を仰いで手を伸ばし、笑った。

 

 「あいつはやっぱり、お前似なのかもなぁ。

 お前が居なくても元気にやってるぜ、なあ、種美(たねみ)?」

 

 妹の名を呼び、天を見上げ続けた。

 

 

 

 「いや今日はほんとにもう...ありがとうございました。」

 

 奏さんを家まで送り、別れの玄関先。

 申し訳無さからしどろもどろになりそうな心を律し、奏さんへ礼を伝えた。

 

 その礼を聞き、奏さんは一瞬悩んだような表情を浮かべて、こちらへ近づいてくる。

 

 「......なら、呼び捨てで名前を呼んでほしい」

 

 「...はあ...」

 

 呼び捨て。

 意識したことなどなかった、一応付き合っていると言うことは対等な立場ということで、敬語やさん付けなど煩わしい、と言うことだろうか。

 とは言ってもこれには覚悟がいる。

 これまでに染み付いたさん付けを一度深呼吸で洗い流し、彼女の目を見据えて、口を開いた。

 

 

 「...奏。」

 

 「......うん、ありがとう、咲。」

 

 いくらか気恥ずかしさが強い。

 慣れない呼び方などするんじゃなかったなと思いながら、肩から下げた鞄に入れていたものを取り出し、照れ隠しに奏さんへ渡す。

 

 「後これ、プレゼントです!

 部屋にでも飾ってください、それじゃあ!」

 

 それだけ言って、走って帰路へ着く。

 感じた事ないくらい新鮮なこの感情を心に留めたまま、今日はベッドに飛び込みたかった。

 

 

 

 「......」

 

 嵐のように去っていく彼を見送り、手元に残った袋へ目線を移す。

 彼がプレゼントとしてくれたもの、嬉しさ半分楽しみ半分の心に突き動かされるまま、袋を開けた。

 

 出て来たのは━━

 

 「......かわいい。」

 

 ニーゴメンバーを模した、ディフォルメぬいぐるみ。

 一体一体特徴を捕らえ、可愛らしく精巧に作られている。

 

 「......ふふ。」

 

 微笑みをこぼしながら、自室へと戻る。

 何故だか、この気持ちを曲にしたくてたまらないのだ。

 

 

 

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