奏で彩る7=16   作:チクワ

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2つの弱点、5枚のチケット

 

 「大当たり〜!」

 

 「ええ...?」

 

 都心から少し離れた商店街。

 マイバッグから覗くジャガイモやニンジンを揺らしながら、貰った福引券2枚をひらひら揺らす。

 

 抽選会場にデカデカと描かれた大当たりは、カフェ新店舗無料券の文字。

 ......正直、その下にある絆創膏5箱セットの方が欲しいなと思いながら、福引券を手渡して回転抽選器、ガラガラを回した。

 

 その結果、冒頭に戻る。

 引いてしまったのだ、特賞と残念賞を。

 

 ニコニコの担当者に渡されたのはティッシュ1箱とチケット5枚。

 表にはバーコードと店名、『猫&兎カフェ C-ute』と書かれている。

 ウサギは可愛くて好きだ、取り敢えずティッシュをエコバッグに、チケットを財布にねじ込み、帰路に着く事にした。

 

 帰宅後、ナイトコードにて。

 

 『そういえばさ、交差点を少し行ったところにできるカフェ、知ってる?』

 

 『ああ、猫とウサギの?

 えななん好きそうだもんね、出てた店内もかわいいし!』

 

 『そうそれ、行ってみたいけど手持ちがね...

 今月コスメとか多かったし...』

 

 お誂え向きに、チケットの出番が来た。

 幸いというか出来過ぎというか、ちょうど5枚ある。

 

 「そこの無料券、ありますよ?」

 

 『『え?!』』

 

 「ちゃんと5枚。

 福引で当たったので。」

 

 『......ほんと、タイミング良いわね。』

 

 『じゃあ今度の打ち上げはそこに行こうか!

 雪やKには僕の方から確認を取っておくよ!』

 

 そのまま流れるように、日程は決まり。

 当日の朝。

 

 「お邪魔します。」

 

 渡されている合鍵を使い、宵崎家の扉を開ける。

 いつもなら寝落ちしているはずの奏さんだが、今日は珍しく起きて玄関先をうろうろしていた。

 ただ、その動きに何処か違和感を覚える。

 

 「咲、おはよう。」

 

 「はい。

 ......なんでそんな離れてるんですか?」

 

 そう、今僕と奏さんの距離はかなり遠い。

 一般的な家のリビングからトイレくらいの遠さか。

 僕からの質問に、奏さんは恥ずかしさと申し訳なさの混在した表情で、小さく呟いた。

 

 「......その、ここ2日曲作りに集中してて。

 お風呂、入ってないから...」

 

 あー。

 そう言われればそうか。

 ここ2日はナイトコードでも鬼の追い込みで、歌うだけの僕も大変だった。

 ならば作って歌って投稿しての奏さんなんか、想像できないほどの激務だったろう。

 

 その結果の風呂入り損ねなら、納得できる。

 

 まあそれはそれとして。

 

 「...? 咲?

 なんでそんな無言で━━?!」

 

 靴を脱ぎ玄関に揃え、奏さんの方に向き直って一歩一歩歩く。

 無言。

 頭にハテナを浮かべて後ずさる奏さんの脇下へ両手を突っ込み、逃げられないようにその軽い体を持ち上げる。

 そのままフレーメン反応を起こした猫のように大人しくなった奏さんを近づけ、首筋へ顔を埋めた。

 

 「......」

 

 「......」

 

 一瞬の静寂が流れる。

 猫吸いならぬ奏吸い(かなすい)を終え、顔を上げるとゆでだこになった奏さんの顔。

 

 「━━臭くなかったですよ。

 良い匂いでした。」

 

 本当良い匂いだった。

 オキシトシンの滝に撃たれたような多幸感が頭を染める。

 

 恥ずかしさ故の反撃が奏さんから飛んでくるが、頬をつねられたくらいで僕は怯まない。

 もう一度やってやろうかと思っていると、手は頬を掴まずそのまま耳へ向かった。

 

 両耳がさらさらとした触り心地の奏さんの指にこねくり回される。

 

 「あひゅっ?!」

 

 瞬間、僕の体は崩れ落ちた。

 右膝は地につき、崩れたバランスを補うために右拳で体を支える、いわゆる跪いた状態。

 

 多分僕もゆでだこだ。

 

 「......えい。」

 

 「ひゃおっ?!」

 

 無防備の右耳にまたも指が触れ、情け無い声が出た。

 すぐさま立ち上がり、両手を耳のカバーにして、奏さんに向き直る。

 

 「風呂の準備しますね!」

 

 少し大きな声でそれだけ宣言し、逃げるように風呂場へ向かう。

 奏吸いの代償に支払ったのは、弱点の露見だった。

 

 

 「......」

 

 ソファーの上でお風呂が沸くのを待ちながら、両手を合わせて先程の感触を思い出す。

 柔らかくコリコリとした弾力が癖になる、耳。

 あの声、真っ赤に染まった顔。

 

 「ふふ。」

 

 初めてみたかもしれない、あそこまで可愛らしい咲は。

 それを見れたのはいいが、首元(じゃくてん)をあれほど『スゥゥゥゥ!』と勢いよく吸われるとは思わなかった。

 幸いなのは、おそらくびくりと震えた事がバレなかった事。 

 

 ......熱い。

 こんなに体温が上がっていては、お風呂でのぼせてしまう。

 

 セカイで幾らか頭を冷やす事にした。

 

 

 「奏。」

 

 「また来たの?」

 

 「リン、さっきまでソワソワしてたのに...」

 

 「おはよう、ミク、リン。」

 

 白い髪のミクと所謂ツンデレのリンに軽い挨拶を済ませ、硬くも柔らかくも、熱くも冷たくもない床へ座る。

 ふと2人の手元に注目すれば、見覚えのあるぬいぐるみ。

 刺繍で作られた一色の目と、再現度の高い服。

 

 「2人とも、そのぬいぐるみ......」

 

 「これは、咲が作ってくれた。

 メイコも持ってる。」

 

 予想が当たった。

 何故このセカイに咲が来れるのか。

 音楽の再生を止めながら、出先で本人に聞く事を決めた。

 

 

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