奏で彩る7=16   作:チクワ

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 評価等よろしくお願いします。


2人の真実、4人の救い手

 

 昼。

 先日夜遅くまでセカイにいたせいで起床が遅くなってしまったが、そこまで寝坊したと言う感覚はない。

 ニーゴとして活動するにつれ、生活リズムが老人から今を生きる若者になっている気がしてむしろ気分がいいくらいだ。

 それに今日は外に出かけるでも、仕事があると言うわけでもない。

 

 洗面台で顔を洗い、口角を上げる練習をしてからスマホを手に取って充電器を抜いた。

 無機質な初期設定のロック画面が映ると、そこにはナイトコードからの通知。

 

 『できたらでいいから、家に来て欲しい。』

 

 ......非常に珍しい。

 奏さんからこういう風に言われることなど、そうそう無いことだ。

 タオルで水気を取った頬を両手で叩き、気分を入れ替える。

 

 着替えを済ませて鞄の中に()()()とサイフを入れ、階段を降りて店内を歩く。

 すると、おじさんと仲睦まじく話す類さんがいた。

 

 「こんにちは。」

 

 「うん、こんにちは。」

 

 挨拶と軽い会釈を済ませて横を通り過ぎようとした所、「ちょっと待ってくれるかい?」と止められた。

 正直、類さんと話すのは気まずい。

 

 先日、おじさんの知り合いが持って来たお土産をシンゴの状態で渡しに行った帰りに遭遇、その場におじさんもいたのでシンゴの存在がバレてしまった。

 おじさんに対してはちゃんと2人きりの時に話したかったし、類さんの友人3人にもバレたし。

 

 そんな事があって、今目の前にいる年上の友人には苦手意識がついてしまった。

 

 「今日は君にこれを渡そうと思って来たんだ。」

 

 目の下にクマの残る彼から渡されたのは、翻訳機の様なモノ。

 何か特殊なものなのかとひっくり返してみるが、見れば見るほど普通の翻訳機である。

 

 「これは俗に言う『バウリンガル』の様なものでね。

 心にある本音を電子音声として発声させる、徹夜の一品さ。」

 

 またすごいモノを。

 だが、何故これを僕に渡すのだろうか?

 言い方からしてもこの時間に渡すのを狙っていた様だし。

 

 「何故僕に?」

 

 「それは君の友人に聞いてみるといい。

 もちろん、僕以外にね。」

 

 はぐらかされている感が凄いが、類さんの微笑みを見る限りこれ以上問い詰めても無駄だろう。

 奏さんの呼び出しに遅れるわけにもいかない、そこそこに家を出る事にした。

 

 「咲。」

 

 「うん?」

 

 また、今度はおじさんだ。

 振り向くと神妙な顔をして、腕を組んだおじさんが真っ直ぐにこちらを見ている。

 その顔のまま、こちらに向けて口を開いた。

 

 「お前の身体はお前のもんだ。

 それを他人に手渡したりしたら、ブチギレるからな。

 一応心配してるんだよ。」

 

 「......そう。」

 

 そう。

 僕は特に返す言葉もなく、その場を後にした。

 

 

  

 「お邪魔します。」

 

 「ごめんね、急に呼んで。」

 

 やはり昼ともなれば奏さんも起きているらしい。

 ......いや、僕を呼んだ張本人なのだからそれはそうか。

 

 いつも通り風呂の掃除、昼ごはんの作成、洗濯。

 それらを済ませると、見計らった様に奏さんは僕をリビングのソファへ誘導する。

 

 「座って。」

 

 「はい、ありがとうございます。」

 

 座り、水をいただく。

 奏さんも隣に座り、テレビの無いリビングに心地よい静寂が流れる。

 この時間が永遠に続けばいいのにと思う一方で、それを否定し壊そうとする僕もいるのだ。

 さっさと贖罪を済ませろと、いつまで救う側にいるつもりだと。

 

 『この時間が続けば良いのになぁ。』

 

 「ひぇあ!?」

 

 鞄から大きめの音で流れた電子音声が心の平穏と静寂をビリビリに破き去る。

 何事かと思ったが、次の瞬間には類さんの渡したアレだと理解した。

 隣の奏さんも驚いている事に申し訳なく思いながら、とりあえずバウリンガル...じゃなくて、ヒトリンガルを机の上に叩きつける様に置いた。

 

 「すいません、知り合いに貰ったものが誤作動を起こして......」

 

 「咲は。」

 

 僕の弁解を遮るように、奏さんは身を乗り出してこちらに近づき問うた。

 

 「咲はこの時間が続いて欲しいと思うのなら、何でもう1人の人格に、シンゴに身体を渡して消えようとしているの?」

 

 ああ、その目はやめてくれ。

 初めて告白をしてくれた、良いとは言えない思い出のあの日を思い出してしまう。

 その目は僕の体を縛り付けて、答えを言うまで話さない鋼鉄の鎖のようで。

 

 「い、やだなあ。

 セカイで話した事は、アレはナイトコードで話をしている時とか、打ち上げとかで不意にシンゴが出たら困るから話しただけですよ。」

 

 其の場凌ぎの嘘を吐く。

 シンゴが不意に出ることなど無い。

 人格変更のトリガーは『泣く事』だが、僕は今外から何かしらの行動を起こさないと泣けないのだ。

 

 それこそえずいた際に出る涙とか、耐えきれない苦痛が来た時の溢れ出る涙とか。

 

 今口から吐いたのは嘘だが、それは嘘と言わない限り真実だ。

 奏さんは納得のいかない顔をしているが、本人の僕が真実という以上はほんと━━

 

 『嘘つけェ。

 お前泣けもしないのに嘘つくなよ。』

 

 またヒトリンガルから電子音声が流れる。

 だが今のは僕の心じゃ無い、なら誰だ?

 該当者は1人。

 

 『こうやって意思疎通すんのは初めてだな。

 シンゴだよ。』

 

 唖然とする。

 そう言えばシンゴも僕の心だ、ヒトリンガルが反応するのも無理はない。

 驚きから体を解放し、奏さんに向き直れば眉を八の字にした彼女がこちらを見ている。

 

 「嘘、ついたんだ。」

 

 「まぁ、それは、はい......」

 

 言え、と。

 本当を話せと、催促の目線が飛んでくる。

 観念して真実を話す事にした。

 

 「......シンゴがどこまで言ったかはわかりませんけど、僕は10年前に事故で親友を亡くしました。

 僕を、庇って。」

 

 そう、本物のシンゴは僕を庇って死んだ。

 10年前、桜が舞う季節。

 当時の僕は今とは違い、根暗人見知り泣き虫だった。

 そんな僕と初めて友達となってくれたのが、シンゴ。

 加藤 シンゴだ。

 

 彼は僕と違い、まさにヒーロー、弱きを助け強きに立ち向かい気さくに笑う、憧れの男だった。

 共通の好みを持ちながら、僕より知識が深いというのも憧れの一因である。

 

 彼がカミングアウトした『男が恋愛的に好き』という事は驚きこそすれ、忌避感など持つわけがなかった。

 親の望む自身と自分がなりたい自身との乖離に悩まされていた僕を救ってくれた彼を、何故その程度で嫌いになれようか。

 

 そんなこんなで親友としての関係が確かになってきた頃、彼から公園で遊ぼうと誘われた。

 正直、乗り気では無かった。

 当時親から受けていた束縛に辟易しながらも、それを破る事に怯えていた僕は縦に頭を振れ無かったのだ。

 

 それでも彼は熱心に誘い続け、ある時は母親に直談判をし、遂に『父親が帰ってくるまでに帰ってくるなら』とオッケーを勝ち取った。

 

 その日の遊びは勉強なんかどうでも良くなる程楽しかった。

 鬼ごっこなんてむせて喋れなくなるほどに走ったし、サッカーは3アシストを決め、そこそこ活躍。

 

 夕方、興奮も冷めない中で帰路に着く。

 

 『小学校入ったらさ、昼休みとかでこんな遊びが毎日できるんだぜ?

 ぜっったい、また遊ぼうな!!』

 

 その言葉は忘れられない。

 それに返した『うん!』が、今生最後の会話となったのだから。

 

 会話を交わして10歩歩いたのち、背後から轟音と共に鉄塊が迫る。

 感じたことのない恐怖、思い出される碌な事のない思い出。

 ああ、死ぬと思った時には、僕の体は車道側からの衝撃で草むらへ転がり、立ち上がる頃には『やべー、やっちまった!』という声と共に走り去るスポーツカーの姿。

 

 元いた場所まで戻ると、先程まで強烈なシュートでネットを揺らしていたその両足はひしゃげ、頭からダラダラと血を流すシンゴの姿があった。

 

 駆け寄って意識を確認する。

 周りを見るが大人はおらず、当時は携帯も父の『ろくな事に使わないだろう』という理由で渡されていない。

 先の分かりきった絶望感の中、声を枯らしてシンゴの名前を呼び続けた。

 

 しばらくすると、彼の弱々しい血まみれの手が僕の頬を撫でる。

 その時は彼からの反応があった事に喜んだ。

 シンゴはまだ助かる、いなくならないと。

 

 『俺はもうだめだ。

 でもさ、死ぬ前にやりたかった事はやれたよ。

 人助けをする、秘密を誰かに言えるようになる、相棒(しんゆう)を作る......命を賭けて、誰かを守る。

 ......で、最後はお前に想いを託す、ヒーローみたいだろ?

 お前はちゃんと生きて、好きな人見つけろよ。

 泣きたいなら泣いて良いからさ。

 じゃあ...あ。

 ウルトマンの新しいの、変身して、みたかったぁ......』

 

 カクンと首が垂れ、瞳から光が消えた。

 いくら呼び掛けても、何をしても彼はもう返事をしてくれない。

 どうやっても彼はもう戻ってこないのだと悟った時、泣きに泣いた。

 

 テレビの中のように、ゾフィーがもう一つの命をくれたり、光の巨人が融合して復活したりはしない。

 

 救急車が呼ばれたのは、3時間後だった。

 

 

 彼の葬式。

 幼稚園の面々と送る歌のようなものを歌い、後は自由となった。

 僕はあの後父親に強く叱られたものの、もはやそんな事はどうでもよかった。

 今はただ、彼の棺の前で泣くシンゴの父母に謝りたかった。

 

 2人が葬儀場の廊下へ出たところで、母の静止を振り払い走る。

 

 幼稚園児には遠い葬儀場の廊下を走り、彼の父母の前に立って謝罪の言葉を述べた。

 声は震え、涙は垂れ流し。

 それでもあの時できる謝罪はそれが限界だった。

 

 『......かないで。』

 

 母親の言葉に顔を上げた。

 憎悪を強く含んだ顔がそこでこちらを見下ろしている。

 

 『生きている貴方が泣かないで!!

 今1番泣きたいのは、貴方なんかを庇って死んでしまった、あの子なのに!

 生き残った貴方が泣かないで!!』

 

 いや、父親だったか。

 正直よく覚えていない。

 思い出そうとすれば頭に靄がかかり、正常に思い出せないのだ。

 

 車に乗り家に戻る帰り道。

 助手席で揺られながら、2つの言葉を反芻する。

 

 『泣きたいなら泣いて良いからさ。』

 

 『生き残った貴方が泣かないで!!』

 

 その日から涙腺は壊れ、大概の事で泣く事は無くなった。

 父親にどれだけ罵られようと、いくら怖いホラー映画を見ようと、感動モノを見ようと。

 

 引っ越して東京。

 小学校にて、僕は演じ始めた。

 

 『君1人?

 良かったら友達になろうよ!』

 

 ヒーローを。

 加藤、シンゴを。

 

 そしてその演じていた『シンゴ』はこうして別人格として僕の中にいる。

 僕がシンゴに身体を渡そうとしている理由は、自分を庇って死んだ彼への、贖罪だ。

 

 

 「......こういうことです。」

 

 奏さんは口を抑え、驚愕を隠しきれていない。

 理解していただけたなら幸いだ。

 

 「でも。」

 

 口を抑えていた手がこちらの顔を掴み、捕縛する。

 こちらを見る彼女の顔は、絶対に逃げないという覚悟が満ち溢れている。

 これには僕の方が驚いた。

 おじさんですら初めて話した時には引いていたのに。

 

 「それなら今を生きている、咲はどうなるの。」

 

 「......まあ、消えますね。」

 

 「そんなの嫌。

 咲は今を生きる人、なら過去の贖罪じゃなくて今を見てよ......!」

 

 初めて見た。

 奏さんが声を荒げるところなど、初めて見た。

 だが、何が分かろうか。

 側から見れば10年の時が過ぎていようと、僕にとってはたったの1年しか過ぎていない。

 過去と今の線を生きてきた人に、今と過去の点しか生きてこれなかった僕の何が分かる。

 

 「僕にとっては過去じゃない、今なんだ!

 どこまで行っても彼を殺してしまった事実からは逃れられない、贖罪から逃げられない!」

 

 「それは逃げようとしていないだけ。

 シンゴさんは言ったんだよね、『生きて好きな人を見つけて』って。

 その人が望んだ事を捨て置いてまで、自己満足の贖罪をする事がシンゴさんの望む事なの...!?」

 

 「奏さんには分からないさ!

 親友が消えて、心が錆び付き意思表示のやり方が消えていく感覚は! 

 今だって苦しいんだよ、毎朝偽の笑顔を練習して!

 普通に笑える他人を羨み、バレないよう笑顔を顔に飾り付けて、誰に対しても敬語で腹の内を探り不快にならない話題を考え!

 9年の空白が暴かれて蔑まれる事の恐怖に怯えて生きるのは...

 自分を殺しでもしない限り、僕はきっと、救われない。」

 

 「━━なら、わたしが救う。」

 

 突拍子の無いその発言に、キョトンとした顔になる。

 彼女の顔、瞳に宿った覚悟は未だ陰る事はない。

 

 

 「ニーゴのメンバーとして、彼女として。

 そして、初めて会ったあの日救われた人として、今度はわたしが咲を救うから。」

 

 「そんな事、言われても、僕は......」

 

 『もういいじゃねえの。』

 

 黙りこくっていたシンゴが、口を開く。

 全てを許したようなその安らかな声が、これから彼がする事を示しているようだ。

 

 『お前をそこまで受け入れてくれる友達と彼女さんが、なんと4人もいるんだ。

 もう死んじまった俺の事を思って自分を壊すなよ。』

 

 「何言ってる。

 君は僕の演じたシンゴだ、本物じゃない。

 昔のシンゴのような事を、言うんじゃない...」

 

 『まあそうな。

 俺はお前から生まれた偽物かもしんないけど、それを知るのは俺だけなんだ。

 俺が本物といえば本物だし、偽物といえば偽物。

 ......ま、そんな()()のシンゴから咲へ。

 もう俺はお前に必要ない、お前に必要なのは、お前を必要としてくれるのは、その4人だ!

 じゃーなぁ!』

 

 接続が切れました、とヒトリンガルから電子音声が流れる。

 それは僕の中からシンゴが消えた事を知らせる、訃報であった。

 

 「咲。」

 

 「......なんですか。」

 

 「わたしは、わたしたちは。

 咲に消えて欲しくない。

 仲間、だから。」

 

 今僕は、酷い顔をしているだろう。

 込み上げるものを抑え、黙って首を縦に振った。

 

 少しして、テーブルの上にあった水を全て飲み干してから奏さんにある提案をした。

 

 「......行きたいところがあるんです。

 少し、ついてきてもらっても良いですか。」

 

 「...うん、行くよ。」

 

 軽く頭を下げ、玄関から2人外へ出る。

 空は晴天、しかしそこまで暑くは無い絶好の会社日和だ。

 被ってきた帽子を奏さんに被せ、無言のまま歩き出す。

 

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