ギュッと密着、1発わんだほい
「お、俺と付き合ってください!」
「......僕は男なので、それは受けられません。
彼女もいますし。」
へなへなになった男子高校生が、友達であろう別の高校生に連れられて店を後にする。
これで今月入って三度目だ。
彼らの矢印の先は、何故か僕である。
ニッコニコでこちらを見ながらカフェ・オ・レを啜る要さんに、厳しく咎める様な視線を送った。
この人は身の回りで楽しそうなことが起こるとすぐ反応してすぐ頭に焼き付ける。
天職は医者ではなく記者だったのでは?
まあ本人に対して口にする様な野暮なことは、絶対にしないが。
ため息を吐きながらカウンターから出て、小さな一口でケーキを食べる奏さんの横に座る。
「美味しいですか?」
「うん、美味しいし、コーヒーとも合う。」
新商品として作った試作品ではあるが、ここまで美味しそうに食べられてはメニュー入りは確定した様なものだ。
ケーキのメインな味はフルーツのピューレで付けていて、そのピューレさえ変えてしまえば味付けの種類も作れる。
小瓶に仕分けて冷蔵庫に入れれば保存も効くし、『面倒なのはちょっと...』という感じのおじさんもこれにはオッケーを出してくれるはずだ。
試しに奏さんの口周りについたピューレを指で拭い、口へ持っていく。
......うん、結構、悪くはない。
真っ赤な奏さんとうへぁと聞こえて来そうな顔の要さんを尻目に、まとめていた髪をゴムを外して解放する。
多分、神高生達が僕を女だと思うのは、この伸びに伸びた髪が原因だろう。
だいたい肩甲骨くらいまで伸びているし、それに加えて所々構成するパーツが女性的なこの顔。
状況が噛み合った結果、3人も失恋させてしまった。
正直、最初は少し。
ほんっの少しだけ嬉しかった。
だがまあ、流石にちょっと奏さんが不機嫌になり始めたとなれば話は別。
やめてほしい。
『髪を切ればいいのでは?』という話だと思うだろう。
だがこれ、切ったら切ったで絵名さんと瑞希さんから総スカンを食らうのだ。
暇な時間、セカイに呼び出されては髪をいじられている。
男にしては髪質が柔らかいだとか、話題の髪型を試せていい、だとか。
それならミクさんでも出来るだろうとか言いたいが、流石にアレをミクさんにやらせるのはちょっと負担がかかりすぎる。
まあやむなく、髪を切ることができていないと言うわけだ。
扉が開いたことを告げる鈴の音に耳が傾き、立ち上がって挨拶をする、と同時に。
目の前からピンクの流星が迫る。
「咲くん、こんにちわんだほーい!!」
「わんドゥフェッ!?」
昼ごはんと先程飲んだ水が逆流しそうな衝撃が腹部に走った。
膝から崩れ落ち、跪くような体制で苦悶の表情に顔を歪ませた。
これで、鳳さんには悪気が無いって言うのが大変だ。
「咲、大丈夫か!!?」
「大丈夫です......」
うるせえ。
駆け寄ってくるのは良いが、耳元で叫ぶのはやめてくれないか。
どうにか立ち上がり、精一杯顔を取り繕ってカウンター裏へ戻り注文を受ける。
ただ、悪気無くその元気を放出する鳳さんとうるさいが心配はしてくれている天馬さんはいい。
無表情の冷たい瞳で天馬さんを見てる草薙さんも、まあ良いよ。
「ふふ、賑やかだねぇ。」
ニッコニコで笑ってる発明家が1番タチが悪い。
怒涛の連続に落ち着かない店内で、カレー2皿とケーキ2つの注文を受ける。
「文化祭、ですか。」
「うん!!」
また中途半端な時間に来たものだと思っていたが、まさかこうして学校行事に誘われようとは。
そう言えば鳳さんは宮益坂の人だったな、ちょっとそれっぽく見えないのは僕だけだろうか。
「みんな頑張って作ってるから、すっごい楽しいはずだよ!!
美味しいご飯作ってくれる咲くんにも、楽しんで欲しいんだ!!」
圧が強い。
まあ、日にちを聞く限りは仕事も被っていないし、良いのだが......
「......」
問題は奏さんだ。
どうせ行くなら2人でが良いが、奏さんは人混みと日光が苦手なんだ。
そうなってくると、オッケーとは言いづらい。
目線を目の前いっぱいに映る鳳さんから横の奏さんに移し、アイコンタクトを取る。
嫌なら首を横に振ってくれれば良い。
「...いいよ、行こう。」
「良いの?」
「うん。」
なんと行くらしい。
人混みを嫌い、日光を避ける奏さんが、どう言う心境の変化だろうか。
後で聞いてみないことにはわからないか。
「...じゃあ、行かせてもらいますね!」
「やったー!!」
こうして、僕達は初めての文化祭に行く事になった。
高校生活といえば文化祭、体育祭、林間学校の3つだろう。
ついぞ参加は叶わぬだろうと思っていた3つのうち1つに行けるということに、心がどこか浮き足立っている様に感じる。
「━━にしても、清々しい顔になったね。」
「......そうですかね?」
鳳さんがトイレへ行き、いくらか静かになった店内で類さんの言葉に皿を洗いながら反応する。
「ああ、ずいぶんと変わったよ。
僕の最後に見た君の顔は、がんじがらめという言葉を体現した様な苦しみの顔だったからね。」
そんな顔をしていたのか。
驚きこそあれ、ある種の納得が心に広がる。
今思い出してみれば、あの時は誰にも甘えることすらできず、全てを抱え込んでいた。
そりゃ苦しい、そりゃ辛い。
孤独っていうのは何より心に来るから。
「まあ、吹っ切れた顔をしているのなら、それは奏さんのおかげです。
彼女がいなければ、ここに立っているのは今頃僕じゃなくてシンゴだったでしょうから。」
「うん、それは良かった。
僕としても、年下の友人は無くしたく無いからね。」
そう言うと彼はお代を置き、鳳さんが帰ってくると皆で店を後にした。
━━本当、彼が起きてから初めての友達で良かったと、つくづく思う。
「......そう言えば、奏さん?」
「うん?」
「人混みが苦手なのに、なんで文化祭に行こうと思ったんですか?」
そう言えば、と、閉店間際に聞く。
曲を買いに行く際には人混みを避け、地下道を行く奏さんが何故。
すると彼女は少し考えてから、こちらへ手招きをする。
僕は餌に釣られた犬の様に、何の警戒もなく近づいた。
するといきなり耳を掴まれ、力が抜けたところを胸元に引き寄せられて包まれる。
困惑の中、奏さんの声が耳元へ入り込んで来た。
「......だって、最近は絵名や瑞希と一緒にいたり、ミクと四六時中遊んでたり...
わたしは彼女なのに、独り占め、出来てなかったから...」
嫉妬。
予想だにしていなかった、嫉妬か!
確かにここ最近は奏さんにかまえていなかった。
おそらく文化祭準備で遅くに来た宮女の学生達によって店が忙しく、夜ご飯はあまり作りに行けなかったし。
休みの日は事あるごとにセカイへ行って、ミクさんとリンさんに2人で出来るトランプの遊びを教えたり、美容に詳しい組の2人に髪を弄られていたし。
申し訳ないと言う気持ちと共に、もっと一緒に居たいという欲が湧き出してくる。
抱きしめられて暗闇の中、彼女の背中に手を回して僕からも行動で意思を伝える。
『一緒にいたい』と。
━━だいたい10分が経った。
もうそろそろ離れて店仕舞いをしなくては。
手の力を緩めて離れようとした時、後頭部近くでジー...と何かが閉まる音がした。
嫌な予感がする。
「......奏さん、今の音は...?」
「...もう少しこのままで居たいなって。」
離れようとするが離れられない。
やられた、ジャージの中に閉じ込められた!
まずい、戸締りができないこともまずいが、何よりこの中に充満する匂いがまずい。
すごい、いいにおいがする。
危うく思考停止に陥り多幸感で脳を焼かれ、抜け出せなくなってしまう。
フィジカルで抜けても良いが、それで奏さんに傷をつけたら尚のことまずい。
とりあえず言葉巧みに、チャックを開けてくれる様誘導することにした。
「奏さん、ほらジャージが伸びちゃうから...」
「代えはあるから、大丈夫。」
「...僕の匂いがついちゃう...」
「いいよ。」
やばい、ダメなやつだこれ。
結局解放されたのは、30分後。
しかも『一回だけ好きなタイミングでなんでもする』と言う約束付きで。
彼女が言うには、僕がやった事の仕返しでもあるらしい。
何かしたっけ。
「...もう。」
何事もなかった様に奏さんを送り、一緒に晩御飯を食べて夜道を帰る。
いつもは肌寒いくらいの夜風も、今日はちょうど良いくらいに感じた。
ここからはメインではなく、後日談的なお話となります。
咲がまた二重人格になったりはしないため刺激は少ないかもしれませんが、どうかこれからもご覧になって頂ければ、幸いです。