「ここがこうで?
あー、これが......」
電子機器を使いたての老人の様に、両手でスマホを持ちながらブツブツと独り言を呟く。
何をしているのかと問われれば、曲作りである。
今朝のニュースで話題になっていた作曲アプリと言うものを興味本位で入れたは良いが、全くもってやり方がわからなかった。
それでまあ、大人しく奏さんに聞くかどうにか自分だけでやるかの間で葛藤して、結局こうしてソファーに座り、奏さんからの指導を受けている。
別に脈絡無くミーハーな人の様に、ニュースでやっていたから飛びついたと言うわけじゃない。
奏さんが作る様子を見ていて、前からかなりやってみたいとは思っていたのだ。
だがいかんせん、奏さんの部屋に置いてある様なパソコンにモニターに何から何まで、僕の部屋には置いていない。
ちょっとハードルが高かった。
そんな身の丈より高いハードルが、いきなり足元まで下がってきたらそりゃ跨いで行くだろう。
越えた後に落とし穴があるとは思っていなかったが、穴の中から引っ張り上げてくれる彼女がいるので問題無しだ。
......まあそんな奏さんは今、僕の隣にはいない。
なら何処か?
風呂だ。
この昼過ぎの時間帯から風呂に入るなど、奏さん的には珍しい。
だがこれはやむを得ない事情があっての事だ。
『......お風呂、3日入れてなくて...』
『なんでぇ???』
行き場の無い手が宙を掴む。
ご飯を食べないよりは良いが......
と言うか、
道理で理性破壊の匂いがしたわけだ。
「あ...」
風呂場の扉が開いた音がした。
どうやらバスタイムは終了したらしい。
...今回はちゃんと入る前に下着を持ってきてもらった、傾向と対策はしっかり行わないとね。
「......お待たせ。」
「ほかほかですね。
はい、どうぞ。」
ほかほかと湯気を立て、脱力した様な顔で現れた奏さんに
梅シロップの水割りを渡した。
彼女は受け取るとそれの半分程度を喉に流し込み、机の中央に置いてソファに腰掛けた。
この梅シロップとの付き合いも長い、だいたい付き合い初めくらいからここに置かせてもらっている。
水だけじゃ味気ないかなと思い、健康にも良いしで作ったがこれが結構奏さんに好評だった。
どうやらアルバイトで家事をやってくれている人も使った様で、感謝のメモが蓋の上に置かれていることもあった。
文字を見る限り女性の方の様で...... なんか、少し安心した。
これが男の人だったりしたらやばかったかもしれない。
具体的な行動で言えば、奏さんと服の間に一日中頭を突っ込んでいたかもしれない。
流石に怒られるか。
奏さんに続く様にまたソファに座り、気になるところの指導を受けながら知識を深めていく。
すると奏さんが着けていたヘッドホンを外し、怪訝な顔をしてそれを見つめ始めた。
「どうしました?」
「......聞こえが悪くて。
少し前に直してもらったんだけど......」
確かに、そのヘッドホンはこの前修理に出していた。
僕も少し借りて聞いてみたが、音はクリアに聞こえるしノイズも入ってこない、新品同然の物だったはずだが......
一旦問題のヘッドホンを借り、苦手だが我慢して耳にそれを着ける。
スマホと繋いで音を流すが、対して聞こえづらいことはない。
「...普通に聞こえますよ?
聞こえづらいと言うことはないと思いますけど......」
「どうしてだろう、何が違うのかな...」
...もしかして。
「最近耳掃除しました?」
「してない、けど......
あ。」
多分それだ。
耳には自浄作用があり、それで大体はどうにかなる、が。
流石に無理なものは無理なのだろう、耳垢が耳の穴を詰まらせてしまってるのでは無いか。
そうと決まれば。
ソファーから立ち上がり、引き出しを開けて綿棒を取り出した。
座っている奏さんの肩を引き、体を倒させて強制的に膝枕の状態へと持って行く。
「じゃあ耳掃除しましょう。
心配は要りませんよ、これでも僕は耳掃除大得意なんですから。」
「あ、えっと......」
昔は母親や妹に耳掃除をしては良くスッキリさせていた。
その経験から結構自信があるのだ、耳掃除には。
「じゃあ......お願い。」
「はい!」
元気よく返事を返し、耳にかかっていた湿っている髪を退けて左耳に視線を移した。
風呂に入っていたのはわかるが、それでも『赤すぎない?』と言いたくなるほど真っ赤な耳へ、綿棒が突入して行く。
円を描く様に綿棒を動かし、入り口にある耳垢をこそぎとる。
奥までやる必要は無い、入り口を軽く掃除するだけでも結構変わってくるのだ。
「大丈夫ですかー?」
一応痛く無いかを奏さんに聞くが、彼女は何故か口を抑えてこくこくと頷くだけ。
まあ痛く無いなら良いのだが、どうしたのだろう?
とりあえず左耳を終え、次は右耳だ。
「右耳なので、ひっくり返ってもらっても良いですか?」
頭を置いている方向的に、今度は奏さんの顔が僕の方に来る。
別に服は臭く無いと思うので大丈夫だとは思う。
体を回転させ、こちらを向いた奏さんの顔は━━
「......」
「おおぅ...?」
真っ赤っかであった。
何で、何でだ?
そんな恥ずかしい様なことだろうか、人に耳掃除をさせると言うことは。
そうでも無いと思うんだけどなぁ、なんて考えながら同じように入り口をきれいにして行く。
もう少しで終わりと言うところで、ちょっと強く耳に張り付いた耳垢が現れた。
ちょっと強く綿棒を押し付け、拭う様に取る。
「ふぁっ......!」
手が止まる。
あ、喘いだ?
まあ、気を取り直し、梵天を取り出して耳の中へ入れる。
「んっ...ふぅ...」
......ちょっと心を無にしなきゃいけないな。
湧き上がる衝動を抑えながら仕上げを済ませ、耳掃除は終わりとなった。
「......うん、よく聞こえる。
咲、ありがとう。」
「いやあ良かったです。
また聞こえづらくなったら言ってくださいね。」
本当に良かった。
欲が爆発する前に終えられたのは、僥倖だった。
ちょっとこれ以上は無理そうなので理由を付けて早々に帰ろ━━
「えい。」
「......?」
何故僕は今膝枕されているのか。
しかも奏さんは僕の首を抑えて逃さず、余った片手には綿棒を持っている。
まさかそんなことは......
「な、何を......」
「耳掃除、お返ししようと思ったから。」
逃げなくては。
耳が弱いのはもう周知の事実だが、そこに耳掃除を合わせてはいけない。
幼稚園児の時代、母親にやられた事があるが、しばらく体全体の力が抜けて動けなくなった。
それは阻止しなくては。
「いや僕は自分で耳掃除やってるので━━」
「......」
「ひゃんっ!?」
問答無用と梵天を突っ込まれ、強い快感で強制的に黙らされた。
困った、ちょっと勝てない。
「じゃあやるね。」
「待って、待って...!」
「あっ、ふぁうっ!?
ひやぁぁあ?!!」
両耳合わせて2回の耳掃除により、僕の羞恥心は大爆発。
その日は猫の様に丸まりながら、ナイトコードへ出席した。