街灯の鋭い光と、浮かぶ月の鈍い光が頬を照らす。
明かりの消えた街の中、歩幅のバラバラな2人の足音だけがアスファルトを叩く。
隣を歩く少女に目を向けた。
小さく華奢な体を包む様に伸びた白髪が光に照らされ、一層美しく見える。
その美しさは僕の目を離さず、次に視線を移せたのは彼女の青の瞳だった。
「あの......」
「あ、はい。
どうしました?」
申し訳無さそうな顔をして、少女が口を開く。
「その、家がもう近いので、この辺りで付き添いは大丈夫です。
ありがとうございました。」
どうやら『ついてくるのはもういい』らしい。
僕はその願いを聞き、大人しく家へ帰━━
「嫌です。」
「...え?」
らない。
少女は少し驚いた顔をしている。
それはそうだ、プチプチで五重に包んだ『もう帰っていいよ』をキッパリ、一言で嫌と言われたのだから。
でも少しはその言い方も許して欲しい。
免罪符にするわけでは無いが、国語も碌に学んでいない。
敬語とコーヒーの淹れ方、ごはんの作り方しか知らない僕には、こう言う言い方しかできないのだ。
とは言え『嫌だ』と言っただけでは僕の意志は伝わらない。
今ばかりはフェイスパックのように貼り付けた笑顔を剥がし、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。
「あ、えっと...... ここ、最近不審者が出るらしくて。
貴女、美人だから変なひとが襲い掛からないとも言えないじゃないですか。
それに、今ここで置いて帰ったらおじさんに怒られますし......
だから、家まで着いて行きます。」
「あ、じゃあお願い、します...」
ひとしきり理由を聞くと、彼女はこちらから目を離しまた前を向いて歩き出す。
不快に思われただろうか?
歩き出した彼女に引き寄せられる様に僕もまた歩き出し、自問自答━━ もしくは、一種の自己嫌悪に陥る。
話している途中に指をいじるのをやめておけば良かったかな。
今度、国語の教科書を買って真面目に勉強しようかな。
最後、保身の様に言ってしまったおじさんの話、要らなかったな。
そんな事を考えながら、思っていたよりもまだ遠い家への道を無言で歩く。
気のせいか、横目で見た彼女の耳は赤く、頬には紅が差していた。
ふと、気になった事がある。
今日は平日、学校の日だ。
横を歩く彼女は、見たところ近所の中学生くらいの身長で。
......学校とか行ってないのだろうか?
「......ちなみに、あー... 貴女は何歳なんですか?
公園にいた時間って、みんな学校に行ってると思うんですけど。」
今回は歩を止めないまま、会話が始まる。
時刻は12時を迎えようとしていた。
「わたしは...17。
学校は通信制の高校だから、登校は必要無くて。」
「つうしん......?
ゲームで対戦でもするんですか?」
つうしん制高校とは何だろうか?
ローカル通信とかインターネット通信でモンスターの交換をする学校?
顎に手を当て、真面目に考える。
すると少し長めの間を取り、少女が補足する様に付け足した。
「......通信制高校って言うのは、家で勉強出来る学校の事。
自由時間は多いけど、別にゲームをするわけじゃ無いよ。」
...納得出来ているかいないかで言えば、正直納得していない。
けどそこに入学してる人がこう言ってる以上、通信制高校と言うのは自由な時間の多い高校の事なのだろう。
小学校の勉強も通信制で出来ないだろうか?
無理か。
そんな事より、今の会話の中で驚いた事があった。
「17ってことは、僕より年上なんですね。
僕16なので。」
彼女、一歳年上だった。
側から見ても僕の方が年上に見えるが、そうでは無いらしい。
10センチくらいの差があるのに、生きてる時間は彼女の方が多い、まるでこの前テレビで出て来たトリックアートを初めて見た様な、そんな衝撃だ。
「そう、なんだ。
年下の人に迷惑かけちゃったね。」
そんなこんなで、彼女がある家の手前で止まった。
標識には『宵崎』と書かれている。
......正直『宵』の部分が読めない。
「......??
なに...なに、崎......??」
「宵崎、
わたしの名前。
今日は、本当にありがとう。」
「あ、僕は四宮咲です。
とりあえず不審者も出なくて良かっ━━」
なにごともなく家に着き、互いに安心して別れようとしたその時。
扉の向こうから異音が聞こえた。
向かい合っていた顔を、二人して扉に向ける。
「......何の音、ですか?」
「何かが...倒れた音?」
自分の記憶から、あるものが呼び起こされた。
『不審者も出るし......』
「宵崎さん、鍵閉めて出てきました?」
だんだんと、彼女の顔が青くなる。
「多分...きっと...」
「とりあえず、開けてみましょうか?」
コクリと頷いた宵崎さんから鍵を受け取り、ドアへ手を掛ける。
だが、どうやら鍵はかかっているらしい。
穴へ差し込み、くるりと回せば気持ちのいい音と共にロックが開く。
恐る恐る開けてみればそこには━━
「あっ......」
「...カップラーメン...の、塔...?」
恐らくリビングから玄関に出る為の廊下に、幾重にも重ねられたカップラーメンの空き容器と、それが崩れたものがあった。
唖然としていると、強烈な匂いが鼻を叩く。
「え?
どう言う......」
言葉を繕うことも出来ず振り向けば、そこには今日一日見てきた顔の中でも、1番申し訳無さそうにしている宵崎さんの顔があった。
「......片付けましょうか。」
「......うん。」