奏で彩る7=16   作:チクワ

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間に合いませんでした



一本の矢を打つ者、打たれる者

 

 ガラガラと教室の引き戸を開け、震える足を引き摺りながら奏さんの肩に手を置き、昼だと言うのにカーテンを閉め切り暗闇になった教室から脱出した。

 

 廊下の窓から突き刺す光に目を細めながら、暖かさを感じるそれに感謝を覚える。

 咳き込む僕とその背中をさすってくれる奏さんの2人が何をしていたかと言うと、強烈な客引きから逃れられずお化け屋敷に連れ込まれていたのだ。

 

 『文化祭のお化け屋敷なんて、たかが教室一個サイズだろう?』なんて事言う奴がいたら拳をプレゼントしよう。

 頭の良い人たちが作ったお化け屋敷は本当にまずい、心霊スポットと同列にすごかった。

 叫んだ結果喉は温まり、この後歌の収録をするよと言われたら良い調子で歌えるくらいになっている。

 

 もちろん客引きの誘いをせっかくだからと善意で受けたわけでは無い。

 3人がかりで押し込まれたのだ。

 向こうで笑っている学生たちめ、よくもやってくれたな楽しそうで何より。

 

 「大丈夫?」

 

 「うん、ようやく落ち着いた。」

 

 どうにか心と体を落ち着かせ、恐怖の根城から逃走する。

 いくら文化祭の興奮があっても怖いものは怖かった。

 

 

 次に来たのは弓道部の練習場。

 校内とは打って変わって静かな雰囲気と確かにある緊張感が空間に張っている。

 見物人は何人もいるが、全員が騒ぎ立てるでもなくただ静かに射手の一挙手一投足に見惚れて息を呑んだ。

 

 親指人差し指中指で弓を引き、一瞬の静止の後に矢が放たれ的の真ん中に吸い付くように突き刺さる。

 見物人から拍手が舞い、空のように水色の髪を揺らして射手の人は恥ずかしそうに微笑んでいた。

 

 奏さんが言うには、あの人と知り合いらしい。

 アイドルらしいが、その辺りには疎く深くは知らない。

 

 ふと奏さんの方を見れば、これまで幾度か見てきた何かを掴んだ顔をしている。

 そもそもここに行きたいと言ったのは奏さんだ。

 何か曲のヒントになるかも知れないと言っていたが、得られたものがあったのなら良かった。

 

 ついて来た形ではあるが弓道のかっこよさを知れたので、僕的にも見に来て良かった。

 

 デモンストレーションが終わり、軽い体験会のようなものが始まる。

 奏さんとお互いにアイコンタクトを取り弓道場から退出しようとすると、よく知った声が背後から投げかけられた。

 

 「奏、咲?」

 

 「あれ、何で...?」

 

 「......まふゆ。」

 

 振り返ればそこには弓道衣に身を包んだ朝比奈さんの姿。

 学校にちゃんと行っていることは暁山さんから聞いて知っていたが、まさか宮益坂とは。

 

 どこか見慣れない外向きの顔をした朝比奈さんの姿に驚きを隠せない。

 

 「どうしたの、今日は2人して。」

 

 「鳳さんって言う人から誘いを受けまして。

 どうせならと来たんです。」

 

 「まふゆ、弓道部だったんだね。」

 

 「鳳さんが......」

 

 軽く話こそすれ、盛り上がるわけでは無い。

 むしろ朝比奈さんが素を出せない都合上、ナイトコードでこの3人だけにされるよりも空気がきつい。

 暁山さんや絵名さんが欲しくなってくる、なんとも言えない空気を突き破るように先程の射手の方が現れた。

 

 「朝比奈さん、お友達?」

 

 「あ、日野森さん!

 奏は知ってるから、咲に紹介するね。

 こちらは日野森雫さん、同級生で弓道部なの!」

 

 「あっ、どうも四宮咲です。」

 

 「四宮さん、よろしくね!

 ......そうだわ!

 どうかしら、お近づきのしるしに弓道、やってみない?」

 

 ああなんだろう、すごい暖かな雰囲気が迫ってくる。

 弓道かっこいいからやりたい気持ちはあるが、そうすると奏さんを1人にすることになるんだよな。

 凄い悩む。

 

 ......すごいやりたいが、奏さんから離れるわけにはいかない。

 そもそもこの文化祭に来た理由は奏さんと一緒にいる時間が取りたいからだ。

 名残惜しいが自分の欲望を切り捨て、キッパリと断ろうとしたその時、思わぬところから助け舟が入る。

 

 「じゃあ奏はわたしが教えようか。」

 

 「ま、まふゆ......

 わたしはいい━━」

 

 「奏。

 やろう。」

 

 「ゔゔ...

 わかった......」

 

 朝比奈さん?!

 出た、あの有無を言わせない強烈な圧。

 多分こちら側から見える彼女の後頭部の裏には、いつものようにハイライトの消えた目が奏さんを捉え続けているのだろう。

 

 先んじて奏さんが弓道場の空いたスペースへ向かい、何故か僕と日野森さんという関わりが薄すぎる2人が残された。

 

 「......宵崎さんも行ってしまったし、私たちも行きましょう?」

 

 「......はい!

 弓道やります!」

 

 ごめん奏さん。

 ちょっと好奇心が抑えられない。

 咎めるなら僕の中にある6歳の好奇心を咎めてくれ。

 

 

 

 「うう......」

 

 「奏、運動した方がいいんじゃない?」

 

 まふゆの容赦ない言葉が胸に突き刺さる。

 悪気がない一つの意見ではあるが、力が足りず弓を引けなかったわたしには鋭すぎる刃物だ。

 

 水を飲み弓道場の中央を見れば、咲が日野森さんに手取り足取り指導を受けている姿。

 もやもやとした黒い雲がわたしの心を隠す。

 それこそ彼はこんな嫉妬など望まないだろう、だがそうだとわかっていても、湧き出るものは押さえられない。

 

 美雲ちゃんに言われた占いの結果、『捨て猫のようだ』というのも間違っていないのかも知れない。 

 捨て猫というのは基本人に懐かず、だが一度懐けば意識は常に懐いたものへと向かい続ける。

 今わたしが彼に向ける気持ちは大体そんな感じだ。

 

 彼を救うと言いながら、彼に見ていてほしいと思うのは強欲だろうか。

 

 「奏さん、やりまーす!」

 

 大きく手を振りながらこちらへアピールする咲に、微笑みと手を振り返す。

 

 あの興奮具合、余程やってみたかったのだろう。

 彼本人は気づいていなかったようだが、日野森さんが弓を射る瞬間の目の輝きようはまさに少年のようだった。

 自身が小学生の頃を思い出せば、クラスにあんな感じの男児はいた気がする。

 

 彼が9年寝ていたことを再度思い出しながら、弓を引く彼の姿を見た。

 

 体の芯をまっすぐ縦にし、体制を崩すことなく流れるように矢筈を掛けた弦ごと肩まで引いた。

 その動きは先程までの日野森さんの様に流麗である。

 

 そう言えば、店長さんがぼやいていた。

 『咲は大概の見た物を教えられればすぐ習得する』と。

 そんなだからコーヒーの淹れ方も先を越されたと言っていたが、今やっていることもそれと同じ。

 打つ姿を見て、その本人に教えてもらう。

 それによりこうしてまた、見物人が黙る様な姿を見せているのだろう。

 

 普段でもそう見せることのない、集中した目が的を捉え、弓を掴む手の人差し指がその意志を指し示した。

 数秒の間をおき、放たれた矢はかなりのスピードで的へ向かい、中心から少しずれるものの赤い円の中へ突き刺さった。

 

 日野森さんからの拍手を受け、集中による疲れを表すかの様に彼は肩を落とし微笑んだ。

 その楽しそうな表情と先程の真面目な顔の落差によるギャップは、わたしの心をどきりとさせるには十分な威力であった。

 

 

 「ありがとうございました、日野森さん。」

 

 「いいえ、こちらこそ。

 1から始めた人に教えるのも久しぶりで、わたしも楽しかったわ!」

 

 深々と礼をして、日野森さんへ感謝を伝える。

 いやあ楽しかった。

 注目を受けたときは弓を引き絞りながらどうしようかと思ったが、結構どうにかなった。

 中心の中心を打ち抜けなかったのは残念だが、いい思い出になった。

 

 それはそれとして、次はどこへ行こうか。

 興味のありそうなところはすでに行ってしまったし、どうしたものか。

 すると何かを察したか、日野森さんが口を開く。

 

 「......そう言えば、少ししたら体育館でミスコンテストをやるらしいの!

 見学自由って聞いたから、四宮さんたちも行ってみてね。

 わたしたちも見に行くし、友達も出るのよ!」

 

 いい情報を聞いた。

 もう一度礼をし、弓道場を後にする。

 

 校舎に戻る道の中、不意に奏さんが口を開いた。

 

 「咲、かっこよかったよ。」

 

 びっくりした。

 弓で打たれた様な恥ずかしさと嬉しさが頬に集まり、顔全体を熱く、頬を赤くさせる。

 

 仕返しとばかりに、僕も口を開いた。

 

 「......奏さんも精一杯弓を引こうとする姿、かわいかったですよ。」

 

 「...もう。」

 

 どうやら効いたらしい。

 頬をつねられるが、これでその顔が観れるのなら得だろう。

 

 何気ない話や日野森さんと会った時の話を聞きながら、僕たちは体育館へ向かう。

 

 ......そこで、あんなことが起ころうとは夢にも思わなかったが。





 10000UA、ありがとうございます。
 これからも皆様に見ていただける様な咲と奏さんの話を投稿させていただきますので、どうぞよろしくお願いします。
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