「━━あそこはここで回って、サビ前でこう......」
ステージで4人目の歌が始まる中、2人椅子の上で振り付けの確認をする。
2人とは言っても奏さんは僕が指を動かす様子を見ているだけだが、こうして抱えているだけで安心感が違う。
彼女が早々に観客席まで戻っていたら、ガッチガチのド緊張状態で死を待つだけだっただろう。
幸いだったのは、ここまで見ている限りすごく激しいダンスをしなければ行けないと言う事はないらしい。
それこそ人によっては歌7ダンス3だったり、その逆だったり。
ちなみに今ステージに立っているのは、桐谷 遥さん。
この人は流石の僕でも知っている、結構前にテレビでやっていた。
しかもその後は桃井 愛莉さんと言う人。
調べてみるとこの人も元有名アイドルで、その後に僕。
......何故大トリが僕なんだろう。
大声で文句は言えないが、二大アイドルの後の素人なんて観客には霞んで見えるに決まっているだろうに。
そんな事実を再確認すると、またも手が震え始めた。
奏さんを抱えていようと、怖いものは怖い。
なんだかんだ学芸会のトラウマを払拭できているわけじゃ無いから、すっ転げたらどうしようとかの不安が頭をぐるぐると回るのだ。
小刻みに震える手を、柔らかな指先が優しく包む。
ずっと目の前の壁にあるシミを映していた目を下へ向ければ、もう見慣れた青い瞳がいつかのようにこちらを見つめている。
あの時と違うのは、頬に添えられた手が片手と言うことか。
「咲、わたしがあなたの恐怖を肩代わりするから。
だから、大丈夫。
あなたは歌えるよ。」
「......そこまで言って、後悔しても知りませんよ。」
「後悔なんてしない。」
キッパリと言い切る奏さんに「かなわないな。」とだけ返し、順番を待つ。
そうだ、恐れなくていい。
僕を知ってくれた友達が4人もいて、うち1人はこうして笑い合う
すっ転げたとしても、それを直ぐ笑い話に昇華させてくれるだろう。
僕はただ、9年の眠りと家族の離散という破壊とニーゴという再生から生まれた僕を、歌を通して伝えればいいのだ。
観客席にいる男女へ。
桐谷さんの歌が終わり、万雷の拍手と共に彼女はステージ裏に戻り少しして桃井さんが歌い始める。
さっきのような緊張は少ない。
時折奏さんをくすぐったり奏さんにくすぐられたりしながら待っていると、横から芽衣留ちゃんが現れる。
どうやら何かポーズを考えてきてくれたようで、その目は星のように煌めいている。
見せて、とそのポーズを要求すると、彼女は何か恥ずかしがる様子もなく右手の甲を前に突き出した。
親指は閉じられ、中指と薬指を絡めて作られたその形は英語の『W』。
「W?
芽衣留ちゃん、これは?」
「これね、お姉ちゃんが頑張って考えた決めポーズ!
お姉ちゃん今、のどをわるくしちゃって歌って踊れないから......
お兄ちゃんが使ってくれたら、お姉ちゃんも元気出すかなって!」
......妹に気合いを入れて考えたポーズを真似される姉の気持ちは、如何程のものか。
ちょっと想像はできないが、銀さんの性格なら喜びそうだ。
ちなみに銀さんもアイドルグループに所属しており、名前を『ワルキューレ』というらしい。
そう考えると、このWはワルキューレのWなのだろう。
腑に落ちた。
「......ありがとう、使わせてもらうね。」
「うん!!!」
桃井さんが歌い終わり、ついにステージへ上がる時が来た。
名残惜しいが奏さんを膝から下ろしてマイクを拾い上げた。
思い出したように後ろへ振り返り、観客席へ芽衣留ちゃんと共に向かう奏さんを呼び止める。
口の端を指で吊り上げ、確認を取る。
「━━笑えてるかな?」
「...うん。」
その答えだけで十分だ。
肩甲骨下ぐらいまで伸びた髪を揺らしながら、ただ1人のステージへ向かう。
「あら芽衣留。
......ごめんなさいね宵崎さん、そっちに行ってたんでしょう?
この子。」
「いえ、大丈夫です。」
銀さんの膝に飛び乗る芽衣留ちゃんを尻目に、その横へ座る。
暗転したままのステージは無機質で、先程までの熱狂は何処へやらと言った感じだ。
最前列に座っていることもあり、後ろから聞こえてくるのは暗くなっても熱狂を激らせたままの女学生や他校の男性の声。
「へぇ......かわいいね。」
「宮女なんだから当たり前だろ?!
いやー、ここに知り合いいてよかったわ!」
「愛莉ちゃん可愛い...!
同じ学校に後三年居れるなんて、幸せ...!」
大概の人が先程の2人に心を奪われ、これからに目を向けていない。
そこに関しては咲も仕方がないと言っていた。
「━━そういえば奏、なんでステージ裏から出てきたの?」
いつのまにか横に座っていたまふゆが、どこか仮面の被り切れていない声で囁いた。
驚いてそちらに振り向けば、笑顔は張り付いたまま。
なんともアンバランスである。
「...少し...」
「少しって、何?」
言ってもいいものか?
少し思考時間をとるために追求から逃れようとしたが、まふゆは逃がしてくれない。
迫り来る圧に負けて口を開きそうになった時、ステージ上が再度ライトアップされる。
どうやらまふゆの意識もそちらに行ったようで、追求は止まった。
......とは言え、結局は情報としてまふゆの目、耳から入るだろうが。
赤い髪の彼がそのライトアップに少し遅れて歩いてくるが、ステージ中央にたどり着こうかというところで━━
「きゃあ!?」
「あっ。」
転んだ。
結構盛大に転び、場内は一瞬の静寂ののちに笑いに包まれる。
彼は恥ずかしそうに立ち上がり、再度中央で真っ直ぐに立った。
この場内でまじめに咲の心配をしているのは、まふゆの隣にいる日野森さんと美雲さん、わたしくらいなものだろう。
まふゆはと言うと、ステージに目を向けたまま困惑している。
「......咲?
なんで......」
その困惑を遮るようにMCの参加者紹介が始まり、想像よりも大きい音にわたしは心臓が飛び出しそうなほどに驚いた。
それはそうかもしれないが、ステージ裏とステージ正面ではやはり聞こえる音の大きさは違うらしい。
『最後、6人目の参加者です!
ミスコンアイドル部門でどのクラスもやる事のなかった校外人物の参加!
それを3ーBがついに行い、怪我をした本来の参加者の代理として歌います!
四宮 咲さんで、『いけないボーダーライン』!』
「...あ?
あの人...」
「どうした彰人、知り合いか?」
「知り合いっつうほどのモンじゃねえよ。
さっきハンカチ拾ってもらっただけの人だ。
......絵名の知り合いって言ってたな。
動画撮っとくか。」
「あら、四宮さん!」
「雫、彼女のこと知ってるの?」
「ええ!
すごいのよ、弓道するのが初めてなのに的に当てて!」
「えっ...えええ?!」
「どうしたの、ほなちゃん?」
「あの人、知り合いなんだけど...
しのみっ...ど、どうして?!」
「おや、咲くんじゃないか。」
「類?!
咲は女だったのか?!
いやだが、初対面では確かに男だったはず...」
「咲くん、がんばれー!!」
「2人ともうるさい...」
「そうだね、寧々の言う通りだ。
2人とも少し静かに、ステージの主役が歌うのだからね。」
イントロが流れ始めた。
右腕を上に、左腕を下に。
イントロ部分のダンスはさして難しくはない、歌い始めてからが本番だ。
正面を向いて、右手を上へ振り上げる。
観客席を見れば奏さんと美雲姉妹がまず見えた。
よく見てみるとその横には困惑顔の朝比奈さんや日野森さん......というか、日野森さんの知り合いって桃井さんと桐谷さん、2人の出番にすごい興奮してた茶髪の人か。
すごいなあ。
と言うかよく見れば知り合いたくさんだ。
こうなってくると緊張とかどっか行っちゃったな。
イントロが終わり、歌唱パートが始まる。
のびのびと奏さんの家で歌うように、僕は歌う。
「━━見つめあって恋をして。
無我夢中で追いかけて━━」
破壊と再生からできた僕を、伝えるために。