━━結果だけ掻い摘んで言えば、3位でした。
ステージ上で行われた表彰式が終わり、裏を通って外へ出ようとする。
反省を語るのならば、慣れと経験とファンサービスの差が大きかった。
その中でも経験値というのは大きく、今後何かで競っても桐谷さんや桃井さんに敵うことはないだろう。
「ちょっと貴女、待って!」
そんな自戒のような振り返りをしていると、背後からよく通る声で呼び止められた。
何か粗相でもしただろうか、ちょっとした不安を抱きながら、返事を返す。
「はい、なんでしょうか?」
「まだ帰らないで。
もしかしたら聞いてないかもだけど、この後━━」
『もう一度歌が聴きたいかー!!!』
ステージ裏だと言うのにそれでもなお響いてくる音に、思わず耳を塞ぐ。
外では観客がそれに応えるように声を上げ、まるでライブのアンコールみたいな状況が作り出された。
おそらく呆気に取られた表情をしている僕を見て、声をかけてくれた人はあちゃあと言った様子で頭を押さえ首を振っている。
もちろんこんな事があるとは美雲さんは言っていなかった。
少しの間固まっていると、MCが僕を呼ぶ声がする。
『では四宮さんに出てきてもらいましょう!
曲名は彼女から!』
......これを仕方ないと受け入れるか、聞いてないと突っぱねるか。
いかんせん僕にできる行動はひとつしかない。
また、ステージに向けて走り出す。
2曲目で放送係に渡されている曲といえばひとつしかない。
と言うか僕のスマホに入っている曲は3つしかない上に、1つは『悔やむと書いてミライ』なので冗談抜きに確定している。
美雲さんを後で咎めようと決意を込めて、曲名を叫んだ。
「━━破滅の、純情!!!」
振り付けとかは当たり前だが無い。
誤魔化すようにステップを踏みながら、歌に集中する。
「燃え上がる瓦礫の上に立っている。
いつからか、何故なのか、忘れたけど━━」
音量調整を間違えているのでは無いか、とけたたましく響くMCの轟音に疑問を抱きながら、隣の美雲さんを見た。
ステージの上で半ギレの様に叫んだ咲を見て口を押さえているところを見ると、彼女、どうやらこの事を伝えるのを忘れていた様だ。
自身を見るわたしの目線に気付くと、すぐさま会釈をして口の動きで『ごめんなさい』と謝罪をしる。
その謝罪は出来る事ならわたしでなく彼にしてあげてほしい。
歌の話に戻るとして、この歌は確か芽衣留ちゃんと歌っていた物。
この後に確かラスサビだ。
すると、先程まで客席の中心を見ていた彼の目がこちらを刺した。
アイドル本人が不特定多数に手を振ったのをファンが『こっちに手を振ってくれた』と思うのと違い、その目は確かにこちらを向いている。
意図が分からぬまま聴いていると、サビの直前、彼は頬を染め笑って口を開いた。
「━━守る覚悟でなら、地獄を進め。
好、き、よ。」
......何事も無くミスコンは終わり、2人帰路に着く。
あの後困惑しっぱなしだったらしい望月さんに色々説明したり、猛烈に説明を求めてきた天馬さんにジャイアントスイングを食らわせたりと大変だった。
どうやら日野森さんは僕が男だと思っていなかったらしい、が。
「咲は男だよ。」
「ええっ!?
そうなの朝比奈さん!?」
朝比奈さんの一言によって知った様だ。
それこそあの場で上裸にでもなれれば早かったが、いくらなんでもそんな事したら出禁待った無しだ。
女子校の中だと言う事を忘れてはいけない。
ちなみに歌った二曲は、美雲さんの希望もありワルキューレへ譲渡する事にした。
どうせニーゴとしてではなく個人の趣味として作った物だ、遠慮無く歌ってほしい。
「......奏さん、今日はどうだった?」
雨の降る中、折り畳み傘の下で彼女に問う。
忘れてはいけないが、今回宮女の文化祭へ行ったのは奏さんの『2人で居たい』と言う願いあってのことだ。
僕ばかり楽しんで彼女が楽しんでいなければ、それこそ本末転倒、切腹物である。
奏さんは僕より少し前に出て、顔が見えないまま口を開いた。
「......並びながら話もできたし、わたしはできなかったけど弓道のあの緊張感、流れる静寂は曲作りのヒントになった。
それに咲がお化け屋敷で驚いてるのも面白かったよ。」
「ゔゔ......苦手なものは苦手だし...」
「何より、1番良かったのは━━」
立ち止まった彼女を雨に濡らさぬ様、傘を持った左手を伸ばす。
それを見計らった様に彼女は生まれた隙間へ潜り込み、こちらを見上げた。
「咲が久しぶりに『好き』って言ってくれた事、かな。」
......ふとこう思う。
奏さんは曲で人を救うためにニーゴをやっている。
普通の人なら『そんな大それた事出来るわけない』でスッパリと切り捨ててしまう様な考えだ。
でも僕たちは普通でない。
朝比奈さんは心の起伏を失い、暁山さんはまあ......体つきと細かい所作をみるに、そう言うふうだ。
絵名さんはミュートし忘れの時に聞こえてくる『デッサンがぐちゃぐちゃあ!!!』と言う叫びから読み取れるに、どこかで強いコンプレックスを抱えているのだろう。
僕は慎五を、奏さんは......部屋の片付け中に見た、父親と母親らしき写真の人を失っている。
みんな何かしら抱えているからこそ、ニーゴで誰かを救うために、自分を救うために歌っているのだ。
大切な人を失えば、その人は他人を救うことに自身の救いを、贖罪を求める。
僕がシンゴを演じて浅く広く辛そうな子に声をかけたのもそうだ。
だからそれが奏さんにも当てはまる様ならば、彼女はきっと曲作りで誰かを救うことに救済を求めている。
......だけど、それで彼女に幸せが降りるか?
結局他人への奉仕による贖罪、救済には限度がある。
何処かで限界に当たれば、前の僕みたいに消えたくなってしまうだろう。
彼女は僕を救うと言ったが、奏さんは誰が救う?
「奏さん、僕は貴女の彼氏として、ちゃんとやれてるかな?」
「...急にどうしたの?」
「いや、そんな心配そうな顔をされる様な事じゃないんだ。
奏さんは僕を救うって言ってくれたでしょ?
それに値するお返しを、僕は出来ているのかなって。」
結構不安な話だ。
もらってばかりで救ってばかりで、何もできていないのではないかって不安。
「......奏さんが僕を救ってくれる様に、僕も貴女を救いたいから。」
熱くなった頬を空いている右手で冷やし、誤魔化すように微笑む。
誰が救うかと言われれば、僕が救いたい。
僕が彼女のおかげで笑顔を取り戻したように、彼女にもニッコリ笑顔で笑っていて欲しい。
高望みかもしれないが、彼女の歩く道を彩りたいのだ。
......出来る事なら返事が欲しい。
行き場のない手がビシャビシャになって来た。
すると前兆無く、脇腹へ指が突き刺さる。
なっさけない声が口から漏れ出るが、どうにか奏さんが濡れないように左手の位置だけは死守した。
脇腹を押さえながら奏さんの顔を見ると、心なしか紅が差しているように見える。
「......うん。
やれてると、思う...」
「......良かった。」
僕はちゃんと、やれてたらしい。
水溜まりの出来た道路を尻目に、2人歩く。
すると、背後からそこそこのスピードで車が走って来た。
「...ちょっとすいません。」
「どうし━━」
道路側から庇うように奏さんを包み込み、背中で跳ね上がられた水を受ける。
寒いがまあ、雨でテンションの上がる子供だっ━━
「うびゃあ?!」
奏さんから体を離し道路側に振り向くと、二段構えで走って来ていたもう一台の車がさらに水を跳ね上げる。
今度はそれを正面から受け、全身が滝に打たれたようにびしゃびしゃだ。
「だ、大丈夫?」
「......寒い、けどまあいいや!」
......寒いがまあ、雨でテンションの上がる子供だったので問題は無い。
むしろ足取りが軽くなった。
暗くなっていく空の下、奏さんの家へと歩いていく。
「咲?
咲、大丈夫?」
「...ちょっと大丈夫じゃな......へくちっ!」
「と、とりあえず家に入って。」
結局、風邪をひいた。
本当に僕は彼氏としてやれてるのかな?