奏で彩る7=16   作:チクワ

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僕と妹、9年越しの和解

 

 「いやほんとにご迷惑を......」

 

 「そんなに畏まらなくていいよ。

 いつもやってくれていた事を返しただけだし、何より治って来て良かった。」

 

 2人日光を避けるように地下道を行く。

 先日の雨が嘘のように空は晴れ渡り、太陽は燦々と光り輝いている。

 こんな奏さんを連れて行くのに最低な天気の中、僕は病み上がりの身体を動かして散髪へ行っていた。

 千円カットではあるが当たり、と言ったら失礼かも知れない、まあセンスある人が切ってくれたおかげで今の髪型は今生最も好ましいものになっている。

 

 だが熱が下がったとはいえ、未だ身体にはダルさが残っており仕事への復帰は待ったが掛かった状態。

 今日はこのままご飯を食べ、自宅へ帰ろうと思う。

 奏さんは居てもいいと言ってくれていたが、いくらなんでもこれ以上迷惑はかけられない。

 

 ......過去にもっと迷惑な事してるだろと言われたら、弱いが。

 

 「ご飯、何処で食べましょうか?」

 

 「...ならカレーが良い、かな。」

  

 別に何が食べたいかの希望も無かった為、奏さんに聞いてみた。

 彼女がカレーを要求することは珍しい、と言うか大概ご飯は家で食べていたので、こういう質問がそもそも珍しかったか。

 

 少し歩けばショッピングモールの中にカレー屋があるが、いかんせん太陽の元を通らなければならない。

 致し方無し、ここは喫茶店のカレーで我慢して貰う。

 

 「じゃあ喫茶店でいいですかね?

 ショッピングモールの所にあるやつがいいならそっちでも......」

 

 「喫茶店のがいい。」

 

 少々食い気味に了解を貰った。

 であれば、このまま地下道を通って行こう。

 ああ、響く足音と吹き抜ける風が心地よい。

 

 

 数分で家に着いた。

 少し前までなら迷って30分以上はかかっていただろうに、これには自分自身の進化を喜ばざるを得ない。

 今なら奏さんが僕から逃走しても、転ぶことなく追いつけるはずだ。

 

 ......思えば、奏さんに追いつけないって相当だったな。

 

 道中犬に飛びかかられ付いた毛を軽く落とし、ガラスの扉を開けて帰宅を宣言する。

 後ろから奏さんの小さなお邪魔しますも聞こえて来た。

 

 だが、彼女のその声を尊く思うような空間は僕の心には無い。

 それは何故か?

 

 「......なんて悪いタイミングだよ。」

 

 「━━(にい)。」

 

 『別に、無い』とだけ残して消えてった身内が、そこ(カウンター席)に座っていたのだから。

 何をもって君は、そんな悲しそうな顔で()を見れる?

 

 

 

 「えっ、誰?」

 

 「......妹、藤田 つぼみ、です...」

 

 「あー! 

 見た目変わっててわかんなかった、なんて言ってもマトモな記憶が9年前のしか無いから。」

 

 カレーを匙で掬い、口に運ぶ。

 目の前で同じものを食べている彼は一口食べて味が違うことに気づいたようで、店長さんに『おじさんこれ辛すぎ』と水を流し込みながら文句を吐いている。

 ......確かに辛い。

 彼がコップに入れてくれた水をわたしも流し込んだ。

 

 ...わたしは知っている、彼がどこか他人事のように高いトーンで話し始める時は、大抵が演技だ。

 本当を見せたく無いとか、警戒しているとか。

 そんな人と対話する時にだけ見せる顔が妹さんに向けられている。

 

 そんな冷たいものを内包した、明るい演技を遮るようにメッセージアプリで彼に言葉を送る。

 

 『大丈夫?』

 

 この『大丈夫』に他意はない。

 その単語が意味するまま、離別した元家族との対話が負担になっていないかの心配。

 彼はスマホの通知に多少驚きながら、返事を返して来た。

 

 「大丈夫。

 1人じゃないから」

 

 その返事を見てから彼の方を見ると、そこには演技でない彼自身の笑顔がこちらを照らす。

 その顔を見せられたら、わたしは信じるしか無い。

 すると彼の手がこちらへ伸びてくる。

 ......どうやら口元に小さな人参のかけらがついていたようだ。

 

 「......言ってくれれば良いのに。」

 

 「これは僕の特権だから。」

 

 どこまでが天然でどこまでが計算なのだろう。

 それを理解できる日は来るだろうか?

 これに関してはまふゆのように『わからない』というしかない。

 

 彼はその笑顔を演技のものに切り替え、2つの空き皿をカウンターへ持っていく。

 店長さんにそれを渡して、彼自身は冷めたコーヒーを見つめ続けている妹さんの隣に座った。

 

 「......で、どうしたの?」

 

 「......」

 

 咲の言葉に妹さんは答える素振りを見せないが、気にせず彼は言葉を紡ぎ続ける。

 

 「だんまりはいいけど......

 僕はお金を貰った代わりに寄るなって言われてるからさ、何事もなければこのまま二階に上がって寝るんだよ。

 何週間前からここに来てるのかは知らないけど、一応この店でウリにしてるコーヒーを冷ますぐらいなら帰ったほうがいい。」

 

 先日店長さんが言っていた面倒事というのはこういうことだろう。

 以前公園にて咲から家族の話を聞いた時、彼女の事についても軽くだが言っていた。

 彼らの父親は大変に厳しく、咲は1歳下の彼女に父親の手が伸びないよう全てを背負おうとしたらしい。

 結果として彼女は母親主体の教育のもと、元気に友達を作ってのびのびと育っていた。

 

 だがそこで咲は事故にあい、彼女は父方へ行ってしまった。

 そして病院での起床後1日で実質的な絶縁宣言。

 当時は聞いて納得した、そんな事があれば泣けなくなる、笑えなくなる。

 

 『......あの頃は見返りなんて求めてなかった。

 ただ妹が笑って、たくさん友達を作って、僕みたいにひとりぼっちじゃない生き方をしてくれればって。

 でも心の何処かで、彼女を庇ったから何か優しい言葉をくれるかなって思ってたんだよ。

 馬鹿だよね、それで勝手に裏切られたみたいな疎外感、感じてたんだから。』

 

 だから彼はわたしが救うと言った事の見返りとして、わたしを救ってくれようとしているのだろう。

 人は見返りを求めずにはいられないから。

 

 「わた、しは......」

 

 「言うならはっきり言う。

 今僕は君に対して情の一欠片もない。

 昔のように察して貰えると思うな。」

 

 冷たさすら感じる言葉の槍が彼女を突き刺し、それこそ糸で縫われたように口をつぐんだ。

 たとえ妹が涙ぐみ何かを抱えていても、咲は瞳を逸らすことはない、それが彼なりの覚悟なのだろう。

 すると堰を切ったように、彼女の口が開いた。

 

 「わたしは、兄に庇われていた事に気づかなかった。

 それで兄に執着し続けるお母さんに嫌気が差して、お父さんについて行って......後悔した。

 それで起きた兄にあんなこと言って...」

 

 「本題を話してくれる?」

 

 「......わたし、お父さんから逃げて来て、おじさんの家にお世話になってる。

 色々あってここにいる事を知って、謝りに来た。

 ━━ごめんなさい!!」

 

 はあ、と大きくため息を吐いて、咲は一度頭を下げた。

 少しして顔を上げると、そこにあるのは演技なしの彼の顔。

 椅子から降りて深々と頭を下げている妹さんの顔を覗くように、しゃがんで上を見上げた。

 

 「よく言えたね。

 いいよ、別に怒ってなんていない。

 心からの本音が聞きたかっただけだから。」

 

 「......ほんとに?」

 

 「ああ、本当に。

 今年受験でしょ、頑張ってね。」

 

 ブワッと涙を零して彼女は咲に抱きついた。

 それを優しく受け止めて背中を摩り宥める姿は、彼が兄であると言う事を再確認させてくれる。

 

 「ごめん、ごめん、ごめんねえ...!」

 

 「わかった、わかってるから。

 ほら泣いてたら美人じゃ無くなっちゃうよ、笑顔笑顔。」

 

 良かった、と言っていいのだろう。

 少なくとも咲は彼女に黒い感情をそこまで抱かず、完全な決別をすることもなかった。

 きっと咲にとっての心残りが彼女だったのだ、それが解決した今、彼はもう先へ進む事を躊躇わなくていい。

 

 「......せっかく来てもらって蚊帳の外ってのもアレだ。

 デザートでも食っててくれ。」

 

 いつのまにか対面に座っていた店長さんが、皿に乗せられたケーキを差し出して来た。

 その顔は色々なものが混ざり合った安堵である。

 

 「結局、俺の心配は杞憂だったわけだ。

 ......まあまだ不安要素が無くなったわけじゃねえが。

 それこそ父親とかな。」

 

 「...美味しいです。」

 

 「そいつぁよかった。

 瑞希に伝言頼む、『ポテト、メニューに入れといたぞ』ってな。」

 

 今日は強面な彼の顔も、いくらか柔らかく見えた。

 その日の夜、ナイトコードでの最終確認を終えて曲を投稿する。

 明日は日曜、全員の予定がちょうどあいていると言うこともあり、翌日には打ち上げを行う事となった。

 

 深夜、皆がナイトコードから抜け、最後にわたしも抜けた後。

 ヘッドホンを外してカーテンの向こう、空を見た。

 

 美しい月に光が灯り、闇夜を照らしている。

 あの月のように全てが丸く収まってくれるだろうか?

 心の片隅でそんな事を考えながら、ベッドに身を投げた。

 

 意識を微睡の向こうへ飛ばす直前に見えた月には、真っ黒な雲が光を遮らんと重なり始めていた。

 

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