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階段が軋む音がする。
2階から降りて来た大小2人の人物へ、おじさんは駆け寄った。
「咲は大丈夫か?」
その質問に要さんは「すやすや寝てます」と柔らかな顔で前置き、一転真面目な顔で兄の今後について話し始める。
背後では兄の彼女が辛そうな表情で俯いていた。
「落ち着きこそしましたが、今後もあの人が来るとなれば状況は良くないですわ。
それこそ彼女達友人が居なきゃもっと不安定になってたでしょうね。
そこで薫さんが良ければなんですけど、宵崎さんの家に咲くんをしばらく滞在させませんか?」
要さんは「シンゴの件もありますし...」と付け足す。
シンゴ、と言うのはある事故の後から兄の中にいた
あの事故の日は驚いた、帰って来た兄の服が血塗れだったのだから。
そんな格好で公園から歩いて来たのだからどうあがいても東京への引っ越しは免れなかった。
「......こっちは良い。
だけど嬢ちゃん、あんたは良いのかい?
彼氏彼女の関係とは言え迷惑じゃあねえか?」
「大丈夫です、いつもお世話になってますから...
役に立てるのなら喜んで。」
「そうか......ありがとうな。」
おじさんは深々と礼をし、感謝の言葉を述べた。
結局今日は動かせないという事で明日、兄を宵崎さんの家へ向かわせる事になり、彼女達は退店していった。
お会計はおじさんの気持ちで無料にしたらしい。
170センチ越えしか居なくなった店内。
兄の友達である彼女らの顔を頭に思い浮かべ、下を向いて自己嫌悪に耽る。
家族でありながら私は、兄の仮面の裏を見たことがない。
だのにあくまでも友人、彼女。
悪く言えば他人の彼女らが兄の本当を知っていると言うのは、おじさんから聞かされて驚いた。
......兄の中身を知れて『いいなぁ』と思ってる時点で、私に兄が彼女達の様に心を開く事はないだろうが。
「感傷に浸ってねえでコーヒー飲め。
また冷めるだろうが。」
そう言っておじさんから投げ渡されたのは、茶色のエプロン。
『兄の代わりに働け』ということか。
まあまだ15なので、扱い的にはただの手伝いになるが。
「......苦いから少しずつ飲もうかなって。」
「じゃあ砂糖とミルク入れていいから飲め。
ホットコーヒーを勝手にアイスにされるのが、作ってて1番ムカつくからな。」
言わんとしてる事はわかるが、それでも苦い。
何か気を紛らわすものが欲しいところだ。
「じゃあ昔話してよ、なんでも良いから。」
「昔話か......
俺のならあるぞ。」
意地悪に返したはずの要求が呑まれた事に驚いた。
おじさんは皿を洗いながら話し始める。
メガネ越しのその瞳は兄との血のつながりを感じさせる黄色に光っていた。
「大学に通っててな、デザイン学科で。
努力に関しては惜しまなかったからそこそこの成績は残してて、卒業出来れば良いとこに就職できそうだった。
......まあ3年の春、ある事があって卒業出来なかったわけだが。」
「ある事?」
「お前の母親、四宮 種美のお見合いだよ。
コレを聞いて単位とか考えず実家に帰ってな、親に事情を聞いたんだ。
『アイツには彼氏がいるだろう、どう言うつもりだ』ってな?
帰って来たのは、先方が多量の金を積んで望んだことだから、老後の資金が欲しかったからって言う理由でなぁ。
どうせ2年もすれば酒タバコでやられた体が限界を迎えるって言うのに、まあどうせパチンコで全部溶かす予定だったんだろ。」
初めて聞いた話だ。
一応私も女なので、別に母に聞いた事はある。
『お母さんってお父さんとどうやって出会ったの?』と。
母は決まって『一目惚れよ、私の!』と言っていたが、そうではなかった。
思えば母は異常なほどの奉仕体質で、何を言われても暴力を振られても笑顔で父のための準備をし、私たちに笑顔以外を見せたことなどない。
父との結婚も奉仕体質ゆえ、親に安心して老後を過ごさせるためのものだったのだろう。
「種美に聞いても理由は言ってくれなくてな。
ただ一言、兄さんは夢を追ってとだけしか言われなかった。
そこで気づいたよ、俺は妹を
そっから転げ落ちるまでは早かった、バイトも学校も手につかなくなって退学して......
恩師に会えたからこうして喫茶店なんてやれてるが、会えてなかったら今頃死んでるな。」
シンクの中でコップが砕けた音がする。
覗き込めば、無念に震えた手がそれを握りつぶした形跡が残っていた。
割れた欠片をゴミ箱に入れ、洗い物を終えてこちらを見る。
おじさんのその目は、アポも無しに家へ駆け込んだ時の私を見る様に優しい。
「だからなぁ。
妹の最後の頼みである『子供を助けて』って言うのを守らなきゃならねえのよ。
つぼみ、お前も別れ際に何か託されただろ?」
「......『自分に正直に』...」
人の話を聞いて
コーヒーを飲み干し、勢いよく立ち上がって2階へと駆け上がる。
「...店長、もしかして恩師の人は早乙女さんですか?」
「おっ、先生良く知ってんな?」
「この店を教えてくれた人ですよ。
今度はシンガポールに行ってるらしいです。」
「......今度は国外かよ。
世界は広いんだか狭いんだか...」
「兄、スマホ貸して!!!」
「きゃあ!!?」
通話中の画面が見えた。
都合が良い。
「もしもし皆さん━━」
陽が傾き始めた空を背に、4人帰路に着く。
咲からもらった袋を持ちながら、2階での会話を思い出していた。
「ごめん、すいません......」
要さんが彼をベッドに寝かせ、わたしは力無く垂れた手をぎゅっと握った。
手汗がすごく、彼にとってあの一瞬がどれだけ恐怖の時間であったかを感じさせる。
親の在り方というのは様々だ。
愛をくれる親、厳しい親。
まふゆの親を瑞希が『自分の価値観をナチュラルに押し付けるタイプ』と表すのなら、咲の親は『自分を絶対だと思っているタイプ』だ。
この痛々しい腕のあざがそれを物語っている。
「ごめんね、せっかくの打ち上げだったのに......」
「いいよ、仕方ない事だったから。
...今は休んで。」
「うん...
じゃあ、寝る。」
......弱々しく瞳を閉じた彼の顔を、長くは見続けられなかった。
「━━この袋、何が入ってるのかな?」
「小さいのがいっぱい入ってるみたいだけど......」
信号待ち中、瑞希が日に袋を透かして口を開いた。
絵名も硬い中身を袋越しに触りながら、首を傾げている。
...たしかに、今までならぬいぐるみだったりで分かりやすかったが、今回は硬い。
紙袋というところもポイントなのだろうか。
「ん。」
「「まふゆ?!」」
するとまふゆが『こうすれば良いだろう』と言わんばかりに袋を真っ二つに切り開く。
あまりに豪快すぎるその切り方に巻き込まれて飛び上がった中身を、事も無げにキャッチしボソリと呟いた。
「......瑞希?」
「な、なに?
僕何かしたの?」
いきなり威圧する時と同じような声色で呼ばれた瑞希へ、まふゆはその手に持ったものを見せる。
そこに乗っていたのは焼物をピンク色に塗った猫。
一旦信号を渡ってからそれぞれの袋を開いてみると、ニーゴのメンバーを擬獣化させた猫が5匹。
全てデザインの違うものが入っていた。
絵名や瑞希は可愛いと興奮し、まふゆは自分を模した猫を見つめ続けている。
かくいうわたしも開けて手に乗せてみたが、可愛いと思う。
猫の体色がそれぞれの髪の色というだけでなく、行動表情を一目見ただけで誰モチーフかわかるというのもすごい。
例えばスンと無表情で行儀よく座っているのはまふゆで、口にえんぴつを咥えたのが絵名。
背を伸ばしながら欠伸をしているのは瑞希か。
わたしのはくるっと丸まり、尻尾の上にふてぶてしく顎を置いたポーズ。
......最近膝枕をしてもらって寝る事があるので、それだろうか。
そんな風に自分の袋に入っていた猫のポーズを見せ合っていると、電話が入る。
スマホを取り出せば、『咲』の文字。
すぐさま通話を押し、スピーカーをオンにした。
『もしもし。』
「もしもし、起きた?」
『うん、今。
まだみんな居ます?』
「いるよ」と返事をして、焼き物をもって自撮りをしたり壁に寄りかかっている皆を集める。
4人で一つのスマホを覗き込み、輪を作るような形になった。
『今日はすいません。
面倒な事になっちゃって......』
「......まあしょうがないんじゃない?
私だってバイトしてて親が来たら、『なんで!?』って思うだろうし。」
「絵名、バイトしてないでしょ。
状況も違うし。」
「細かいことはいいの!
共感できるって事が言いたいんだから!」
『ふふ、ありがとうございます。』
にしても、笑うようになった。
この優しげな笑いは彼の心を表すものであり、わたしたちが引き出したものだ。
『プレゼント、見ました?』
「見たよ!
可愛いねえコレ!」
『良かった......
この前絵名さんが、猫動画に勝てないって言ってたので......』
「えっ、ミュート出来てなかった?!」
「すごい五月蝿かったよ。」
絵名の顔が赤くなり、羞恥が彼女の足を折って屈ませた。
よく言っている事ではあるし、もはや恥ずかしがるような事ではないと思うが......
それはそれとして、咲が大事に至らなくてよかった。
笑えなくなるような事もなく、シンゴの様にもう1人が生まれるわけでもない。
要さんの言うように、ニーゴが咲を繋ぎ止める楔になったのだろう。
話もそこそこに歩き出し、地下道へ入ろうとしたその時。
『兄、スマホ貸して!!』
『きゃあ!?』
爆音の悲鳴が響き渡り、周りの視線が一気に集まる。
それから逃げる様に地下道へ逃げ込み、通話音量を5クリックほど下げた。
向こう側から聞こえて来る音から察するに、妹さんにスマホを強奪されたか。
すると画面がビデオ通話へと変わり、彼女の顔が至近距離で映し出された。
『もしもし皆さん、妹のつぼみです!
今回は皆さんに兄を託しに来ました!』
後ろでは咲がスマホを取り戻そうと足掻いているが、いかんせん妹さんの体格が良すぎる。
見事に抑え込まれ何も出来ていない。
『兄は勝手に色々抱え込むし、どこかで事故にあって血塗れで帰って来たりします。
正直わたしじゃ抱えきれません!
だからお願いします。
皆さんで兄を引き止めてください、また何処かへ行かない様に。』
「......うん、わかった。
任せてつぼみさん。」
友達であり、彼氏であり、恩人。
そんな彼を離す気など毛頭ない。
確かな覚悟を声に込め、しっかりと顔を見据えて返事を返した。
『はい!
ありがとうございました!
じゃあ切りますねー!』
そのまま彼女の笑顔を映して、通話は終了した。
なんというか彼女......
「「「嵐みたいだった...」」」
「騒がしい人だったね。」
家へ帰り、机の上に猫の焼き物を飾ってみた。
やはり可愛い。
だが......
「......そんなにムスッとした顔だった?」
自分を模した猫の顔だけ、少々不満である。