奏で彩る7=16   作:チクワ

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 先日の日刊ランキングに載っていました。
 これも全て皆さんのおかげです。
 ありがとうございます。


3日目、アップルパイと大きな盾

 

 「奏さん、洗濯するけどまだ洗い物有ります?」

 

 「あ......

 じゃあお風呂入るから、その時に入れちゃうね。」

 

 服を脱ぎ湯船に浸かり、立ち上る熱で凝り固まった肩をほぐす。

 今日は咲が来て3日目だ。

 とは言っても、正直わたしの生活はいつもと変わらない。

 朝から晩までパソコンの前に張り付き、気が向いたらご飯を食べ、ベッドに倒れて睡眠する。

 変わったのはその睡眠中帰っていた彼が、同じ家で寝ていることぐらいだ。

 

 それにしても初日の咲は危なっかしかった。

 インターホンが鳴り扉を開けると、見たことないほどカチコチになっている咲が背筋を伸ばし切って立っていた。

 その時点で『ん?』とは思っていたが、寝床などを案内する際に3、4回つまづいていたところを見ると笑えない程の緊張だったらしい。

 

 『毎日家から来ていたのが、出歩かなくなってよくなっただけでは?』なんてその時のわたしは思っていたが、実際に同じ空間で生活しているとその考えは浅はかなものだと理解した。

 ......付き合って数ヶ月で同棲なんて、事情があろうとも早かった気がする。

 咲は2日目でわたしの...まあ、生活感溢れる下着に触れない様にする事を諦めた様だ。

 

 その証拠に風呂場の扉を隔てた先にある影が、特に気にする様子なく鼻歌を歌いながら洗剤を入れている。

 むしろわたしの方がスポブラを洗われることに羞恥を覚える始末だ。

 

 髪を洗ってからもう一度湯船に浸かり、水音を立てて風呂を出た。

 

 体を柔らかなタオルで拭き、髪の毛の水分を取りながら周りを見渡す。

 が、替えの服がない。

 このまま前の様に自室まで取りに行ってもいいが、それでは咲がせっかく掃除した廊下を汚す事になる。

 だからといって咲を呼んで『服を持ってきて』というのも申し訳ないし......

 

 1分ほど考え、行動に移す。

 

 「......咲...」

 

 「どうしま......ああ、服......」

 

 弱々しい声色に彼は色々察したらしく、手に持ったスマホを机に置いて小走りで部屋へと向かった。

 扉の間から腕だけを出して待っていると、乾いた布の感触が乗った。

 

 「ありがとう...」

 

 「今度から気をつけてくださいね。

 あとそんなに申し訳なさそうに呼ばなくても、普通に呼べば持って来ますから。」

 

 一度ならず二度までも、本当に申し訳ない。

 

 

 「......別に恥ずかしくないわけじゃ無いんだけどなぁ。」

 

 

 

 ドライヤーの轟音が部屋を満たし、長いわたしの髪を咲の指が梳く。

 度々首に触れる彼の指をむず痒く思いながら掛けられた時計を見ると、もうすぐ12時を迎えようとしている。

 もうそろそろかともう一度ドライヤーの熱風に目を閉じると、インターホンの音が鋭く耳へ入ってきた。

 

 「ちょっと見てきますね。」

 

 そう言うと咲はドライヤーを止めてわたしに手渡し、玄関へと向かって行く。

 十中八九そうであると確信がある為、またいつかの夜のような事はないだろうと警戒はしない。

 彼と混ざり合ったドライヤーの熱を持ち、ひっくり返った様に静まったリビングで1人、ぼーっと天を見上げた。

 

 「あ、どうぞー。」

 

 「宵崎さん、お邪魔します。」

 

 「望月さん、今日はよろしくね。」

 

 

 よろしくね、とは言ったが、やってもらう事があるわけではない。

 まあ大概のことはこの2日で咲が片付けてしまった。

 だからといって『来なくても大丈夫』とは絶対に言えない為、今回は客人として来てもらった。

 彼女は疲れずに収入が手に入り、わたし達は話ができる。

 即席で考えたにしてはまあ、悪くないと思う。

 いつも世話になっているお返しの様なものだ。

 

 入れて貰った紅茶を飲み、喉を潤す。

 好みの味だ。

 

 「...うん、美味しい。」

 

 「本当ですか?

 良かったです!」

 

 香りも心を落ち着かせてくれる。

 この紅茶を望月さんから受け取り入れてくれた本人はと言うと、何やら台所で焼いている様だ。

 オーブンの目の前で仁王立ちし、目を輝かせて完成を待っている。

 

 「宵崎さん、最近血色が良くなってきましたよね。

 わたしが来ていない時でもご飯を食べているみたいで、安心です。」

 

 「......前までそんなに悪かったの?」

 

 「えーと......まあ、普通の人が風邪をひいている時、ぐらいには...」

 

 「...そっか。」

 

 なんだかそう言われると、まふゆによく怒られる理由がわかった気がする。

 その話題を皮切りに、会話が広がって行く。

 

 文化祭の話とか、望月さんの友人の話とか。

 その中でも驚いたのが、文化祭での髪が長い咲がちょっとした人気者になっていたらしい。

 事の発端は一年の篠田と言う人が咲は男であると後夜祭にて暴露した所から。

 

 貶めるつもりか意外な一面の様に言ったつもりなのかはわからないが、まあ結果として『男でアレはすごい』と宮益坂一年の間で話題になった。

 もちろん喫茶店の情報も割れるわけだが、そこは美雲さん。

 『迷惑をかけに行く様なら行かない事!』とその場を収めたらしい。

 

 ......言われてみれば、昨日喫茶店の様子を見に行った際に制服を着た女性が多くいた。

 おそらくそこからだろう。

 妹さんと店長さんが忙しなく働いている様子を見て、わたしは帰ったが。

 

 そんな話をしていると、何か香ばしい匂いが鼻口をくすぐる。

 答え合わせの様に咲が持って来た2つの皿の上には、こんがりと焼かれたアップルパイが乗せられていた。

 

 「望月さんはアップルパイが好きって聞いたので。

 お口に合うかはわかりませんが、どうぞ。」

 

 「わぁ、良いんですか?!

 じゃあ早速...!」

 

 それを見た望月さんは子供の様に目を輝かせ、ナイフとフォークを手に取った。

 その顔に微笑ましさを感じながら、わたしもナイフを手に取り切り取ったパイを口に運ぶ。

 

 ......美味しい。

 数日前に望月さんと食べたものも美味しかったが、そのアップルパイとは別ベクトルの魅力がある。

 さっぱりとした甘さとは対照的なもったりとしたりんごの甘さが紅茶と合い、お茶菓子としていいものだ。

 

 前を見れば嬉しそうな望月さんの顔と、自分の皿を机に置きながら彼女へ微笑んでいる咲。

 表情に物凄く出ているわけではないが、作り手としてはここまで喜んでもらえると嬉しいだろう。

 

 

 

 「......篠田さんかぁ。

 もはや懐かしいな、アレも。」

 

 ここで言うアレ(・・)とは、咲の掌をナイフが貫通した時のこと。

 篠田と言う人はまあ色々と、わたしと咲の関係を進めた人でもある。

 

 あの時は本当に怖かった。

 けたたましく叩かれる扉、晴れているのにレインコートに身を包んだ黒髪の女性、鳴り止まないインターホン。

 振られた後だと言うのに、あの時現れた咲は本当に救世主の様だった。

 

 正直言ってあの時咲に告白されて冷静こそ装っていたが、心臓は早い鼓動を打っていた。

 結局あの後、ナイトコードでの作業をして朝方咲は帰って行ったが、1人になってからも鼓動が落ち着くことは無く。

 恋とキスの凄さを知った日として、心に刻まれている。

 

 思えばあの日からキスをしていない。

 ......まあ、まだいいだろう。

 わたしも咲も、素面でやろうとしたら顔を真っ赤にして失敗するだろうし。

 

 

 

 

 「ありがとうございました!」

 

 「お気をつけて。」

 

 「じゃあまた、望月さん。」

 

 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、望月さんの背を送る。

 彼女にアドバイスをもらった事も、今ではいい思い出だ。

 

 室内へ戻り、ソファーの上に座った咲の膝へふてぶてしく座る。

 彼の腕を肩上から回し、シートベルトの様に鳩尾の位置で交差させた。

 

 咲の右手を掴み表裏をまじまじと見つめ、傷口を撫でた。

 レモン型についた傷口はつるつると滑らかな感触で、他の皮膚とは流れた時間が別だと言う事を教えてくれる。

 

 「......この手が、守ってくれた。」

 

 扉一枚を隔てて、わたしを守りナイフを受けてくれた手。

 他人にとっては華奢な掌でも、わたしにとっては大きな盾の様な手である。

 

 「これからも守ります。」

 

 「...うん。」

 

 それはそれとして。

 

 「えいっ。」

 

 「なんっ!?」

 

 耳を鷲掴みにし、弄り回す。

 優しくくすぐったり、握りしめたり、少し体を伸ばして息を吹きかけてみたり。 

 文化祭にて美雲さんに言わなくていい事を言った仕返しだ。

 耳掃除を行わないだけ有情だと思って欲しい。

 

 「なんで?!」

 

 「仕返し。」

 

 本当に、あの時から考えられないほど。

 こうして互いを大事に思えている。

 

 わたしを1人で生かせてくれない咲がダイキライだけれど、それでも2人で歩こうとしてくれる咲がダイスキなんだ。

 

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