「......とりあえずは、ヨシ。」
時刻は25時30分。
仰々しく指差し確認をして、先程までカップラーメンと服に占領されていたリビングを解放した事を確認する。
中には麺がそのまま入っていたものまであり、危うくカビが繁殖しそうだった。
まあ、変なものを踏んだりと色々あったが、開始から1時間で終わらせられたのは色々な事を叩き込んでくれたおじさんのおかげだ。
今日は深く感謝しておこう。
さて、家主である宵崎さんは今どこにいるのか。
答えは簡単、自室だ。
何やら25時から活動があるらしく、僕に申し訳無さそうにして30分前に小走りで自室へ戻っていった。
『本当にごめん、お願いね。』
そう言って深々と頭を下げていたが、お礼を言われるほどのことでは無い。
僕がやりたくてやっているのだ、気にせずある時間を使って、活動に勤しんで欲しい。
......だが、この時間からいつまでそれをやっているのだろう?
25時から27時とかまでやっているのならば、今日の熱中症の原因に暑さ以外のもう一つ。
寝不足、と言う要因が入ってくるのでは?
11時まで寝ていたし。
そんな事を考えながら、食品が腐っていないか確認するために冷蔵庫を開いた。
開かれた真っ白の箱の中は、人が生活しているはずのリビングよりも整理され、肉、野菜、その他で区分けされている。
そう言えば、宵崎さんは夜ご飯を食べていない。
当たり前と言えば当たり前だが、彼女は病み上がりだ。
栄養を取らないことにはまた倒れるだろう。
僕は消費期限の近いものを冷蔵庫から取り出し、先程掃除したばかりのキッチンにて長い袖を捲る。
深夜の静寂を切り裂く様に、モノの焼ける音が部屋中に響き始めた。
「......補充するの、忘れてた。」
深夜2時半、『25時、ナイトコードで』にて作製している新曲に区切りがついた頃。
小腹が空いたと思いエネルギーメイトに手を伸ばそうとするが、伸ばした手は空を切る。
そう言えば、今朝ここに置いてあった物の最後は食べてしまっていた。
軽くため息をついて、ナイトコードの画面に映る3人━━
Amia、えななん、雪に少し席を外す事を伝えた。
「ちょっと離れるね。」
『オッケー! 行ってらっしゃい!』
『珍しいわね、Kが席を外すの。』
『......わかった。』
ヘッドセットを机に置いて、自室を出る。
玄関を見れば散乱していたゴミは既になく、数日ぶりに綺麗なフローリングが顔を出していた。
そのままリビングに入ると、最初に目に入ったのは━━
「!......寝てる...?」
ソファーに座り前屈みになって寝ている彼、四宮咲の姿だった。
少し驚いてしまったことに申し訳なさを感じながら、テーブルへ目線を移せばそこにはラップで蓋をされた料理。
置かれたメモ帳には、『ばんごはんです』と決して綺麗とは言えない字で書かれている。
ここからわかるのは、彼は掃除をしてその上でご飯も作ってくれた、と言うことだ。
......初対面である年下の人にここまでやらせてしまった事に、軽い自己嫌悪を覚える。
それはそれとして、買い置きしておいたエネルギーメイトを見つけた。
目の前にあるのは、ちゃんと作られたピーマンの肉詰めと野菜スープ。
手元にはエネルギーメイト。
どちらを食べるか、天秤に掛けた結果。
「......いただきます。」
リビングで作業をしながら、作ってもらった料理を食べる事にした。
『あれ、もう4時じゃん!』
Amiaの言葉に引っ張られ、時計に目を向けた。
時刻は4時10分。
カーテン越しの空もうっすらと明るくなってきている。
結局四宮さんは起きなかった。
彼も彼で疲れていたのだろう。
「雪、学校は大丈夫?」
『大丈夫。
6時半に出ればいいだけだから。』
『ふぁ... 私ももう眠い...』
「じゃあ今日は解散にしようか。
また、25時にナイトコードで。」
5時、空はまだ薄暗い。
わたしはシャワーを浴びてまたジャージに着替え、ソファーの前で悩んでいた。
「んぅ......」
目の前でぐっすりと眠っている彼を起こすかどうかだ。
ここまでしっかり眠られていると、起こすのも気が引ける。
取り敢えず弱めの刺激で起きないか試して見る。
「......起きて。」
後ろから頬を突いてみる。
起きる気配は無い。
ならば、と今度は頬をつねってみる。
むにむにと心地よい感触が指の腹に伝わってきた。
病みつきになる、とはこのことだろうか。
自分の意思とは関係なく、指が絶え間無く彼の頬を刺激する。
同年代の男性の肌、それも頬など触ったことないが、ここまで柔らかい物なのだろうか?
例えるならば豆腐である。
傷つき修復され硬化する、そのプロセスを踏まずに生きてきた様な柔肌。
気づかぬ内に、顔が緩んでいた。
気を取り直し、彼を起こそうとしたその時、両の眼がわたしを見つめていることに気づく。
「......???」
「...え、起き、てた...?」
起こすために後ろに倒した彼の目はしっかりと開いており、奇異なものを見るようにこちらへ視線を合わせていた。
「今起きました。
......何時ですか、今。」
「...5時。」
つい、ぶっきらぼうに答える。
彼はしばらく腕を組んで考えたのち、顔を青くして飛び起きた。
「......怒られるぅ!」
先日までの冷静な彼はどこへ行ったのか。
慌ただしく私が流しに置いておいた食器を洗うと、そそくさと玄関へ向かった。
玄関で靴を履き、ドアへ手を掛けると、思い出した様にこちらを振り向いた。
「えっと、洗濯物は乾燥機にかけてあります。
それでカップラーメンのゴミは出るついでにゴミ捨て場に置いてきちゃいますね。
それと......」
少し言い淀んでから、彼は心配する様に一つ確認をした。
「ご飯、大丈夫でしたか?」
大丈夫も何も。
「うん、美味しかった。」
美味しくなければ残しているだろう。
「...そうですか、よかった。」
彼はその言葉を受け取ると安心した様に瞬きをし、ドアを開ける。
「よければ店にもきてください。
言ってくれれば作りにも来ますから、それでは。」
ガシャン、とドアが閉められた。
間隔の短い足音がだんだんと離れていき、消えていく。
ソファーへ戻り、さっきまで彼がいた所へ腰を落とした。
まだ少し、温かい。
『よければ店にもきてください。』
もし。
もし、今度昼に出かける事があれば、行ってみようかと思う。
今度はちゃんと、熱中症対策をして。
「......柔らかかった。」
その日に食べたエネルギーメイトは、いつもより少し、味気なく感じた。