「そっちの袋持ちますよ。」
「ありがとう。
じゃあ、花は持つよ。」
「はい。」
7日目。
奏さんと2人でシブヤの街を行く。
今日は2人とも別の用事があったのだが、なんと2人して行き先が被った。
なら一緒に行こうという事で、日差しの強い交差点を並んで歩いているのだ。
被っていた帽子を暑そうな奏さんへ被せ、何も語らずただ進む。
普通に出かけるのならもう少し話をするのだが、いかんせん行き先は病院。
奏さんはよく分からないが、僕に取ってはそこまでいい思い出のある場所では無い。
少々足取りも重く感じる。
......奏さんが話さないのは、この日光による余裕のなさもあるだろうが。
地下道へ行けなかった事は許してほしい、ヤンキーがいっぱいいて少し怖かった。
と言うか奏さんの持つこの荷物。
着替えにタオル、花。
誰か知り合いでも入院しているのだろうか。
「奏さん?」
「...う......うん?...
ちょっと、待って......」
「......何でもないです。」
聞いてみようかと思ったが、流石にここまでグロッキーでは聞くのも申し訳ない。
所々にあるコンビニにて休憩を取りつつ、奏さんが倒れない様にして病院まで辿り着いた。
エレベーターに乗り、白色で包まれた病棟へと出る。
軽く見回しながら歩くが、ここは本当に変わらない。
目の前にある十字路を曲がって渡り廊下を進めばリハビリ室があるし、このまま直進した突き当たりが僕のいた病室だ。
たかが数ヶ月前のことに懐古しながら歩く僕をよそに、奏さんは慣れた様子で道を進む。
通りかかった看護師さんに『いつもご苦労様』と言われている姿を見るに、本当によく来ている様だ。
置いて行かれぬ様に、怒られない程度で早歩き。
彼女が入って行った病室、昔の僕がいた病室の三つ隣にはどこか見覚えのある男性が寝転がっていた。
「お父さん。」
目を閉じ寝ている様で、奏さんの呼びかけには答えない。
ああ、と腑に落ちた。
少し痩せてこそいるが、ベッドに伏している男性は奏さんの家で見た写真の人。
正真正銘、彼女の父親。
初対面ではあるがそこまでの驚きは無い。
それどころか進んで花の取り替えとか、身の回りの世話をやっている。
きっと僕もこうやって寝ていたのだろうと考えると、あまり他人の様に思えないのだ。
「......お父さんも意識不明なんですか?」
「ううん、これは寝ているだけ。
でも......」
椅子に座り、奏さんの話を聞いた。
中学生の時に父親が倒れた事、その原因が自身にあること、その日から曲を作り続けてきた事。
やはりというか何というか。
彼女はただの善で曲を作っているわけではなかった。
奏さんは重く沈んだ表情をしているが、それを責めようなんて気は毛頭無い。
「大変、でしたね。」
こんな人並みなことしか言えないが、これ以上にかける言葉が見つからない。
彼女の苦労は想像に難く無く、その過去に僕が何を言おうと変わらないだろう。
家族が居なくなるというのは激しく辛いとつぼみから聞いた。
つぼみはまだおじさんが居たからいいが、当時の奏さんはお父さんが倒れた時点で孤独の身、その辛さ苦しみは何かに縋り付くことすら許さず奏さんを蝕んだ。
彼女は「うん」とだけ返事をして、黙ってしまった。
それでも膝下で組んだ手のひらにかかる力は、だんだんと強くなっている。
無言のまま病室にて鳥の囀りを聞いていると、扉を開けた看護師さんに呼び出された。
見覚えのある人だ。
確か芽沙さん、という人だったか。
「ちょっと行ってきます。」
「うん、いってらっしゃい。」
奏さんに一言置いて病室を出る。
去り際に見えた彼女の瞳は、とても悲しげだった。
「要さん、連れてきましたよ。」
「芽沙くん、ありがと。」
連れてこられたのはちょっとした会議室。
目の前ではいつもおちゃらけている要さんが、一転して真面目な顔で眼鏡を曇らせながらコーヒーを飲んでいる。
こうしてみるとちゃんと医者なのだなと再認識した。
彼はコーヒーを机に置き、有無を言わさず、補修を重ねたボロボロのノート3冊を手渡してきた。
受け取ったそのノートを見るが、何の変哲もない古いノートにしか見えない。
が、擦れて見えにくくなった文字を理解した時、手が震え思わず要さんに確認を取ってしまう。
「要さん、これ、お母さんの......」
「ああ、君が起きた当日に渡されていてね。
最初は渡すのを躊躇ったが......
もう、いいだろう?」
「お父さん、わたし彼氏が出来たよ。
優しい人でね......
わたしを助けてくれたんだ。
耳が弱かったり、変なところで失敗したりするけど、わたしは彼の歌と人が好きだから、一緒に進んで行く。
彼や友人と一緒に、わたしの音楽を作り続けるよ。」
ガラガラと扉が開く音がした。
音の方へ目を向ければ、用事を終えた咲の姿。
少し待っててと手で意思を伝えて、もう一度お父さんへと顔を向けた。
「また来るね、お父さん。」
この言葉が閉じた瞳の裏に届いているかは分からないが、それでもわたしはまたねと言い続ける。
すれ違う様に病室に入った看護師さんに一礼をして、病院を後にした。
「奏さん、もう一個行きたいところがあるんですけど、良いですか?」
「うん、いいけど......
どこに行くの?」
「数少ない、いい思い出の場所に。」
日記を抱え、少し歩く。
外は少しだけ曇ってきて、いくらか歩きやすくなっていた。
「......看護師さん。」
「どうされました、宵崎さん?」
「いい、夢を見たんです。
大人になった娘が......彼氏を、連れてくる...
寝てる間に、何かありましたか。」
「......そうですね。
何か、あったのかもしれませんね。」