投稿が遅れていました。
申し訳ないです。
「着いた。」
曇り空の下を歩き、辿り着いたのは緑が生い茂る公園。
看板には『乃々木公園』と書かれていて、空模様があまり良くないこともあって人は1人もいない。
受け取った日記を胸に抱き、奏さんと2人花壇の前に置かれたベンチへ腰を下ろした。
おもむろに日記を膝へ持っていき、花へ移した目線を過去と重ねて口を開く。
「......ここはね。
東京に引っ越してきて少しした頃に、母親と来たところなんだ。
こうやって花を、カーネーションを見ている時が1番落ち着く時間だったから......」
「......そう、なんだ。」
「うん、どうせだからここで、母親の残した
所々の装飾が変わっても花の配置までは変わっていない公園内を懐かしむ。
奏さんに少し気を使わせてしまったな、と自戒しながら、日記1、5、12の内、1を開いた。
ボロボロの表紙を開けば1発目には『結婚後日記!!!』と力強く殴り書きされていて、母の強さが感じられる。
なんだかんだで僕とつぼみ2人を一人で育てられる程のパワフルな人だったな。
口に出し、一文一文を読み進めて行く。
「結婚後、1日目━━」
『━━新居であるマンションを掃除する。
ここは元々夫が1人で住んでいた部屋だが、ひとり暮らしには広すぎる部屋。
馬鹿みたいに持て余している、彼の母親は何をもってこんな部屋を提供したのだろうか。
どうやら私を引き渡した対価である金は親の元に入った様で、お礼のメールが一通、『ありがとね』とだけ入っていた。
お礼なんていらないから、私の
お兄ちゃんも草葉の陰でそうだそうだと頷いてます。
死んでないけど。』
「......すごい、人だったんだね...」
「僕たちの前だとこんなじゃなかったんだけどなぁ......」
親が子に隠す一面というのは、基本知らなければ幸せなものだ。
少しばかりの後悔を指に乗せながら、また次のページを開く。
『1ヶ月目。
死ぬほど忙しい。
ご近所付き合い、夫の服の洗濯、飯の用意、何故か夫が連れてくる上司後輩の飯の提供。
この上で彼のわたし
......作り笑いがずいぶん上手くなったが、嬉しくはない。
これがいずれ出来る子供に遺伝しないよう、祈るばっかりだ。
ああ、この後は性欲処理の時間だ。
面倒だし疲れるし、彼のモノは体型に対して小さいからそこまで気持ち良くも無く、いちいち嘘の嬌声を上げなきゃなのもなぁ......
私ははたらく穴じゃないんだぞってことで、行ってきます。』
「モノ......?」
「奏さん、考えないでね。」
「いやでもモノって━━」
「奏、考えない。」
ひさびさに、しかも初めて自分の意思で呼び捨てにし、奏さんの思考が進まないよう静止する。
ちょっとどっからどう見てもシモの話だ。
奏さんは本当に知らなくていい。
......色々あったが、結果的に日記の1は読み切った。
具体的な内容は夫である
だが、マイルドに描かれこそしているものの、陸土からの行為は基本的にモラハラ夫のそれ。
この前テレビでやっていたモラハラチェックシートに全てチェックがつく程だ。
母は強しと言う言葉を思い出しながら、日記の5を開く。
『咲が産まれて半年。
本当に可愛い。
この世には色々不思議なことがあるけど、あの小太りからこんな可愛い子が産まれたことが世界で最も不思議だろう。
咲と言う名は私が1人でつけた物。
本当、結婚する時に契約書を書かせておいてよかった。
『子供の名前は母親が付ける。』
......それはそれとして、夫の暴言、貶めが酷くなってきた。
わたしだけなら大丈夫、だけどこれが咲へ向かうとなれば、少しキツイ。
私はこの子を守れるだろうか。』
「......あ、昔の写真。」
「咲、笑ってる......」
「なんだか恥ずかしいな。」
5の日記を閉じようとしてヒラリと落ちた写真を拾い上げ、2人で覗き込む。
確かこれは、知り合いの人に撮ってもらった写真だったかな。
気持ちの良い笑顔を見せる母と僕、すやすやと寝ているつぼみが写っている。
それはもう色褪せ、端は破れてしまっているが、風化していた思い出に色を付けるには十分すぎる色彩だ。
2つの日記を脇に置き、最後の日記に手をかける。
開こうとすると、ふと細い指が僕の手に触れた。
その指の主は振り向いたこちらの瞳を見据え、身体を寄せてきた。
「大丈夫。」
その一言と共に、手のひらにあった震えが止まる。
ちょっとした恐怖があった。
この、最後の日記を開いてしまえば、名実ともに母親は死ぬ。
病院で見たあの白い顔も冗談で、誰も知らない所で生きてるんじゃないかと言う幻想が消えるかもしれない恐怖。
━━でも、今の僕は前に進みたい。
奏さんと一緒に、
2人指を重ね、ページを捲る。
「おかあさん、ここ、どこ?」
「ここはね、乃々木公園!
お母さんたまにここに来て、癒されてたんだ〜」
私は今、笑えてるだろうか。
この数年で作り笑いは上手くなったが、今回はいつも通りには行かない。
正直言って今すぐにでもあの人の元から逃げ出したいし、大声を出して人目も憚らずに泣きたい。
......でも、咲を1人には出来ない。
逃げたいけど逃げない。
だから心を透明にするため、ここに来た。
ただ生きるため、無垢な表情を見せて咲き誇る花が心を浄化してくれるから。
花の目の前に置かれたベンチ、特等席へ腰を下ろす。
今日はそよ風が気持ち良い。
カバンに入れていた手作りのお菓子を咲に渡し、2人で食べる。
咲は、泣かなくなった。
度々話してくれて存在は知っていた親友くんが逝ってから、私はその瞳が雫を落とす瞬間を見たことが無い。
そんな咲にも陸土は平気で罵詈雑言を叩きつける。
それに怒り、あそこまで大きく喧嘩をしたのはあれが最初で最後だろう。
......自分が情け無い。
咲に笑顔でいて欲しいと1番思っているのは私なのに、私は咲に何もしてやれない。
陸土から守ることも、何もかも。
「咲、あの花はなんだと思う?」
「......なぁにこれ?」
指差した花はカランコエ。
花言葉は『あなたを守る』
「真っ赤で咲の髪によく似てる。
綺麗だね。」
「んー...なら、お母さんも綺麗だよ。」
思わぬ返事が返ってきた。
確かに私の髪も赤だが......そんな返答ができるようになるとは、確かな成長を感じる。
「......また、来たいな。」
「良いよ、また連れてきてあげる!
今度はきっと、カーネーションが咲いてると思うから!」
また、カーネーションの咲く頃に。
それまでは頑張ってみよう。
「━━咲!? 咲!!」
私は。
「彼は、植物状態です。」
私は。
「子供が死にそうな事より、そんな出世が大事かよ!?
もう、別れましょう。」
どうしても、許せなかった。
ページを閉じ、彼は天を見上げてから目の前の花へ視線を移した。
そのまま日記を置いて花へ歩み寄り、その手で労わるように花弁を撫でる。
「カーネーション。
......帰りますか。」
この花は不思議な花だ。
彼にとっても私にとっても、母親との大事な思い出となっている。
「うん。
......そう言えば、タメ口になったね。」
「あっ......辞めときます。」
「......本当に今日、一緒に寝るんですか?」
「嫌?」
「嫌じゃないですけど......まあ良いです、寝ましょうか。」
「うん......ん。」
彼女を抱いて、同じ布団に入る。
何故だろう、今日はいつものような焦りは無く、ただの幸福感で満たされていた。
......良い匂いはする。
別にこれだけ密着しているのだから、匂いを嗅いでしまうのは許して欲しい。
僕も眠くなってきた。
瞳を閉じて彼女へ囁く。
「おやすみ、奏さん。」
月明かりの下覚悟を新たに、僕は戦う。
皆と、奏さんと歩きたいから。
評価等よろしくお願いします