ちょっとだけ、大人。
「暑い......」
「確かにね。
去年もこんな暑さだったの?」
「......もう少し涼しかったはず、だけど...」
家の中。
太陽光が遮られていても、奏さんの部屋には熱が充満している。
暑いだろうと思い飲み物を持ってきたは良いが、この気温の中を扇風機も無しにいるのは軽い自決の様な物だ。
持ってきた飲み物をひとまず飲ませ、彼女を部屋からリビングへ連れ出す。
「作業が遅れるから」と奏さんは渋ったが、そういう問題ではない。
「倒れたらもっと遅れるよ?」
「うう......それはそうだけど...」
ノートパソコンを持たせ、彼女を小脇に抱えて部屋を出る。
......思えばこの生活にも、結構慣れたものだ。
この家で同棲し始めてかなりの時間が経ったが、今のところ彼女に顔向けできないほどの粗相はしていない。
僕自身も成長して、よほど親しい相手なら自然に敬語が外れる様になった。
涼しいリビングで奏さんを降ろし、水分補給をしてから集中した顔でパソコンに向かう彼女を尻目に、僕は彼女の着替えを風呂場に持っていく。
室内のあの暑さ。
おそらく多量の汗をかいている事だろう。
作業が落ち着いた時にシャワーを浴びれる様に、事前にこの辺を済ませておく。
いつかの様に下着を持ってくるのを忘れた、なんて事がない様に箪笥の中からそれを取り出し、風呂場のカゴの中に入れた。
......今更、彼女のパンツを見たり触れたり程度で狼狽えたりはしない。
それより恥ずかしい事、それなりにやってきたし。
「奏さん、シャワー浴びたければ浴びても良いからね。」
「うん、ありがとう。」
リビングへ戻り、ソファに座る。
ふと左を見ればそこには、少し前にフェニランへ行った時に撮った写真が立てられている。
あれは楽しかった。
色々心配ごとはあったが、結果としてニーゴのみんなで遊べたっていうのが嬉しかった。
だがまあ結局、まふゆさんの事は本人に任せるしかない。
自分を縛る
いくら外野が何を言おうと、決めるのは彼女だ。
深く考えるのをやめ、右側で黙々とキーボードを叩く奏さんへ目を向けた。
以前に比べると、かなり健康的な顔色になった。
これはご飯を朝昼晩で一回も抜くことが無くなった、僕と望月さんの努力の結果である。
だが......
いかんせん彼女、食べる様になってから著しく変わった場所がある。
下半身、特に太ももだ。
どうやら栄養が上でなく下に集中しているようで、その、今着ている古いショートパンツの横がちょっと悲鳴をあげている。
一旦性癖から目を離し、美しく吸い込まれそうな顔を見る。
深く青い空の様な瞳、凛々しく細い眉、サラサラと手触り良く陽の光を反射する白い髪。
「綺麗だなぁ......」
思わずそう呟くほど、彼女は僕にとって魅力的だ。
さらにここへギャップによる可愛さまでついてくるのだから、手に負えない。
初めて出会った時のことを鮮明に思い出せるほど、彼女の存在というのは体を一瞬で通り過ぎる稲妻のように、僕の心に突き刺さっている。
いつのまにか上がっていた口角を戻し、視線を窓の外にある青空へ向けた。
話は変わるが、僕と彼女は同棲し始めてからずっと一緒に寝ている。
それで気づいたが、奏さんはそこそこに寝相が悪い。
寝る時にはお互い向かい合っているだけの状態なのに、起きたら仰向けの僕の上で奏さんが寝息を立てている事なんて良くある。
ひどい時は僕の顔を胸ぐらいの位置に置いて、腕も足も絡ませて密着している時がある。
こうなってしまっては仕方ない、色々な意味で死にそうなのを我慢するしかないのだ。
「......8時。」
晩飯の準備をする為、ソファから立ちあがろうとした時。
奏さんの服がはだけた隙間から、ある肌色の肉が見えた。
贅肉というか、運動していないが故の肉というか。
涼しくなったら運動させなければと思う一方で、とある好奇心が心の中で燃え上がる。
触ったらどんな反応するだろうか?
男子に生まれたが故のサガだ。
燃え上がる好奇心を止められず、真っ直ぐ力強く伸ばした人差し指がじわじわと彼女の脇腹へ向かって行く。
「んっ。」
......何というか、思っていたより反応が薄かった。
脇腹は首ほど弱くないらしい、と自分の中で結論付けていると、視界が急に薄暗くなった。
見上げればそこには少し頬を紅潮させた奏さん。
ヘッドホンを外しパソコンを机に置いて、膝立ちで僕の目の前に立っている。
無言の圧に冷や汗をかきながら、思わず後ずさる。
「何でお腹を突いたの?」
「......こ、好奇心...?」
「......好奇心。
それじゃあ━━」
後ずさる僕の肩を押し、覆いかぶさる様にして奏さんは僕を押し倒した。
視界が彼女で埋め尽くされる。
この状況は非常にまずい、
「わたしも、好奇心で抱きしめてみるね?」
悪戯に微笑んだ彼女の顔は視界から消え、代わりに暗闇と柔らかい感触、濃厚な奏さんの匂いが脳を溶かす。
好奇心は猫を殺すという言葉があるが、その通りだ。
解放される頃には既にふにゃふにゃになっていたのは言うまでもなく。
「......もう、しない?」
「...しない。」
「うん。」
「......お風呂には入ってね。」
「一緒に入る?
瑞希が『付き合ってるなら一緒に入れば良い』って......」
「じゃあ一緒に入ろうか。
髪、洗うよ。」
悶々とした気持ちのまま晩飯を済ませ、風呂に入り、いつものようにナイトコードへログインする。
歌詞を受け取り歌を歌い、早々にベッドへ潜り込んだ。
2人微睡み、絡み合って溶け合う。
「ポカリ飲みかけだけど......飲む?」
「うん。
ありがとう、咲。」
ベッドの上で流れた汗は夏の熱気によるものか、それともまた別の熱によるものか。
それは、夜空の月しか知らない。