奏で彩る7=16   作:チクワ

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消え入る、水音。

 

 今日は奏さんと一緒に、病院へお見舞いへ行った。

 初めて彼女の父親と面と向かって話したが、優しく礼儀正しい、なんとも良い人という印象だ。

 だが、病院にいるという事は何かしら身体に不調を抱えているわけで。

 彼の場合は意識の混濁、記憶の齟齬がある。

 

 奏さんが『今日はいつのお父さんだろう』と呟いた様に、彼は無意識に自分を変えるのだ。

 ......この事について、奏さんに進んで聞こうとは思わない。

 いつかその時が来たら、正面向いて目を合わせて話してくれれば良い。

 

 何であろうと受け入れる覚悟が僕にはある。

 とまあ、そんな事を思案しながら、今日も僕はカゴを持って買い物をしているわけだ。

 

 「うわ、卵やす......」

 

 なんと言っても今日は特売日。

 今目の前にある卵は500円以上買えば1パック100円以下だ、ちょっと引く。

 どうせ500円などゆうに超えるだろうなとたかを括り、割れない様丁寧にカゴへ入れる。

 

 そう言えば、奏さんの姿が見えない。

 ある程度買いたいものをカゴに入れ、会計前に辺りを見回していると、後ろからシャツを軽く引っ張られた。

 迷子かと思い振り返ると、そこには左手にカップラーメンを持ち後ろめたい表情の奏さんが居た。

 

 「......だめ?」

 

 おっと???

 おかしいな、奏さんはあまりこういう表情はしない。

 どちらかといえば知らないうちにカゴの中へ入れているタイプだが......

 

 「瑞希さんあたりに入れ知恵されたでしょ?」

 

 「う...... ち、違うよ。」

 

 図星だろうなぁ。

 おそらく先日のナイトコード、僕がトイレに行っている間にでも言われたのだろう。

 

 「......まぁ、たまには良いよね。

 今日の晩御飯はこれにしようか。」

 

 「......良いの?」

 

 「うん、僕もたまには食べようかなって。」

 

 それはそれとして、たまには僕も食べる事にした。

 小動物の様なあの顔で見つめられたら、こうする他ない。

 

 会計をしながら先日の事を思い出す。

 カップラーメン、一応健康のために1週間に一回程度にさせているわけだが、ついに先日奏さんが不満を爆発させた。

 

 『食べる...!』

 

 『ダメだって、昨日食べたでしょ?』

 

 『今日だけだから...!』

 

 彼女は確かな意志の元でカップラーメンを食べようと、激しい抵抗を見せたわけだが、その......

 怒っているというのに、頬を膨らませている可愛らしい姿のせいで緊張感というものはなかった。

  

 結局どうにか言いくるめてラーメンを取り上げたわけだが、その後のテンションの落ち様も鑑みて、今日だけは良い事にした。

 

 会計を終えた帰り道、傾いた陽の光に照らされた彼女の横顔は、お見舞いに向かう時より数段嬉しそうに見えた。

  

 

 

 帰り道、一旦公園のベンチに座り、軽く休憩を取る。

 砂場の方を見れば、少し背の伸びた六崎ちゃんが友達らしき子とポーズを取って遊んでいた。

 ひさびさに見たが、どうやら元気にやっているらしい。

 その手には僕があげた変身アイテムが大切そうに握られていた。

 

 「......良かった。」

 

 立ち上がり、微笑んだまま帰路に着く。

 彼女はきっと兄の分まで生きるだろう。

 僕の心にはもう、一欠片の憂いも無かった。

 

 

 

 

 

 帰宅してご飯を食べ、ソファの上から奏さんを見つめる。

 録音のために彼女が歌っているのは『メリュー』。

 

 端的に言って良い歌だ。

 優しく歌う彼女の歌声と、音楽に対する直向きな姿勢が僕の心を更に宵崎奏()に沈み込ませて行く。

 歌が終わり、録音した音声データをノートパソコンへ送ると、深く僕の膝へ腰をかけた。

 

 これは予期していなかった事だが、別に不快とか重いとかそういう感情は湧かない。

 それどころか幸せな気分である。

 彼女の両脇腹から手を出し、腹の前で組んで密着する。

 僕は見下ろし、彼女は軽く振り返って見上げる様な形になった。

 

 「暑くない?」

 

 「ううん、涼しい。」

  

 「そっか、良かった。

 明後日くらいには公開出来るかな?」

 

 「出来ると思う。

 後はまふゆから音声を貰うだけだから......

 ナイトコードを待つだけ、かな。」

 

 ふと彼女の顔が近づき、重なる。

 小さな水音が冷房の音にかき消され、夜へと消えていった。

 

 「......元気補充...... なんて、ね。」

 

 「びっくりした、やっぱり()()は慣れないな......」

 

 手の力を強め、抱きしめた。

 明かりのついたリビングには、冷房の音だけが響いている。

 

 

 

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