「どうです、不味いですか?」
「......不味かないけど、ちょっと硬いね。」
喫茶店の店内にて男2人、顔を向き合わせてみかんゼリーを咀嚼する。
そう、
本来ゼリーというのは、スプーンで容易く切り裂き掬い上げ、口の中に入れればじんわり溶けて味の広がる美味しいものだ。
そんなゼリーがなぜこれほど硬く、2人して渋い顔で視線を向けているのかと言えば大概、妹のつぼみのせいである。
『おはよぉぉぉぉお!!!』
『うわぁぁあ!!?』
調理中は例外なく集中する様にしている。
だからこそ今日も鍋の一点を見つめ、朝早くからゼラチンを慎重にボウルの中へ入れていたのだが、そこでつぼみが現れたわけだ。
奴は駆け抜ける嵐の様に朝の挨拶を済ませ、
後に残ったのは驚きすぎて魂が抜けた僕と、とんでもない量のゼラチンが入ったみかんの汁だけ。
「なんかこう、昔見たゾロリの絵本に載ってた『ボリン』だか『ブリン』が現実にあればこんな食感なんだろうなって。」
「なんですかそれ?
......まあ、食感でここまで『うーん』って感じになる事を勉強できたと思えば、まだ良いか...」
神妙な顔のまま、一口一口食べ進める。
要さんもテレビに視線を移しながらではあるが食べ進めているので、別に味は悪くないんだ。
ただ食感がダメなだけで。
......今日の朝もそうだが、最近つぼみの元気がすごい。
どうやら行きたかった高校にこのままの成績なら合格できそうらしく、夏休みに入る少し前からずっと笑顔のままだ。
正直、あの子が自分の進みたい方向に向かって行けているのをみると嬉しくなる。
何事にも縛られず好きな事をやるというのはとても楽しい事なのだから、これからも頑張ってほしい。
そんなつぼみが朝からどこに行ったかというと、最近話題のスポジョイパーク、とやらだ。
おじさん含めたあの2人はなんだかんだと言って肉体派なので、きっと良い気分転換になるだろう。
僕は遠慮しておいた。
硬ゼリーを食べ終わり容器を洗っていると、要さんが思い出したかの様にスマホを取り出し、とある動画を見せてきた。
その画面に写っている5人組の中には、見覚えのある紫の髪。
「ワルキューレ、がどうしたんですか?」
「いやね、この黄色の衣装着た子、俺の妹なのよ。
......可愛くない?」
そうか、奇妙な巡り合わせというか、世界は狭いものだ。
要さんに助けられて、美雲さんに歌を提供し、その歌を要さんの妹さんが歌う。
ウロボロスみたいだな。
「そうですね、美人だと思いますよ。」
「えー、咲くん宵崎さん以外の人に全然『可愛い』とか言わないねぇ。
兄としては美人よりも可愛いって言って欲しいんだけど?」
「美人だと思いますよ。」
「頑固ー。」
駄々をこねる様に突っ伏して
それはそうだ、僕は奏さん以外の人に可愛いとは言わない。
だって僕からしたら奏さんが1番可愛いわけで。
それ以外の人は美人の域を出ないから。
そう言えば、奏さんは頑張っているだろうか?
確か今日は絵名さんと共に運動すると意気込んでいた。
何かしら思うどころがあったのだろう、横腹を摘みながら曇っていた表情が、明るい月の様になってくれるのを願うばかりだ。
もちろん、絵名さんにはちゃんとプレゼントを用意しておいた。
なんと言ったか、映える、みたいな感じのお菓子。
喜んでくれれば良いなあと思う。
不意にガラスの扉が開き、元気そうな高校生が入ってくる。
どうやら部活終わりの様で、仲の良さそうな3人組だ。
「カレーください!
3つ!」
「はーい、量はどうします?」
ちょうど昼時。
温めていた鍋の蓋を取り、皿にご飯をよそいながら聞けば、返ってきたのは予想通りの元気な声。
「俺大盛り!」
「私も!」
「俺は...普通で。」
多め多め普通。
頼まれて2分で届ける。
いただきますと唱えた3人を背にカウンターへ戻ると、ニヤついた表情で要さんがこちらを見ている。
「なんです?」
「いやぁー......
ヒシヒシと君の成長を感じてね。
9年寝ていた君がここまで普通に、大人の様に振る舞える様になるなんて予想できなかった。」
たしかに。
自分でも信じられないなと思う。
言ってしまえば当時の僕はダメダメだった。
作り物の笑いしかできない、泣けない、トラウマ多数。
おじさんの所以外に行っていたらどうなっていたか。
想像できない。
そんな僕がここまで前を向けたのはひとえに、皆のおかげだ。
おじさん、類さん、目の前の要さんに、つぼみ。
そして何より━━
『ねー咲、歌ってみてよ!』
僕を引っ張り、この世界へ連れ込んだ瑞希さん。
『......暖かい。』
何があろうと変わらず接してくれたまふゆさん。
『あんた、凄いわね......』
僕と慎五の話を聞いて泣いてくれた、絵名さん。
『咲、ありがとう。』
愛を持って抱きしめてくれた、奏さん。
25時、ナイトコードで。
みんなと出会えた感謝、助けてもらった恩は一生かかっても返しきれない。
自然と上がっていた口角を直すこともせず、最高の笑顔で返事を返す。
「ええ。
要さん含めたみんなのおかげですよ。」
「そうかい、嬉しい事を言ってくれるね。
......あー、それはそれとしてさ、まさか咲くんに先を越されるとは思わなかった!」
「何がですか?」
「恋人恋人!
まあでも、俺にもいい感じの関係になってきた人がいるからいいもんねー。」
「ああ、どうせ芽沙さんでしょう?」
「なんでバレてんの?」
「だって前から━━」
しばらく時間が経った。
空に燦々と居座っていた太陽は身を隠し、優しい月明かりが花壇の花を照らしている。
要さんは帰った。
デートらしい。
そろそろ終業時間だと思い時計に目を向けていると、扉が開く音に振り返る。
そこには満足げな顔をした父さん、つぼみと、髪を纏めポニーテールにした奏さんが揃って帰って来ていた。
「どうしたのみんなして?」
「ただいまー!
あのね、スポジョイパークでたまたま奏さんに会ってさー。
ちょうどいいからってお友達を車で送ってきたんだ!」
「おう、結構面白かったぞ。
流石にバブルサッカーでつぼみが全員弾き飛ばした時は絶句したがな。」
ちゃんと楽しんできた様だ。
朝から付き合わされるのに辟易していた父さんも、心なしかいい気晴らしになった様子。
「おかえり奏さん。
どうだった?」
「ただいま。
いい運動になったよ、それに......友達も出来た。」
そう言って見せられた画面には宮女の文化祭にて見たことのある2人が、片や元気に、片や気恥ずかしそうにピースをカメラに向けている。
「うん、良いことだ。
ご飯食べる?
カレーしか無いけれど......」
「じゃあいただこうかな。
お腹減っちゃったし...」
「兄ー!
わたしの分も出しておいてー!」
「俺の分も頼む。」
「はいはい、4人分ね。」
「やっぱ、飯食ってると静かで寂しく感じるな。
咲、歌でも歌うか?」
「ああ......じゃあ歌おうか。」
スマホを取り出し、音楽ファイルを起動する。
流れ始めたこの曲は初めて僕が詩を担当させてもらった曲であり、奏さんと付き合い始めたあの日の歌。
意図を察しこちらに微笑みかけた奏さんの頬についたカレーを拭い、届けるように歌う。
「切なさは、この胸のAXIA──」
僕が生きた証。
僕が届ける歌。
もう1人じゃ無いと伝える歌は誰かの心を突き抜けて、ただ美しい、星の空へと溶けて行く。