快晴とも曇りとも言えない空の下、土砂降りの心を引き摺りながら街路を行く。
今の私の表情、横を通り過ぎる女子集団と比べたらはるかに幸福度の低いものになっているだろう。
手鏡なんて持っていないが見なくてもわかることだ。
私がこうして、いわゆるぼっちになってしまったのはひとえに高校デビューに失敗したからだ。
......分かりきっていたことではあるが、高校にまで来ると同一の趣味を持つ人は少ないし、知らない人に話しかけるというのも私にとってはハードルが高い。
それゆえ、1学期期末テストが終わったというのにこうやって1人トボトボと帰っている。
はぁ、と一つため息をつく。
実際もうここまで来たらどうしたらいいか分からない。
昼時だと言うのにやる気なさげに引っ込んでいる太陽を見上げ、上に振り上げた首を腹の音で思い切り下げる。
少し恥ずかしいが別に誰が聞いていたわけでもない、マフラーに巻かれて隠された頬をその中から引き出し、2回ほど叩いた。
少し歩いて、割と前からありそうな喫茶店を見つけた。
今日は少々下校が早かったこともあり今は昼時、喫茶店の扉を開けば漂ういい香りが着込んだ上着を貫通して胃を熱く活性化させる。
「ああ、いらっしゃいませ。
適当な所に座ってくださいね。」
人当たりの良さそうな店員に誘導され、カウンター席へ腰掛ける。
背負っていた鞄を椅子の下へ置き、出されたおしぼりで手を拭きながら周りを見渡せばそこそこの人。
ピンクの髪の人もいればイケメンな紫髪の人、果てはおばあちゃんまで。
今の時代、喫茶店って儲かるのだろうか? なんて考えたが、こうして客がいる以上儲かってはいるのだろう。
メニューを手に取ると、『おススメ!』と大きく矢印が書かれたカレーが目に入った。
正直なところ、こうしたおすすめの物は助かる。
初来店で勝手がわからない自分としてはこうして店側が『美味しいよ!』と道を示してくれるのは優しさを感じる。
チュートリアルみたいな物だ。
「あの......すいません、これ......」
「はい、少し待っててね。」
注文を聞いた店員さんが棚からカレー用の皿を取り出し、米を盛り付ける。
思ったより早く出て来そうだなんて思いながら、私はテーブルへ突っ伏した。
別に眠いわけじゃない、情け無いだけだ、自分が。
今は
でもまあ、みんな年を重ねるにつれ中学受験やら別の高校に行ったやらで関わりも薄くなり、今の私がいる。
もし家に帰って部屋に願いの叶う7つの玉があったなら、迷いなく『昔に戻してくれ』と願うだろう。
出来るのかは知らないが。
そうやって過去、絶頂期の事ばかり考えてそこに救いを見出そうとする自分が嫌だ。
「おーい、頭どかしてくれないとカレー置けないよー。」
「アッ!? ご、ごめんなさい!」
とんとんと2回つむじを叩かれて飛び起きる。
私がいなくなり空いたスペースに置かれたそのカレーは、私が空腹なのもあるだろうがキラキラと輝いて見え、目を奪われる。
そそくさと横に置いてあったスプーンを取り、一口目を口に入れた。
「美味しい......!」
普通にすごい美味しい。
スパイスがくどくない程度に効いていて舌を刺激し、野菜の旨み、甘みが噛むたびに染み出してくる。
多分具の中で肉よりも玉ねぎが一番美味しい。
テスト終わりの空腹にこの鋭く秀逸な料理が突き刺さり、瞬く間に皿は空になってしまった。
「ふう、ごちそうさまでした。」
私、満足。
家の近くにカレーのチェーン店があるが、個人的にはそこより美味しかった。
今後あそこへ行く回数は減るだろう。
ちびちびと水を飲みながら余韻に浸っていると、不意にテーブルの上へケーキが置かれた。
頼んだ覚えのないものと笑顔の店員さんに視界を反復横跳びさせ、激しく狼狽える。
「え、こ、これ私頼んでな......」
「すごい美味しそうにカレー食べてたからさ、これはサービス。
お金は取らないから気軽に食べてよ。」
そう言った店員さんの目は優しさを帯びていて、彼は軽く伸びをした後その視線をテレビへ移した。
釣られて私もそちらを見るとテレビから音は出ておらず、昼の人気バラエティー、ヒルナンダヨが字幕で流れている。
......果たしてバラエティーを字幕で見て面白いのか。
「面白くはないよ?」
顔に出ていた様で、苦笑いの店員さんにそれを向けられる。
眩しい、即座に私は目をケーキに戻して、今度はフォークでそれをいただく。
これはまた、カレーとは毛色の違う幸福。
あちらがロックの様にガツンとくる物なら、こちらはバラードの様に優しく包み込む様な美味しさ。
ゆっくりとした時を過ごさせてくれる、完成度の高い物だ。
「......何かあったの?」
ふと、意識の外から疑問が投げかけられる。
声の主は店員さん。
「へ?」
「いや、入って来た時暗い顔してたしさ。
いきなりテーブルに突っ伏したり、嫌なことでもあったのかなって。」
「......嫌なこと、と言うか。
嫌な自分と言うか......」
一口、また一口とケーキを食べていくうちに、一つ、また一つと心に溜まったものが飛び出していく。
「友達が出来なくてずっと1人で、その現状を変えようとするんじゃなく昔に戻りたいと思う自分が、情け無くて......」
「んー......」
最近国語の授業で出てきた、過去に縛られた人の話。
『私は英雄である、故に私を尊敬しろ』と言い続けた人がそれが原因で酷いことになる話。
その人の様に、とはならないだろうが、その人と自分を重ね合わせて今私の心には嫌悪感が蔓延している。
それも自分に対しての。
店員さんはコップに水を入れ飲み干し、少し考えてから口を開く。
「まあ仕方ないよね、人は過去の成功体験に引っ張られる。
その成功体験を終着点にするか、その先へ進むかはその人の心根次第だし。」
そう言ってこちらの目を離さないその視線は、先ほどと打って変わって真剣そのもの。
黄色いその瞳に吸い込まれる。
「君は終着点にしたくないんだろう、過去に頼ろうとする自分がいやだから。
であればと先へ進もうとするが、友達いないから進もうと思うモチベーションが足りない、なんてところ?」
「えと、まあ......」
たしかにそんな所。
小5の頃を良かったなとは思うけれど、そこに留まってはいられない。
だからといって現状を変えるにも、そもそも私は友達がいるから頑張れる、競い合える人間。
昔は大変良い成績だったと自負しているが、今は中の中、普通の中の普通に身をやつしているように、競争相手が居なければやる気の維持が出来ない。
痛いところだ。
「じゃあまず僕が友達になろうか。」
「ぅえ?」
なんて?
「だって学校内で出来ないんでしょう?
だったらまず学校外から攻めなきゃ。」
「え、でも、いや、んー......
まあ、小学生の時もこんな感じで軽かった気がするし......
じゃあ、おねがいします。」
「うん、よろしく。
でね、夢とかある?」
「夢、ですか?」
「そう。
僕は例外として、良くあるのは夢を追う途中で同じ志を持つ人と意気投合して仲良くなるパターンって多いからさ。」
夢。
昔はウルトマンになりたい、とか考えていたが......
今考えるとなると、少し時間がかかる。
多分無意識に追っているものがそうなんだろう、憧れの様なものだろうから。
今追っているものとなると......アニメ、とかか。
あっ。
「......声優?」
「なんで疑問系なのさ。」
「......声優に憧れてます。
何というか漠然としたものですけど、全く別の人に声でなれるって、カッコよく感じて......」
「じゃあそれを目指せば良い。
その途中で気を許して話し合える友人がきっと、出来るはずだよ。」
帰宅途中のバス。
振動に揺られ、瞼にのしかかる眠気を振り飛ばしながら、あるものを調べていた。
「養成所、週5で100万近く......高ァ......」
まとめサイトに書かれたその一文に挫けそうになるが、顔は下に向けない。
アルバイトはしていて貯金はある。
まあそのバイト先が閉店して、今は何もやっていないが。
バス停出て降り、のそのそと家に続く道を歩いていると、とある張り紙を見つけた。
「フェニックスワンダーランド、ショーキャスト、スタッフアルバイト募集中......」
これは、チャンスである。
ショーキャストって踊るし、おっきな声で喋るから肺活量も鍛えられるかもしれない。
素人の希望的観測ではあるが、これを流すわけにはいかない。
早速電話をして、面接の約束を取り付けた。
「......じっとしてても、どうにもならないもんね。」
行動を始めた、もう引けない。
覚悟を決め、まるで自分の未来につながる扉を開く様に自宅のドアを開いた。
「四宮さん、私、頑張る!」
「ただいま。」
「おかえり、咲。」
色々と後始末を終えて帰宅すれば、出迎えてくれたのは奏。
靴を揃えて下駄箱に入れ、鞄を適当にソファの端へ置いてからご飯を作る。
奏が通信制の学校を卒業して数年、今では家事を分担し、片方に負担がかかりすぎない様互いに互いを尊重しあって過ごしている。
今日は奏がゲーム会社と新作に入れる音楽の打ち合わせをするということで、彼女担当の家事は朝に僕が終わらせておいた。
それもあってか奏の服装はいつものようにくつろぎスタイル、ジャージに結んだ髪を解き、いつだかのデートで取ってきたプライズ品のクッションを抱いている。
可愛いポイントとしては、ご飯が出てくるのを足をぷらぷらとさせながら待っているところだろうか。
破壊力抜群である。
そんな彼女を横目で見ながら、自身の腹鳴き始めたので手早く料理を作りテーブルの上へ並べた。
向かい合い、手を合わせてはじまりの言葉を唱える。
「「いただきます」」
2人でご飯を腹に入れながら、今日あったことを伝え合う。
「今日どうだった?」
「うん、満足してもらえたよ。
概ねこの感じでお願いしますって。」
「モンスターハンターみたいなやつだったよね。
せっかくだからやってみようかな。」
「大丈夫?
昔やった時はすごい大変そうだったけど......」
「いや、流石にあれから3年も経ってるから大丈夫......な、はず。
と言うか何かあるたびに瑞希が動画送ってくるからさ、忘れようにも忘れられないのがね。」
2人で笑い合いながら、食べ進めていく。
食事後の皿洗いは奏の申し出もあり、2人協力しあって早々に終えた。
湯船に浸かり、明日のことを考える。
明日は久々、ニーゴの皆が集まるのだ。
集合場所はショッピングモール近くのファミレスで、昔はそこをよく打ち上げの場所にしていたらしい。
ボーッとしていると、長い髪を後ろでお団子にした奏が頬を摘んだ。
別に痛くはない。
「ん、どうしたの?」
「瑞希からメッセージが来て、『浮気かもよ〜?』って。」
そう言って見せられたのは、防水グッズ越しに映ったスマホの画面。
そこには彼女と話す僕の姿があった。
いつ撮ったんだろう、シャッター音はしなかったのに。
「えっ、浮気じゃないよ!」
焦る僕をみて奏は微笑み「知ってる」と返して、こちらへ向き直る。
「その子、昔あの公園で助けた子なんだ。
加藤 六崎、彼女は僕のこと覚えてないみたいだったけど。」
「あの時の......」
「悩んでたみたいだからさ、ちょっとだけ話したんだ。
......人って変わるよね、あんな元気だった子が、どんより暗くなっちゃって。
帰る時は笑顔だったから良かったけど。」
「うん、変わるよ。
咲もわたしも、ニーゴのみんなだって変わったんだから。」
「......うん。」
昇って行く湯気に、祈りを乗せる。
彼女がその心から絞り出した夢を、叶えられるように。
「寝よう。」
「うん。」
ベッドに入り、奏から抱きしめられる形で密着する。
人肌の体温が意識を彼方へと誘った。
「また明日。」
「おやすみ。」
「また会いましたね。
怪我や病気に気をつけてね。
これが最後、本当に、さようなら。」
これで本当に最後です。
数ヶ月間ありがとうございました。
追記
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