奏で彩る7=16   作:チクワ

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 活動報告で言った通りです。






外伝
承認欲求の物語


 

 ガタゴト、ガタゴト。

 ギッチリと詰まった東京の電車は窮屈で、皆が前では無く手元の機械に視線を落としている光景はまさにこの街そのものだ。

 どれだけ助けを呼ぼうと自己責任、どれだけ泣こうと見向きもせず、ただ自分が世に認められて『正当なる人間』になるのを求め続けるのがここであり、ここにいる人間たちだ。

 

 ──それは、俺とて例外ではない。

 

 登校のルーティンをこなす様に自分のSNSを確認したとして、そこにいいねやリツイートなどの自分を認めてくれた証は存在せず、先日自分の放った言葉がまたも虚空に消えていった事に肩を落とす。

 ただ、誰かに認めて欲しいだけなんだ。

 勉学に励んでも結果は振るわず、褒められる様なスポーツに精を出しているわけでもない。

 趣味の物作りを投稿しても誰も見やしない。

 満たされなければ苛立ちが生まれ、苛立ちが生まれれば勉強に身が入らず、勉強に身が入らなければ── と、目を落としていたスマホに通知が入った。

 何事かと開けば、そこには簡単な言葉。

 

 『机の上に千円があるのでそれでご飯を食べなさい。

 次の期末テストこそは期待に応える様に。』

 

 「......足りないって言ったのに。

 それに好き放題言うくせして、勝手に期待してさ......」

 

 「──どうかしましたか?」

 

 「あ、ごめんなさい。 何でもないです。」

 

 紫色の髪が嫋やかに揺れる横の女性に俺の愚痴は聞こえていた様で、予想外の出来事に驚きながらも冷静に『大丈夫だ』と笑って見せた。

 ......しかし、()()()()はいつも勝手だ。

 

 おかしくなったのはいつからだろう?

 小学校に入るまでは誰に対しても自慢できる立派な母親で、同時に世界に誇れる仲良し家族だった筈なのだ。

 しかしだんだんと何かに毒された様に、お母さんは俺の在り方に口出しする様になった。

 宿題やったの? 予習をしなさい。 あの子と関わるのは辞める様に。 遊びに行くことより学ぶことの方が大事でしょ? 果ては──

 

 『君はあの子をどれだけ縛りつければ気が済むんだ!?

 子供は君の操り人形じゃあ無いんだぞ!』

 

 「わかってないのね、貴方は! 子供だからこそなのよ、今のうちにやらなきゃ私の二の舞になる! 

 あの子には...... 私の出来なかった事をやってもらわなきゃならないの! 親が子に事を望んで何が悪いのよ!!」

 

 ......離婚。

 紆余曲折あって俺は母方の苗字になったが、正直こちらについた事を後悔してるかと問われれば、はいと答えてしまうだろう。

 母親はろくに帰って来ず、帰ってきたかと思えば塾行けだのテストの点数が悪いだのとヒステリック。

 認められた事など、一つもなかった。

 はぁ、とため息を吐き、承認欲求の海から顔を出して自分を見つめ直す。

 

 ......とは言え、父親の方に行っても変わらなかっただろう。

 

 『おはよう! 

 父さんこれからデートなんだ、お前も応援してくれよ〜!』

 

 このメッセージが答えだ。

 再婚への欲が強いあの人のところに行ったとしたら、僕はお父さんをバツイチ子持ちにしてしまう。

 そうなると彼は僕が邪魔になるはずだ、それならいくらか求めてくれる母親の方が良いと判断したまで。

 

 いや、待っていたのは変わらない地獄だが。

 こんなだから承認欲求は強い。 それも何一つ利点になりはしないと言うのが、どうにも悲しい点である。

 

 ......さて、そろそろ降りる駅に近づこうと言うところで、車両内に流れた放送を合図に下車の準備をしようと言うところ── なんとも言えない違和感が、耳に聞こえたのだ。

 これでも耳はいい方だが...... 何だろう、さっきまでは気づかなかったことのはず。

 違和感の方向である右側に振り向いてみれば、そこで行われていたことは何であれ忌避すべき行為。

 

 「えっ......」

 

 思わず声を漏らしたそれは細身の男が前にいる紫髪の彼女のスカートを舐める様に撫でる、いわゆる痴漢と呼ばれるもの。

 ここで注目するべき点はまず、皆自分のスマホばっかり見て他人の事に目もくれなかったからコレには気づいていないだろうと言う事。

 それと──

 

 「......」

 

 「何で......」

 

 されている側の彼女の表情に、一切の変化がない事だ。

 まるで氷河の中に閉じ込められた様に口角一つ動かさず、もはや何も気づいていないかの様にただ視線を落としている。

 まるで何もかもがどうでもいいかの様に。

 

 これは俺にとって異常という他ない状況だ。

 痴漢に自分以外気づいた人間はおらず、被害者であるはずの女性は他人事の様にスンとしている。

 これは...... どうすればいいのだ?

 

 これでも力には自信がある、今すぐ痴漢の手を捻り上げれば駅で降りて捕まえることも可能だろう。

 しかしここで引っかかるのはやはり、彼女。

 軽く考えてみたが、もしこの行為を我慢しているのだとしたら彼女の着ている制服が鍵になる。

 それは近所にある宮益坂女子学園のもので、もしかしたら面倒に巻き込まれて学校に遅れる事を嫌がった結果なのかもと。

 ......俺自身のちっぽけな正義感か、そこにいる彼女の在り方か。

 俺は──

 

 

 

 

 

 「──いでェ?! 何すんだよ!?」

 

 「それは貴方が一番わかってるだろ! こっちにはやってる事の動画もある、次で降りてもらう。

 ......ごめんなさい、貴女もお願いできますか?」

 

 「......はい、わかりました。」

 

 

 

 

 

 

 駅の別室から解放され、どっと来た疲れをぶつける様に壁へと寄りかかった。

 男は普通に警察へ連れて行かれ、俺や彼女も軽い聴取を受けての解放。

 時間を確認すればもう遅刻は確実だが、警察の方が電話をしてくれたので大丈夫らしい。

 

 しかし...... 気になったのは紫髪の彼女。

 別室まで一緒に向かったのだが、その表情には焦りや不安など一切なく、汗のひとつもありはしなかった。

 痴漢をされていたのに? 多くの人は恐怖で声も上げられず、泣き寝入りする事もある行為をされたのに?

 それが甚だ疑問で仕方がない。

 

 ......それはそれとして、警察に感謝されたのは嬉しかった。

 足りない千円や無反応のSNS、それらと警察の感謝を天秤にかけたらプラマイでプラスだ。

 

 

 と、そんな事を考えていれば件の彼女が足早に横切る。

 俺は── 気づけば、その背中に手を伸ばして呼び止めていた。

 振り向いた彼女が見せたのは俺が見た冷たいものではなく、しっかりと血の通った怪訝な顔。

 何故だろう、思わず呼び止めたのは俺の心の深淵がそうするべきと思ったからだ、それに間違いはない。

 だが、この目で見た彼女の二面性。

 綺麗に刺繍された洋服を着たのに、何故かボタンを掛け違えた様なそんな感覚が指先までを支配する。

 

 しかし声をかけた以上、その行為に責任を取るべきだ。

 上擦った声を押し出しながら、辿々しい言葉遣いで彼女に一つの提案をした。

 

 「そ、その、何であれ()が貴女の登校をお邪魔、しちゃったわけで......えーと、あ、あの......

 ──ご飯の一つでも、奢らせてもらえないでしょうか?!」

 

 彼女はキョトンとした顔で頭を下げた俺の後頭部を見る。

 ええい、侮蔑するならすればいい。

 でも僕が貴女に申し訳なさを感じていることは本当だ、結局正義感と彼女の心を考えた結果、俺自身の思いを優先させたのだから。

 お金はたいしてないから行けるのは大衆的なファミレス止まりだが、何を頼んでも構わない。

 

 すると、彼女が小さく笑った。

 

 「ふふ、変なの。 別に気にしなくても──」

 

 「気にしなくても気にします!!

 その、ご飯があれなら別のものでも......」

 

 「......うーん、じゃあお願いしようかな?

 でも今日は部活動があるから、明日でもいい?」

 

 「ほんとですか!? 

 やったー!!」

 

 ──と、俺は正気に戻った。

 何で奢るのに喜んでるんだ? ......まあ、いいか!!

 

 こうなってくると連絡先を交換しておいた方がいいだろうということになり、メッセージアプリのID交換を終えて互いに向き直った。

 

 「俺は和久井、和久井 一也(わくい  かずや)です。 神山高校一年生で部活動は無し。」

 

 「私は朝比奈まふゆ。 

 ......あっ、電車が来たからまたね。 明日、楽しみにしてるから。」

 

 

 電車の扉が開き、彼女がその後ろ姿を見せながら乗り込んでいく。

 見送ることができた、スッキリとした気持ちで振り返って登校しようとしたその時、また何かを耳が拾う。

 

 

 

 

 「──助けなくても、構わなかったのに。」

 

 「え?」

 

 振り返った時にはもう電車は無い。

 俺の心の中にはいつまでもいつまでも、朝比奈さんの冷たい顔や声が、鋭利な氷柱となって心の中心を貫いていた。

 

 

 

 

 これはとある男が笑う為の物語、その外伝。

 失った女性と振り回される男が、自分自身をを認めるまでのお話。

 

 

 









 続きはそのうちに書くと思います。
 
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