「どうですかね、余りにも不細工な出来ですけど。」
「......うん、形は確かに歪だけど、りんごの味がちゃんとして
朝、駅。
俺は彼女が口にしたその言葉に、軽く
始まりは数日前のファミレスにて、朝比奈さんがタバスココーヒーを顔色変えずに飲み干した事から。
俺は彼女の味覚が死んでいる可能性...... 失礼ではあるが、それを疑ってある物を作ってきたのだ。
にんじん入りクッキー......とは名ばかりの、地獄みたいな辛さのタバスコクッキー。
一応にんじんは多めに使っているので、タバスコっぽい匂いは海外の材料だと言ってゴリ押した。
それを口にして彼女は、『美味しい』と言ったのだ。
人参の甘みがどうとか、タバスコが辛すぎるだとかは一つもない、ただ美味しいと。
ここから俺の疑問は加速した。
財布の中身が無くなるのも。
事あるごとに彼女へ手作りの食べ物を渡す。
甘すぎるタルト、酸っぱすぎるオレンジジュース、苦さに悶えるお茶。
そして今回持ってきたのはその誰とも被らない物。
彼女はそれを飲み、美味しいと言った。
これで俺の疑問、不安、その全てがある一点に到達し、同時に納得する。
「あ、電車来ますね。
ここの公式に関しては電車の中でお願いしてもいいですか?」
「うん、私は大丈夫だよ。」
電車に乗り込み、運良く空いていた椅子に座る。
朝比奈さんは端の方、俺はその隣だ。
一駅過ぎるところまでで気になっていたところの復習、予習を終え、教科書を閉じて彼女の方を見た。
その瞳は変わる事なく輝いていて曇り無く、口角は微笑んでいる様に常に上がっている。
まるで、鉄仮面の様。
俺にとってそれは怖い。
人ならばあるべきの感情の起伏を感じ取れなかった。
しかし物怖じしている暇はない、いつかのお返しの様に、今度はこちら側が彼女に語りかけた。
「......朝比奈さん、調子悪いんですか?」
「え?」
そうやって疑問符を立てるのは当たり前だ、ここまで彼女は完璧にやっている。
そう、
完璧過ぎると言うのも困りものだ。
水清ければ魚住まず、そこに自然な動きやニュアンスというものは生まれない。
──さて、この世にはオランダの涙と呼ばれるガラスがある。
熱したガラスの雫を水に落とし、固めた物。
今の朝比奈さんは、そのガラスみたいに美しく、しかし脆い。
こうして長い時間...... と言うほどではないが、一緒に過ごしていればある程度笑顔の状態というのは測れる様になってくる。
無理して笑っているな、嬉しそうだな、とかの。
その中で彼女が違う笑顔を見せたのは一度だけ。
2日前──
『ごめんなさい、今日は模試の返却日だから。』
彼女がそう言った日の翌日、その日の笑顔にはどこか強い翳りがあって、まるで近づく人全てを拒絶する様に刺々しいものになっていた。
もちろんその日に何があったとかは知らない。
だが、
「このリンゴのクッキー、確かに俺は『リンゴの香り』と言いましたし、形もそうです。
でも
むしろオレンジ味です。」
彼女の顔から笑顔が消えた。
つまりはそう言う事、彼女は確定的に味がわかっておらず、形と匂いで味を判断して美味しいと言う嘘を吐いていたのだ。
しかし今回聞きたいのはそこじゃない、さっきのリンゴの話だって最終確認みたいな物だから。
「朝比奈さんの夢って医者、なんですよね。」
「......そうだよ。」
「──いや、そんなに警戒しなくても。
これはアレです、言わば面接の事前練習みたいな。
母親が医者なんです、それで教えてもらったんですよ。
『理由がただ
嘘だ。
母親は確かに医者ではあるが、そんなこと言っていないし聞いてもいない。
これはカマかけ、心の中に残っている、医者が夢だと言った時の彼女の曇りを見定めるためのカマかけ。
もしここで妥当な理由を出されたらそこまで、彼女はただ何かしらの要因で味覚に異常があるだけ。
しかし──
「私は......みんなに勧められて......」
「自分は? 自分はどうなんですか?」
「......」
そこに明確な理由、自分自身の在り方は無い。
──僕は彼女の二面性に恐怖を感じていた。
それはこうして近くにいて、正直その心の在処がわけわかんないと思っていたから。
それと、
俺が彼女をやんわりと問い詰めているのは、その二面性を辞めるべきだと思ったから。
......誰かといる時に仮面を被って、壊れた男を知っている。
あの男は自分にもう一つの顔を埋め込み、心を擦り切らせるほどの苦しみを味わっていた。
俺が見つけた事故を通報する中、ずっと啜り泣いていたあの男。
『ごめん、シンゴ......』
彼女にあの男の様にはなってほしく無い、そう思うのはおかしい事か?
電車が神高の最寄駅に停車し、俺は立ち上がって朝比奈さんに一言だけ残した。
「帰りの駅で待ってます。」
「......なあ彰人さん、俺ってキモい?」
「そう言ってるうちはキモイだろ。」
「ひっどいな、アキトサン!?」
前の席にいる東雲彰人はこちらに体を向け、力強くデコピンを喰らわせる。
中々力強くて痛い、それはやった側のあちらも同様らしく、悶える様に指を押さえている。
これでも体は丈夫...... と言うか、何をしているわけでも無いのに力だけはある。
彼は気を取り直し、トンと指先で眉間を突いてきた。
「そのキモイのがお前の魅力だろ?
俺や冬弥の時も『友達になろう』で突っ込んできて、今更そんな事言ってんなよ。」
「そう? ......そうか、俺はこれしかできないもんな。」
「疲れてんの?」
その日の授業は、何も頭に入ってこなかった。
「朝比奈さん。」
「......」
彼女は何も答えてくれないまま歩いていく。
どうせ降りる駅は一緒だ、着いて行くことにした。
二人だけの夕焼け、歩く音だけが響く。
「止まる気がないなら歩きながら言うけど!
味覚消失って言うのは偏食だったり、
他人からの期待とか、自分で背負いすぎたりだとか、もしかしたら貴女もそれに付随する事かもしれない。
もしそれらに思い当たりがあるなら、教えて──」
「よく、わからないから。」
「は?」
そう言ってこちらを見た彼女の顔に光は無く、ぞわりとした感触が背中に走った。
目は虚、声は平坦、無感情な表情。
優等生のゆの字もここには存在していない。
「味も、こころも、好き嫌いも。
だから
「それじゃあ自分自身の心は......」
「わからないって言ったでしょ。
だから、みんなの望む
......あなたも、そうでしょ?」
俺は。
俺も彼女に重みを背負わせていたということか。
しかし...... 俺が求めた人はただいい子の勉強を教えてくれる女の子じゃあない。
彼女の手を掴み、縋るように声を絞り出す。
「俺が望んだのは朝比奈まふゆだよ、ただの良い子なら、ファミレスでご飯を奢ったっきりだ!
それでも事あるごとに貴女に言葉を送り続けたのは......ずっと、心配だったから!」
「心配?」
「痴漢されて普通でいられる人なんて普通居ないし、加えて味覚消失疑いに二面性。
俺は......貴女が心配で仕方なかった。
昔の友達みたいに、消えるんじゃないかって。」
「......お節介だね。
消えて貴方の人生に問題があるの?」
「大アリだ!!」
口をついて出た大声に自分で驚き、思わず口を押さえる。
啖呵を切ったはいいが、ここから何を言うかなんて考えていなかった。
俺は彼女に何を求めた?
えー、あー、と頭を抱えながら考え、出てきたのはコレ。
「──朝一緒に投稿する人が、放課後一緒に帰る人が居なくなる。」
「何言ってるの?
......もうどうでもいいから、放っておいて。」
「どうでも良くない!
誰かと一緒ならわからなくなった自分の心も見つけられ──」
「見つけるから、本当にもういい。」
「でも!」
「──知った風に入り込んで来ないでよ......!」
もう一度伸ばした手を拒絶され、その場に立ち尽くす。
彼女はその表情に焦りと嫌悪を滲ませ、まるで俺を敵視するかのように背を向ける。
走り出したその背を追いかける気力は、もう俺にはなかった。
近場の公園、ベンチに座り、小学生の頃にプラ板で作ったストラップを鞄から外して握りしめる。
呟いたのは、唯一自分の承認欲求を満たしてくれた男の名前だった。
『君1人?
良かったら友達になろうよ!』
『......うん!』
「──分かってる、結局当事者じゃない、知った風だよ。
でも知ってるんだよ、そうして壊れたあいつの事を......!
......結局、一度もお見舞いに行けなかった。
なあ