誕生日なので二話更新できたらいいなぁ
あの日から数日、俺は朝比奈さんと会えていない。
......彰人の言った通り、俺の魅力というか長所は『誰であれそのスペースに入り込む事』だ。
でもそれはあくまで
それゆえにその行動で誰かを怒らせたり、無駄に嫌われたりもする。
今回もその例に漏れず、朝比奈さんを怒らせた。
上手くいけば彰人や冬弥みたいに仲良くなれるだろう、しかしどこかでミスればこうなる。
これが真似の元である藤田咲だったらある程度の区切りをつけて再スタートもできようが、俺は残念なことに和久井一也だ。
医者の母のもとに生まれ、離婚した父とは時折会って話したりもする。 近況とか、母親の事。
父は口を開けば母の悪口を言う人ではあるが...... その人と心根は一緒。
誰かに認めてもらいたくて、誰かを助けたい。
......今はこの前者を取り除くべきなんだろ。
『誰かを助けたい』だけで勝負を仕掛けるべきなんだ。
強いストレスは味覚消失だけでは無く、時により最悪の結果にその人間を導いてしまう。
電車に飛び込んだり、崖から落ちたり手首を切ったりとか。
俺が心配しているのはそれだ。
それが心配で時折電話をかけているわけだが、ここまで返答は一度もなし。
......拒絶されているならもうどうしようもない。
しかし諦めるわけにはいかなかった。
「......ストーカーみたいじゃん、俺。」
自嘲気味に笑いながら耳にスマホをくっつけ、今回も希望がなさそうなコール音に慣れを覚える。
──すると、慣れ親しんだコール音が終わって人の声が聞こえてきた。
ちょっと予想外だった出来事に布団から飛び起き、正座して心を鎮める。
『......もしもし。』
......やはり平坦な声だ。
宮女の生徒が聞けば驚くだろう、それぐらいには初見の彼女とは似ても似つかない声。
いや、こう言う事を考えるのはレッテル貼りだ、あまりするべきことではない。
このレッテル貼りや期待に流された結果、朝比奈さんは自身を見失ったのだから。
「も、もしもし。
......その、前はすいませんでした、色々踏み込んだ事をしてしまって。
早まった事だったし許されるべきじゃない事だったけど...... ごめんなさい。」
『うん、いいよ。』
パァッと暗い部屋を照らすように、心の中に光が差した。
「ありがとうございます!
実はお礼を言いたいことが──」
『もう、全部どうでもいいから。』
「え、なんで......?」
しかし一転、雲が全てを包む。
彼女にはまだ自分を探そうとする気概があったはずだ。
そんな、どうでもいいだなんてそんな事無いはずなのに。
「だ、だめだよ!
どうでもよくなんてない、心を見つけることを辞めたら、それは
見過ごせるわけない!」
『なんで?』
なんで。
その問いに対する具体的な答えは無い。
人の心に数学のような公式は存在せず、現代文や古文のように凝り固まった表現があるわけでも無い。
──それは問うた側も同様。
別に具体的な理由を求めるわけでは無く、ただ自分を納得させる言葉が欲しいだけ。
......俺は、その言葉を吐けなかった。
「なんでって...... それは、俺が......」
『心配だから?
......必要ないの。 その心配も何も、もうどうでもいいから。
私が消えても、みんなが見るのは『いい子』の私。
流されて消えた私を見る人はいない。
それでいいでしょ。』
「......っ、なら!
ならなんで、
──俺は、耳がいい。
聴力検査だけで言えば高校一すごい自信があるし、ほぼ同じな車のエンジン音や
電話の向こうから聞こえてくる彼女の声はそれに該当してる。
消えるなら黙って消えればいい。
誰にも言う事なく、誰にも知られる事なく、誰にも止められる事なくセカイの彼方にでも行けばいい。
でも彼女は俺の電話に出て、言わなくてもいい消える宣言までした。
それで必要ない、見る人はいない。
「舐めるな、俺は消える人を止めるのには真剣なんだ!
聞くだけ聞いてサヨナラなんて絶対させないからな!!」
『──なんなの、放っておいてよ!!
何も知らないくせに私に変な希望を与えないで! どうせ貴方
上着を取り靴下を履き、寝室を飛び出た。
どうせ母親は居ない、さっさと靴を履き玄関を開けて鍵を閉める。
息をゼェハァ吐きながら、前回彼女を追って行った場所まで走った。
家の中から消えることなんてできるわけない、なら確実に外だ。
外を探せば彼女を止められる。
「そうやって......! そうやってすぐ諦めるから、すぐ失望するから!
こっちは希望を与えてるつもりはない、ただ...... ただ、下ばっかり向いて前を向けず泣いている子を放っておけないだけなんだ!」
「──なん、で......」
いた。
誰もが寝静まった夜、この空間にいるのは二人だけ。
彼女はゴミ捨て場から何かを拾っていて、それは大切に使われていたのであろう大きな鍵盤の何か。
確か、シンセサイザーか。
この前テレビで使ってた。
それはそれとして、彼女はやはり俺の存在に困惑している。
それもそのはずだろう、言ってしまえば俺は他人だ。
ただコーヒーを奢って、勉強を教えてもらった仲の他人。
そんな俺が何故そこまでして自分を止めに来るのか、訳がわからないと言った顔。
朝比奈さんの手を掴み、へとへとの体でその消失を堰き止める。
「──俺も、わからない......」
「それなら──」
「でも、動かなきゃいけなかったんだ。
心に傷を持っている人を放っておいたら、その人は本当にいつか消えてしまう。
......もう二度目は嫌なんだ、自分に色々教えてくれた人が何処かに行っちゃうのが。」
心から絞り出した声だった。
藤田咲も朝比奈まふゆも、ベクトルは違えど心に傷を負っていることに変わりは無い。
藤田は事故に巻き込まれ、轢かれた後の顔は驚くほど安らかで死んでいるのかと思ったほど。
......あんな思い、二度としたくない。
「貴女の在りたい
にも、って言ってたんだから、俺以外にも気づいている人はいるでしょう?
......もう一人じゃないから、まだ諦めないで。」
「......っ」
「あっ。」
手を払われ、すぐ近くの家に彼女が入っていく。
もし家の中でも消えることができる方法を持っていたのなら、俺はもう彼女を止めることはできない。
ぎゅうと胸が苦しい。
俺はこのちっぽけな正義感、誰に認められるわけでもないエゴを振り回したとて、誰も何一つ止められない。
「その...... もしまた会えたら、勉強を教えてください。
数学とかもそうだけど、もっと色々と教えてほしいんです。
......さようなら。」
そう言って帰る途中の瞬きには、常に消えてしまいそうな白い肌とそれを彩る嫋やかな紫が映っている。
春雷のように一瞬の、春の出来事。