奏で彩る7=16   作:チクワ

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灯す物語

 

 ──とある男がいた。

 名前を和久井 譲介(わくい じょうすけ)、離婚後は旧姓に戻って黒須 譲介と。

 和久井── いや、現在の名字に合わせて呼ぶならば黒須は、見知らぬ子が迷っていれば迷子センターに届けるだけではなく独自に母親を探すほど優しい男だ。

 彼はその優しさを持って医師を志し、その心を貫き通して夢を叶えた、が。

 

 医師という夢へと進む為に彼が心に宿し続けていたのは、底の見える事が無い()()()()

 親のいない子供時代を過ごし、誰かに褒められ認められることのなかったからこそ、心の中で煮えたぎり黒く黒く濃縮されたそれを燃料として辿り着いた夢。

 患者から感謝される小児科医としての生活は彼の承認欲求を満たし、和久井 海( わくい うみ)と結婚して第一子を授かる。

 ──その後、教育方針の違いで離婚。

 

 俺にとって信頼すべき大人であり、尊敬する父親。

 今でも時折合っていて、優しい表情で『何かあったら頼ってな、今でも家族だから。』と言う表情はいつまで経っても変わらない。

  

 失意の中、駅のホームに設置された椅子に腰掛けていれば、電車が到着して扉を開く。

 現れたたった1人の女性は何も言わずに隣へ座り、空虚な目で空を見続ける俺と同じ方向を見た。

 

 「──心は、怒りと嘆きの入れ物だ。

 何処かからその二つを詰め込み、(いれもの)が壊れないようにまた何処かから吐き出す。

 水槽(アクアリウム)の水を入れ替える様に。」

 

 押し付けられてぶつけられて、俺の入れものは既に穴が開き始めている。

 そこに焦りだとか、治さなきゃという使命感はない。

 『まあ、そうなるよな』という結論だけが自分自身の中にあって、それを受け入れていた── 否、完全に受け入れる事はできなかった。

 父がいたからだ。

 

 父は俺の為に母親と戦い、そしてその姿は俺自身の反骨心としてこの胸に灯っている。

 そして父がいるからこの駅で降りて、いつでも来ていいと言われていた住所へ向かったのだ。

 怒りの渦に巻き込まれて自分を見失い、ポロポロと剥がれ始めたメッキを貼り直してくれるかもしれないという希望的観測を抱いて。

 

 人形(和久井一也)を操ろうとしている糸を切り飛ばしてくれると信じて。

 向かった家のカーテンから覗いたのは。

 

 『──結婚しよう、麻上さん。』

 

 『......はい...!』

 

 知らない女性へプロポーズをする父の姿。

 俺を抱いていた腕は女性の細い腰に回され、互いの愛を確かめ合う様に肌と肌を密着させている。

 ......そもそも、俺が父と共に行きたいと言えばああして抱いてもらえたのは、認めてくれたのは俺だったはず。

 なのにどうして母親の方を選んだか?

 ただ怖かった。

 父さんの邪魔になって、今日の母親みたいな視線を向けられるのが。

 一度俺を好きでいてくれた人が、怒りしかこもっていない声と目でこちらを向くのが。

 

 俺を貫いた釘は、母の思いと父の優しさ。

 俺の(入れ物)は蓋もないままに感情を垂れ流すだろう。

 行き着く先はどこへやら、だ。

 

 ぽっかりと空いた目を彼女に向け、嘘っぱちの様に笑って見せる。

 前も後ろも、逃げ道を潰したのは俺自身だった。

 

 「欲張りだ。 思い上がりでもある。

 一丁前に反抗する心だけは持っていても、結局は誰かに頼らなきゃあ自分であり続けることすらできやしない。

 (ここ)の中にちっちゃな自分を入れておいたって、それに意味があったのか。 なんにも分からない。

 ......まだ諦めないで。

 そんな事を貴女に言ったけれど、俺自身が一番俺を諦めていて、それを信じたくないからずーっと...... 自分に重ねた朝比奈さんをどうにかしてあげたかった。

 人を助けて自分の欲求も満たすなんて欲張りで思い上がりでしょう?」

 

 「そうだね。」

 

 彼女の返答は変わらない。

 味気ない相槌の様で── しかし、その声の裏には多少の苛立ちが込められている様にも感じる。

 すると彼女は俺の手を取り、指に狙いをつけるとその白い歯を突き立てた。

 右手薬指の指輪を剥ぎ取る痛みに驚いて手を引くと、彼女はこちらに問う。

 

 「痛かった?」

 

 首を縦に振る。

 

 「私もあなたを見た時、胸が痛くなる。

 少し前に飾られたマリオネットを見た時みたいに、嫌な感覚が喉奥から忍び寄ってくるみたいで。

 ......最初は似たものだからって私だけの事と考えてたけど、今なら少しわかる気がする。

 和久井くんが私を分かろうとしてあんなに近づいてきた様に、あなたに近づいて分かったの。

 ──目が離せなくて、辛そうだと胸が痛くて。

 私も、和久井くんが消えてしまうのが嫌だった。」

 

 この指の痛みは楔だった。

 俺が彼女に言葉を伝えた様に、彼女がその歯で俺の薬指に刻んだのは痛み。

 その痛みは心に開けられた二つの穴を埋めて、感情という濁流の奥に隠されていた心を見えない様にまた隠す。

 『消えてしまいたい』という願いを。

 

 彼女の手を取り、軽く握る。

 その手は俺のものと同じ様に冷たくて、でも同時に暖かさがあった。

 心に明かりを灯す様な暖かさが伝わってくる。

 手を伝わり体を流れ、目から暖かさが漏れるのにそう時間はかからない。

 彼女は俺を見てくれたんだ。

 

 「俺はずけずけと人の心に踏み込む男だし、その性格だって人の真似事で。

 それなのにそう言っていいんですか? 

 本気で嬉しくなって好きになりますよ。」

 

 「別にいいよ。

 好きとか嫌いとかよくわからないけど、それで和久井くんがいいなら。」

 

 「......いいんですか。

 ふふ、へへへ。」

 

 「気持ち悪いのは変わらないね。」

 

 「朝比奈さん、上げて落とすのはやめません?」

 

 「──まふゆ、でいい。

 ......不公平だから、他の人は名前で()()()()だけ苗字なのは。」

 

 「......じゃあ、ありがとうございました、まふゆさん。

 なんだか新鮮でいいですね。

 帰りは家まで送ります、迷惑をかけたのは俺ですから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に着き、お母さんから心配されて(釘を刺されて)自室へ戻る。

 自分の気持ちに答えを出していたはずだが、いつのまにかそれを一也くんに伝える事に足踏みしていた。

 私にはこの気持ちをどう伝えればいいのか分からない。

 だからこそ、衝動の行くままに彼の指へ歯を立てた。

 

 何故、どうして。

 私の中にあった答えには、そんな暴力性は無かったはずなのに。

 手の中にあるのは彼の指輪。

 右手薬指は心の安定を願う彼の意志でもあり、裏に小さく『KAZUYA』と掘られているのを見る限り、父親あたりからもらったプレゼントだろう。

 それを握りしめてスマホの音楽ファイルを開き、光に包まれる。

 向かったセカイにはミクだけではなく、奏の姿もあった。

 座る奏の髪を踏まない様周り道をしてから、無造作に置かれた無色のブロックへと腰を下ろす。

 

 視線の先にいるミクの近くにあったのは、ガラスに釘が突き刺さってヒビの入ったカンテラがある。

 細くゆらめく炎は温かにセカイを照らすようで、不思議と心の安らぐ熱だった。

 

 「これは......」

 

 「これはまふゆの中にあった優しさ。」

 

 ミクは取っ手のあるそれを持ち上げ、消える事なく燃え続けるそれを胸の前で抱きしめる。

 

 「優しさは全てを焼いてしまうかもしれないし、その温かさで道を照らしてくれるかもしれない。

 ......これを見つけてくれた人は、まふゆにとってどっち? 

 奏みたいに照らしてくれる?」

 

 答え。

 私が一也くんに思うもの。

 それは奏に向けるものとは少し違くて、このカンテラが放つ熱のように──

 温かで優しい、春の陽の様な気持ち。

 カンテラを受け取って膝の上に置き、その温もりで冷えた心を溶かす様に抱く。

 

 「奏とは違う。

 でも...... 照らしてくれる人。」

 

 「そう、大切な人なんだね。」

 

 彼はきっと、奏にとっての咲の様なもの。

 程度はあれど進んできた道は同じだから、わかり合おうとできるし互いのことを見つけられた。

 手の中に収まっている指輪を握りしめ、まぶたに焼きついた様な悲しげな表情と笑う彼を思い出す。

 

 『あのねえ、頑張った程度で評価されるわけないじゃない。』

 

 渡さない。

 

 

 立ち上がって奏に向き直り、前と比べれば少しふくよかになった彼女へ宣言する。

 

 「歌詞、書いておくから。

 今日から始める予定だったんでしょ?」

 

 「......うん、お願いまふゆ。

 私も頑張る。」

 

 

 

 

 

 

 

 「──あれ、指輪......」

 

 無くした指輪をどこにやったかと探そうとして、ふと右手の歯形が目に止まる。

 気持ち悪いだろうか?

 気持ち悪い男だ。

 

 もうこれでいいやって笑う。

 嬉しくて仕方がない。

 

 「学校でも怒られないもんね。」

 

 

 

 朝になって、眠気の残る頭でいつものように着替える。

 朝ごはんに買っておいた安売りの大豆バーをさっさと食べ終え、鞄を背負って自室を出た。

 リビングには母親。

 視線をやる事なく玄関に向かい、靴を履いてドアノブに手をかける。

 

 「一也、ちょっと一也!」

 

 扉を開けてみれば、そこにいたのは紫髪の彼女。

 扉の隙間から母親が見えたのだろう、見せた笑顔は優等生モードのものだ。

 

 「行こう、一也くん。」

 

 「ええ、あさ...... まふゆさん!」

 

 心の中に火が灯る。

 アルコールランプの様に優しい、小さな火が。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 「〜っ! なんなの、せっかく謝ろうとしたのに! 

 あの女の子もこちらを睨みつけてきて── あさ? 朝比奈......って、もしかして。」

 

 

 

 

 

 

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