ちょっと長えです。
神山高校文化祭。
規模は普通くらいで特筆して
その日の朝、俺は学校近くのカフェで目の前の男と話をしている。
彼は少し悩んだ様子でコーヒーを飲み切ると、意を決したようにとある報告をする。
「父さん、再婚する。」
「あ、そうなの。 おめでとう。」
父親はその答えに拍子抜けした様で、『......へ?』と少々間抜けな声を漏らした。
そりゃあ驚くことはない、彼が俺の知らない女性にプロポーズしたのはもう知っている。
カレーを口に含みながら小さく頷き、前に父親の家へ向かった時とはまるで違う心でその言葉を祝福した。
「父さんいい人だもん。
優しくて男らしいとこもあって、加えて医者。
自慢の父親だもんね。」
「あ、ありがとう。
......でもこう、もっと、
「無いのかって...... 妬みや嫉みはひとつもないよ?
尊敬できる人が幸せになるのは嬉しいし、俺も色々あって中を見せ合って分かり合えた人がいる。
お互い、新しいスタートを切れるいい年だ。」
ササッとカレーを食べ終わり、強面な店主にお金をちょうど渡して店を出る。
父はきっと相手の人を幸せにするだろうから、俺にできるのは祝福だけ。
そういえばと、去り際にひとつだけ。
「......良かったら、文化祭に来てね。
1-Cはお化け屋敷やってるから!」
扉を開けて外に出れば、驚くほどの快晴。
息を大きく吸い込んで走っていると冬弥と彰人を見かけたので、その勢いのままに背中へ飛び込んだ。
「おはよー!」
「飛びつく時は先言えって言っただろ!?」
「おはよう、和久井。」
「──何故でしょうね、子供の巣立ちは良いことなのに、私の心は曇っている。」
「我慢してやるこったな、子供ってのは見てない所で育つもんだ。
ウチのもそうだよ。
俺より早く彼女なんか作りやがって、いつ寝てんだあいつは......」
「彼女...... そうか、もう一也は俺を見なくても......
もやつく、なんて良くないことなのに...... はぁ。」
「......」
スマホで地図を検索しながら辿り着いたのは、彼のいるであろう神山高校。
一般の入場が開放されている様で、すでに校内は賑わい、人の笑顔が絶えず見えてくる。
だがそれに何を思うこともない。
何故か蛇がとぐろを巻く様に巻かれたフランクフルトや『至高の焼きそば』と驕った出店を尻目に、階段を登って目的地へ向かう。
ふとスマホに視線を落とせば、気付かないうちに届いていたメッセージが一件。
『今日の夜もやるんですか?』
咲からのメッセージ。
グループへのメッセージとなれば答える必要があるだろうが。
......今は自分のことを優先させるべきだ。
脇目も振らずに階段を上がる。
横を通り過ぎた見知った人間に気づかないまま。
「──え、まふゆ?」
「どうしたの瑞希、売店混んじゃうよ?」
「ううん、なんでもない。
気のせいかな......」
お化け屋敷というのは、優しいものと厳しいものがある。
可愛らしい驚かし要素がポツポツと置かれていて、カップルがふざけて怖がりながらイチャイチャできるのが所謂優しいもの。
厳しいものは...... 言わずもがな。
うちのクラスにあるお化け屋敷は、基本的に前者。
だが──
「なんだよ、お化け屋敷って言っても怖かねえな!」
「頼もしい〜!」
少しチャラついた男女カップルが余裕ぶって練り歩いていれば、現れたのは手動で開閉される扉。
固く閉ざされたソレの前で『次はどんなのがくるのか』と自分を強く見せるために待ち構えていれば、それは背後より現れる。
かつん、かつん。
響く音を耳に届かせて。
「? あれ何?」
「おっ、また怖くない、おば、け......」
かこん、かこん。
白いローブの向こうにはフルフェイスのヘルメットがあって、化け物の様に刺々しいその頭の凶暴性をカップルはすぐさま理解した。
右手に持った鉈の先が地面に擦れ、だんだんと近づいてきている事を聴覚で知らせてくる。
「開かない! 開かない!?」
扉は開かない。
気づいた時には背後にローブの化け物が迫っていて──
「ア゛ァァァ......」
『お前たちを殺す』と言わんばかりの唸り声を上げた。
それと同時に扉が開き、カップルは一目散に逃走。
それを見届けたローブの化け物はというと。
「おもしろー!」
ヘルメットを取り外し、にこやかに笑っている。
......さて、これがうちのクラスで行っているお化け屋敷。
最初の方は大して怖くない仕掛けで賑やかし、最後の方で俺が出てきて骨の髄まで震え上がらせてやろうっていうもの。
ローブは安上がりなものを中古で買ってきて、ヘルメットはバイクが趣味の先生から使わない物をもらって色々くっつけたもの。
唯一ゼロから作り上げたのは、手に持ってる鉈ぐらいだ。
プラパイプに発泡スチロールを塗った物と、先っちょに地面とこすらせる為のプラスチックをくっつけただけだが。
とは言え破壊力は抜群の様で、ぬるま湯から氷水に突っ込まれた様な衝撃を受けた人達はみんな逃げ出していく。
故にリピーターも少ないが。
ただヘルメットの視界が悪い。
教室内が暗いのもあるが、それを差し引いても、これ越しじゃ誰が誰だかわからないというのが本音。
まぁ、休憩時間が来るまでやるだけだが。
「ばぁ〜!」
向こうの方で驚かす声が聞こえてくる。
準備をしておかなくてはという事でヘルメットを被り直し、物陰に隠れて待ち構える。
どうやら一人の様で、驚くでも逃げるでもなくただただ出口まで歩いて行っている様だ。
なんか変だな、そう思いながらも仕事をなす為歩き始める。
いつもの様にかつん、かつんと。
──しかし誤算があった。
「......」
「......」
この人、全く驚かない。
さっきのカップルの様に焦るそぶりもない、何かをミスったかと思ったが、思いつく限りミスらしいミスは無しだ。
となればこのまま進むしかない、喉の調子を整えて唸り声を上げる。
「ア゛──」
「......一也くん?」
「アぇ?! 朝比奈さん?!」
「ごめんな、彰人ー。」
シッシッと手で追い払う様に背中を押され、後の事を友達に任せてまふゆさんのところへ向かう。
彼女は教室の暑さにふらついてた俺に気を遣って飲み物を買ってきてくれた様で、階段のところでそれを受け取り並んで歩く。
俺は炭酸、彼女はお茶だ。
......思えば、まふゆさんって炭酸は大丈夫なのだろうか。
それなら味を感じないとは言え、時折炭酸水を飲めば食事が完全に退屈ということは無くなるのでは?
「まふゆさんって炭酸水飲んだ事あります?」
「ないよ。 子供の時からずっと水かお茶だったから。」
それならば試してみる価値はありか。
適当な売店で炭酸の入った飲み物を買おうとしたその時、上腕を掴まれた。
何事かと振り返ると、彼女は掴んだ方と逆の手で俺が持っているサイダーを指差した。
「......新しく買わなくても、それでいいでしょ。」
「ええ? でも飲みかけ......」
「いいから。」
困惑するこちらを尻目に、渡したサイダーの蓋を開けた彼女は一切の躊躇なくその中身を口に入れる。
強めの炭酸が口の中で弾けたのだろうか、少し瞼が傾いたがすぐに戻る。
飲み込んで口を開けば、それを『口の中で踊るみたい』と。
「好んで飲もうとは思わ── けふっ。」
一瞬時が止まる。
いや、
皆、赤ちゃんの時代に親から背中を叩かれて出しているはずなのだ。
しかし朝比奈まふゆと呼ばれる人間がそれをするとなると話は変わってくる。
ただのゲップだと言うのに、特別なものを見た気分になってしまった。
「......見ないで。」
──恥ずかしがっている?
朝比奈まふゆが?
これは俺にとってあまりにも衝撃的なことであり、同時に俺の中で知らない感情が渦巻く。
随分前からあった気持ちだろう。
でも、心の奥底から表面化したのは初めてで、理解が追いつかない。
ひとまず話題を逸らすことにした。
「──あ、2-Aで劇やるみたいですよ?
見ますか── いや、見ましょう! 頭冷やしたいし......」
「ロミオ 〜ザ・バトルロイヤル〜......?」
「我が名は鎖鎌のロミオ!!
観念しろロミ...... ぐわぁぁぁあ!!!」
死んだ?!
「モーニングスターのロミオ、参る!
ぐわぁぁぁあ!!!」
死んだ?!!
「やはりこの僕、最強剣のロミオこそが──」
最強って言ってもうてるやんけ!?
「......一億光年って、あの後の宇宙展開の伏線......?
いやそんな複雑に考えてるはずがないだろ、どうせスケールがでかいから云々だよアレ。」
まあ、色んな意味で心を揺さぶられた。
ある意味では名作に入るだろう。
......しかし、頭を冷やそうと思っていたのに、結果的に頭痛が起きるくらいになってしまった。
隣のまふゆさんも宇宙を見た猫の様にお茶を抱えているし、ちょっとどころではないほど人間には早い物語だったと言わざるを得ない。
完結しない情報を消化する為に外のベンチに座っていると、横から困った様子の同級生が現れる。
同じクラスの女子で、どうやら作った鉈がやってる途中に折れてしまったらしかった。
無論対策を考えていなかったわけではないので、受付の机に入っている箱からエアガンを取り出して使って── と、言い切る直前。
非常に強い力で腕を引かれ、校舎裏へと連れて行かれる。
俺には何が起きたのかわからない。
ただ見えたのは、非常に冷たいまふゆさんの目と食いしばった様な口元だった。
どうしても抑えられなかった。
彼を誰も見ていないところまで連れて行き、両手首を押さえて壁に押し付ける。
噴き上がる衝動に息が切れ、視界がブレて正常ではない。
彼はいまだに状況が理解できず、また、抵抗するそぶりもない。
「痛っ、どうしたんですか......」
少し焦ってそう言うだけ。
私にとってはどうしたもこうしたもない。
彼が笑うのも、悲しむのも、何もかもが今は衝動の矛先でしかなくて、自分が変わったことに──
私を捻じ曲げたのだから、私を見て。
もうここにいるのは、心のかけらすらない朝比奈まふゆなどではない。
ニーゴの皆と居て、彼と分かり合って。
ようやく見つけた想いのかけらを、大事そうに仕舞い込むただの高校生。
「──貴方を失うのが嫌。」
私の意思とは別に漏れた言葉が彼の耳に届く。
彼の母親に渡すのも、クラスの女子に渡すのも嫌だ。
あの笑顔を、その泣き顔を、私以外が見たり得たりするのは吐き気がするほど嫌だった。
猫の時もそう。
歪んだ意思だと言うことはわかっている。
それでもわがままを言ってしまう。
理性が深奥の意志を抑えきれなかった。
その言葉への返答はたった一つの行動。
「──そう、言ってくれれば良かったのに。」
優しい抱擁。
手首を掴んでいた私の手は外され、優しい声が耳元に響く。
「ちゃんと言ってくれれば直します。
他の人と会って欲しくないとかは出来るかわからないけど、今回みたいに何が嫌とかは聞きますから。」
「どうして、そこまでしてくれるの?」
単純な疑問だ。
なにも私の心を探すとか理由があれど、そこまで親身になる必要はないはず。
しかし彼は少し笑い、当たり前とでも言う様に言葉を返す。
「あの駅で言いました。
『本気で嬉しくなって好きになりますよ』って。
好きな人の言うこと、聞いちゃダメですか?」
強く抱擁を返す。
もしかしたら一人相撲だったのかもしれないと思うと、不思議と力が抜けてきた。
一言『ごめん』と謝ってから、最後に一つお願いをした。
彼は笑って頷くと、クラスTシャツの首元を少しずらす。
ミクは言った。
『それでいいの?
奏から教えてもらった。 その気持ちは
私にも、その気持ちがあったんだ。
「一也、帰ってきたか......って、その首どうしたんだよ。」
「あ、いや、その...... 猫に噛まれた!
ちょっと人を送ってくるからさ、彰人は先に片付けお願いできるかな?」
「......そう言う事にしといてやる。
ほら早く行けよ、
「──彰人って優しいよね。」
「うっせ。」
『実はさ、今日文化祭で
......ちょっと写真撮ったんだ。』
『うちの高校の?
何で雪が...... って誰これ?! 彼氏いたの?!』
「瑞希。」
『ひっ、ごめん!?』
『......雪の事を知ってくれる人、増えたんだ。
良かった。』
『うーん...... 僕、この男の人知ってるかもしれない。
実物見ない事には、ですけど。』
『ちなみに雪、キスとかは流石に──』
「したけど。」
『『『したの!?』』』
文化祭は終わった。
色々あったけれど、楽しくはあった。
俺とまふゆさんも、側から見れば普通と変わらない生活に戻って、いつもの様に勉強を教えてもらっている。
少し違うことがあるとするならば──
「一也くん、少しこっち向いて。」
「どうし── んむ。」
「......好きな人の言う事は聞くんでしょ?」
「心の準備させてほしい......
まふゆさんは美人なんだから、急にこんなことやられると持たないよ?」
「......」
「いてっ。」
こう言う事だ。
それから、また数日後。
「咲の『消えたい』気持ちは奏にしか壊せない。
咲を救えるのはきっと奏だけだから。」
「......うん。」
四宮咲が全てを吐き出した一方で。
「着替え着替え...... ん?
お父さんから?
......は?!」
和久井一也の下には、黒須譲介が結婚詐欺に遭ったという情報が訪れる。
一足早く、親と子のぶつかり合いが始まろうとしていた。
「そちらのお子さんとうちの子が、仲がいいらしく......」
「そうですか、まふゆと......」
近々締めます