奏で彩る7=16   作:チクワ

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ちょっとペース早めますね









古い友との物語

 

 また一つため息を吐く。

 問題なのは少し前に届いたお父さんからのメールで、文面は簡単に言えば『結婚詐欺に遭った』と。

 確かに結婚詐欺は大事だし、何事かと思ったことも事実。

 しかし、今考えるのはそれよりもお父さんの()()()()だ。

 もとより俺の心、というか弱いところは大体お父さんからの遺伝みたいな物。

 お菓子作りが下手。

 承認欲求。

 ──心の脆さ。

 

 この心の脆さというのは、離婚前からよく聞いていた話。

 

 『一也がいなかったら、お父さんどうなってたかな......』

 

 あの頃は俺がいなかったら母親にしばかれる、そう考えていたが、今ならわかる。

 あれは心がどうにかなってたかもしれないという、無自覚なSOSに近い言葉だった。

 こうなるとお父さんはどうなるか。

 

 今見直してみると、文化祭当日の俺の態度はほとんどお父さんを見限った様な物。

 最悪の信頼ではあるが、こうなってくると和久井一也という存在は防波堤にもならないだろう。

 

 どうしたものか。

 

 ──と、ため息が喉奥から漏れようとした時。

 脇腹を二本の指が突き刺し、思考へ全てを連れ去られていた意識が現実へと戻ってきた。

 それはもう相当な破壊力で、俺の体を破壊するにふさわしい威力。

 やった本人は涼しい顔でこちらを見ている。

 

 「痛すぎ......」

 

 「加減したつもりだったけど。」

 

 漫画のボスの様な発言。

 いや、別にいいが。

 

 「悩んでることでもあるの?」

 

 「わかる?」

 

 「電車で遠くに逃げそうな顔してる。」

 

 ......そう言われては立つ瀬が無い。

 内緒にしていて前の様になってはダメだ、ここは彼女へ話しておく事にする。

 

 

 

 

 「......そうなんだ。

 それで、どうするの?」

 

 「取り敢えず会って話してみる。

 何か変なこと(消えること)を考えてる様だったら息子の俺が止めるべきだし、向こうもそう思うはずだ。

 ここは誰にも譲らない。」

 

 固く拳を作り上げ、小さく確かに宣言する。

 しかし、何か策があるかと言われればなにもないに等しい。

 せいぜい家族の情に訴えかけて思いとどまらせるぐらいなもので、具体案を出せと言われればお手上げ。

 こんな精神状態じゃどうにもならない。

 ......今日の勉強は一旦保留にして、彼女に対しとあるところへ行くのを提案する。

 

 「とあるカフェに行きたいんだけど、帰りに良いかな?

 もしまふゆさんダメならいつものところでいいんだけれど。」

 

 「......私はそのカフェでいいけど。

 そろそろ()()()()、やめたら?」

 

 ......その言葉に頭を悩ませる。

 いや、関係性が一歩進んだ以上やめてもいいと思考ではわかっているのだが、体の底に染みついた呼び方が取れないのだ。

 なんだかんだで『朝比奈さん』『まふゆさん』と言い続けてきた手前、直さなくてもいいのではと思っているのも事実ではあるが。

 

 すると、彼女はおもむろにこちらに倒れ込んでくる。

 電車の中で尚且つ椅子に座っているから特に困ることもないが、なんとも、こう、彼女の頭から放たれる波動(かおり)が鼻を通って脳を貫く。

 彼女は『さっさと呼び捨てにしろ』とでも言いたいのだろう、そもそも俺は密着してくる女性に弱い......というかまふゆさんが初なのだから当たり前だが。

 

 こうして考えている間にも彼女はこちらに迫ってきて、傾けた体の角度のせいで見えてくる鎖骨だとか何だとかに対して涙目になってきた。

 押し戻せばいいと言われそうだが、そうしようにも両手をすでに捕らえられている。

 つまるところ取れる行動は一つ。

 

 「──()()()、やめて......」

 

 「わかった。 やめるね、()()。」

 

 揺れる心臓。

 ともかく朝比奈まふゆという存在に潰されなくて良かった、そう安堵するが、そもそもまふゆはどこからこんなやり方仕入れてきたのか?

 少女漫画やそういう類のドラマを見る人ではないだろう。

 知識の出どころが想像できない。

 

 「......別に、絵名(ともだち)に『こうすれば言う事聞くかもよ』って言われたからやっただけ。

 いうこと聞いたでしょ。」

 

 「そうだね...... 確かにまふゆさんのいうこと聞いちゃったよ。」

 

 「......」

 

 「無言で迫って来ないで......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「知ってる。」

 

 「──え、そうなの?」

 

 学校が終わり、歩いてきたのはちょっと寂れた感じのカフェ。

 先日お父さんと話したところで、ここのカレーが美味しかったのでもう一度来ようと思っていたのだが......

 何の因果か、どうやらまふゆも知っていたらしい。

 とは言え行動が変わることはない。

 

 扉を開け、出迎えてくるのは無愛想なおじさんの店長...... ではなく。

 

 「いらっしゃいませー。

 ......あ、朝比奈さんとそのかれ、し......」

 

 「......?

 ......??

 

 あ──っ!!!」

 

 まるで同年代の様な男が皿を洗っており、こちらを見るなりその手を止める。

 ......俺はその男を知っていた。

 九年前からずっと、会いたくても会えなかった──

 

 

 「咲!!!」

 

 「一也!?」

 

 友達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──いや、まさか会えるなんて!

 というかいいの? カレーだけじゃなくてケーキまで......」

 

 「いいんだ、ケーキは試作品だから。

 はい、朝比奈さんはお茶でしたよね。」

 

 「ありがとう。」

 

 二人して再会を喜び、軽くこれまでの話をした。

 ......咲にとって九年前のことは黒歴史みたいなものらしく、お見舞いに誰も来なかったという事実も加速させてそれまでの関係性は捨てていたらしい。

 どうにも申し訳ないことをしたと思う。

 

 「まぁ、一也は邪な気持ち無しに来てくれたでしょ?

 だからそんな抱えることはないよ。」

 

 「とは言え、なぁ......

 ──俺以外にも誰か来たの?」

 

 何か言い方に引っ掛かるものがあり、彼に聞いてみれば『いや、まあ』と少し言い淀んでからその人間の名前を出す。

 篠田 凛。

 俺が一番嫌いな女の人である。

 

 思い通りに行かなかったら悪知恵を働かせて相手を貶めるし、先生にだけはいい顔するし、好きになる理由が一つもなかった。

 いや、咲とまふゆの前ではいちいち言わないけれど。

 

 「僕のことはいいんですよ。

 問題は、どうして要さんに電話してほしいのかっていうところ。」

 

 そう、俺がカレーを食べながら彼に頼んだのはそれ。

 黒須譲介の古い友達、現院長である要先生に電話を繋げてほしい、というものだった。

 何、やましいことはないんだと彼に前置き、その理由を話す。

 

 要先生と黒須譲介は医学部からの友人だと聞いている。

 そんな彼ならば何かを知ってるんじゃないかと思ったんだ、俺の知らない父親の一面を。

 それが今の黒須譲介と分かりあうために必要だと思ったからこそ、俺は今恥を偲んでからに頼んでいるというわけだ。

 

 彼は少し考え込み、長く伸びた髪を揺らしてポケットからスマホを取り出した。

 

 「──もしもし、要さん?

 うん、ちょっと話したい人がいるらしくて。

 黒須譲介の息子だって。

 ......はい、繋がったよ。」

 

 「ありがとう、咲。

 ......もしもし。」

 

 渡された電話の向こうから聞こえてきたのは、爽やかな男の声。

 覚えがある、もっと小さい時に聞いた声だ。

 

 『──久しぶり、3歳の頃ぶりかな?

 君がこうしてこちらと話したいってことは、大体譲介が何かやったってとこだろう。』

 

 「わかってるんですね。

 ......教えてください、あの人の()()()を。」

 

 『むう、いや、大したことじゃない。

 昔ね、飯を食べながらテレビを見てた時があったんだよ。

 その時ちょうど、()()()()のニュースがやってた。

 あいつね、『......()()()()()()()()()』って呟いたよ。

 ......もし今度会うことがあったら気をつけるといい、あいつは割とやる男だよ。』

 

 電話が切れ、それを咲に返して決意を新たにする。

 止めなければ。

 何が何でも。

 

 「まぁ、僕は父親と縁切ってるからどうとも言えないけど。

 朝比奈さんを悲しませる結果だけはダメだよ。

 怪我でもしようものならメチャクチャ怒られるからね。」

 

 「......体験談?」

 

 「うん、僕にも彼女いる。」

 

 

 「え゛ぇ゛っ?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ。」

 

 「またね。」

 

 まふゆを送り届け、家への帰り道。

 スマホを取り出してお父さんに向けてメッセージを送る。

 

 『明日の夜、会える?』

 

 既読はまだついていない。

 しかし彼は来るだろう、絶対に。

 

 俺はただ、明日を待つだけだ。

 

 

 

 

 

 

 「あら、おかえりなさい、まふゆ。」

 

 「ただいま、お母さん。」

 

 

 「今日は遅かったのね、お友達と勉強会?

 それとも...... ()()()()()()()()()()()()?」

 

 ぞわりと背中に悪寒が走る。

 何故母親がそれを知っているのか、自室のパソコン内にあるナイトコードに残していないし、誰に話したわけでもない。

 思い当たるのは──

 

 『一也! ちょっと、ねえ!』

 

 彼の母親。

 まさか。

 

 「まふゆ、お母さん何もない日はすぐに帰ってきたほうがいいと思うの。

 最近外も物騒だし...... そろそろ、まふゆも夢のために頑張らなきゃいけない時期でしょう?

 お母さん()()()()()

 まふゆは必要なことを、ちゃんとわかってくれるって。」

 

 お母さんは私のことを思って、言ってくれている。

 でも私はまだ彼と一緒にいたいのに。

 心のかけらをこの手に乗せてくれた彼と、歩いていたいのに。

 

 「......うん、わかったよ、お母さん。」

 

 ......お母さんは、私のことを思って言ってくれている── ん、だよね?

 

 

 

 

 

 

 『ごめん、来週からは一緒に行けない。』

 

 『どうしたの?』

 

 『お母さんに気づかれて、それで。』

 

 『お母さん厳しいんだ。

 わかった、でも、どうしようもなくなったら言って。

 俺とまふゆの間だけなら、どうにかしてみせるから。』

 

 『ありがとう。』

 

 

 私は、嫌と言えなかった。

 二人とも大好きだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ところでまふゆ。

 医者の前にあった夢って覚えてる?』

 

 

 

 

 

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