日曜日。
世間一般では休みの日で、今週だけでなく来週の月曜も祝日と、三連休で喜ぶ人がたくさん現れる。
そんな中で、鬼気迫る表情のままカフェの扉を開ける男が一人。
カフェ内で談笑していた四人の男女は一転、その男の登場に驚き身構える。
「いらっしゃい、一也。
今日は...... コーヒーは必要なさそうだ、朝比奈さんのこと?」
「ああ。
まふゆの友達に聞きたいことがあって来た。
母親の事を。」
どうせ昼過ぎ。
客も来ないだろうという事でキッチンから出て、朝比奈さん以外のニーゴメンバーと一也をテーブル席まで案内する。
先日は父親のことを、今回は朝比奈さんの事をと、彼もなかなか大変な状況の様だ。
しかし、僕が力になれる事は少ない。
せいぜい彼女の母親があまり良い人ではないとか、そんなところしか知識を持たない。
となると、ここはやはり奏さんたちに聞くのが得策だろう。
一也は懐からスマホを取り出すと、一言二言で構成されているメッセージの応酬を見せた。
そこには『母親に知られた』と。
......この言葉の意味はわかりやすい。
僕が父親に物事がバレるのを恐れた様に、彼女にとっては彼との恋仲を知られるのは避けたい事だったのだろう。
同時に、奏さん達にとっては重大な要項でもあった。
「ねぇ、これってまふゆのお母さんがスマホを見たって事?
確かにやりかねないけど......」
「でもそれなら没収するでしょ、それこそあの母親なら『勉強の邪魔になるなら』って。」
暁山さんや東雲さんがそう言うのも尤もだが、何より気になるのはこうしてその状況をこちらに見せて、
彼の彼女に対する姿勢は奏さんの様に『救う』のか、それともまた別の在り方なのか。
聞いてみれば、『共に心を探すと約束した』と。
「......誰から漏れたとかは分からない。
俺とまふゆが一緒にいるのを知ってるのは一部の友達と──あ。」
彼は何かに気づいた様子で深く息を吐き、通り越した笑いを漏らす。
「わかった、母親だ。
あの人多分町内会のアレで話したんだ。
やってくれるな......」
「それで、これを聞いてどうするの?
もうそうではないって確定してるみたいだけど、もし朝比奈さんの母親が僕たちの思う様な人じゃなくて本当にいい人だったら、一也は否定できる?」
「するさ。
まふゆと俺は鏡写しみたいなもので、だからこそわかるんだ。
......俺の母親みたいに、碌な人じゃない。
夢は彼女自身が決めるものだ、ああやって言い淀んでしまう様な事を押し付ける親を信頼することなんて、俺にはできない。」
「そう、なんだ。
......まふゆはきっと、そんな貴方に温かさを感じたんだね。」
一也は立ち上がり、鋭く確かに前へ向かう意志を胸に秘めて外を見た。
懐かしい、僕も一度だけ、あの目に助けられたことがある。
彼はその時のことを覚えているだろうか。
『うん、うん。
咲も色々大変だもんね、疲れるのも仕方ないよ。』
『ありがと。
......一也と話してると楽でいいね。
目指してみたら。 何だっけ、あの──』
「一也、今でも夢は変わらない?」
「──ああ。
誰に強制されたとしても、咲と話す中で見つけた夢に歩き続けるさ。」
個人で申し込んでいた模試を返却され、一旦しまっておこうと思い家に戻る。
水を一杯飲み、心を落ち着かせる。
俺は元々激情家だ。
だからこうして頭を冷やし、あくまでも冷静に父さんと向き合うための心を作り出す。
思えば、自室も殺風景。
前まではこんなものでいいかと思っていたが、こうして心境が変わったが故か寂しく感じる。
今度、何かを買ってこよう。
ふとスマホを手に取れば、それと同時にメッセージが入る。
誰だか分からない人からのものであるが、文面を見てすぐにわかった。
『急に申し訳ありません、朝比奈まふゆの母です。
そちらのお母様からお話を聞きまして、連絡させていただきました。』
「......答え合わせじゃん。」
朝比奈まふゆの母が要求して来たのは、まふゆとの関係を断つこと。
受験生だからとか成績が下がって来たからとか、適当な理由がついてはいるがその実は
勿論拒否する。
そこは俺とまふゆの関係性であり、彼女が拒絶することがなければ離れる事はないと。
子供の成績や受験を心配する、親としては当然のことだろう。
しかしそこで子供の人間関係に首を突っ込めば、それはただのお節介を超えて自分の思い通りにならないことを嘆く我が儘と化す。
『私たちはお互いのことを誤解しているかもしれません。
どうでしょう、明日、お話し出来ないでしょうか?』
『わかりました。』
......さて。
『ごめんまふゆ、明日の文化祭行けなくなった。』
『どうして?』
『
『わかった、頑張って。』
「母さん。」
「......何?」
「あんまり気軽に個人情報流さないでね。
今度やったら警察に話させてもらうから。」
驚く母親を尻目に、小さめのプラパイプを鞄に入れて家を出た。
夜の公園。
ベンチで待っていれば、弱々しい足音と共に誰かが近づいてくる。
誰あろう俺の父親だ。
足音、呼吸音、間違えるはずもない。
立ちあがり、黒須譲介と向かい合う。
食事も喉を通らないのだろう、体はすっかり痩せて、その目はうつろ。
父親に言うことではないが、この格好の人がテレビに出て来たら犯罪者か何かと思ってしまうだろう。
それほどまでに彼は荒んでおり、結婚詐欺という裏切りのダメージは計り知れないものがあった。
「少しぶり、お父さん。
......文化祭には来てくれた? 怖めのお化け、やってたんだ。」
「あぁ、あぁ。
行ったよ、怖かった...... 誰がお前かは分からなかったけど、昔を思い出したよ。」
「ヘルメットつけてたからね。
わーって驚かすの、楽しかった。」
たわいのない話。
しかしそれは彼の涙腺と心を揺らした様で、譲介は小刻みに震え始めるとボロボロと大粒の涙を流す。
「そうだ、昔はお前が笑って、あいつも優しくて。
──あの時みたいに笑い合いたかった! ずっとずっとあの時が忘れられなくて、再婚に躍起になって......
結果が結婚詐欺なんて、もう俺はダメだ。
......だから一也、
そう言って取り出したのは包丁。
家で使っていたものをそのまま持って来たのだろう、ここからでも見える刃こぼれは彼の心についた傷の様にバラバラで、物が切れるかどうかすら怪しい。
「俺も、お前が行った後をついて行くから!」
そう言って包丁を両手で握り、お父さんは突進してくる。
やりたくはなかったし、そもそもこうなってほしくはなかった。
でもこうなってしまった以上はやるしかない。
ベンチに置いておいたカバンからプラパイプを取り出し、長さを生かして思いっきり彼の手に叩きつける。
鉄もプラスチックも、速度をもって叩きつけられれば痛みは変わらない。
両手首へ唐突に走った痛みに彼は包丁を落とし、すぐさまそれを取り上げる。
殺人未遂みたいなものだ、危なかった。
「どうして...... どうして!!
みんなだ、みんな俺の元から離れてく!
離婚するとなったら病院から左遷され、愛した人は消えて、遂には息子にまで否定されて!
俺はもう、消えたい......」
その言葉に対しプラパイプを投げ捨て、一発だけ目覚ましの様にビンタを放つ。
消えたいだとか何だとか、そう易々と言っていい言葉ではない。
「父さんにはまだ、思ってくれてる人がいる。
だからまだ消えたいなんて言っちゃダメだ。」
「......でも、俺には......」
そう言って彼が俯いた時、遠くからこちらを呼ぶ声がした。
その男はすぐにお父さんに寄り添い、『おいおい、大丈夫か?』とその風貌を心配する。
「要......? 何でここに......」
「何でって、
呼んでくれた一也くんに感謝しろよな、全くもー!」
父さんの肩を担いで連れて行く要先生とアイコンタクトを取り、ある事実を共有する。
『──黒須譲介はここで酔い潰れ、息子に介抱されていたところに友人が現れて帰っていった。』
と言う事実。
包丁を持って心中しようとした男は存在しなかったのだ。
公園から消えて行く二人に手を振り、お父さんから視線を外す。
もしかしたらもう会う事はないかもしれない。
──でも、どこかで幸せでいてくれるなら、それでいいんだ。
パイプと包丁を鞄に入れ、補導されないうちに帰ることにした。
「......さようなら、黒須譲介。」
「......譲介、息子さんに感謝しろよ。
少し前に連絡があってさ、なんて言ったと思う?」
「公園に来い、とか......?」
「それもそうだけど、『黒須譲介をもう一度雇ってほしい』だってさ。
まあお前をすっ飛ばした前の院長が、何を考えてたか分からないけど...... 正直言うとさ、小児科の人員が定年やらでごっそり減って困ってたんだ。
よろしく頼みたいんだが...... って、汚なっ?!」
「──かず、やぁ......!」
「......まあ、今日は一緒に飲もう。
ビールはダメだったよな、氷結ならあるぞ!」
「カレーも、あるか?」
「あー作る作る、だから飲もう!」
あと一話二話くらいですかね。