今日は打ち上げの日。
こうして時間を合わせ、皆でファミレスに向かうのも当たり前の様になって来た。
「今回の曲、いつもより反応が多かったね!」
瑞希が飛び跳ねながら言う様に、今回の曲は今までより再生数もコメントも多かった。
それだけ救えた人がいると思うと、つい顔が綻ぶ。
「そうね、瑞希の言ってたファンの人も探してみればコメントしてるんじゃない?」
「どうだろ、自分のスマホで動画見れないらしいからな〜...」
いつものナイトコードの様に、絵名と瑞希の会話が弾みながら歩く。
ファミレスへ到着━━ したは、いいのだが。
「凄い並んでる......」
今日のいつも通りは終わりを告げた。
今まで類を見ないほどに、ファミレスの前には行列ができている。
家族連れ、大学生、高校生また家族連れ......
少なくとも後1時間待つであろう事は火を見るより明らかだった。
とりあえず日陰に入り、4人で輪を作って相談が始まった。
「どうしよう、他にあては無いし......」
「瑞希、あんたのつてで何処か無いの?」
「ぼ、僕?!」
絵名からの無茶振りにオーバーとも取れる反応をして、瑞希は顎に手を当て少し考え込んだ。
「あー......」と一度言い淀んでから口を開く。
「無い事は無いけど......
まあ大丈夫だよね! 行こう!」
「...何か後ろめたい事でもあるの。」
「な、何も無いよー?
ほらまふゆも絵名も奏も、僕について来て!」
まふゆに向けられた目線を徐に外し、逃げる様にして瑞希は前を歩く。
...が、即座に腕を掴まれ引き寄せられ、逃げられない様に両手で顔を掴まれてまふゆの目と瑞希がもう一度対峙した。
先程より威圧感が増され、重低音と聞き間違えるほどの圧がある声が瑞希を襲う。
「...後ろめたい事でも、あるの。」
「ピェ... ごめんなさい...」
蛇に睨まれたカエル。
そう例えるしか無い光景であった。
その光景を見ている絵名は戦慄している。
「まふゆ、そこまでにしとこう?」
「......わかった。
瑞希、案内して。」
「はい......」
埒があかないので、どうにかまふゆを止める。
解放された瑞希は先程までと比べてげんなりとしているが、少し歩いたら直ぐ元の調子に戻った。
やけに見慣れた道を、日を避けながら歩く。
「ここだよ!」
「...え?」
到着したのは、見覚えのありすぎる喫茶店だった。
『咲、こんにちはー!!』
瑞希がそうやって意気揚々と入店して、何分が経っただろう。
今カウンターにいるのは四宮さんではなく、見た目だけで言えば、まるで不良の様な人。
『......咲の友達だか知らんが、あいつはいねぇよ。
もう少し待ってな、嬢ちゃん。』
そう優しく言ってくれたところを見るに、別に怖い人というわけでは無い様だ。
それに、わたしの存在に気づくと『おまけ』として、今4人で談笑しながらつまんでいるポテトチップスを出してくれた。
『咲が他人の話をしたのなんて、嬢ちゃんが初めてでな。
おっさんからの感謝の気持ちだ、金はいらねぇよ。』
夜中に食べたラーメンよりも優しい塩分と、手作りながらクオリティの高い食感に手が止まらない。
ありがたい限りだ。
先程から気になっていることといえば、やはり瑞希のことである。
四宮さんと知り合いであることを2、3回重ねて聞かれ、事あるごとに入り口に目線を写している。
気のせいかモジモジとしているし、やはり気になる。
と、思考を回していたら。
わたしの中でだけ話題の人物が戸を開けた。
「ただいま、おじさん。」
「おう、知り合いの嬢ちゃんが来てるぞ。」
彼は「知り合い?」と怪訝な顔をしてから、テーブル席のこちらを覗き込んだ。
「あ″」と口走った瑞希、初対面のまふゆと絵名を尻目に、わたしは軽く会釈をした。
「...こんにちは、四宮さん。
お邪魔してるね。」
「あー、宵崎さん!
......と、暁山さん?
...どういうならびなんですか?」
四宮さんのおじさんが帰宅し、代わりにエプロンをつけた四宮さんがカウンターへ入る。
買って来たのであろう冷凍食品のポテトを取り出し、鍋で熱された油へ一掴み二掴み優しく投げ込んだ。
どうやら彼も昼を済ましていなかったらしい。
「みなさんはあれですか?
深夜に通話して活動してるっていう...」
ふと投げかけられた言葉に、少しどきりとした。
が、よく考えてみれば私達がニーゴとバレる事は無い。
情報が深夜に活動、しかないからだ。
みんながそれぞれ自己紹介を始める。
「うん、瑞希とわたしは知り合いだから......」
「私は朝比奈まふゆ、って言うの。
よろしくね、四宮さん!」
またもどきりと鼓動が強まった。
久しく聞いていなかったが、よく考えればまふゆは余程なことがないと初対面の人に対して
ある種この切り替えが癖になっているのだろうが、わたしがまだまふゆを救えていない事を突きつけられている様な感じがして、胸が締め付けられた。
「...? どうしたの、四宮さん?」
四宮さんが下を向いたまま動きを止めた。
少なくとも自身から話しかけて返事をしない人では無いため、軽い心配を込めて声をかけた。
ゆっくりとポテトを皿に揚げ始めた四宮さんの顔は、信じられない物を見た様に眉間にシワを寄せでおり、その目は怪訝な物を見る様にまふゆの方に向いている。
━━そんな事があり得るのだろうか?
わたし達が数回話してもわからなかったことを、初対面の彼が?
ポテトを揚げ終わり皿をカウンターのテーブルに置いて、四宮さんは口を開いた。
「......役者志望さん、なんですかね?」
「...どういう事?」
「すごく綺麗な、笑顔の演技で。
できることならご教授願いたい物です。」
2人が見つめ合い、少しの時間が流れる。
先に表情を崩したのはまふゆの方だった。
「...そう。」
納得の一言を呟いて、ゆっくりと目を閉じて、また開けた。
その目にハイライトはない。
「教える事はできないかな。
私もいつのまにか出来てた事だから。」
驚いた。
私だけでなく、絵名も瑞希も。
下手をすればまふゆまで、彼が見破ったことに驚愕していた。
そんなわたしたちの驚愕をよそに、彼はポテトを小皿に出したケチャップに付けて口の中へ運んだ。
「このポテト結構美味しいですよ、食べます?」
進められるまま、口へ運ぶ。
......特別美味しい、とまではいかないが、そこそこ美味しいと合うのが似合う味だ。
「あんた凄いわね......
私は絵名、東雲絵名。
まあ、よろしくね。」
「はい、よろしくお願いします。」
そんな驚きの自己紹介が終わり、少ししてまた談笑が始まった。
今度は四宮さんも交えて。
ポテトチップスも無くなり、四宮さんのポテトも後少しというところ。
四宮さんが小さく、だが4人全員に聞こえる声量でつぶやいた。
「まさか、宵崎さんの熱中症からここまで関係が広がるなんて...」
ゾワッと横から圧が迫る。
ブリキの人形の様にギシギシと首を圧の方向に向ければ、そこには
「四宮さん、その話は......」
「奏、後のポテト食べていいよ。」
「いや、わたしは...」
「奏。」
威圧感に屈する。
この後に起こることを予感しながら、私はフニャフニャのポテトを口に運んだ。
「...それで、奏が熱中症だったの?」
「え、ええ、はい。
熱中症になってた宵崎さんを手当てして、この椅子に寝かして...
寝不足だったのか、10時間も寝てて。
その後家まで送って、料理を作って帰りましたけど...」
ふう、とため息をついて、まふゆがわたしの顔を見る。
「奏。
徹夜はそこそこに、外は暑いから気をつけてって言ったよね。
」
「み、瑞希、絵名...」
「「奏が悪い。」」
救助要請も虚しく却下され、大人しくまふゆの説教を受けることになった。
わたしが悪いので、しょうがないが。
談笑もそこそこにお開きにしようかという空気が流れ始めたその時。
四宮さんを見て絵名が言った。
「...スキンケアも碌にしないでその肌は嫉妬するけど...
咲、あんたこの前瑞希が言ってた、ニーゴのファン?」
ピシ、という音が聞こえて来た。
それを言われた四宮さんだけでなく瑞希からもだ。
震える声で、四宮さんは絵名へ問う。
「......何で知りました?」
「瑞希の持ってた歌から......
って、これダメなやつだった?」
「...暁山、瑞希さん。」
「な、なーに?」
まふゆとは違うベクトルの説教が、瑞希に突き刺さる。
四宮さんは珍しく、耳まで真っ赤になっていた。
「...でも、わたしはいい歌だと思ったよ。
この前聞いた時なんて、凄い綺麗で。」
「前...... 前!?
練習、聞いてたんですか?!」
「うん、たまたま......」
それを聞くと四宮さんは無表情になり、隣のテーブル席に倒れ込む。
少しして、悶え苦しむ声が聞こえた。
「できたら...もう一度聞かせてほしい。
恥じることのない、綺麗な... 心に響く歌声だから。」
「そ、そうだよ!
ほら、奏もこう言ってるからさ、説教もそこそこに!」
「そこまで言うって事は凄いんでしょ?
聞かせてよ。
......ほらまふゆ! あんたも!」
「......別にいいんだけど...
...私の嘘を見抜いたんだから、その代わりに歌ってよ。
できるでしょ?」
彼がファンであると言うニーゴ本人である事を隠し、彼へ言葉をかける。
立ち上がって前を向き、エプロンを外しテレビを消してから四宮さんはこちらを向いた。
「......下手とか、言わないでくださいね。」
「言わない。」
「じゃあ...『シャルル』歌います。」
耳を通り抜ける悲しげな声。
歌詞に合わせ曲調に合わせ、変幻自在に声が形を変える。
彼の歌声は一つの色しか写せない画用紙1枚から、色を多数描けるスケッチブックへと進化している。
歌い終わり、彼はカウンターの椅子へ突っ伏した。
耳まで真っ赤にして、羞恥に耐えている。
「......学芸会以来ですよ本当。」
「...とても良い歌だった。」
「ありがとうございます、宵崎さん。」
この日のナイトコードは、明け方まで途切れる事はなかった。