奏で彩る7=16   作:チクワ

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押し倒され、並行の2人

 何故、僕は天を見上げているのだろう。

 

 「......」

 

 いや、正確に言えば銀のカーテンに包まれて、宵崎さんの顔だけを見ている。

 鼻先30センチ、押し倒される形での急接近だった。

 

 

 「━━い、おーい。 

 咲くん、寝ているのかい?」

 

 類さんの呼びかけで意識を現在へ戻した。

 手元で延々と洗っていたカップを乾燥ラックへ突っ込み、カウンターを出て彼の横に座る。

 テーブルへ肘をついて、手の上へ顎を乗せて考え込む。

 

 ここ数日、ぼうっとして粗相をする事が増えた。

 一つ一つを見てみれば大した事ではなく、それこそ水を注いでいたらちょっとこぼしてしまうとか、似たような、だけど別の靴下を間違えて履いてしまうとか。

 

 別にそれぞれがお客様に迷惑をかけている物事では無い。

 『あっやべ』程度の物。

 どうせその内治るだろうが━━

 

 「はあ...」

 

 あの瞳が、あの匂いが、あの顔が。

 脳裏にこびりついて離れようとしないのだ。

 下手をすれば今日の夢にも出てくるかもしれない。

 僕にはこの心が、わからない。

 

 ふと横を見れば、コーヒーを飲む類さんの顔。

 ......少なくとも僕より大人な彼なら、この感情に答えを出せるだろうか?

 彼も彼で端正な顔立ちをしているな、と思いながら聞いてみることにした。

 

 「類さん、ちょっと聞いてほしい事があって。」

 

 「ん?

 悩み事かい?」

 

 「ええまあ。

 実は...」

 

 2日前の事。

 虫の知らせが僕の中で鳴り響き、突き動かされる様に宵崎さんの家へ向かった。

 鍵のかけられていない扉を開けると、そこには倒れ込む宵崎さんの姿。

 

 もちろん焦って駆け寄った、が。

 聞こえて来たのは安らかな寝息。

 その時僕は察した、おそらくまた徹夜で活動をしていたのだと。

 虫の知らせを信じてよかったなと心の中でほっと息を吐き、彼女を抱き抱えてソファーに寝かせ、家事を始めた。

 掃除など行っていない、汚部屋一歩手前のリビングを片付け、いつものようにご飯を作る。

 

 基本ここまでやれば終わり、後は帰宅するだけ。

 だが、今回はこれで終わらない。

 腕を捲り、靴下を一纏めにしてその辺に置く。

 

 そう、水回り。

 風呂の掃除をやろうと言うのだ。

 

 正直、やろうとした理由は本人には決して言えない。

 ......体臭が強かったから、などと年頃の女性に言えるわけがない、永遠に心の中へ留めておく。

 

 「よし、やろう。」

 

 両頬を軽く叩き、気合を入れて掃除へ挑む。

 割と手強い汚れはあったが、おじさん直伝洗剤ダイレクトアタックにはどんな汚れもかなわない。

 

 掃除を終え、湯張りのボタンを押してリビングへ戻ると、そこには既に起きてご飯をもそもそと食べている宵崎さんの姿があった。

 

 どうやらこちらには気づいていない様で、時々ジャージの襟などを鼻に持って行っては顔を顰めている。

 ...行動を見るにお風呂に入ることすら忘れていて、それが故の体臭であった様だ。

 

 食べ終わったのを確認して、皿の回収に向かう。

 宵崎さんもこちらに気づき、ほぼ同じタイミングで互いに会釈を交わした。

 

 

 食器を洗い終わり、帰宅の準備を進める。

 

 「お風呂の準備出来てますから、好きな時に入ってください。」

 

 「うん。

 ......四宮さん、わたし、臭かった?」

 

 その言葉に少しの静寂が流れる。

 世の男たちはこれに対して即座に答えを返せるのだろうか。

 僕の語彙力では、これに対する最適解の答えは言えそうにない。

 

 「臭、くはなかったですよ。

 いい匂いでした。」

 

 顔を出来るだけ強張らせない様にして、返した。

 宵崎さんは一瞬目を丸くして、そっぽを向いてしまった。

 ...流石に変だったか。

 

 こう言えば、ああ言っておけば、という後悔の念を一歩一歩に込めながら帰路へつこうとした、その時。

 

 「あっ、ちょっと待っ!?」

 

 呼び止められて振り向けば、よろめいて倒れ込む宵崎さんの姿。

 意識よりも早く体が彼女を抱き止めようと動き、受け止めることには成功したものの。

 

 「うあっ!?」

 

 足元にあったものがつるりと、僕の足をすくった。

 フローリングと足の間にあったカーペット。

 端の方の滑り止めが機能せず、ただの布として僕の足を

 失敗したテーブルクロス引きの様にさらったのだ。

 

 背中に衝撃が走るが、幸いにして痛みはない。

 咄嗟に閉じてしまった目を開けると━━

 

 

 

 「......四宮さんが、そこにいた。」

 

 『『おお〜...』』

 

 えななんとAmiaが感嘆の声を上げる。

 先日の出来事が頭から離れず作業が進まないため、相談という形で今、聞いてもらっている。

 

 正直、この感情に対する答えが欲しい。

 彼を、四宮咲を見ていると心が締め付けられる。

 思う事でも同様に。

 

 曲を作って、作って、作り続けて、とうとう感じることのなかった心の中に燃えるもの。

 それが彼を思うと、激しく身体を熱するのだ。

 

 『K! それでどうなったの?!』

 

 『ちょ、えななんがっつきすぎ!』

 

 ......相談を持ちかけたのはこちらだが、少し後悔している。

 望月さんにすればよかったか。

 

 でも始めてしまったものはしょうがない。

 続きを話すことにした。

 

 「......そのあと...」

 

 

  庇ってくれた彼の胸から顔をあげ、地面に手をついて立ちあがろうとする。

 

 「......」

 

 彼と目があった。

 童顔と、それに見合わぬ猫の様な鋭い瞳孔がわたしの心を鎖で縛って離さない。

 

 顔を熱が包む。

 彼と同様に、私の顔もきっと真っ赤だったろう。

 

 その状況が5分続き、互いに真っ赤な顔を隠すことなく無言のまま起き上がった。

 

 気まずい空気の中、彼が玄関を出るのを見送るまで、会話はなかった。

 

 「......また、作りに来ますね。」

 

 その言葉が、何故か心を喜ばせた。

 

 「...こんな感じだったんだけど、どうかな。」

 

 『あー、えななんこれは...』

 

 『...多分あんたと言いたい事は一緒だと思う。』

 

 先程までウキウキで聞いていた2人の声色が、孫を見守る祖母の様な優しい声へ変わった。

 

 オホン、と咳払いをして、Amiaが口を開く。

 

 『えっとね、Kのその感情は━━』

 

 

 『「明日、話してみればわかるはず。」』

 

 

 「...でも類さん、わからなかったから今聞いてるわけで。」

 

 答えになっている気がしない。

 だが類さんの目は別にふざけているわけではないことを示している。

 

 「そうだね、じゃあ......これだけは覚えて話すといい。

  君にとってその人は大切な人だということをね。」

 

 

 「Amia、それでわかる物なの?」

 

 『いいからいいから!

 明日会いに行ってきなよ!』

 

 Amiaのその一言で、この話題は終了となった。

 ナイトコードの会話は本筋に戻り、新曲を誰が歌うかの話題になる。

 

 えななん、雪、わたし。

 今まではその3人の出せない音域をAmiaがカバーする形であったが、今回はAmiaでも難しい。

 調整してAmiaでも歌える様にすべきかとも考えたが、それではこの曲を未完成で出すのと同じだ。

 

 メロディー自体は完成していることから、ここで詰まるというのは難しい問題。

 多彩な音域を持ち、関わりのある人。

 ......おあつらえむきの人が1人。

 

 意を決して、ナイトコードに爆弾を落とす。

 これが起爆するかしないかは、ある種運と信頼次第であった。

 

 「みんな、少し相談があって━━」

 

 

 

 

 

 

 

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