「四宮さん、歌って欲しい、」
「......無理です。」
こうして苦い顔で断るのも何回目だろうか。
類さんから『その感情を知りたければ会え』と言われた翌日、タイミング良く宵崎さんが来た。
先日のことをお互いに謝り、また明日ご飯を作りに行くことを約束したところまでは良かったのだが...
今僕は必死に目を逸らしている。
宵崎さんの瞳を見てしまったら、僕は要求されていることにいいえと言えなくなるのだ。
そんなことで、と思う人もいるだろうが、彼女の目は僕にとって最高に相性が悪い。
火に水をかければ消える様に、ガソリンに火を放てば瞬く間に燃え上がるように。
彼女の瞳は僕をイエスマンにさせる。
それほどまでにして宵崎さんの要求を拒むのは何故か。
始まりは30分前に遡る。
今日は空一面を覆い尽くす曇りであり、いくらか楽そうに来た宵崎さんへいつものように水を出した。
ふと彼女の手元を見れば珍しく持ち物、ノートパソコンがあった。
「...実は、四宮さんに頼み事があって来たんだ。」
僕の目線がパソコンに向いていることに気づいたのか、その四角い電子機器をおもむろにカウンターへ開き置いた。
そこには『ブラックナイトタウン』とゴシック体で記された文章と再生ボタン。
宵崎さんの細い指がタッチパッドを押すと、音が僕の耳を包み込む。
バイオリンらしき音からギターへ、盛り上がって多数の音が重なり合う。
とても良いメロディー、素人の僕でもわかることだ。
だが、それと同時に
歌が、無い。
これはただのメロディー、旋律ではなく誰かが歌って完成するもの。
軽く首を傾げる。
聞かせられた分には良いが、何故これをいちいちパソコンを持ってきて僕の前で再生したのだろうか。
それこそスマホあたりからでも流せそうだが。
曲が終わると同時にパソコンが折り畳まれ、宵崎さんの手元へ戻って行く。
それを目で追い視線が彼女の顔へ移った時、それを待っていた様に彼女は口を開いた。
「四宮さん。」
真剣な眼差しでこちらを見る顔に、つい背筋を伸ばしてしまう。
その伸ばした背筋は、次に耳を襲う爆弾に砕かれる事となった。
「━━ニーゴとして、『25時、ナイトコードで』としてこの曲を、歌って欲しい。」
「━━無理です。」
条件反射であった。
こうして最初に戻る。
宵崎さんはこちらを見続け、僕はその目を見ない様にそっぽを向き続ける。
いつまでやっていれば良いのだろうか、現在時刻は午後1時、閉店までは余裕で5時間ある。
冷蔵庫の中を確認するふりをして、顔を完全に宵崎さんから離した。
これで幾らか楽になったと思えば、今度はまた何か話し始めた。
手元で作業をしている都合上耳を塞ぐこともできず、結果的にノーガードでその言葉を受け取ることとなってしまった。
「......四宮さんの歌声は、唯一無二。
前向きなポップ調の曲も悲しげなバラード調の曲も、変幻自在に歌い分けて、私達4人では出せない声も表現できる。」
胸の辺りと顔が熱を持つ。
恥ずかしさと嬉しさの螺旋が僕を襲っている。
僕は別に感情が無いわけでもなく、天邪鬼でも無い。
ただ作り笑顔だけしか出来ない男だ。
だからこそ、宵崎さんによるど真ん中直球ストレートの褒め言葉が突き刺さる。
言ってしまえば9年前からそこだけは変わっていない、つまりは今、『仲の良い綺麗な年上の女性に、ものすごい褒められてる6歳児』の構図が完成している。
......正味、こうして褒められて、ニーゴという尊敬のグループで歌わないかと言われているのは嬉しい。
だけどそれ以上に怖さがある。
暁山さんに僕の歌を他人に見せるな、と言ったのもその怖さがあるからだ。
知らない人に馬鹿にされ、貶され、笑われる。
これ以上の恐怖は無い。
だからこそ僕は『無理』と断った。
「だから、私達と歌って欲しい。」
「......僕は怖いので、辞めておきます。」
「...四宮さん、一度こっちを見て。」
どうせ断るから、と振り返ると、両頬を掴まれ引き寄せられる。
至近距離にある彼女の瞳には、反射した僕の目が映った。
「わたしが、貴方の恐怖を肩代わりする。
もし失敗して何か言われる事が怖いならわたしが貴方を庇うから、歌って欲しい。
...わたしたちには、貴方が必要だから。」
僕の恐怖の源泉は、幼稚園の学芸会だ。
嫌われていたかはわからないが、劇の1シーン、それも1番重要なところで足を引っ掛けられ転ばされたのだ。
当時の僕にアドリブという発想は無い。
体を地に打ち付け、『いたっ』という声の後にすかさず起き上がる。
役に戻ろうと正面を向けば、先程まで緊張で聞こえなかった保護者たちの笑い声。
後ろからは友達が鼻で笑う声。
誰も僕を心配する者はいなかった。
結局その後に関しては記憶が無い。
その事がずっと楔となり、『不特定多数の前で何かをする』ということに距離を置かせていた。
だが目の前の女性は、その楔を引き抜いたのだ。
失敗による嘲笑から庇うと、断言してくれたのだ。
「......そこまで言うのなら、やります。
後悔しても知りませんよ。」
ならばやるしかあるまい。
その覚悟に報いなければ、僕は僕で無くなるだろう。
「しないよ。」
脅しの様に言った言葉すら打ち返され、分かった。
きっと僕はこの人に、敵わない。
「......ちなみにナイトコードって、どうやってやるんですか?」
「えっ」
25時。
ナイトコードには見知らぬユーザーネームの、5人目がいた。
「...えっと、ユーザーネーム? は
由来は
よ、よろしくお願いします。」
嘘だ。
そんな複雑につけたわけじゃなく、ただ9年寝てたから
nineというだけだ。
『おー! よろしく!』
『よろしくね、nine。』
『...よろしく。』
「......暁山さんと東雲さんと朝比奈さん?」
『ゆ、ユーザーネーム! ユーザーネームで!』
「あっ...
Amiaさんとえななんさんと雪さんですね。」
「それじゃあ、自己紹介もそこそこに始めようか。」
Amia━━ 暁山瑞希の脳内に、この一瞬の中である疑問が生まれる。
それは本当に些細な出来事だったが、Amiaの思考をかき乱す程のものであった。
『......Kとnine、もしかして同じ部屋にいる?』
『え? 何言ってんのAmia?』
「ああ、一緒に居ますよ。」
「うん。」
『え゛』
「Kさんの家に来た方が収録楽だったので。」
「nineの家、防音が無いから。」
Amia、えななん両名は戦慄した。
この2人がこれで付き合っていないことを。
話を聞く限り、互いに恋心を抱きながらそれを認知していない事を。
『K、始めよう。』
「うん。
じゃあ、完成した曲を送るね。」
夜は、更けていく。
絵名さんのバースデーライブ、良かったです。
筆者も同じ誕生日なので、しみじみと見てしまいました。