悩むのも、また青春。
若さは勢い、若さは力。
楽しめ一瞬を、それこそ真の人生だ。
心臓が張り裂けそうな程の興奮を、どうにか胸の内に収めながら。どうにか格好だけは整えて、隣の席に腰を下ろす。
悟られたくはない、でも完全にスルーされるのもなんだか哀しい。
出来れば俺と同じ思いでいてほしい、と思うけど。
隣にいる相手の心なんか、分かる筈がない。
まして俺ごときが、この魔人を御せるわけがないじゃないか。
千夏先輩の気持ちは、いつだって読めないのだから。
「今度の休み、遊びにでも行こうか」
同居再開当日の夜、千夏先輩はそう言ってきた。
九月の頭から一ヶ月程離れていたわけで、思うところはそりゃある。あるけど、俺からそういう事を言うわけにもいかない。だって俺は、どこまで行っても同居人でしかない。恋人どころか、友達かどうかも怪しいくらいだ。
しかし千夏先輩は、その辺は無視する感じらしい。まあこの人、距離感バグってるところあるからな。
誘ってもらえるのは有り難いし、とても嬉しい。
しかし、良いんだろうか。
線引きは撤回して貰えたし、こうして仲良くしていきたいのは確かだけど。
先輩は、どういう気持ちなんだろうか。
俺の事を、どう思っているんだろうか。
――考えてどうなるものじゃないけど、さ。
「そう、ですね。どっか行きましょうか」
俺はバカな癖に、考えすぎるから。ただ動こう、それで良いんだ。多分。
良いはず、なんだけどさ。
久し振りに待ち合わせて、駅で逢った時点で色々と心が揺れてしまったのが俺だ。
普段の私服とは違う、いつぞやの水族館の時ともまた違う。女子っぽさを強調した可愛い先輩を見て、思ってしまった。まるでデートだな、と。
いや、そうじゃない。これはただ、遊びに行くだけ。恋人とかデートとか、そんなんじゃないだろう。俺が勝手に、そう取っているだけ。千夏先輩にそんな意図は無いだろう、きっと。
映画を見て、そして街を歩くだけ。特に何をするわけでもなく、のんびり休日を過ごす。それだけなんだ。
……そう、それだけ。それが、物凄く緊張してしまう。
どうしよう。まだ駅さえ出てないのに、胃が溶けて無くなるかもしれない。
千夏先輩の笑顔を見ながら俺は、幸せすぎて死にそうになっていた。
「んー……やっぱり動くと色々違ったねぇ……」
映画を観終えての喫茶店、千夏先輩はパンフレットを見ながらちょっぴり複雑な顔をしている。前から追いかけていた漫画がようやくの映像化なのに、出来がどうも微妙なんだとか。
「いっそつまんないくらいなら笑ってネタにするんだけど、ああも普通だと扱いに困るよね」
「そうです、か?」
相槌は打てども、どうにも芯を食った返答が出来ない。だって、暗い場所で二人ならんで座っていたんだもの。スクリーンより先輩の方をチラチラ見てしまって、映画に集中するどころじゃなかった。
あれこれと今はこう言っているけど、上映中の先輩は楽しそうだったし。クルクル変わる表情を眺めているだけで、胸がいっぱいになってしまった。この人はとても可愛くて、そして愛らしい。……同じような意味だな、語彙力だせ語彙力。
とりあえず、落ち着こう。
これからどうするか、も考えないと。本当にノープランだからな、先輩は映画の事しか言ってなかったから。空いた時間は適当にブラブラしようか、くらいにしか話してない。
こういう時に行き付けの店とかサッと誘えれば、多分格好いいんだけど。
でもそれ以上に、先輩がどう思うかが大事か。こっちからあれこれ押し付ける訳にはいかないし、でもあんまり聞きながらってのも格好付かない。
俺が人の気持ちを察してスマートに動ける男だったら、どんなに良いか。
それが出来ない自分のバカさが恨めしい。せっかく一緒に出掛けておいて、これじゃお荷物も良いところだな。
――と。
千夏先輩が丸めたパンフレットを振りかざし、ぺふんと俺の頭へと降り下ろしてきた。
痛くはないけどなんだろう、何か怒らせるような事をしだだろうか。
「大喜くん、さ。あんまり悩まないでよ。私は大喜くんとこうして出掛けて、それだけで楽しいから」
千夏先輩の顔は少しだけ赤いけど、眼差しは真剣な光を湛えている。
見透かされていた、ということなんだろうか。あれこれ考えるばかりで、今を楽しめていないことを。
水族館の時と同じだ、あの日も考えすぎてパンクしそうだった。
そうじゃない、よな。今考えるべきは、今するべきは、そうじゃない。
これ以上考えるのはやめよう、格好もつけなくていい。
千夏先輩が俺と出掛けたいと言ってくれた、それが楽しいと言ってくれた。それが幸せでなくて、何だと言うんだ。
なら、良いじゃないか。
「――あの、先輩。この後なんですけど……」
あれこれ考えない、ただ楽しむ。それだけ。
まるで同い年の友達みたいに、なにも考えず遊ぶ。二人揃って、バカみたいに。
一度そう決めてしまうと、後は簡単だった。そりゃま、そうだよな。
カラオケやってゲーセン行って、ショップ冷やかして。適当に適当に、脚の向くまま気の向くまま。
そんなこんなで陽も傾いて、そろそろ帰ろうかと駅の方へ脚を向けた頃。
ようやく俺は、小さな違和感に気付いた。
俺は千夏先輩が好きだから、一緒にいるだけで楽しいし幸福だ。でも、でも。千夏先輩はどうして俺と出掛けたい、一緒にいたいと思ってくれたんだろうか。
……もし。もしも千夏先輩が、
「いや、……いやいや」
まさか、なあ。いくらなんでも、都合が良すぎる。と言うか、そうなると俺はどうしたら良いんだ。雛に告白された事さえ呑み込みきれてないのに、いつの間にか千夏先輩と両想いになっていたとか胃もたれ起こすわ。いや光栄だし天にも昇る気分だけど、どうしよう。
「? 大喜くん、どうかした?」
不思議そうに覗き込んでくる先輩の顔が、いつも以上に眩しく見えてくる。
きっと気のせいなんだけど、一回そんなことを考えてしまうとどうも止まらない。
もし俺の方から、先輩が好きだと打ち明けてしまったらどうなるかな。
驚いてドン引きするか、それとも受け入れてくれるだろうか。
「いえ、何でもないですよ」
何でもあるけど、今はまだ良い。
幸い駅からは、同居バレ防止に一旦別行動だ。家に着くまでの時間、ゆっくり考えよう。
それに大して難しい話じゃない、気持ちを伝えるかどうかってだけだ。
どうなるかは分からないけど、理想を言えば受け入れて欲しい。俺は千夏先輩が、好きだから。
頑張ろう、俺。頑張れ、俺。