このお話は、トム・リドルがマグルの孤児院で産まれることはなく、魔法族の家庭で育てられた話である。

つまり、不幸でいじめっ子で闇に落ちるトム・リドルは存在しない。


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トム・リドルとその家族

ロンドンのとある街。

深々と雪が降る凍えるような冷たい夜。一人の女がよろめきながら街灯にもたれ掛かり、そのまま苦しげにうめいた。

手の皮膚がくっついてしまいそうなほど冷え切った街灯も、酷く発熱し意識が朦朧としている彼女には何も、感じない。

 

 

彼女──メローピーは妊婦だった。それも、出産間近の。

 

 

呻き唇を噛み締め、陣痛の波に耐え、ようやくその痛みが遠ざかった頃、メローピーはよろよろと足を進める。べりっと手の皮が剥がれたが、そんな些細な痛みに全く気がつかない。それ程、陣痛の痛みは壮絶だった。

 

メローピーは一人で産める。そう思っていたが──碌な食べ物もなく、衛生面も最悪、持ち物は全て売り払い、寒さを凌ぐ宿も借りられないほど困窮していたメローピーは、ロンドンにあると聞いた孤児院に向かっていた。

 

 

「はあっ…!はあっ…!!あっ、あああっ!!」

 

 

びしゃりと股から生暖かいものが流れ出る感覚にさっと表情を蒼白にしたメローピーは何とか、近くの路地へ身体を引きずりながら潜り込んだ。雪の上に座るわけにはいかない、こんなところで産んだら、赤子が──死んでしまう。

 

 

はっ、はっと枯れた息が喉から出る。

 

 

あと少し、あと少しなのに!

あの人との、トムとの愛の結晶!

きっと、この子を見れば──トムは、私の元へ戻ってきてくれるのに…!

 

破水したメローピーは、出産の時が近いのだと漠然と理解した。

 

そして、恥骨の奥、背中の裏あたりからずくずくとした痛みが身体を襲い──メローピーは顔色を変えた。

 

 

「あっ、あ、ああああっ!!」

 

 

痛みの波は、メローピーの細い体を打ち砕く。骨が折れたかのような激痛に、メローピーはたまらず地面に横たわり、痙攣しながら目から涙を流した。

 

 

ああ、だめ、まだ力んだら、だめ、だめだって、本に書いてた。い、いつ(りき)めばいいの?わからない、わからないよ。助けて、トム、助けて──。

 

 

破水後の陣痛は、今までの陣痛と比べ物にならない痛みである事が多い。

骨を無理やり広げて赤子が出てくるのだ。

その痛みにより、体は高熱を発し、顔や目の毛細血管が切れることも珍しくない。

どれくらいの痛みか?赤子が出てくる部分を開くためにハサミで切られたとしても、その痛みに気がつかないほどの激痛、といえば想像しやすいだろう。

 

 

 

「誰?どうしたの?──まぁ!あなた、大丈夫!?」

「は、…はっ…た、たすけて…」

 

 

メローピーは点滅する視界の中、突如聞こえた声のする方に手を伸ばした。

 

現れた女性はたまたま明日の朝食に必要なパンを買い忘れていた事に気がつき、買い出しに出掛けていた。家への帰路を急ぐ中、突然路地から女性の叫び声が聞こえ──殺人事件かと、少々びくびくしながら覗き込み、そして路地の奥で倒れているメローピーに気がついた。

 

 

「…っ!!あなた、妊婦ね!?ああ、大変!すぐに家へ行きましょう!ちょっと不思議なことが起こるけど、まぁ、気にしないでちょうだい!」

「…っ…?」

 

 

女性は早口に言うとすぐにメローピーの元に駆け寄り、その震える真っ白な手を強く握った。

 

 

「私は、ダイアナ。ダイアナ・ラウザー。あなたは?」

「わ、たしは…メローピー…リドル…」

「オーケー!メローピー!行くわよ!」

 

 

ダイアナ、と名乗った女性は明るく言うとウインクを1つ零し──そのまま姿くらましをした。

 

 

 

メローピーは孤児院には行けなかった。

しかし、神はたった一人で出産を迎える哀れな19歳の少女を見捨てなかった。

いや──むしろ、神は、彼女が愛したトム・リドルと出会うまで受けていた数々の精神的・肉体的虐待を憐れみ、とんでもない幸運を送った。

 

そう、メローピーを見つけたのはマグルではなく、正義感に溢れて、慈愛に満ちた優しき魔女だった。

 

 

 

 

「ただいま!」

 

 

ダイアナはメローピーの腕を肩に担ぎ、支えながら自宅のど真ん中に姿を現す。

あまり、その家の者であっても外出から帰ってきた際に家の中に姿を現すことはなく──ダイアナの主人であるウィリアムは驚いたように肘掛け椅子から立ち上がり、妻が居るだろう音のした方を見た。

 

 

「遅かったですねぇ。姿現しでご帰宅ですか。あなたは身重ですよ?いやはやお転婆なのは今でも変わらず──おや、お友達ですか?」

「馬鹿な事言ってないで!妊婦よ妊婦!しかも、もう産まれるわ!ほらウィル!お湯を出して!私はここにベッドを出すから、あとは、えーと、そう!助産師!…は、もう間に合わないわね!」

「おやおや大変ですねぇ」

「っ…あ、あなた、たち…魔法が…?」

「そうよ!そんな事は後でいいわ、ほら、メローピー、ベッドに乗れる?無理よね、陣痛ってかなり痛いもの…浮かせるわよ?」

 

 

ダイアナはテキパキと杖を振りリビングにある家具を部屋の端までぶっ飛ばすと──それを見たウィルは「おやおや」と肩をすくめた──すぐに大きなベッドを出現させた。

杖を優しく振るい、メローピーを浮かせた後、近くにあったタオルをベッドの上部にある柵に取り付け、メローピーに手渡す。

 

 

「メローピー、これ握ってなさい。あと、陣痛が来ても目を閉じちゃ駄目。しっかり目を開けないと…目の周りが内出血するわよ」

「えっ…あ、きた、あ、あぐっ、…ああああっ!!」

「そうそう、声を出した方が良いわ。上手じゃない!──ウィル!防音魔法!」

「もうかけましたよ」

「流石!」

「…僕は、えーと…ミス・メローピー?の上にいますから、ええ」

 

 

 

ウィリアムは妻、ダイアナがメローピーの下着を剥ぎ取り床にぽいっと捨て、着ていたワンピースを捲り上げているのを見てすぐに視線を逸らすと、そそくさとメローピーの頭側へ移動し、脂汗の滲むメローピーの額を優しく清潔なタオルで拭いた。

 

 

 

「あっ、うっ…はーっ!はーっ!」

「ごめん、見るし、触るわよ」

「な、なんでもいい、からっ…赤ちゃん…赤ちゃんを…!」

「安心しなさい。私は経産婦よ!…あ、もう頭が見えてるわね──よし、メローピー!次の陣痛が来たら、力んで!足は閉じないように、魔法かけるわよ?」

「り、力むって、どうや、るの?」

 

 

メローピーは涙を流しながらくらくらする思考で、ダイアナを見た。力むって、なんだ、本には色々書いてあったが全くわからない。

ダイアナはメローピーの足を開き、動かないように魔法で固定しながら安心させるため、にっこりと笑った。

 

 

「1週間便秘でようやく兆しがきて、力む感じかな!!」

「え……」

「…ちょっとダイアナ。その例えは…」

「ええ?わかりやすいわ!」

 

 

あっけらかんと言われた言葉に、一瞬メローピーはこの人何言ってるんだと正気に戻り痛みをほんの僅かに忘れた。

だが、陣痛の感覚というものはだんだん迫ってくる。すぐにまた痛みの波が訪れ、メローピーはタオルをぎゅっと掴みそのまま──一応、言われた通り力んだ。

 

 

「うううううっ!!」

「はい!いいわよー!…よし、深呼吸ー次の波が来るまでリラックスよー」

「…水でも飲みますか?メローピーさん?」

「あ、ありがとう…」

 

 

ウィリアムは杖を振るい水の球を出すとメローピーの口元まで浮遊させて、そういえば、喉が痛い──メローピーは冷たい水が体の中に染み渡っていく感覚に、なぜか無性に涙が溢れた。

初めてだった。こんなにも、…魔法をかけずとも、優しくしてもらえるのは。

 

 

「大丈夫よ、もうすぐベビーに会えるわ!」

「ええ…。…あ、ま、また、──ああっ!!」

「メローピー!呼吸を止めちゃ駄目!息をしなさい!ベビーが苦しくなっちゃうわ!」

「っ…!は、はあっ!」

 

 

ダイアナの強い言葉に、メローピーはつい止めていた息を吐き、必死に酸素を吸った。

次の陣痛は、かなり間隔が短く──メローピーは早くこの激痛から逃れたい思いで、顔を真っ赤にしながら全力で力む。

 

 

「あ、ああああ!!」

「頑張って、もう、──産まれたわ!!」

「う、…まれ…た…?」

 

 

ずるり、となにかが出て行く感覚があった。

ちかちかと点滅する視界、すっと消えた痛み。

メローピーは荒い呼吸をしながら、微かな赤子の泣き声を聞いた。

 

 

ダイアナは杖を振り産まれたばかりの赤子をウィリアムが用意していたお湯で包み優しく撫でた。

赤子はいきなりお湯の中に入れられ、びくりと手足をぴんと伸ばしたが小さく「ほにゃあ」と猫のようにか細く泣くだけだった。

赤子の血や体液を拭いそのまま清潔なタオルで包み、ダイアナはメローピーの顔の横にその産まれたばかりの命をそっと置いた。

 

 

「おめでとう、メローピー!男の子よ!」

「おめでとう、メローピーさん。ああ、栄養薬を持ってきますね」

「あ…ありがとう…」

 

 

ウィリアムは出産で体力が落ちているだろうからと薬品棚に向かい、ダイアナは血や体液で汚れたベッドをスコージファイで清めた。

 

 

「この子が…パパに似ますように…」

 

 

メローピーは産まれたばかりの赤子の頬を撫でる。ずっと羊水で満たされていた場所にいた赤子の身体はかなり浮腫み、まだどちらに似ているのかわからない。だが、どうか──トムに似てほしい。そう心からメローピーは願った。

 

 

「どっちに似るのかしらね?…名前はどうするの?」

「名前…この子の父親の、トムと…私の父親のマールヴォロ…苗字は、リドル…。トム・マールヴォロ・リドル…それが、この子の名前…」

「トム・マールヴォロ・リドル…。…良い名前ね!」

 

 

正直。マールヴォロって何処かで聞いたような…とダイアナは思ったが、あまり物事を深く考えないダイアナはすぐにその考えを忘れてにっこりと笑う。

 

 

「…ところでメローピー、あなた。魔女でしょう?」

「…ええ、…そうよ…」

「やっぱり!魔法に驚いてなかったものね。あー!よかった!後でオブリビエイトしなくてよさそうね」

「…おやおや、あなたマグルだと思って手助けを?いけません。マグルと僕たちが関わるのは──」

 

 

薬を持ってきたウィルは、責めるような目でダイアナを見たが、ダイアナはめんどくさそうに手を振りその言葉を遮った。

 

 

「はいはいウィルのマグル嫌いは今、どーでもいいわ。薬は?」

「…ここに。…もう、全く…仮にも旦那様に対する対応ですか?」

「後で聞くわ。…さ、メローピー。飲んで?」

 

 

ダイアナは受け取った薬瓶をメローピーの口元にそっと当てた。

メローピーは僅かにそれを飲み…そして、長いため息を溢す。

疲れた、疲れ切った。何も考えたくない──。

ぼんやりとする思考の中、メローピーはダイアナの青い瞳をじっと見つめた。

 

 

「ありがとう…ダイアナ…」

「良いのよ、メローピー!大変な時は、助けあわなきゃ!」

 

 

メローピーはゆっくりと瞬きをして、微かに微笑んだ。

力無い微笑みに、ウィリアムとダイアナは息を呑む。──薬の効きが悪い。そうか、もうこの人には生命力が残っていない…。

 

魔法薬を飲んだとはいえ、命の火を復活させるものではない、ただの栄養薬でしか無いそれに、延命させる効果は無い。

 

 

メローピー自身、命が尽きかけているとわかっていた。

命をかけた、出産だったのだ。

ああ、最後に愛するトムに会いたかった。だけど──もう、私にはその力も、無い。

この子は、私とトムの子どもはどうなるのだろうか。孤児院に行くことになるのだろうか…マグルの、孤児院に…?

魔法がきっと、出現すれば、この子は怖がられる、避けられる、いじめられたら…?…私のように、暴行を受け、その力が抑圧されたら…?

 

そんな事、あってはならない。

 

 

「ダイアナ…お願い…」

 

 

メローピーは、今この場に居る優しき魔女に、我が子を託す決意をした。

息も絶え絶えに、メローピーはダイアナに手を伸ばす。ダイアナは優しい目でメローピーを見つめ、その手をしっかり握った。

 

 

「この子を…トムを…どうか…」

「ええ、大丈夫。任せて!」

「…あり…がとう」

 

 

会ってまだ数時間も経ってないだろう。だが、それでも、どうかこのダイアナという魔女が心優しき魔女であり、トムを魔法族の孤児院へ送ってくれますように。とメローピーは強く願った。

 

 

ダイアナはベッドで大人しく寝ている赤子をそっと抱き上げ、メローピーの胸元に置いた。

メローピーは微かに顔を上げ、自分の胸にぺたりと頬をつけ、うごうごともがくように動くトムを見つめる。

 

 

「トム……」

 

 

そっと、メローピーはトムを抱きしめた。

小さな手を、指で撫でれば、トムはきゅっとメローピーの指を掴む。思ったより強い掴みと、暖かい赤子の体温に、メローピーは涙を流し「トム…愛してるわ…」と吐息にも似た声で、微かに呟き──そして、静かに、目を閉じた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

トム・リドルは泣かない赤子だった。

赤子というものは、不快な時に泣くが、ダイアナが良く世話をした為特に不快に思うこともなく夜泣きも全くしなかった。

 

しかし、それもトム・リドル──ここから彼の事を、リドルと明記しよう──の首が座り、寝返りを打てる程度になると変わる。

 

 

「ええーーーん!!」

「かあさーん!トムがかってに泣いたぁーー!」

「まぁ、トム?どうし…レオ!またトムを宙吊りにして!!」

 

 

リドルの泣き声と、長男レオナルド──通称レオの叫び声に、身につけていたエプロンで手を拭きながらキッチンから現れたダイアナはぷかぷかと浮かぶリドルを見て、一瞬ぽかんと口を開けたが、すぐに顔をかっと赤くして怒った。

 

宙吊りになっていたリドルを慌てて抱えれば、リドルはすぐに泣き止み「うー」と不満を漏らす。

 

 

「喜ぶかとおもったの!」

「だからって、トムはまだ赤ちゃんなのよ。レオ、宙吊りは3歳からにしなさい!…ほら、トムにごめんなさいは?」

「はぁい…トム、ごめんね?」

 

 

レオはわしわしとリドルの黒く柔らかい髪を撫でたが、リドルはぷいと無視し眠そうに目を閉じた。

レオは、ダイアナとウィリアムの長男であり、まだ3歳の少年だった。父譲りの美しいプラチナブロンドと、母譲りの青い眼。愛らしく可愛らしい少年は──少々過激なまでに新しくできた弟を愛していた。

 

 

「…いやぁ。僕は3歳になっても宙吊りは早いと思いますが…ねぇ、アイラ?」

 

 

騒ぎに気付いたウィリアムは、腕の中に眠る産まれたばかりの赤子に声をかけたが、赤子は騒ぎの中すやすやと眠ったまま起きる事はない。

 

アイラは、レオと同じくプラチナブロンドの髪と、青い瞳を持つ、産まれたばかりの女児で、リドルの半年ほど後にこのラウザー家の一員となった。

 

 

リドルの事を可愛がるあまりに宙に浮かせたり周りを人形で埋めてみたりするレオのせいで…リドルの赤子時代は大変だったと言えるだろう。

 

 

そう。メローピーは、リドルが魔法界の孤児院に連れていかれる事を望んでいたのだが、ダイアナはメローピーの言葉を聞き、「この家で育てろって事ね!」と解釈し我が子として育てた。

 

ウィリアムは「トムは私が育てるわ!」という妻の言葉に初めは流石に反対し、魔法界にある孤児院に連れて行こうと言ったものの…メローピーの遺言だと言い譲らなかったダイアナに、ついついウィリアムは折れた。

 

 

それがリドルにとって幸福な事だったのかは、今はまだわからない。

が、平穏な赤子時代を過ごす事は出来なかった、とだけ書き記しておこう。

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

リドルは5歳になった。

そんな5歳のリドルは全力疾走していた。

 

 

「はっ…はぁっ!」

 

 

広い草原はいつまでも続く。

そして、後ろから「あはははは!」という奇妙な笑い声も、絶えず近付いてくる。

 

捕まってたまるものか!捕まれば、何をされるかわかったもんじゃない!

 

今までの経験からリドルは必死になって走ったが──。

 

 

 

「捕まえた!!」

「うわっ!!離せっ!」

「嫌だ!」

 

 

逃げられなかった。

それも、仕方のない事だ、リドルを追いかけていたのは箒に乗ったレオであり、子どもの全力疾走などすぐに追いついてしまう。

レオは器用に片手でリドルをむんずとだくと、そのまま箒を急上昇させる。リドルは箒に跨っていない、足をぶらぶらとさせたまま息を飲み、必死にレオの服を掴んだ。

 

 

「レオ!お、落ちる!」

「暴れんなって!──ほら!」

 

 

レオはぐいっとリドルの服を持ち上げ、リドルも必死に箒の柄によじ登り、なんとかレオの前にまたがることが出来た。

 

 

「ほらほら、今日はおにーちゃんと散歩に行こう!」

「普通に誘ってよ!」

「えー?だって、初めて箒に乗るから行こうぜって言っても、トム嫌がるだろ?」

「は、初めて…?」

 

 

リドルは今自分がいるところからちらりと地上を見下ろし、さっと顔色を変えた。

レオは楽しげに、にぱっと笑い、大きく頷く。

 

 

「なぁ、どうやって箒って下降させると思う?」

「──っ!!」

 

 

ぐんぐんと速度を上げて高く登る中、リドルは声にならない悲鳴を上げ。物心ついた時から換算し何十回目かの死を覚悟した。

 

 

 

 

 

「楽しそうねー」

 

 

空から子どもたちの楽しそうな笑い声と、叫び声を聞きながらダイアナは朗らかに言った。

レジャーシートの上には沢山のサンドイッチやスコーン、お菓子、そして勿論紅茶セットがあり、白くつばの広い帽子をかぶっているダイアナは優雅に紅茶を飲んだ。

 

同じように空を見上げていたウィリアムは、「ああああーー!!」と聞こえるリドルの悲鳴に、うーん、と困ったように眉を寄せる。

 

 

「トム。楽しんでますかねぇ、あれ」

「楽しそうじゃない?降りてこないもの」

「いやぁ…どう見ても…」

 

 

レオに振り回されているだけのように見えるのですが。と呟くが、まぁ、愛しの妻がいうのならそうなのかもしれないとウィリアムはすぐにころりと考えを変えた。

 

 

「いいなぁ、私も飛びたい…」

「8歳になってからよ、それまではレオに乗せてもらいなさい?」

 

 

ダイアナの膝の上に座り、羨ましそうに空を見上げているのはラウザー家の末っ子、アイラだった。

 

アイラは小さな咳をけほけほとこぼし、すぐにダイアナが優しくその背を撫でる。アイラは他の子どもと比べ、病弱であり熱を出し寝込むことが多かった。

リドルと同じく5歳になっているがまだ、魔力の発現は無い。

 

 

 

「…あ」

 

 

空を見上げていたウィリアムがぽつりと呟く。ダイアナとアイラも同じように空を見上げた。

 

 

 

「ああああーー!!」

「あーーーはははははっ!!!」

 

 

空から悲鳴と笑い声が子どもたち2人と共に降ってきた。

ウィリアムとダイアナはすぐに杖を振るい、2人は何とか地面に激突し中身を落ちたトマトのようにぶち撒けずに済んだ。

 

 

びたり、と地上10センチあたりで止まったリドルとレオは、少し滞空してからびたんと芝生の上に落ちる。

すぐに身体を起こしたレオはキラキラと目を輝かせた。

 

 

「トム!!もう一回やろうぜ!」

「っ…だ、だれがっ…誰がやるか!!」

 

 

リドルは半泣きだった。

考えてみてほしい。魔力の出現はあるとはいえ、自在に使うことのできない子どもが地上50メートルあたりから落下した時の絶望を。

 

レオはスリリングな浮遊感をもう一度楽しみたかったが、リドルはテコでも首を縦に振らずにぶつぶつと文句を言いながら父と母、そして妹の待つレジャーシートの上に座り怒りのままにサンドイッチをむんずと掴み食べた。

 

 

「トム、楽しくなかったの?」

「…アイラが次は箒に乗ればいいよ、僕はもう、絶対に嫌だ」

 

 

もぐもぐとサンドイッチを食べリドルは低く呟きながら、ふわふわふらふらと落ちてきた箒を掴み、また跨り空へ飛んでいったレオを睨む。

 

 

「トムにも、8歳になれば箒を買ってあげますよ」

「…その前に、ちゃんと乗り方を教えた方がいいと思うんだけど…レオに」

 

 

レオはまた、空からリンゴのように落ちてきた。箒に振り落とされたのではなく、自分から手をパッと離しその浮遊感を全身で楽しんでいた。

ウィリアムはレオの方を見ずにまた、魔法を放ち子どもが潰れたトマトになるのを回避する。

 

 

「レオ!故意に落ちるのはダメですよ。ちゃんと箒は持ちなさい」

「えー?」

「レオ」

「…ちぇっ!」

 

 

レオは父の厳しい声につまらなさそうに口を尖らせた。ウィリアムはため息をつき立ち上がると、レオの側に行き、リドルの言うようにちゃんと箒の乗り方を教えた。

 

リドルは暫く兄と父を見ていたが、あの中に混じる気は毛頭もなくサンドイッチを食べ終わると鞄の中から分厚い本を出し、ダイアナの隣に座るとその身体にもたれかかって本を開いた。

 

 

「まあトム。こんな所でも本を読むの?」

「…僕、本が好きなんだ」

「母さんとしては、こんな天気がいい日くらい、外で遊んで欲しいわ」

「……だめ?」

 

 

リドルはちらりとダイアナを見上げた。

ダイアナはにこりと笑い「駄目じゃないわ」と優しくリドルの頭を撫でた。

リドルは許可が出たのならいいや、とすぐに本に視線を落とす。

暫くは、心地のいい風と隣にいる母の温もり、妹が鼻歌混じりに花冠を作る穏やかな平和の空気が流れていたが──。

 

 

だが、彼の平和は続かない。

 

 

「トムーー!!お兄ちゃんと遊ぼうぜーー!!」

 

 

 

リドルの平和は90%、兄レオにより破壊された。

 

 

レオはリドルの前に立つとその本をさっと奪い、リドルが驚いている間に無理矢理腕を掴みずるずると引き摺っていく。

 

 

「嫌だ!…い、嫌だって言ってるだろ!!うわっ、やめろ!か、母さん!!」

 

 

リドルはダイアナに向かって腕を伸ばした。

必死な形相のリドルに、母であるダイアナはにこりと笑って立ち上がる。

リドルは僅かに安堵した、きっとレオを止めてくれると。──だが、はたと思い出した。

 

 

「楽しそうね!母さんも行くわ!」

「ママ!わたしもわたしも!」

「ええ、いらっしゃいアイラ!」

「──何で!?」

 

 

リドルの平和の10%は、母であるダイアナにより破壊されるのだと。

 

 

 

その後3人の子ども達はダイアナの魔法によりトランポリンのように跳ねる芝生の上を飛び跳ね──ただし反撥力が恐ろしく高いその芝生トランポリンは、一度跳ねると5メートルは跳んだ──疲れた頃、ウィリアムの魔法により作られたふかふかとした乗れる雲の上で仲良く昼寝をした。

もっとも、リドルは疲れ切り半分気絶していたが。

 

 

 

この物語は、トム・マールヴォロ・リドルという少年が破天荒すぎる兄、レオナルドと、病弱でありながら悪戯好きな妹、アイラ。

そして心優しいがややズレている母ダイアナと、優しいがマグル嫌いである父ウィリアムに囲まれて育つ物語である。

 

 

そのため、冷酷であり人を見下し闇の帝王になるヴォルデモートは存在しない。

そのため、ミステリアスで人の心を操るトム・リドルは存在しない。

 

ただただ、不憫で、幸せで、いややっぱり少し不幸な特別な力を持つ少年が存在するだけである。

 

 

つまり。

この物語はどうあがいても──ハッピーエンドで終わるのだと予告しておこう。

 

 

 

 




思いついたネタ。
どう足掻いても何故か幸せに出来ないリドルを幸せにし隊。

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