地球を防衛する傭兵になりました 作:No.28
5,護送任務
俺達は奇襲を受けてボロボロだ。市街地でレンジャーチームと合流後、別拠点にて部隊再編を行う。
君は俺達の主戦力だ。有事の際は頼む。
避難民は可能な限り保護せよ。
敵を倒し、味方を守れ。
八日目。
市街地での戦闘は泥沼の様相を呈していたらしい。無数のアリが市民や点在するEDFの隊員たちに襲いかかるだけでなく、散発的に戦闘が繰り返されるせいで、兵士たちは休む事も出来ず疲弊しているという。
「……そんな有様だ。正直もうどうすればいいかわからなかった。あんた達は何処の基地の兵士だ? 増援を寄越してくれた……ってわけじゃなさそうだが」
空の木箱に座り込み、制圧が完了した地域のど真ん中で燃え尽きたかのように項垂れているそのレンジャー隊員は言った。酸によってアーマーや衣服が所々焦げ付いており、相当な激戦の渦中にあったことが伺える。
ヘルメットを外して短い茶髪が顕になっているその隊員は、その傍にいくつものドックタグを置いている。それの意味するところを知らない私達ではなかった。
「俺達はベース229の者だ。俺達の拠点が怪物に襲われて壊滅した為、市街地で戦闘を続けている仲間と合流するよう指示を受けた」
現状もっとも階級が高いアンヴィル1-1が対応する。
「ハッ…壊滅か。笑えるな。他国と比べて圧倒的な軍事力を誇ったEDFの軍事拠点が、このザマか」
返す言葉もなかった。私達は生き残ったとはいえ、奇襲を受けてからの戦闘開始から僅か数分で半分以上の部隊が全滅したのだ。物量をぶつけられれば兵士は疲弊し、その隙を突かれれば脆くも瓦解する。簡単だが実に厄介なはなしだ。
ACがあってこの有様となれば、人々はかつての戦争以上に悲惨な目に会うかもしれない。たったの24時間で基幹インフラの殆どが破壊され、市街地への攻撃により住むところを失う民間人。作戦の合間に私はそういった人々を目にしてきたからわかる。
「だが、俺達は生きている。生きていれば戦える。防衛に成功した拠点に集結し、部隊を合併して組織的な抵抗を続けるんだ。そうすれば勝てる」
「何に! ……何に勝つと言うんだ! 俺達は散々殺したし、逆に殺されもした!! なのに敵を殲滅する様子は全くない! 疲れたって戦い続けるさ、それがEDFだからな……でもな、勝ち目の無い戦ってのはシロウト目に見てもわかるもんだ!!」
項垂れていた彼は立ち上がり、怒声を挙げた。我慢ができなかったのだろう。現に周りが見えていないかのように怒り、それは敵の無秩序さ、無尽蔵さに怒り狂っているようにも見えた。
「敵の数は俺たちの数十倍だった……タンクもニクスも集中砲火であっという間だったよ。 俺達は市民を守るために戦ったさ。 後ろで現れた怪物共に、市民が虐殺されているなんて知らずにな!! ……クソォッ!!!」
座っていた木箱を蹴り飛ばしている。耐え難い事実だったのだろう。守るべきものが知らず知らずの間に蝕まれていたことが。
私も堪らずACから降りて、話しかける。
「……怒りは制御できないものだから、沢山発散するといいよ。でも、それを心に残しておいてはいけない。戦いに雑念はいらない」
怒りに打ち震え、自身の膝を拳で殴っていたそのレンジャーが、私の方に振り向く。
「……女の子? もしかして、あのでかいニクスのパイロットか。 …………わかるかよ、目の前で仲間を、後ろで市民を失う虚しさが」
「わかる」
そんなものはとっくに味わっている。戦場で背中を預けた仲間が殺された時は私も悲しんだし、何度もバディを組んだ同期が死んだと聞いた時は虚しい気持ちに襲われた。だからこそわかる。彼の気持ちが。
「私も、傭兵として活動してきた以上仲間の死には敏感だから。あなたの気持ちはとても共感できる。でも私は傭兵を辞めなかった。ここに立っている」
「アンヴィル2-1…」
諦めずに立て。それが傭兵や兵士の務めだ。
そう言う他にない。それで諦めて立てないようなら、彼を兵士として留めておくのは無理だ。きっと復讐心に苛まれ指示を聞かず、無茶を続けて死にかねない。
だが彼は、復讐心に囚われた心を捨ててでも戦うことを選べる、誇り高きEDFの隊員でもあったらしい。
「…………そうだ。そう、だよな。 俺達は兵士だ、EDFだ。市民の盾なんだ。……部隊を再編しよう。俺達はあんた達の指揮下に入る。アームチームは集まれ!」
周囲で見張りをしていた仲間が続々と集合してくる。アームチームというのは彼の所属するレンジャー一個小隊の呼称だった。
「これより我々はベース229の部隊に再編。彼らと市民を連れて、アウトポスト89に帰還する!」
「サー、イエッサー!!」
アウトポスト89。ベース229よりも後に作られた基地であり、《ベース》と称された軍事拠点よりも更に僻地の防衛を務め、同時に巨大な基地という意味を持つらしい。
「アウトポスト?」
「市街地から離れた場所に設営されている巨大拠点でな。基本的に平地に設営されているから防衛拠点でありながら他部隊の中継拠点にもなる、軍事行動の重要な地点だ」
そもそもの母数が少ないから、ベース型より数は無いがな。そう言って笑みをたたえる彼は、もう怒りと悲しみに燻っている人間ではないようだ。
「……戦えば、いつかは勝てる。弔いはその後でしよう」
「そう、だな。敵討ちは戦ってりゃ終わる」
敵討ち。私に敵討ちという概念はずっとなかった。僚機が殺されれば、それは僚機が弱かっただけの事。ある種の自然の摂理。強い者が生き残り、弱者は淘汰される。
私達の住む世界は、それが普通だった。戦って生き残る、それがレイヴン。会社員や工場員のような搾取に搾取を重ねられ衰弱して消えていくような、力を持たざる者ではない。ただ力だけが物を言う世界。
だからこそ、彼らを応援したくなった。手助けしたくなった。
この世界の兵士たちは、力を生きる為に振るわない。自分達でなく、無力な人々を守るために振るうのだ。それがかつて私の知っていた企業とは違う点だ。
力を持つものは驕り、保身に走る。だが彼らEDFは仲間の為に怒り、民間人の為に悲しんだ。純粋な力とはまた違う、もうひとつの力の形を久しぶりに見たから。
私もACに乗り込み、移動準備を整える。この付近の民間人は全て私達に合流しており、あとはさっきアームチームの彼が言っていた『アウトポスト89』へ向かうだけだ。運送会社から
『準備はいいか、アンヴィル2-1。出発するぞ』
『民間人の皆さん! これからEDFの軍事拠点に移動します! 我々の指示に従ってください! かさばる荷物は置いて、トラックに乗り込んでください!』
『押さないで! そこ、荷物を捨ててください! 家財を持ち込むと他の方が乗り込めません!』
「……大変そうだなぁ」
立ち上がったACは10メートルの高さを誇る。コアが邪魔をしてカメラで下を捉える事は無理だが、無線通信から聞こえてくる声から、避難誘導に苦心しているらしい様子が伺える。
『アウトポスト89では多数の食料を用意します! しばらくはアウトポスト89での生活を強制してしまうことになりますが、必ず、我々がこの街を取り戻す事を約束致します!!』
そうだ。復讐ではなく、他者のために戦う。きっとそれがEDFの、組織に所属する事で培われた個人個人の強さなのだろう。
『待て、なんだアレは……おい、あれを見ろッ!!』
「……え? …………な、っ!?」
遥か前方の空。ACよりも上。それは建物? ビルや電波塔? いや、そんな程度の高さにあるものじゃなかった。上空500メートルほどの位置に存在する、巨大な何か。遥か遠くを飛行するあれは一体何だ。
『信じられねぇ……あんなデカいのが、どうやって飛んでやがる!?』
……それは巨大だった。レンジャーやフェンサー、ウイングダイバー、ニクス、タンク。誰もが上空に銃を向け、そしてその巨大さに呆気を取られ、唖然としている。私も例外ではなかったが、他の隊員を庇うために前進して盾になる。
あれはきっと、敵だ。
『た、隊長、あれを!!』
『こちらスカウト! 巨大な航空機が出現しました! 位置は……ベース210上空です!』
あの巨大さで、アウトポスト89より遠方の基地の上空を埋めてしまうような巨大さを持つようだ。
『総員、対空攻撃を用意! 少しでも不審な動きを見せたら、ミサイルも機銃もありったけ叩き込め!!』
『こちらクローズ3、射撃用意よし!』
『バレット2、いつでもいけるぞ!』
遠目に見てもわかる巨大な
……その
『巨大船が何かを出しました!! あれは…………うわっ! 撃ってきた!? ド、ドローンだ! こちらスカウト、応答願います!! アレは戦闘用ドローンです!! 巨大船の正体は敵の母艦です!!!』
『交戦開始! 撃て、撃てぇッ!!』
『畜生、なんだアレは!?』
『デカい……向こうから銃声がしやがるぞ…』
現状、あれに対抗する術は無い、と思われる。白煙の線がいくつも飛び上がり、対空機関砲の曳光弾が無数に巨大な
だが遠目に見ても弱点が見つかりそうにない。奴のお膝元に行けば、無数のドローンに攻撃されるだけだ。
『ダメだ、俺達には市民がいる!あそこに向かえばむざむざと死ぬだけだ!! ……心苦しいが、予定通りアウトポスト89へ民間人の護送を開始する。 市民の皆さん、安心してください! 我々EDFが皆さんをお守りします!』
足元の仲間達は車両に乗って移動を開始したようだ。ビル影から18台ものトラックやバスを発進させ、その中には民間人や護衛のレンジャー隊員が数人同乗している。
「アンヴィル2-1は
『アンヴィル2-1へ、こちらブラッカー・タンクチーム、ゴールド1。感謝する。万一の支援は任せてくれ』
レーダーで味方の位置を確認しながら後ろ向きに歩き、後方の確認を行う。建物の影から敵が飛び出すのを警戒しての後方警戒であり、そうする理由もまた、レーダーに映らないように移動する術が敵にないとは言えないからだ。
ここは開発の進んだ住宅街のようだった。それが今は、爆発による建物の倒壊やアリの酸による自然の破壊が深刻で、傍に倒れる無数の死体がその悲惨さを雄弁に物語っている。
『行かせてくれ! このエリアに家族を置いてきてるんだ!!』
『一人が全員の足を止める訳にはいかない! 諦めろ…!!』
兵員輸送装甲車、グレイプに搭乗しているレンジャーの一人が飛び出そうとし、数人がかりでそれを止めている様子が無線越しに伺えた。
『頼むよ、娘はまだ中学生なんだ!』
『隊の規律を乱す気か!? 市民がいるんだぞ!!』
『俺の娘だって!!』
下で揉み合いになっているのが無念でならない。確かに軍隊は規律が全てだ。一人が列を乱すと、それが群の崩壊を招く可能性になりかねない。だが下のレンジャーはどうしても助けたい存在があるらしい。
『……俺の妻だってそうだ』
『婚約者を向こうに置いてきてる。だが、今ここにいる民間人が大切だ』
『無事に避難出来ていることを祈ろう。もしかしたら、今ここにいる民間人の中に紛れているかもしれない』
『……すまない…………』
解決はしたようだが、根本的には何も終わっていない。敵を倒さなければ、この悲劇はずっと続く……。
ピピッ。 コクピット内に異音が響く。この音を私は知っている。警告音だ。続いてコムが話し始める。
『周辺に多数のエネルギー反応を確認しました。敵の増援です。敵生体兵器を確認』
「!? 敵襲!!」
『なんだと!? こんな時に……!!』
コンバットフレーム14機のうち10機が広く散開し、敵襲に備える。だがヘッドパーツのバイオセンサーが敵の存在を指摘しただけで、正確な位置は一切掴めていなかった。
『アンヴィル2-1、敵はどこだ!?』
「わからない……でも、センサーに反応がある! 周囲の警戒を続け…………──────まさか」
『どうした!?』
突如として悪寒が私を襲った。急いでレーダーを確認する。赤い点、つまり敵の反応は私達と重なっている。なのに何も無い……いや、何も無いはずはない。絶対どこかに……上空? にはいない。周辺はニクスが警戒しているからありえない。
……そんな。
「全部隊!
『ッ! なんだと…!?』
「いいから早く! 敵は────」
それはあまりにも唐突だった。前方を走っていたタンクが大きく迫り上がるように、アスファルトの破片や砂塵と共に、違和感を振り撒きながら跳ね上がる。
いや、それは何かに持ち上げられていたのだ。
『う……うわぁぁああ!?』
『なんだ!? メイル1、どうした!?』
戦車の一両が勢いよく横転し、それの原因も直ぐにわかった。敵襲があると察知した時点でどことなく可能性は感じていたが……!
「下だっ! 敵は地面を掘って移動できる!!」
そう警告するのも束の間、すぐさまトラックやバスを囲い込むようにアリの群体が姿を現した。数は少ないが場所が場所だ。
『こちらグレイプ3、挟まれた! 身動きが取れない!!』
『怪物だ!! 前から来る! 速射砲だ、撃て!!』
『クソ、旋回が間に合わない! 民間人が!!』
私は即座に射撃を開始する。
『じ、冗談じゃ……!!』
『クソッタレついてねぇ! 真下から来やがった!』
『ハッチ開け! 後方の敵を撃て!!』
リボルバーカノンを敵の群れに向けて撃ちながら、ブーストジャンプして滞空し、真上を取る。武装がリボルバーカノンと火炎放射器しかない上、火炎放射器では大型すぎて出力が高いため、敵の脇を抜けた着火済み燃料が民間人の車両を巻き込みかねなかったのだ。
だがリボルバーカノンはAC用マシンガンと比べると威力に少し劣るぶん、マガジンレスであるため弾切れまで撃ち続けられる。バレルは防熱処理が厚いのかわからないが、オーバーヒートの心配もなさそうだった。弾幕を張るには最適な武器である。
『フェンサーチーム! ガリオン速射機関砲、射撃始め! 民間人には決して当てるな!!』
『撃て! 撃てぇっ!!』
『奴ら、民間人のバスをひっくり返してやがる!!』
アリが、バスが横転したせいで混乱している民間人を食べようとしている。私もそいつらを優先して射撃する。リボルバーカノンが敵の甲殻を貫き、付近を汚していく。
『いやぁぁぁあああっ!!』
『助けてくれ!化け物だぁぁ!!!』
『隊長、民間人が!!』
『構うな、敵の殲滅を優先しろ!! 群れの中にいるんじゃ手の出しようがない!』
可哀想ではあるが、隊長の判断は正しいのかもしれない。ひっくり返ったバスやトラックは、車体がそのまま防壁の役割を果たしてくれている為か、中の人間に危害が加えられている様子は見られない。……今にも加えられようとはしているが。
「チッ……!!」
こちらに注目し始めたアリ共が、酸を射出して対空攻撃を仕掛けてきた。私はブースターを切り返して急速に前進する。知能のある生物ではないためかは分からないが、流石に予測射撃はしてこない。楽に避けられるが、少数だからこそできる事だ。
避けてすぐに火炎放射器のトリガーを引く。横転してしまったバスとトラック以外の民間人の乗る車両は、グレイプとタンクの護衛のもと既に脱出できたらしい。
バスを狙うのをやめて私を狙ってくる奴を攻撃する。大型火炎放射器から放たれる火力が文字通りアリを焼いていく。
「こちらアンヴィル2-1、敵がそちらに向かう!」
『了解! ニクス隊チームA、射撃始め!』
『チームB、撃て!』
バスを狙うより抵抗してくる奴を倒すべきだと判断したのだろうか、アリは上空の私でなく、50メートル圏内に存在しているニクスを狙って攻撃を始めた。
ニクス隊がゆっくりと後退しながら両腕リボルバーカノンを一斉掃射する。距離を出来るだけ離しつつ敵を撃って殲滅する作戦だろう。しかし、弾幕を掻い潜って2機のニクスにアリが群がる。
『こちらセイバー1! 敵に肉薄された、離脱できないっ! 装甲が融解してる、助けてくれぇぇぇぇ!!』
『セイバー3、激しい攻撃を受けている!! うっ! ……うわぁぁぁぁぁっ!!』
アウトポスト89所属ののニクス隊がかなりの損害を被っている。一部のセイバー隊は上昇する事で攻撃から逃れたようだが、判断が遅れた2機のセイバー隊ニクスは酸の集中砲火を浴びて膝を下り、爆発して倒れている。
機体が爆散していて、もう助からないだろう……。
『少尉! セイバー1とセイバー3が!!』
『クソ……撃て!敵を近付けるな!!』
跳躍したニクス達が着地と同時に、自分達の近くにいる敵を撃ち始める。リボルバーカノンの速射がアリの甲殻を破壊していくが、それを敵は数で押している。
『セイバー隊、後退!アンヴィルチームは前進して味方を支援しろ!民間人を救出するんだ!!』
『アンヴィル1-1、了解!』
比較的敵の数が少なかったアンヴィルチームが前進してリボルバーカノンの一斉射撃を始める。私もそれに乗じてセイバーチームに追いすがるアリを火炎放射器で燃やしていく。
『ありがとうアンヴィル2-1! 感謝する!』
「それよりも民間人を!!」
無線に叫びながら私は、グレイプに接近していくアリに攻撃を続ける。できるだけ損害を出さないように立回るだけで精一杯だ。だが、戦局はたった数秒の時間をかけず、一気に好転する。
『敵数、急激に減少! 誰かが戦闘に加わってるぞ!!』
『誰だアレは!? あの中に飛び込むなんて無茶苦茶だ!』
下で何かが暴れ回っているらしい。確かにレーダー上の敵の数は大幅に減っていっている。
20秒経たずにニクス周りのアリだけになった敵も、それぞれのニクス隊が個別に撃破していく。
死体だけになり、味方の損害も相当に抑えられた。グレイプ1台とニクスが2機吹き飛んだのは大きな痛手だったが、グレイプ内の人員は運転手とガンナーの機転で離脱できていたらしい。危機は去ったのだ。
『バスを立て直せ、トラックもだ』
『了解』
低音の声が聞こえる。バスを立て直しているその男達は、全身を黒いパワードスケルトンで覆っていた。彼らが地面に置く武器は、フェンサーチームが使っていたデクスター自動散弾銃やガリオン軽機関砲とは違う、パイルバンカーのような武装だった。
『殲滅目標は沈黙した。次のエリアへ向かう』
『《よろしい。アルファ地区でレンジャー一個中隊が孤立している。援護に向かえ》』
『了解』
その黒いスケルトンのフェンサー達は、トラックとバスを立て直すと直ぐに武装し、フェンサーの重厚さからは想像もできない身軽さでブースターを強く吹かし、足早に去っていく。私は思わず通信回線を接続して話しかける。
「そこの黒いフェンサーチーム、ありがとう。民間人を助けてくれて感謝する」
『………………。 ……それが俺達の仕事だ』
しばしの沈黙の後、短い答えを述べて通信が切断される。彼等もEDFの一員なのだろうが、その有り様は他の隊員とは一線を画している。その理由が、私にはまだわかりそうになかった。
『聞いたか、このエリアに黒いフェンサーがいたらしい』
『黒いフェンサー……死神部隊か』
『なんでも、隊内じゃお互いの事をコールサインじゃなくてアルファベットで呼び合うらしいな』
死神。人々を守り、助けるのがEDFであるこの組織にあってそれは、とても異質な呼び名だった。
ふとベース210の方を見る。
だが、見るに堪えず私は目を背けた。
……巨大な敵船に蹂躙され、黒煙を吹く仲間の遺骸など、誰が好き好んで見たいと言うものか。
『こちら
『
『……敵を殲滅しろ』
市街地に展開しているその黒いフェンサー達は、バックブースターではなく、特殊なサイドスラスターを装備している。それは上方への跳躍ではなく、前方への勇猛な前進を可能とし、彼らもまた前に進む事で敵を倒す、誇り高き影の部隊だった。
『スピアを始動しろ』
『了解』
《ブラストホール・スピア》と呼ばれる、銃撃戦が主たる現代の戦場において極めて時代錯誤な近接武器。
EDFの科学技術面での研究開発能力が可能とした、弾速を優に超える速度で杭を射出するそれは、コンバットフレームの装甲を貫く為だけに開発されたものだった。
彼らは以前の紛争の際、国軍とEDFとの戦争に駆り出され、歩兵でありながら機甲師団、機械化師団といった、歩兵とぶつけられるはずのないものに対し類稀なる戦果をもたらした。
それが紛争において圧倒的な勝利を収める直接的な理由になったにもかかわらず、その功労を称えられる事の無い暗部の兵士だった。
『怪物だ、見ろ。あの数を』
『とんでもない数だ。全滅するぞ』
『それがどうした。これが俺達の仕事だ』
スラスターを四連続で吹かし、目にも止まらぬ高速移動を繰り返す。その黒いフェンサー達の戦術の要は速度と威力の両立。捨て身で突撃し、的を絞らせず、気が付けば相手はその胴を穿たれている。
撹乱に重きを置いたその戦闘スタイルであるそれは、彼らの戦術とマッチしており、大型の敵にすら勝ちを譲らない。敗北を喫する理由はない。
圧倒的な戦力差でさえ生き残る彼らの名は、死神。
あるいは─────
『────こちら
対
黒いフェンサー、死神部隊、あるいはグリムリーパーと呼称される彼らは、現在の戦争よりも前から活動する、フェンサー全てにおける精鋭中の精鋭、選りすぐりの戦闘部隊である。彼らの戦術は機動力を頼んだ撹乱戦闘、及び大火力による至近距離での敵の破壊にあり、それがニクスへ対する最適解であるとされていた。
隊員は互いに本名を知らず、コールサインも与えられず、影の部隊であることの戒めとして互いを無作為に決められたアルファベットで呼び合う。名前も素性も知られず、ただ敵に死をもたらす。それは死神の名に相応しい。