世界一『かわいい』ウマ娘によるトレセン学園侵略計画☆ 作:それおすとろ
トレセン学園の食堂はいつも大盛況だ。国内最大の生徒数を誇る中央トレセンのウマ娘たちを十分に収容できる大きさ。大食いの多いウマ娘を満足させられる量と、申し分ない味。昼になるとほとんどのウマ娘が食堂へと走ることになる。
そして、またウマ娘が1人。マンハッタンカフェが、今まさに食器と共に席についた。そして手を合わせ、誰にも邪魔されず、独りで静かで豊かな昼食が始まる──と、思ったその時。
「やぁっと見つけましたよ! あなたがマンハッタンカフェ先輩ですね!」
その一言で、孤独の昼食は始まる前に終わりを告げたのだった。
◇
「そうですが……えっと、あなたは……?」
「おっと、申し遅れました! 私はケベックタンゴ! いずれ世界に轟く名です、お見知り置きを!」
「はぁ……?」
マンハッタンカフェに声をかけたウマ娘……ケベックタンゴは、困惑する彼女をよそにテーブルの向かい側に自分の食器を置いて、「あ、座りますね」とだけ言って腰掛ける。
「その……ケベックさん、何かご用ですか……?」
「それですね、カフェ先輩は幽霊に詳しいとお聞きしまして!」
「あぁ、なるほど……」
マンハッタンカフェといえば、トレセン学園内でもかなりの変わり者と噂される人物で、その話によれば『死者の声が聞こえる』とか『その正体はネクロマンサー』などとまことしやかに囁かれるウマ娘である。
ケベックタンゴもその噂を聞きつけて、昨夜のことについて何かわかるのでは、と訪ねたのだ。
「そのような相談は……いくつか受けましたが。ここにいらっしゃる方々は……こちらから何もしない限りは、悪さをすることは……無いと思います」
「いえ! 事実、迷惑被ってるんですよ! その幽霊のせいで門限過ぎちゃったんですから!」
「……何かされたんですか?」
「昨夜! 忘れ物を取りに行ったら、こう、すーっと消えて! と思ったらどーんと現れて! もう、ひょわーってなってびゅーんですよ!」
「……?」
興奮してることもあってケベックタンゴの説明は致命的に下手だったが、懸命に説明を続けてようやく理解してもらった。その上で、マンハッタンカフェはこう結論づける。
「……門限すぎたのは幽霊関係なくないですか?」
「んなっ!?」
「はぁ……何にせよ、これ以上関わらないことをオススメします。もしかしたら、本当に魅入られてしまうかも……」
「こ、怖いこと言わないでください……!? いや、でも肝試し、もとい調査は──」
「──おやぁ? これはこれは、珍しい組み合わせじゃないか、カフェ〜?」
ふいに聞こえたのは、間延びした、それでいてどことなく胡散臭さを秘めたような声。2人は声のする方に顔を向け、それぞれ対照的な表情を向ける。1人は新たな人物の登場を笑顔で迎え、もう1人は厄介な知り合いに顔を歪ませる。
「何しに来たんですか……タキオンさん」
「おやおや、とんだご挨拶だねぇカフェ。私だって生徒の1人さ、食堂を利用するのに不自然なことなどないだろう?」
「……なぜ私たちの方に来たのか、と聞いているんですが……」
「私とて1人で昼食とは寂しくてねぇ。せっかく知り合いが視界に入ったからには、愉快な昼休みと行こうじゃないか、カフェ〜?」
「ん? 一緒にご飯食べたいんですか? どうぞどうぞ! ぜひ!」
「ケベックさん、この人の言うことをまともに聞いてはいけません……。というか、お二人とも知り合いだったんですか……?」
マンハッタンカフェが2人を交互に見て言う。アグネスタキオンは校内きってのマッドサイエンティストだ。当然、学園に流れるのは良くない噂ばかり。多くのウマ娘は関わり合いを避けているため、交流のあるウマ娘など数えるほどしかいない。だからこそ、不思議に思ったのだろう。
「もちろんだとも。ケベック君は優秀な被験体……もとい、協力者さ。……あとは、もう少しレポートを分かりやすくしてくれれば言うことないんだがねぇ」
「また妙な薬を飲ませてるんですか……?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。全て合意の上だとも。……と、私の話はいいじゃないか。それよりも、興味深い会話が聞こえたんだがねえ?」
「おっと、そうでした! 幽霊ですよ、幽霊!」
「……話を逸らしましたね」
話に入ってきたアグネスタキオンを含め、ケベックタンゴは再び昨夜のことを説明する。一度説明済みで自分の中でも整理がついたのか、先ほどよりかはわかりやすかった。
「ふぅン。ククッ、実に興味深い! カフェのみならず、君も不可思議な現象を観測出来るとは! ふむ……もしかすると、先日君に投薬した『感覚を鋭くする薬』の影響かも知れない。実に調査のしがいがある!」
「え、そんな薬知らないんですけど。いつ飲んだんですかそれ」
「君に渡したドリンクに少しだけね。何、悪い薬ではないとも」
「やっぱ騙してるんじゃないですか……」
「失礼な。ただ、いち早くデータが取りたかったから事後承諾になってしまっただけだとも。それをたった今まで話してなかっただけさ」
ドン引きしているマンハッタンカフェをよそに、さも自分は悪くないかのように言い訳を並べるアグネスタキオン。当の被害者本人は「なーんだ、そういうことだったんですね!」と呑気顔だが。
「まぁでも、意外ですね。なんか、科学者みたいな人って『非科学的だ!』とか言うイメージでした!」
「まさか。私は科学者であって科学信者ではないのでね。可能性を追い求める者として、『見えない』を『ない』と断じてしまうのは愚かとしか言いようがないだろう?」
「なるほど……よく分かんないけど、かっこいいです……!」
「……毒されないでください」
「さぁて、そうと決まれば決行は今夜だ! ケベック君も観測者として、付き合ってくれたまえよ?」
「はい!」
「よし、話は決まりだ。では、また後ほど」
ランチを頼むこともなく、踵を返して歩き出したアグネスタキオン。その場を離れようとする寸前、マンハッタンカフェが立ち上がり、勢いよく椅子を引き摺る音に彼女は振り返る。こちらの方に意識が向いたのを確認して、マンハッタンカフェは意を決したように口を開いた。
「…………待ってください。……私も……行きます」
「ふゥン? おやおやおやァ、珍しいじゃないかカフェ、君が自ら手を挙げるなんて。ようやく私の研究に協力してくれる気になったのかな?」
「冗談……言わないでください……。タキオンさんが1人で行く分には、好きにしたらいいと思いますが……後輩をアナタに任せるのは……不安なので」
「おや心外、だが僥倖! 観測者が増える分には大歓迎さ」
────────
数時間後──昨日と同じ、門限間際の夕暮れ時。校舎内に残っていた数人のウマ娘が慌ただしく寮に帰る中、そこにウマ娘たちが集まってくる。
「お、お待たせ……しましたぁ……」
「……おや。ケベックタンゴ君……と?」
「カレンチャンです! こんばんは!」
「マヤノトップガンだよ!」
到着するなり、すでに疲れた顔のケベックタンゴの陰から2人、ウマ娘が顔を出す。……ケベックタンゴの身長では姿を隠しきれず最初から丸見えだったので、厳密にいえば陰からではないが。
「おや、これはこれは。君が呼んだのかな?」
「あー……それが」
「肝試しするのにマヤだけ仲間はずれなんてずるーい! マヤも混ぜて!」
「先輩がいるとはいえ、ケベたん1人じゃ心配でしょ? だから、カレンもついてきちゃった!」
あっけらかんと言う2人。昼の一幕を見た誰かから話が流れたのだろうか、ケベックタンゴが練習を終えて集合場所に向かおうとするときにはすでに2人ともついてくる気まんまんだった。流石の情報収集力である。
「ぐぅ〜〜……あなたがいたら私の緻密で完璧な計画が台無しじゃないですかぁ〜〜……いいえ、こうなりゃ強行策です! いいでしょう、同行を許可します! 私と一緒に怖がってもらいますからね!」
「ケベちゃん、幽霊怖いんだ……」
「ハーッハッハッ、どうやらずいぶん賑やかな調査になりそうだねぇ! なぁに、先も言ったが観測者が増える分には問題ない。懸念があるとすれば見回りに見つかるリスクが高まることだが……ま、さしたる問題でもないだろう」
「問題大アリですよ!?」
「……皆さん……安心してください。いざとなれば……あの人のせいにすればいいですから……」
「えー!?」
こうして、ウマ娘5人による肝試し……もとい、怪奇調査が始まった。
校舎内を歩きながら、幽霊の噂がある場所を回っていく。
「ケベック君によれば、その幽霊とやらを観測したのは教室横の廊下と昇降口付近の2ヶ所……その怪奇が校舎内を移動していると仮定する。ならば我々も歩き回ろう。いくつか噂されている怪奇現象をリストアップしておいた」
「なるほどぉ……! 屋上、廊下、あそこの木のウロに、トレーナー室……いっぱいある……ありすぎじゃないです? 七不思議なのに9つくらいありますよね?」
アグネスタキオンが持っていた紙を横から覗き見てケベックタンゴが溢す。この紙はあくまでアグネスタキオンが見聞きしたものに限られているため、実際にトレセン学園に流れている『七不思議』の数はさらに多いことだろう。
「あ、それならマヤも幽霊さんの噂聞いたことあるよ! なんでも、ちょうど1週間前、寮にいた子が深夜に真っ白な人影を見たとか!」
「1週間前……? あ、じゃあそれ多分私だ。いやぁ、その日冷え込んでて……変な時間に目が覚めちゃって、飲み物もらおうと共用の冷蔵庫行くにも寒くて布団被ったまま出歩いてたんですよね」
「え、そうなのー? なんだ、つまんなーい!」
「そういえば、カレンもウマスタで見たかも。空き教室から悲鳴が聞こえて、慌てて見に行ったらそこには誰も居ない……代わりに、床に真っ赤な血溜まりが……」
「う、そんな話聞いたら安易に使えなくなっちゃうじゃないですか……。あ、空き教室といえば私、この前1人でレースの動画見てたら急にあの黒光りする虫が現れまして。びっくりして飛び出したときに持ってた紙パックのジュース握り潰して溢れちゃったし、もうさんざんでしたよ」
「……ちなみに持ってたジュースって?」
「え? トマトジュースですけど」
「…………あ、じゃあ、学園内の側溝から『助けて〜』って声がする話とか!」
「そういえば最近側溝に嵌ったりもしましたね……不運でした……」
「………………」
「……マヤ、幽霊なんていないんじゃないかって思ってきたな」
「えぇ!? どうして急に!?」
その後も、当初の肝試しという目的には似つかわしくないほどに和気藹々とした道中で調査は進んだ。
だが、結局それらしい現象は確認できず、気がつけばリスト内の場所は全て巡ってしまったのだった……。
「むぅ……結局何にもなかったですね。昨日の幽霊にも出会えないままですし……」
「なるほどねぇ。であれば、また別の手を考えて──」
その時だった。
コツ、コツ、コツ……自分たち以外には誰も居ないはずの廊下の、暗闇の奥から足音が響いてくる。
「……!? これって……」
「……! ほう!? ほほう!? クククッ、見たまえ諸君! 我々はついに当たりを引き当てたようだ!」
5人が固唾を飲んでそちらを見つめる中、暗闇から現れたのは──
「バァッ!」
なんとも不恰好なオバケのコスプレだった。
白い布を頭から被り、その上になんとも雑な目と口を書いた厚紙を貼っただけのもの。その姿には、もはや愛嬌さえ感じる。
「……なんだ、つまらない。ほら、誰だか知らないがさっさと正体を見せたまえよ」
アグネスタキオンが布を剥ぎ取る。その下からは、5人がよく知るウマ娘が。
「……あれ? 寮長さん? 何してるんですか」
栗東寮の寮長、フジキセキだ。
「おや、バレてしまったね。でも、『何してる』はこちらの質問でもある。門限はもう過ぎているわけだけど、一体ここで何をしているのかな?」
その笑顔に、落ち着いた口調に、明らかな圧を滲ませながら問いかけてくる。ここまで来て本当にアグネスタキオンを指差し「コイツがやりました!」などと言うのも憚られるので、正直にいきさつを話すことにした。
「……あっはっはっは、なるほどね! 昨日の……もちろん覚えているさ! 実はね、最近遅くまで学園に残る生徒が多くて。ポニーちゃん達の間で流行ってる幽霊の噂を利用すればどうだろうと思ったのさ。それがまさか、そのせいで門限に間に合わない子が出てくるとはね」
「全く、予想外につまらない真相だったねぇ。他の怪奇は全て空振りだったし、仕方がない、私は帰るとしよう」
「……あなたは自分勝手すぎます……」
「ちょっと? どんな理由があれ、門限を破ってることを忘れてないだろうね? まぁ、今回は私にも責任の一端はあるし、反省文だけで許すことにするよ」
「えー! そこは罰則無しじゃないのかーい!?」
「さ、今日はもう帰るといい。七不思議の噂は私がそれとなく解消しておくよ。また肝試しに来る子がいると困るからね」
こうして、夜の怪奇探索ツアーは終わりを告げたのだった。
「なーんだ。終わってみればあっけない結果でしたね! でも、悪い幽霊じゃなくて何よりです! これで安心して眠れます!」
「えー? マヤは幽霊さんに会いたかったなー。幽霊さんと友達になれたら、すっごくワクワクしない!?」
「それにしても、ケベたんって怖いの苦手だったんだ。うーん、それなら……あ、カレン、いいコト思いついたかも!」
「え!? 何思いついたんですか、どうせろくなことじゃないでしょう!」
カレンチャンを怖がらせるという目的はすっかり忘れているが、ある種の達成感に満ち溢れたケベックタンゴの脳内からはそんなことはとっくに忘れ去られている。そのまま、マヤノトップガン、カレンチャンと共に、3人仲良く並んで寮へと帰るのだった。
「…………そういえば。……ケベックさんの出会った、制服姿の子は……? まぁ、本人は納得しているようですし……気にしない方が、いいのかも知れません……」
────────
その後、寮の共用スペースにて。
「さぁ、じゃあこれから、ケベたんの苦手克服のため、カレンセレクトのホラー映画鑑賞会を始めまーす!」
「わーい! パチパチパチ〜」
「いやいや結構ですよ! 克服しようとも思ってないですし!」
「大丈夫だよ! カレンも大好きな映画だもん、きっと楽しめるはず! じゃあ、再生するよー!」
「ふ、ふん! 何がホラー映画ですか、所詮脅かすだけでしょう!」
「う、うわ……どうなっちゃうんですかこれ……」
「うわぁ!? はやく、はやく逃げて……!」
「ひょわぁぁぁぁぁ!? ちょっ、これっ、大丈夫!? これ大丈夫なやつですか私たちが見て!?」
「ああぁぁあ!? トイレ! 一回トイレ行かせてください!」
3人でカレンチャンお気に入りのホラー映画を楽しんだのだった。
「君たち、そろそろ消灯時間……と、おや。全く……困ったポニーちゃん達だ」
カレンチャンのヒミツ① 実は、好きな映画のベスト10のうち半分がホラー。
今回使わせていただいた挿絵は「踏文二三」さんに頂いたものです。黙っていれば超絶美少女のケベたん、頂いたときからどうにか活かしたかった……!
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