【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
早朝、私はジャージーシティを発った。
ヴィブラニウム製のスーツをビニールでくるみ、紙袋に詰めて。
ブルーノに礼を言って、バスに乗った。
そうして、バスに揺られて1時間ほど。
私はニューヨークへと戻って来た。
「……ふぅ」
バス停へ到着。
朝の日差しに目が眩みそうになる。
「…………」
取り敢えず、自宅へ戻ろう。
アベンジャーズ・マンションだ。
メイやピーターには、カマラのスマホから連絡したが……それでも心配しているかもしれない。
家に帰って『帰った』と連絡する。
それが最優先だ。
私は足を進める。
アベンジャーズ・マンションはマンハッタンにある。
ここからそう遠くはない。
手にはアーマーの入った紙袋。
肩からカマラに借りたポーチ。
服装は……まぁ、ティーンエイジャーっぽいシャツとGパン。
私は成人済みなのだが、それでも小柄だ。
人から見れば、ティーンエイジャーと思われる……かもしれない。
これでも、レッドキャップを辞めた頃から発育が良くなってはいるのだが。
『S.H.I.E.L.D.』の医者曰く、極度のストレス状態がホルモンバランスを乱して、身体の成長を食い止めていた……とか。
だから今、肉体はあの頃より成長している。
それでも同年代に比べれば、若く見える。
悪く言えば、幼く見える。
そんな私はニューヨーク市内を歩き──
「……ん?」
一人、柄の悪そうな男が……路地裏で立っていた。
すぐそこには、道端で寝ている女がいる。
……何となく、トラブルの気配。
だが、それでもトラブルの『気配』だ。
まだ何も起こっていないし、起こるかも分からない。
私は今、余裕がないし、人助けなど──
「……はぁ」
ため息を吐いて、私は男の方へ歩み寄った。
「そこで、何してる?」
「えっ!?って、んだよ。嬢ちゃん、驚かせんなよ……」
柄の悪い男は私を見て、露骨に安堵した。
その仕草に少し不快感を覚える。
嬢ちゃんって……これでも成人してるんですけど。
「……そこの女性……ジェニーは私の知り合いなのだけれど。何か用事?」
無論、嘘だ。
名前も適当。
それでも、男には効果があったようだ。
「っと、嬢ちゃん。この娘の知り合いか……いやな、俺は別に、何かしようって訳じゃなかったんだぜ?」
その言葉は、何かしようとしていた輩の言葉だ。
だが、ここで言及しても面倒事に発展するだけだ。
片眉を上げて、小さく息を吐く。
「分かったから。ちょっと話がしたいから、もう任せてくれる?」
「分かった……分かったよ、分かった」
男も面倒ごとは嫌なのだろう。
去っていくのを見送り、女性の元へ近寄る。
成人……しているのか?
20代前後といった様子の、若くて綺麗な女性だ。
黒髪で長身、スレンダーでクールな感じ。
……私もこれぐらい身長欲しいな。
なんて考えていると、女性は寝転がりながら目を開けた。
まるで猛禽類のような鋭い眼光だった。
そんな彼女が口を開く。
何を言うのか、少し緊張していると──
「み、水……」
何とも情けない言葉だった。
「……飲みかけでよければ」
私はバスへ乗る前に買った、水のペットボトルを彼女に渡した。
受け取った黒髪の女性は、ごきゅごきゅと大袈裟な音を立てて飲み干した。
「っ……ふぅ……ありがとう……昨晩、少し、飲み過ぎた」
「……そう。元気になったのなら、良かった」
黒髪の女性が立ち上がり……ふらついて、壁に手をついた。
若い女性が徹夜で酒を飲んで、飲み潰れている。
ニューヨークの治安を舐めているのだろうか。
私は少し、頬を引き攣らせた。
「感謝する。私はリズ……貴女は?」
「私はミシェル。って、大丈夫?ふらふらしてるけど」
リズと名乗る女性は平衡感覚が狂っているようで、ふらふらとしている。
「気にしないでいい……問題ない」
そうは見えないけど。
内心で指摘しつつ、口には出さない。
これ以上、関わっても時間が潰れるだけだ。
適当に話を切り上げて去ろう。
そう思っていたのだが──
「…………」
顔を青くして、リズが蹲った。
吐き……は、しなさそうだが、体調は絶不調といった様子だ。
ニューヨークにおいて、路上で泥酔することは違法行為である。
体調不良ならまだしも、酒を飲んで路上で寝れば警察を呼ばれる。
最悪の場合は逮捕される。
……このまま放置すれば、彼女は碌な目に遭わないだろう。
自業自得といえば、それで終わりだ。
だが、ここで見捨てると後味が悪い。
……かと言って、アベンジャーズ・マンションに連れ込むのも拙い。
あそこは超人が多い。
素性の知れない人を連れ込むのは、情報漏洩の観点から言えば……まぁ、拙い。
であれば……解決策は──
「リズ……この辺りに、知人の家がある。落ち着くまで来る?」
そこで休憩させるしかない。
「……貴女に悪い」
「ここに放置していくと、私も寝覚めが悪いから」
「……申し訳ない。迷惑をかける」
「私は気にしない」
そうして、私はリズに肩を貸す。
手にはまだ、ナイトキャップのスーツが入った紙袋を下げていた。
◇◆◇
今日は大学も休み。
僕はマンションの自室で、ベッドに座って……いつもなら、まだ寝ている所だ。
だけど今は、スマホと睨めっこをしていた。
昨晩、ミシェルは飛行機から落下したらしい。
どういうことなのか詳しく聞きたかったが、友人のスマホを借りて連絡をしているそうで……早朝にニューヨークへ帰ってくるそうだ。
そうして家に帰ったらスマホで連絡するように約束している。
彼女からの電話か、メッセージが来るまでは安心できない。
自然と早朝に目が覚めて、こうしてスマホに着信がないか待っているのだが──
チャイムが鳴った。
「こんな早朝に?何か用かな?」
首を傾げて、僕は玄関へと向かった。
そうして、扉を開ければ──
「……ただいま、ピーター」
「あ、ミシェル……おか、えり?何でこっちに……って、え?」
そこに居ない筈のミシェルが居て、誰かを肩に背負っていた。
ぐったりしてるから顔は見えないけど、黒髪の女性だ。
「この人、体調不良。少し休ませてあげたい……いい?」
「え?いい、けど……」
飛行機から落下して、ニューヨークまで戻って来たのに……まっさきにやる事が、家に帰るんじゃなくて、人助けなんて。
驚きながらも、不快感はない。
僕もきっと、同じようにするだろう。
ミシェルは優しいなぁ、なんて思っていると……黒髪の女性が顔を上げた。
そこにあったのは整った顔立ちで、見覚えのある顔だった。
「え?リズ……?」
「ピーター……?」
この間、大学の図書室で顔を合わせた女性だった。
「え?なに、知り合い?」
しかして、ミシェルは訝しむような顔で僕とリズを交互に見た。
どういう関係か、探っているようだ。
「え、っと……大学の図書室で会ったんだ。ちょっとだけ話した」
「……なるほど?」
ミシェルは訝しむような顔をやめた。
……まぁ、浮気とかは疑われていないだろう。
僕ってモテないし、その心配は彼女に無い筈だ。
僕は自虐している中、リズが目を瞬いた。
「……まさか、ピーターの家とは……ミシェルは彼とどういう関係?」
「彼氏」
まっすぐ、直球でミシェルが答えた。
普段の彼女なら少し照れたりする筈だが……あれ?やっぱり僕、浮気を疑われてる?
「彼氏……へぇ、貴女と、彼が──
リズは、僕とミシェルを交互に見た。
そして、笑みを浮かべた。
「なるほど、お似合いだ」
「……あ、そう?そう?」
「うん、お似合い」
ミシェルの機嫌が戻った。
良かった。
リズも内心、気付いていたのだろう。
まぁ、彼氏が知らない女性と知り合いだと、不安にもなるだろう。
それは世間で共通の認識だ。
なんて考えてから、僕は二人を部屋に入れる。
「まぁ、二人とも。入ってよ……そんな所で立ち止まってると、ほら。アレだし」
部屋に入れると、ミシェルが紙袋を置いた。
何が入っているのか分からないが、オンボロアパートの床の軋みから、それなりに重い事が分かった。
そうして、ミシェルはリズをソファに座らせて……リズは姿勢を崩した。
何というか、自然体だ。
他人の、顔見知りとはいえ男の部屋なのに、緊張した様子が一切なかった。
そんなリズを見ていると、背中からミシェルに肩を叩かれた。
「ピーター、朝ごはんは食べた?」
「いや、まだだけど」
「なら用意する。リズも、食べる?」
ちら、とミシェルはリズを見た。
「これ以上、施しを受けるのは……」
「気にしなくていい。どうせ、2人分作るのも、3人分作るのも、たいして変わらないから」
「……なら、頂く。悪いけど」
「構わない」
ミシェルがエプロンを手に取り、勝手知ったる仕草でキッチンに立った。
そうして、料理をしている中、僕はリズのそばに立った。
「っと、リズ?体調悪いって聞いたけど……大丈夫?病院連れて行こうか?」
「いや、いい……酒の飲み過ぎだから」
「お酒?あ、お酒か……飲むんだ?」
僕は酒を飲まないタイプだ。
アルコールに弱い。
成人してすぐ、ミシェルと一緒に飲んだのだけれど……気付くと朝になっていた。
そして、ミシェルは顔を真っ赤にしていた。
怒っていたのだ。
そして、約束させられた。
『今後、私の前以外で飲まないこと』
ミシェルの前以外では飲まない、というのはよく分からないが、僕が酒に弱いのはよく分かった。
それから、僕は飲酒をやめたのだ。
まぁ、僕のことはさておき。
リズへ視線を戻すと、顔を顰めた。
「私も普段は飲まない」
「じゃあ、なんで飲んだの?」
なんて質問すると、リズじゃなくてミシェルから声が飛んできた。
「……ピーター、デリカシー」
「あ、ごめん」
ミシェルに諭され、リズに謝る。
確かに、デリカシーのない質問だった。
しかし、リズは不快そうな顔もせず、苦笑していた。
「いい……別に気にしてない。大した話でもない」
「そ、そっか……なら良かった」
リズはペットボトルを手に取り、水を口に含んだ。
そして、ごくりと音をたてて飲み込んだ。
「……故郷」
「故郷?」
「ホームシックってやつ。会いたい人がいるけど、今はまだ帰れないから」
「……それは、辛いね」
僕は頷いた。
会いたいのに、会えない。
その辛さを僕は少しだけ分かっている。
悪魔に記憶を消されて、誰も僕を知らなかった時……あの時、あの頃、過去に帰りたいと何度も思った。
だから少しだけ、分かる。
「……同情してくれる?」
「まぁ、僕もその気持ちは少しだけ分かるから」
「そう……やっぱり、ピーター。貴方は良い人」
僅かにリズが笑みを浮かべた。
「そうかな?」
「ええ、私の彼氏にそっくり」
「彼氏……?」
リズの彼氏……気になる話題が出た。
それと同時に、ミシェルが机に皿を置いた。
「……ちょっと、失礼」
僕はリズから目を離して、そちらへ向かう。
「ごめん、ミシェル。手伝うよ」
「大丈夫。もう終わったから……リズ、こっちに来れる?」
ミシェルに呼ばれて、リズが食卓に座った。
机には焼かれたトーストが3枚。
皿に取り分けられたスクランブルエッグ。
ケチャップ、チーズがあった。
「はい、どうぞ」
ミシェルが席に座って、僕も席に座る。
そうして、各々が朝食を食べ始めた。
リズも泥酔から戻って来たようで、顔色が良くなっている。
トーストを食べているが……少し笑みを浮かべている。
そうして食べ終えて、食後にミルクまで飲んで……一息ついた。
それと同時に、リズが頭を下げた。
「ありがとう、ミシェル。そして、ピーター。感謝する」
「どう致しまして」
「僕は特に何もしてないような気がするけど……」
連れて来たのはミシェルで、食事を振る舞ったのもミシェルだ。
僕は何もしていない。
……そう思ったのだが、リズとミシェルは目を合わせた。
「ミシェル、彼はいつも『こう』?」
「うん、いつも『こう』」
何が『こう』なのか分からなくて、僕は首を傾げた。
けど、二人は分かっているようでため息を吐いた。
……なんだか、仲良くなってるみたいだ。
それは良いことなんだけどさ……僕の分からない事で結託されてると、少し不安になるよ。
うん。
◇◆◇
私とピーター、リズの3人で朝食を食べた後……リズは元気になったようで、帰る事となった。
であれば、私も帰るべきだ。
アベンジャーズ・マンションに帰って、メイに会わなきゃ。
カマラに返すために服は洗濯しなきゃならないし、お金も用意しないと。
なんて考えながら、身支度をしていると……がたり、と音が聞こえた。
そうして振り返ると、私の持って来た紙袋が倒れていた。
「あっ」
側にはリズ。
足元に置いていたから、つまづいたようだ。
「あ、ごめんなさい。ミシェル──
そう言いつつ、リズは紙袋から落ちたビニール……に、包まれた私のスーツ片を手に取った。
「……これ、何?」
しまった。
こんな真っ黒な鎧のようなスーツ、一般人が持っている訳ない。
何とか誤魔化さなきゃならない。
私はリズに駆け寄った。
「それは……ええと、コスプレ」
「……コスプレ?」
「そう、コスプレ。それを着て、こう、エアソフトする趣味があって」
「…………そう」
リズはスーツを確かめるように、手の中で回転させつつ眺めて……私へ視線を戻した。
その目を細めながら。
「いい趣味だ」
「そう、かな?」
「お世辞じゃない。趣味がいい」
そうして、紙袋に転がったスーツ片を戻してくれた。
納得してくれたようだ。
私は安堵の息を吐いた。
「それじゃ、私は帰るけど。リズも帰る?」
「私も帰る。世話になった、ピーター」
二人で並んで、玄関に立つ。
「いやいや、僕は何もしてないから……ミシェルも、朝食ありがとう」
「どういたしまして」
軽くハグする。
……普段ならキスもするけど、今はリズが居るからしない。
人前でイチャイチャするのは恥ずかしい。
そうして、ピーターのマンションから出て、リズと共にエレベーターに乗る。
私はエレベーターの1階を押して……背筋に冷んやりとした感覚があった。
振り返るとリズが側に来ていた。
「……どうかした?」
少し不穏に思って質問すると、リズは笑みを浮かべた。
「ミシェルは……ピーターと仲がいい?」
「それは、うん」
何となく、探るような感覚だ。
「どんな秘密でも打ち明けられるぐらい?」
「……まぁ、それは、うん」
私からピーターに対して、秘密はない。
いや、先週、こっそりビスケットの瓶を開けたけど、そんなものは秘密とは言わないだろう。
私の言葉にリズは少し目を細めて……私から少し離れて、ため息を吐いた。
「……羨ましい」
「え?」
「私は、秘密を打ち明けられない」
エレベーターが下っていく。
ピーターのアパートのエレベーターはオンボロだ。
降り切るまで時間が掛かる。
「……その、彼氏?」
「そう」
「……秘密を打ち明けたら、どうなる?」
「失望される。嫌悪される」
「……なら、その秘密を無かった事にできない?」
「過去は消えない」
リズは、ハッキリとそう口にした。
「リズ……?」
「過去の過ちは、これからもついて回る。見て見ぬフリをして、黙っているしかない。それでも消えはしない」
真面目な顔で、険しい顔で、それでも笑みを浮かべて……私を見ている。
そこに私への憎悪はない。
だが、どこか……嫉妬心のようなものを感じた。
ガコン、と音がした。
エレベーターが1階に降りた音だ。
同時に、リズが私の横を通り過ぎて……エレベーターを降りた。
「今日はありがとう、ミシェル。この出会いに感謝する」
そうして、先程の笑みとは違う、朗らかな笑みを浮かべて……私から離れていった。
「……………」
少しの間、私はその場に立ち尽くした。
あのリズという女性から……何か、私に近しいものを感じた。
それも、『昔の私』に近しいものを。
◇◆◇
「うぉーん!ミシェル、おかえりぃ〜!無事で良かったよぉ〜!」
「っ、こら。鼻水つくから、やめて」
アベンジャーズ・マンション。
取り敢えず、メイに無事を伝えに来たのだけれど。
「だって心配だったんだもん」
「……それは、ごめん」
昨晩、連絡はしたが……それでも、心配をかけたのは事実だ。
だから、甘んじて受け止めよう。
……服に鼻水と涙がついた。
洗濯するから許して、カマラ。
「……ミシェル、今日は暇?」
「え、あー……暇、じゃない」
「お仕事?」
「そう、『S.H.I.E.L.D.』に行く」
『S.H.I.E.L.D.』に報告書を提出しなきゃならない。
始末書といってもいい。
任務に失敗したのだ。
現状の確認と擦り合わせが必要だ。
「そんなぁ……飛行機から落ちたのに、翌日には出勤しなきゃなの?ブラックだよ、ブラック。『S.H.I.E.L.D.』はブラック企業だ!ニック・フューリーはパワハラ上司!」
「……はは、は」
それはそうかもしれない。
嘘ではないので、誤魔化すように笑うしかない。
「今日ぐらい休もうよ〜、ね?」
「……まぁ、うん。午後休取ろうかな。元々、今日は休みの予定だったし」
「やった!なら、一緒に出かけよ?ピーターも連れてさ」
メイが私の腕にぶら下がる。
色々と、やるべき事がある。
気になる事もある。
しかし……メイへ目線を向ける。
ふざけているように見えるが、心の底が表情に出ている。
彼女は不安がっている。
私が居なかった事で、不安がっている。
メイの母親……つまり、私は死んでいる。
その理由はまだ、メイから聞けていない。
メイが話したがらないからだ。
だけど、メイの世界で私が死んでいるのは事実だ。
私が傷を負ったり、危険な目に遭えば……メイは、自分の母親のことのように心に傷を負う。
その傷を癒すことも、また、私のやるべき事だろう。
「いいよ。でも、まずは着替えさせて。それで、『S.H.I.E.L.D.』に行ってくるから」
メイの頭を撫でる。
脳裏にはまだ、今日出会った……リズの顔が浮かんでいた。